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2020年5月 5日 (火)

モーツァルトの全自作品目録(その7、1790年)

<第23葉・裏>(続き)

1月に 1790年(※年は二重下線)

(118,) 女はみんなこうしたもの または 恋人たちの学校 2幕のオペラ・ブッファ
  音楽作品    俳優 女性たち フェラレージ・デル・ベーネ、ヴィルヌーヴ
  とブッサーニ 男性たち カルヴェスティ、ベヌッチとブッサーニ
 (K.588)

5月に

+(119,) 四重奏曲 2つのヴァイオリン、ヴィオラとチェロのための
 (第22番「プロシャ王四重奏曲 第2番」変ロ長調 K.589)

6月に

+(120,) 四重奏曲 2つのヴァイオリン、ヴィオラとチェロのための
 (第23番「プロシャ王四重奏曲 第2番」ヘ長調 K.590)

注記:(※二重下線)7月 ヘンデルの セシリア と アレクサンダーの–
  祭典 スヴィーテン男爵のために編曲
 (K.592、K.591 ※次ページに冒頭楽譜なし)

<第24葉・裏>

12月

+(121,) 五重奏曲 2つのヴァイオリン、2つのヴィオラとチェロのための
 (ニ長調 K.593)

––––––––––––––––––––––––––––––

(122,) 楽曲 時計におけるオルガン仕掛けのための    
 (K.594)

(検討)
 モーツァルトの生涯最も寡作の年で、フラグメント番号を持つ曲も7曲に留まる。また、この年以降、目録の記述も簡略化され、タイトル以外に「楽器編成」を記したのは、翌年のK.595 のみしかない(実生活の余裕のなさが反映されているか)。
 (118,)のあとに、序曲と3つの舞曲(588a)があり、この年1月の作曲と想定されているが、目録には記載がない(疑義作)。(588b)の番号を持つピアノのためのアンダンティーノがあったが、現在ではグルックの「アルチェスタ」のアリアの自由な編曲という扱いのようだ。
 ケッヘルに記載のある(589a)という断片は、かつては(119,)「第2プロシャ王」からみのスケッチとされていたが、今では同じ変ロ長調の弦楽四重奏曲 K.458「狩り」のフィナーレ関係と言われているようだ(早くは、1782年作の「ハフナー」交響曲 K.385 のメヌエットなどでも使われていたものと同じ五線紙が使われている(Wasserzeichen 62))。一方、(589b)という弦楽四重奏曲の短い断片があり、これは(120,)「第3プロシャ王」の方のフィナーレ関係のスケッチと考えられている。
 さらに、(120,)のあとに、ピアノ・ソナタの断片らしい曲がいくつかあったが(590a、590b、590c)、(590d)というアレグロの曲だけはこの年(から翌年)のものと考えられている(T146〜T178までが他人の加筆)。
 ヘンデル作のオラトリオ編曲のあとに位置するのが、いわゆる猫の二重唱曲「さあ、愛しい人よ、私といっしょに来て」(592a)。こちらは、ベネディクト・エマニュエル・シャックほかと共作ジングシュピール「賢者の石」のスコアリングをモーツァルトが一部担当したもので、8、9月頃の作と言われている(「賢者の石」については、ハンブルクで見つかった筆写譜において、他に2曲、モーツァルトの名前があるという)。
 この年最後の(122,)の自動オルガンのための作品の前には、同じ楽器(機械?)のための短い断片(593a)があった。この年末から翌年にかけての習作だろう。
 次回は、いよいよ運命の年、1791年。

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