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2021年10月29日 (金)

「バイロイトの第九」の新音源!登場(その3)

 2回にわたって、「バイロイトの第九」の既存音源である EMI 盤およびセンター盤について、これまで判明している音響的事実や相関関係等について見てきた。今後は、今年12月に公開される BIS 盤がどのような内容かによるのだが、個人的には可能性は以下の3つだと思っている。

<想定1>BIS 盤の内容は、センター盤と同じ

 (その1)で紹介した「ハム音」分析によれば、EMI 盤には3つの音源が使われている。そのことから考えると、客観的に見てこの<想定1>の可能性が最も高いことは間違いない。その場合は BIS 音源の外的証拠にもよるが、こちらが1951年7月29日に行われたフルトヴェングラーによる「バイロイトの第九」の本番演奏ということになるだろう。一方、EMI 盤は、ゲネプロ(本番前の通し演奏)の音源に、一部本番のライヴ演奏をつないだものということになる。(その1) にも書いたが、なぜ EMI やプロデューサーのウォルター・レッグが、そういう不可解なことをしたのかという疑問が残るだけだ。

<想定2>BIS 盤の内容は、EMI 盤と同じ

 こちらも絶対あり得ないないわけではない。その場合、EMI 盤が本番の演奏ということになるが、ただ第3・4楽章に含まれたセンター盤と同じ部分には、理論上、これまで未知であった新たな演奏が含まれていることになるだろう(厳密に言えば、第1楽章の一部も)。その新たな部分に、何かしらレコードに使えない事情があり、ゲネプロの音源=センター盤から音源を採ってきた、というのが真相だったということになる。もしもそうだっだとしたら、これはある意味、明快かつ当然の帰結なのだが、さてどうだろう。

<想定3>BIS 盤の内容は、EMI 盤ともセンター盤とも一致しない

 (その1)で紹介した指揮者の徳岡直樹氏は、もしかしたらそれもあり得ると指摘するが、可能性としては上記<想定1・2>に比べるとかなり低いと言わねばならない。万が一そうだったら、当日約3回も声楽・ソリスト入りの通し演奏(おそらく舞台演奏)をしたことになってしまう。BIS 盤が第1~3楽章だけ新しい演奏で、第4楽章のみ既存の盤と同じ、というハイブリッド盤であることもあり得るから、簡単には言えないが。

 以上、「バイロイトの第九」の新音源について、想像も含め整理してみた。ちなみに、以前は記載されていなかったが、本日(10月29日)現在、Amazon の BIS 盤の解説を見たところ、以下のような記述が増えていた。

「冒頭アナウンスは「1951年バイロイト音楽祭。バイエルン放送がリヒャルト・ワーグナー音楽祭 (バイロイト音楽祭) のオープニング・コンサートをバイロイト祝祭劇場からドイツ・オーストリア放送、英国放送、フランス放送、ストックホルム放送を通じてお届けします。曲はヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮によるベートーヴェンの交響曲第9番です。」というもので、これがまさに生中継だったことがうかがえます。」

 これは、重要な情報だ(英国でも放送されていたというのは、未知の事実だ!)。いずれにせよ、12月になればいろいろはっきりするだろう。一クラシック・ファンとして、その日を待ちたい。

※(2021/11/6の付記)どうも発売日が繰り上がったようで、Amazon や HMV では、直輸入盤は「11月20日」発売、キングインターナショナルによる日本語帯・解説付きは「12月10日」発売になっている(その後、直輸入盤は「11月25日」発売、日本語帯・解説付きは「12月1日」発売になったようだ)。

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2021年10月26日 (火)

「バイロイトの第九」の新音源!登場(その2)

B センター盤の編集箇所
 前回は EMI 盤の編集箇所について述べたが、今回はセンター盤(Orfeo 盤)の編集箇所について。センター盤は、一般に演奏の内容的には、「「通し演奏」だと思います。(徳岡直樹氏) 」と言われている。が、そのテープに編集箇所がないわけではない。というより、EMI 盤・センター盤を通じ最も分かりやすい「編集痕」は、センター盤の第4楽章にある。ちょうどオーケストラによるレチタティーヴォが終わり、低弦で有名な歓喜の歌の旋律が出る直前で、急に音量が上がり頭の部分がわずかに欠けた形で始まってしまう。ここでは、明らかに2本のテープを編集している。(その1)で紹介したほかにも、EMI 盤のちょっとした音の欠落やひっかかりを元に、ウォルター・レッグらの編集行為をあげつらう言説は多くなされてきた。が、このセンター盤の明らかな「編集痕」については、金子建志氏以外にはまったく問題視しないのはどうしてだろう(「フルトヴェングラー 指揮、バイロイトの《第九》新発見が投げかけた新たな疑問」※)。センター関係者等は、元々複数のテープに分けて録音されていて、それをつないだ時にできたと言っている(その根拠は?)。その当否はともかく、この「編集痕」が重大な意味を持つのは、このことがバイエルン放送協会に残るテープが、放送された生演奏の一発撮りのテープそのものではないということを明らかにしている点だ。少なくとも元テープをハサミで切ってつないでいることは明らかである。これは、この後の BIS 盤の検証にも大きな意味を持ってくる。また第1楽章の冒頭に、金管楽器の管に詰まった唾を「ふー、ふー、ふー」と吹き出しているような音がかなりの大きさで入っている。これが本番の録音だとしたら、放送用の音源としてもかなり大きな問題になるレベルだ(こちらについて関係者は、バイロイト劇場に巣くったコウモリの鳴き声ではないかと言っている。え?※※)。

