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2021年6月26日 (土)

ワルターのウィーン盤《田園》のピッチについて

 先日の記事「ウラニア盤のないウラニア盤紹介(その5)」で、フルトヴェングラーの「ウラニアのエロイカ」盤は、約半音ほどピッチが高かったという問題について触れた。これは意外に良くあることで、ジャズの大名盤、マイルス・デイヴィスの『Kind of Blue』も、オリジナル盤のA面は4分の1音ほど高かった。このようにテープやディスクに録音された音源を正確に再現するのは、なかなか難しいところがある。

 例えば、ブルーノ・ワルターのウィーンでのSP録音中、名盤として知られるベートーヴェンの交響曲第6番《田園》。以前よりEMIから出ていた復刻CD(Icon シリーズ)は持っていたのだが、先般、SP盤を板起こししたFlacファイルを公開されているサイトを見つけた>>こちら。ダウンロードさせてもらい聴いてみたところ、どうも曲冒頭からややテンポが早く、ピッチも高めのように聞こえる。再度、日頃聴いている Icon シリーズのCDを聴いてみると、やはりこちらはゆったりと穏やかな印象の演奏である。

 実は、SPには手を出すまいと決めていた(笑)。が、かなり前、好きだったワルターのSPは持っていてもいいかなと思い、オークションで安価に上記《田園》とモーツァルトの《ジュピター》の日本コロンビアSP盤だけは購入していた(ただし未聴)。今回これを聴くべく、思いきってSP盤用レコード針(JICO N-44-3 SP盤用)を取り寄せてみた。この針が到着したので早速、SP盤の冒頭・第1面目を聴いてみたところ、確かにこちらは高めのピッチである。アナログプレーヤーは、以前はベルトドライブ形式のものを使っていたが、今年に入ってクォーツロック機能を持つDD駆動の機種(78回転対応)に変えているので、ターンテーブルの回転数は正確なはずだ。iPhone のチューナー・アプリで簡易的に測定してみたら、 Icon シリーズ盤の冒頭部分は概ね A=440 あたり。だが、SP盤の冒頭はなんと! A=453 くらいはあるようだ。ちなみにこのハイ上がりは、Opus蔵(OPK2021)や、グッディーズ(78CDR-3371)の板起こしCDでも同じ傾向なので、お持ちの方はぜひ聴いてみてほしい(以下、ピッチはあくまで参考値として見てください)。

 そのOpus蔵盤だが、この盤で第1楽章を聴いていくと、再現部前で同じ音形が転調しながら繰り返されるおよそ4分半あたりの経過句で、ガクッとテンポが落ちる箇所があるのに気づいた。ここからはピッチもやや低く聴こえる。調べてみると、ここはちょうどオリジナルのSPでは第1面と第2面の継ぎ目にあたる。SPでは盤面の切り替え作業のため音楽が途切れてしまうこともありそうでもないのだろうが、CDでつなげて聴くといかにもこの継ぎ目は目立つ。Opus蔵盤のエンジニアの方はどう考えていたのだろう。解説でもこのことは特に触れられていないが。

 ところで聴き慣れた Icon シリーズ盤ではどうだったと聴きなおしてみたら、確かに若干つながりが悪く感じられるが、Opus蔵盤ほどの<落差>はない。どうも Icon シリーズ盤は、このSP原盤での<落差>を目立たないように修正するため、SP第1面分のテープをほんの少しテンポを落とし、第2面につなげているのではないかと思いあたった。それが、冒頭の印象の違いにつながっているのは明らかだ。その後、自宅にある東芝のLPによる復刻盤(2種)を聴いてみたら、こちらはSP盤とほぼ同じピッチ・スピードだったので、Icon 盤におけるピッチ下げの方が特殊なのだろう。

 いくらオリジナルのSPと言っても、SP盤の1面目の方は4分の1音(半音の半分)くらい高いので、これは高すぎる感もある。第2面以降と同じだったとしたら、A=447〜449 あたりが妥当か。これでもかなり高めのピッチだと思うが、Opus蔵(OPK2021)の《アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク》も、やはりそれくらいある。結局は、誤ったピッチの録音記録があったとして、それを元に戻す場合にもどこに合わせれば良いかは非常に悩ましい問題なのである。

 ちなみに、「ウラニア盤のないウラニア盤紹介(その5)」でも紹介したフルトヴェングラー・センターの会報では、「ウラニアのエロイカ」盤の実際のピッチはどれくらいだったのかを検証していて、こちらでは「フルトヴェングラー時代のウィーン・フィルのピッチはA=443Hzであったろう。」としている(第60号「「ウラニアのエロイカ」のピッチについて」薬師寺純平氏)。ただし、この記事でも実はワルターのウィーン・フィルとのSP録音(1930年代)が検討材料の一つになっている。

「またテープ録音が実用化されていなかった当時、レコードはダイレクトカットであったから、カッティングレースの回転数さえ正確に78回転であったなら、当時そのままのピッチでSPレコードも再生できる(上記記事)」という理屈らしいが、実際の検討結果では、モーツァルトのピアノ協奏曲は「446.1Hz」、一方マーラーの交響曲第9番は「概ね443Hz」とされていて、やはり幅がある。この記事を読んでも、なぜ「フルトヴェングラー時代のウィーン・フィルのピッチはA=443Hzであった」と結論づけられたのか、正直、判然としない。上記のワルターの《田園》《アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク》から言っても、A=446 くらいあったとしてもおかしくないと思う。最近は、レコードのイコライジング・カーブについても盤ごとに様々な設定があったとされ、「コロンビア・カーブ」「AESカーブ」などとあっても理論値だけでは判断できないというようなことが言われ始めた。レコード再生の奥の深さには、本当に恐れ入るほかない。 

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