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2021年4月30日 (金)

リパッティの『ワルツ集』は1947年に録音されたか?(その1)

 とあるサイトで、「1950 プラード音楽祭」におけるカザルスのバッハ:チェロ・ソナタ集(Sony)について書いたところ、Tさんとおっしゃる方から、Twitter で次のようなコメントをいただいた(4月20日付け)

「1950年、プラド音楽祭のカザルスたちを録音するために英EMIが派遣した録音車が、9月にブザンソンに回って、あのリパッティのライヴを録ることができたと読んだことが。」

 となるとこれは放っておけない(笑)。調べてみると、同じディヌ・リパッティでも「ブザンソンの告別リサイタル」の方ではなく、「ショパン:14のワルツ集(全14曲)」のLP解説に、以下の文章を見つけた。

「1950年5月末、ジュネーヴのリパッティの主治医デュポア=フェリエール博士から、「リパッティ録音可能、すぐ準備せよ」の電報をEMIは受けとった。主治医の説ではコーチゾンによって病状は一時軽快したが、その効果はせいぜい2ヵ月しか続かないという。そこで仕事は急ぐ必要があった。まずピアノはハムブルクのスタインウェイの本社工場からコンサート・グランドの新品を取り寄せることにした。戦後面目を一新した美しいスタインウェイのコンサート・グランドがスイスに輸入されたのは、これが初めてであった。録音装置は仏HMVが南仏プラドのカザルス音楽祭録音のために米コロンビアに貸与中の最新型装置をスイスに回送させることにした。録音の場所はラジオ・ジュネーヴのスタジオを借りることにきまったが、そのためにラジオ・ジュネーヴ当局は放送番組を一部変更するほど、誠意のある協力ぶりを見せてくれた。」(東芝 AB-8052、解説:上野一郎氏)

 プラド音楽祭とリパッティの録音とは、確かにつながりがある。「これで解決!」と言いたいところだったが、ついでに他のサイトを見ていくうちに、上記のような苦労の末、我々が長らく聴き親しんできたこの「ワルツ集」は、第1回のプラド音楽祭が開かれた1950年の録音ではないという説を見つけてしまった。というのも、プロデューサーのウォルター・レッグは、実は1947年に録音していたものを、この1950年ジュネーブ録音というデータに「ねつ造」したのでは?というのである。これでは、プラドからわざわざ機材を回した甲斐がないではないか・・・

 その「ねつ造」説を唱えているのは、音楽評論家の竹内貴久雄氏。元々は『クラシック名盤・裏名盤ガイド』(洋泉社ムック・1996年発行)および『クラシック幻盤 偏執譜』(ヤマハミュージックメディ刊)所収の文章だが、氏のブログ「竹内貴久雄の部屋」に以下の追加記事があって、今でも全文が閲覧できる。

「リパッティの「ショパン/ワルツ集」録音年、ねつ造説」(2008年08月07日)

「リパッティのショパン『ワルツ集』録音年ねつ造説――異聞(今村享氏の調査を踏まえて)」(2012年07月02日)

 詳しくは、この2つの記事を読んでいただきたいのだが、竹内氏の説の要点は、おおむね以下のとおりとなる。

1)レッグは、比較的出来の良かった1947年録音の「ワルツ集」の方を、病をおして演奏した最後のスタジオ録音(1950年)と偽って発売した(その方が録音の希少価値が上がるため)。
2)日本の東芝盤のLP、CDには、この「ワルツ集」は長らく1947年録音とクレジットされていた(ただし近年は、海外盤同様1950年録音という表記に戻っている)。
3)のちにスイス製の「ブザンソン告別リサイタル」LPに、リパッティが弾けなかった1950年録音とされるワルツ第2番が付録として付け加わる(そのワルツ第2番は、国内盤LPでも「50年ジュネーブ録音」と表記され「小品集」に収録されたほか、2008年現在のスタジオ録音版「ワルツ集」CDでは、余白にこの「第2番」も加えている。これこそボツになった本物の1950年録音の一部ではないか?)。

 一方、今村亨という方も竹内氏へのメールで指摘していたことだが、1947年9月にリパッティはグリーグのピアノ協奏曲をSP録音しており、その余白にこのワルツ第2番が収録されている。つまり、竹内氏の「ねつ造」説が正しいならば、リパッティのワルツ第2番は、下記の3種になる。ただし、竹内氏はこのSP録音がスタジオ収録版「ワルツ集」所収のワルツ第2番そのものであると考えているらしく、「生前のリパッティが「ワルツ第2番」のテイクだけは、しぶしぶ発売を了承していたのかも知れません。これが、一時期の東芝で1947年録音とされ、現在は1950年録音とされているスタジオ録音と同一演奏だったなら、私の仮説は真説になるなぁと思いました。(竹内氏)」と書いている(注)。 

A 1947年録音:収録盤「グリーグのピアノ協奏曲SPの余白」
A'  1947年録音:収録盤「スタジオ収録版「ワルツ集」」
B 1950年録音:収録盤「スイス製「ブザンソン告別リサイタル」LPの付録」「東芝製「小品集」LP」「2008年現在のスタジオ録音の「ワルツ全14曲」を収めたCDの付録」

 リパッティは、ワルツ第2番をショパンのワルツの中でも特別な曲と考えていたらしく、自身が考え抜いた全14曲の配列において、この曲をいつも最後に置いていた。また伝説的な「ブザンソン告別リサイタル」でも、1曲だけ弾けなかった因縁の曲にもなっている。そういう特別な曲だけに、これらの疑惑・疑問には看破できないものがある。以上、今回は竹内氏の「ねつ造」説を見てきただけで紙幅が尽きたので、次回(その2)でこれらの録音を実際に聴いていきたいと思う。

(注)ただし、竹内氏も、この録音の存在を報告した今井氏も、1947年のSP録音であるワルツ第2番を聴いていない(という認識らしい)。「SP盤、探してみましょうか? 何年かかるでしょう? 」(竹内氏)と、2012年の補足記事の最後にある。

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