C BIS 盤の注目箇所
 今回 BIS 盤が発売されるにあたっては、これが本番の演奏の放送記録であることの傍証というか状況証拠がしっかりと取れることを期待したい。僕自身、様々な状況証拠から言って、センター盤が本番の演奏である可能性、つまり BIS 盤と同じ演奏である可能性は、EMI 盤がそうであるより高いとは思っている。が、センター盤の発表時に、本番の放送であることの外的証拠がないのにも関わらず、もっぱら演奏の特徴などから「こちらが本物。EMI 盤は偽物」と言わんばかりの紹介がされたことについては、大いに疑問を持っている。なので、この BIS 盤においては、そのあたりを慎重に取り扱ってほしいと思う立場だ。実際に、この BIS 盤が本番の生中継の録音であると断定するには、いくつかの要点がクリアされねばならない。

 例えば生中継番組の放送時間。当時の放送記録や新聞などから、ぜひ特定してほしい。それを語るには、まず1951年のバイロイトで、何時から「交響曲第9番」の演奏が始まったのかを知らねばならない。が、残念ながら、日本ではこのような基本的なことも、これまでほとんど語られてこなかった。今回、調べてみると、Orfeo 盤のライナーノーツに当時の演奏会のプログラムらしき文書の表紙画像が載っていて、そこに「SONNTAG, 29. JULI 1951, 20 UHR」とあるのが見える。つまり、20時からスタートしたと考えられるのだが、その時間と番組の放送時間とが一致していなければ、「生中継」という前提が崩れる。また生放送だった場合、当時、そういう国際中継放送が技術的に可能だったかの検証も必要だろう。日本の例だが、本邦初の国際ラジオ中継は、昭和5(1930)年1月のロンドン海軍軍縮会議の折だったと、国立国会図書館の憲政資料室のサイトにある>>こちら。なので、国際生中継が可能だったことは間違いないが、音質はひどかったそうだ。ドイツからスウェーデンまでおよそ1千キロメートル以上ある。中波では満足に届かないだろうから、短波で音楽を飛ばしたとしよう。その電波をスウェーデンの放送局がアンテナで受けて、(おそらく中波に変換して)放送するという手順をとったことが考えられそうだ。今回の BIS 盤はそれを放送局の時点で録音したということになるのだろうが、それでCD化できるほどの音質が保てたとしたらなかなかの技術だ(電話回線を使ったという説もあるが)。

 あとBで述べたことだが、もしBIS盤がセンター盤と同じ音源だった場合、その第4楽章にセンター盤に見られる明らかな「編集痕」がないこと。これも大事な要件だ。もし BIS 盤にも「編集痕」があったとしたら、生中継ではなくバイエルン放送協会のテープのコピーを取り寄せ放送したことになるだろう(コピーテープが1本増えただけ)。ちなみにこの辺りの事情は、NHK FM のライヴ演奏の放送番組である「ベスト・オブ・クラシック」の解説をよく務めていた金子建志氏による下記注の記事に詳しい。それによれば、1970〜80年代の日本のFMでも「音楽の生演奏を電波だけでリレーして中継するというのは簡単なことではなかった」という。多くの場合、「マスターテープをもとに、複数のコピーが作られ、放送時になると、全国のキー局から同時にダビング後のテープが回されて放送されるという仕組み」であった。テープの内容が「編集痕」も含め同じなら、かつてのNHK FM と同じことが、ミュンヘンとストックホルムで行われた疑いが生じる。

『レコード芸術』2007年9月号 p.213(音楽之友社)
※※僕自身、1950〜60年代のいわゆる「新バイロイト」時代の音源はほとんど集めているが、このような「泣き声」が入っていたという記憶はない。

