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2021年5月 1日 (土)

リパッティの『ワルツ集』は1947年に録音されたか?(その2)

 前回の(その1)の続き、である。ひょんなことから、音楽評論家の竹内貴久雄氏が唱えられているリパッティの「ワルツ集(全14曲)」の録音年が、1950年ジュネーブ録音(最後のスタジオ録音の一つ)ではなく、1947年録音だったのではという「ねつ造」説を検証している。とにかく、実際に音盤を聴かないことには話にならない(これは、この「毎日クラシック」の根本理念でもある)。

1)「グリーグのピアノ協奏曲SPの余白」LX1032(1947年9月24日、アービーロード・スタジオ(ロンドン)録音)
※これは、竹内氏がこちらのブログ記事で「SP盤、探してみましょうか? 何年かかるでしょう?」と書いているものだが、正直それほど希少な盤でもない。元々、リパッティ・ファンの僕も、たまたま Clunbia 盤のSPを持っている。もちろんグリーグ目当てだったが。復刻CDで有名な DUTTON盤や OPUS蔵盤でも、まさにこのSPからの板起こしの音を聴くことができる(注1)。

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これは、いわゆるスタジオ録音盤「ワルツ集」に含まれる演奏とは、全体の演奏時間、弾かれている音符等はよく似ているが、はっきり別物。一番わかりやすい相違点は、冒頭3、4小節目、7、8小節目に現れるそれぞれ4つの和音の連打部分。SP版はインテンポで弾かれるのだが、ワルツ集版はタメが入ってわずかに遅くなる。また、こちら1)の演奏のバックにはSP録音特有の針音が入っている。

2)「スタジオ収録版「ワルツ集」33CX 1032(1950年7月3〜12日、ラジオ・ジュネーヴ、スタジオ2(ジュネーブ)録音)
※こちらは「ワルツ集(全14曲)」の最後に置かれた演奏で、一般的にリパッティの名演の一つとして広く知られているもの。上記で触れたように、1)のSP録音とは別録音。1953年発売で、今、中古店などで買えるのはだいたいLP1枚のバージョンだが、SP数枚組みでも出たという。たしかグッディーズからSPバージョンの復刻CDが出ている。

3)「スイス製「ブザンソン告別リサイタル」LPの付録」1950年(?)
※これは竹内氏のこちらの文章に出てくるものだが、今回の調査では残念ながら確認できなかった。ブザンソンのライヴ全曲は、アメリカのエンジェル・レコードや仏コロンビアが1957年に出した2枚組LPが初出だろう。ただし、そこにはワルツ第2番は含まれていない。その時点で2)のスタジオ録音版もSP、LPですでに出ていたので、普通に考えればこのスタジオ録音から取られた思われるが、詳細は不明(注2)。

4)「東芝製「小品集」LP」1950年7月、ジュネーブ録音
※竹内氏が『クラシック名盤・裏名盤ガイド』(洋泉社ムック)の記事に記載したCD番号は、小品集「来たれ、異教徒の救い主よ」(TOCE-8353)なので、そのLPバージョンとしては「ディヌ・リパッティ Dinu Lipatti - ピアノ・リサイタル2」(EAC-60113)が挙げられる(注3)。これらはCD、LPともに、1)と同じSP録音が収録されている。ちなみに、他の収録内容は異なるが、リパッティの芸術4「ショパン/ワルツ集(全14曲)・ピアノ作品集」(TOCE-3157)に付録的に収められた最終トラックも同じ録音。

5)「2008年現在のスタジオ録音の「ワルツ全14曲」を収めたCDの付録」1950年7月3〜12日、ラジオ・ジュネーヴ、スタジオ2(ジュネーブ)録音
※これは『クラシック幻盤 偏執譜』(ヤマハミュージックメディア) に掲載された画像から、「TOCE-14026」だということがわかる。この2007年発売のCDには、ワルツ集14番目と最後のトラックにワルツ第2番が2トラック分収録されていて、その曲配列は上記4)の最後に紹介した「TOCE-3157」とまったく同じ。竹内氏は、「TOCE-14026」について、「(2008年現在のスタジオ録音の「ワルツ全14曲」を収めたCDでは、余白にこの「第2番」も加えて収められている。)」とし、3)4)と同じ演奏のように紹介しているが、これはどうか。というのも、僕が聴いた限りでは、「ワルツ集(全14曲)」の14番目のトラックと、最後の付録トラックは、まったく同じものだからである。なぜ同じものが2つ収録されたのかは不明だ。だが、この「TOCE-14026」は2003年発売の「TOCE-59178」の再発売盤。実は、この「TOCE-59178」から、トラック1〜14の「ワルツ集」(および最終トラック)のクレジットが「1950・7・3〜12、ジュネーブ」と改められている。その際に、従前の諸盤に収録されていた4)の方が「1950年7月」録音とされていたので、最終トラックの方が1950年録音の音源=2)に差し替えられたのかもしれない。ただそのことで、結果、同じ曲の同じ演奏が1つのCDに収録されてしまったのであり、これはこれで、東芝さんはまた別の問題を起こしている。

 ということで、竹内氏の文章中にある「新発見の別テイク」と敢えて断わり1950年7月録音だと言っているもの」の実音源は、残念ながら見つからなかった(未確認のスイス製LPと言われるものは除く)。これは竹内氏が、「私はこの「ワルツ第2番」だけが、リパッティの遺言に背き世界中の音楽ファンを欺いてまで、世に出すには相応しくないとレッグが判断した「50年7月ジュネーブ録音」のショパンのワルツ演奏なのだと信じている。(中略)レッグはジュネーブ録音の方を破棄したのだと思う。ジュネーブ録音は、現地の放送局のスタジオと人手を臨時に借りて行われたようだが、その時の関係者が持ち出していた音源なのではないかと思う。」と想定したものなのだが、もし「新発見の別テイク」があれば、「3つ目のワルツ第2番」としてもっと大騒ぎされていてもおかしくない。東芝EMI からLPやCDで出た『リパッティの芸術』という集成盤や、近年、既出の録音を集めて話題になった『ディヌ・リパッティ・コレクション 生誕100年記念エディション(12CD)』(Profil)でも、リパッティのワルツ第2番は上で聴いてきた2種しか収録がない。

 では竹内氏らが聴いてこられた「新発見の別テイク」とは、何だったのか?という疑問が同時に残る。この演奏のことを氏は、「この「ワルツ第2番」は、「全曲録音」の中の同曲演奏とは、かなり異なったものだ。そして録音場所も、明らかに異なっている。単なる別テイクではない。」、また「軽やかで輝きに満ちた「1947年(?)の全曲録音」と違って、どこか生き急いでいる人の、とても悲しい演奏」との印象を記している。が、それはどちらかと言えば上記1)4)のSP録音の方に当てはまる。少なくとも氏は、上の1)の説明で書いたようにSP録音自体を確認していない。一方、上記4)の「小品集」LP 、CDを耳にされておられることは確かなので、このSP録音の方を「新発見の別テイク」と思った可能性があるのではないか。

 以上、これまで見てきた検証自体も、「ねつ造」説を直接否定することになっていない。が、東芝の録音データや音源自体の扱いは、非常に場当たり的であることだけはわかる。少なくとも、その東芝の過去の「1947年録音」というクレジットを根拠に、リパッティのスタジオ録音版「ワルツ集」を「1947年録音」と言うのは無理があるのではないだろうか。少なくとも、1947年にワルツ集(全14曲)が録音されていて、その一部がグリーグのSPの余白で、残り13曲がスタジオ録音版「ワルツ集」で出たという仮説は、事実に反するだろう。

(注1)音源自体は、上記『リパッティの芸術』という集成盤や、『生誕100年記念BOX リパッティ・コレクション』(Profil)、『リパッティ~コロンビア録音集1947-1948』(archiphon)にも収録されている。
(注2)ブザンソンで演奏できなかったワルツ第2番を別録音から補完することを考える人は他にもいて、ナクソス・ヒストリカルから出た「The Last Recital」(8111366)も、「当盤では彼の意思を引き継ぎ、その2か月前に録音されたOp.34-1を添えて、「幻のコンサート」として完結させています。もしこれが不要であるならば、トラック27は永遠に封印してください。」という扱いになっている。
(注3)LPには、CD版に含まれるエチュード2曲はない。ちなみに、CDのパック・イン・レイに「この音源はディスクよりダビングしたもの」との注記がある。

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コメント

こんにちは。1947年と1950年とでは収録に用いられたEQカーブが異なるので、どちらの録音なのか解明は比較的容易なのではないでしょうか。CDで試してみると3曲目第6番、9曲目第5番、10曲目第8番、11曲目第2番、12曲目第13番が1947年録音のようです。LPは違っているかもしれませんが、お知らせまで。

投稿: | 2022年1月29日 (土) 11時00分

こんにちは。コメント感謝いたします。「EQカーブ」の違いで判定するという手法があるのですね。僕の方は全く存じませんでした。
>3曲目第6番、9曲目第5番、10曲目第8番、11曲目第2番、12曲目第13番
僕の手持ちのCDとは一部曲番号がずれてますが、ご試聴されたCDは、スタジオ録音盤の「ワルツ全曲集」だと思います(違っていたらごめんなさい)。そのうち上記の5曲の音が他とは違っているということでしょうか? 僕自身そういう分野はあまり詳しくないので、またお時間のあるときにでも詳しくご教授いただければ本当にうれしいです。よろしくお願いします!

投稿: cherubino | 2022年1月29日 (土) 21時26分

仰るとおりスタジオ録音盤です。EMI系の1940年代後半の録音では1947年が分岐点になっており、従来使われていたロールオフ(高音部1000Hz以上の減衰)がないEQカーブだったのが、ロールオフが導入され、1948年には一般化します。

この実験は古いタイプのEQを全曲に当てて行いました。各曲が古いタイプのEQであれば快適に聴ける。新しいタイプであればキンキン金属的な音になります。こうして焙りだされたのが前述の5曲だったという訳です。

投稿: | 2022年1月30日 (日) 11時02分

早速のご教示ありがとうございます! おかげさまで実験の内容については良くわかりました。僕など素人は、CDにはイコライジング・カーブは関係ないと思ってました。よく考えるとあまり古い録音等では、メーカーの方も原盤にどういうイコライジングしたかはもはや記録さえないのかもしれません。となれば、LPのメタル原盤から復刻する場合等には、その影響が出るという可能性はありますね。ご指摘いただいた内容を元に、引き続き勉強してみます。今回は貴重な情報ありがとうございました。

投稿: cherubino | 2022年1月30日 (日) 13時53分

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