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2021年10月24日 (日)

「バイロイトの第九」の新音源!登場(その1)

 「バイロイトの第九」と言えば、このブログをお読みになっておられる方には、説明不要の名盤だろう。僕の子どもの頃から、ベートーヴェンの交響曲第9番と言えば、1951年夏のバイロイト音楽祭でフルトヴェングラーが指揮したこのライヴ録音が決定盤として長く君臨してきた(EMI、現 Warner)。ところが、その名盤に実は別のバージョンがあることが知れわたったのが2007年のこと。発端は、日本のフルトヴェングラー・センターという愛好家団体が、バイロイト音楽祭の放送を担当しているバイエルン放送協会の録音庫から発掘した1本のテープであった。これは、一部既存の録音と同じ個所を持つものの、全体としてはまったく別音源だったこともあり、以後、様々な評者によってその真贋が争われてきた(現在では、Orfeo が一般販売している)。

 両者の演奏は極めてよく似ている。また第4楽章のソリストはどちらも共通。初日の演奏があったのは7月29日の夜で、その日のお昼にはゲネプロと称する「通し演奏」があったことも、関係者の証言が残っている。なので、どちらかがゲネプロの演奏で、どちらかが本番の演奏であったというのが現在の大方の見方である。だが、それを裏付ける客観的な資料は何もなく、真相は闇の中という状態であった(上記センター関係者は、下記にもあるように、EMI 盤は、リハーサルと本番の混合、センター盤は本番と主張する)。

 一方、以下は先日、輸入元のキングインターナショナルから発信されたニュース。

>>まさに1951年7月29日、スウェーデン放送によって中継放送された番組、冒頭の3か国語 (ドイツ語、英語、スウェーデン語) によるアナウンスから巨匠の入場、渾身の指揮、やや長めのインターバルをはさみ、最後の2分半以上に及ぶ大歓声と嵐のような拍手 (と番組終了のアナウンス) まで、85分間、一切のカットなしに当夜のすべての音をSACDハイブリッド盤に収録しました。

 これは2021年12月20日に発売予定の Bis 盤の発売予告である。おそらくこの盤が発売されれば、上記 EMI 盤とセンター盤との比較から、新たな事情が判明すると期待されているが、それまでに既出の両盤について情報を整理しておきたいと思う。というのも、センター盤の発表以来、「EMI 盤はライヴの一発録りではなく編集されている」「いや、EMI 盤には編集痕跡はない」「センター盤は通し演奏」といったような議論が盛んに交わされ、今でもそれらの憶測がネットや音楽本上でそのまま未決のまま放置されているからである。

A EMI 盤の編集箇所
 上に書いたように、両盤は全体としては別音源なのだが、一部同じ内容になっている箇所がある。これについてはSNSサイトの mixi で詳細な研究成果を発表されている方(お名前は「mixiユーザー(id:3963564)」となっている)がいらっしゃる>>「フルトヴェングラーのバイロイトの「第九」。ハムの痕跡で分かる事」2015年03月31日。これは、耳での聞き取りではなく、ハム音等、音源の周波数分析から割り出した結果によるというユニークかつ非常に精緻なもの。「どちらが本番かというのは主観なので考えない。」という主張からして、本当に潔い。根拠等はそちらを参照していただくとして、結果だけを紹介すると、EMI 盤には以下の箇所で他のテープからの音源が入り込んでいることがわかったという。ちなみに、分析者の方が聴いている音源は、「TOGE11005 のCD層」とのこと。

1)第1楽章の0:38から0:52辺り
2)第3楽章の9:18から10:44辺り
3)第3楽章の15:27から16:04辺り
4)第4楽章の9:49から10:02辺り

 このうち、1)を除く3か所は、音源的にセンター盤と同じ※。これについては、台湾在住の指揮者である徳岡直樹氏が、日本フルトヴェングラー・センターの講演会でもこれを追認している(以下は講演会後の Facebook 「Historical & Modern」における2018年7月14日の発言>>こちら)。

>>解析「EMIバイロイトの第九」の真実
7/7にセンター講演で発表した件。要点のみ簡潔に紹介。
EMI盤には一部センター/Orfeo盤と共通する部分がある。これは客席からのノイズ、そして演奏上の特徴やミスで判定が可能な上、ネットではEMI盤の「ハム音」の差で編集箇所を特定しようという試みがあるが、このふたつの手法による「仕分け」の結果が一致していた。
そして詳細に聞くと編集ヶ所の前後では収録音質も微妙に異なり、LPではまだしもCDでははっきりと聞き取りが可能。ただし非常に巧妙なものなので、これまでほとんど誰も気がつかなかったのも仕方ないかもしれない。
以下に第三楽章の四つの編集ヶ所を列記します。検証をお願いします。この時間表記は海外リファレンス盤のタイム表示を使用しています。
冒頭からリハーサル演奏 1〜82小節終わり 9’16”まで 
(1) 83〜98小節めの四拍めまでコンサート演奏(センター) 9’16”〜 10’50”
(2) 98小節四拍めから132小節第3拍の裏拍までリハーサル演奏 10’50”〜 15’26”
(3) 132小節第3拍の裏拍から136小節までコンサート演奏 15’26”〜 16’06” (未確認、再検証が必要)
(4) 137小節〜第三楽章終わりまで リハーサル演奏 16’06”〜
編集痕の聞き取りはなるべく初期CDを使用したほうがよい。最新のSACDのように「足音」自体が従来のものと違っていたり、「足音」から演奏への編集が綺麗に修正されている場合があるので、初期の日本盤CD等が検証に適している。第三楽章約20分の間、85%がリハーサルと思われる演奏、15%がセンター盤と共通するライブ演奏となっており、この編集意図についても幾つかの理由が推察されます。

 以上の情報に従って、僕も実際に EMI 盤を聴いてみた。正直、徳岡氏が「編集痕だらけ」と言うほどはっきりとした切り貼りの痕跡は聴き取れない。強いて言うならば、(4)の直前にごく瞬間的な音の引っかかりがあるか、という程度※※。そのような音の揺れのような箇所は、古いテープ音源ではどこにでも聴くことができる。なので、「未確認、再検証が必要」という注記にもあるように、「編集痕」から編集箇所がわかる、あるいは「「仕分け」の結果が一致していた」という感じでもないような気がする。むしろ、上記 mixi でのハム音の分析結果を元に、微に入り細を穿ちCDを聴いているというのが実態ではないか。

 ちなみに、上記の「ハム音」分析が出る前には、EMI の編集箇所と言えば、もっぱら第4楽章・333小節目の「vor Gott」末尾の短いクレッシェンド箇所ばかりがクローズアップされていた。曰く、センター盤には認められない「最後のクレッシェンドについては、疑念通りテープ編集時に付け加えられたと考えざるを得ない。(桧山浩介氏※※※)」。センター盤CD/SACDのライナーノーツでは、プロデューサーであるウォルター・レッグの「お化粧」「ごまかし」だとさえ書いてある。が、この箇所は mixiユーザー氏も、徳岡氏も、編集ではないという見解であり、最近ではほとんど問題にされなくなってきている。一方、「EMI 盤編集説」の根拠として挙げられることの多い演奏冒頭の「足音」については、今もオリジナルではないとする識者が多い。ただし、mixiユーザー氏は「蛇足ながら、始まりの足音に関しては、当日に録音したものと思われる。何時の時点での足音かは定かでないにしろ、オリジナルのテープにこの足音はあった。バイロイトの会場での足音であるのは確実。」と分析されている。こちらは、演奏後の拍手(2、3種類ある)とともに、まだ解明は進んでいないと言わねばならない。

 ただ「ハム音」分析について僕がより重視したいのは、挿入されたという箇所の音源が、コピーではなくオリジナルテープだったということ。現行の EMI 盤に残る挿入箇所は、センター盤と同じ音源から採られているとはいえ、音場や楽器バランスなど録音状況に違いがある。さらに、オシロスコープで帯域を見ると、センター盤= Orfeo 盤は「8kHzまでしか帯域がない。(上記 mixi 記事)」とのこと。なので、EMI 側がバイエルン放送協会が持つセンター盤のテープ(コピー)を使っているとは思えない。上記の EMI 盤の挿入箇所中、「1)第1楽章の0:38から0:52辺り」はセンター盤とは一致しなかったことと考えあわせると、EMI はリハーサル、ゲネプロ、本番と、一連の演奏を録音していただろう。つまり EMI 側もセンター盤と同じ演奏を独自に録音し、それにハサミを入れてマスターテープを作っていたと想定される。仮に、今冬に発売されるBIS 盤がセンター盤と同じ音源だったとしたら、それが本番の演奏である可能性が高まる。が、そうなると EMI 側が貴重な本番のテープに対し、なぜそのような処置を採ったのか(あるいは、そうせざるを得ないような事情があったのか)が、大きな疑問として残るだろう。

 以下は(その2)で。

※分析者の方が聴いているのは、センター盤ではなく Orfeo 盤の方。
※※僕の視聴環境ではむしろ、4)第4楽章の挿入箇所の方が、音質・音量的にやや違和感がある。
※※※『レコード芸術』2007年9月号 p.72(音楽之友社)

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