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2022年1月15日 (土)

板起こしで聴くメロディア盤のフルトヴェングラー (その1・ベートーヴェン7)

 フルトヴェングラーの数多い録音の中でも、第二次世界大戦中の一連の録音の中に、最も彼らしい本領を見る人は多いだろう。今では、安い廉価盤CDでも聴ける音源である。だが、元はと言えばソ連が戦利品として持ち去った放送用録音テープ(マグネットフォン録音)から作られた、いわゆる「メロディア盤」というLPレコードが初出であった。当時は、ソ連という鉄のカーテンの向こう側で出ていた、いわばまぼろしの盤。自由に売買できるようになった今でも、我が国の輸入レコード専門店などでは、1950年代後半から60年代にかけて出たような古いオリジナル盤には、数万円から十数万円の値がつけられている。実は昨日もオークションサイトで、1942年のベルリン・フィルとの「第九」(アコード盤)が、十万円弱で落札されていた。まあ、こうなると「メロディア盤とはどのような音が入ってるのだろう」と興味を持ったとしても、余程のマニアでないと手が出ないだろう。ただしよくしたもので、今世紀に入ってからはこれらの古いLPを「板起こし」という形で音盤化したものも多数出るようになっていて、だいたいの音はわかるようになってきた。今回はそうした板起こし盤を中心に、メロディア盤音源を聴いていくことにしたい。まずは比較的新しいメロディア盤の一つである、ベートーヴェンの交響曲第7番イ長調から。

 レコード番号は「33D-027779/80」(注1)。その上に「GOST  5289-68」という数字がついたものが初出だそうで、この最後の「68」というのが製造年代(1968年以降)を表すというのが通説になっている(「GOST」の文字等はキリル文字で「ГОСТ」と書かれている)。1956年以降を示すという「56」というのが一番古く、次いでに「61」「68」「73」「80」と続く。つまりこの「交響曲第7番」の場合、最初にソ連でフルトヴェングラーの音源が出たのは1960年代の末か1970年初め頃だと推定され、その頃からするとすでに10年ちょっとが過ぎていたことになる。上に見たような何万円もするような希少価値はないので、僕のようなメロディア盤ビギナーにはかえって都合が良い。

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 レーベルの色は、モスクワのアプレレフカでプレスされたピンクと、レニングラードでプレスされた黄色、この2種が一般的(注2)。プレス工場の名前は、レーベルの真ん中に引かれた太い罫線の上に表記されている。また、同じようなデザインだが上半分を占める「MELODIYA」という文字が、中白抜きの書体と、普通のベタ塗りの書体の2種がある。またアプレレフカ盤とレニングラード盤のうち、どちらが音が良いかについては、諸説ある(注3)。上記のように比較的新しいタイトルなので、製盤技術的にもコンディション的にもひどい品質のものは少ない印象だ。ただ、モスクワ盤の一部には、少しザラついた盤質のものがあると言われていて、僕の所有する2枚の中白抜き文字のピンク・レーベル盤(GOST68)のうち、1枚は入っている音自体は悪くないものの、SP盤のようなザワザワというごく小さな針音が絶えず入る。ちなみに、黒ベタ文字のピンク・レーベル盤(GOST68)やイエロー・レーベル盤(GOST73)は、そうしたことはない。

 音楽評論家の平林直哉氏が主宰する板起こし盤レーベル「Grand Slam」の前身のCD-Rレーベル「Serenade」に、イエロー・レーベルの復刻とされている盤がある(SEDR-2008、2002年)。盤のノイズは割と多い方。でも曲の冒頭から、元LP以上に凄絶な音響が聴ける。DG 版などのテープ系のCDと比べても、もともと音源自体エコー成分が多めなので聴き応えはあるが。第4楽章の冒頭は欠落のままで、解説には「今や伝説と化した事故を音で確かめられる復刻盤が、世の中にひとつくらいはあってもよいのではないかと思っている。」とある。ただし、テープ復刻盤とは違い、板起こし盤では、後述の GREENDOOR 盤、OTAKEN 盤以外はすべて欠落したままである。ちなみに、2004年末に DREAMLIFE から同じ平林氏のプロデュースで出たSACD/CD(DLCA-7007)も出た。使用盤の情報はないが、盤の雑音の状態等からおそらく同じ盤からの復刻と思われる。針音等は軽減されている。ただ平林盤の常でもあるのだが、低音を中心に音圧レベルが少し高過ぎる点はどうか。第2楽章の始まりも、LPよりかなり大きめの音になっている。

 その点ではピンク・レーベルの GOST68 を復刻した Delta 盤が注目される(DCCA-0023)。いわゆるスクラッチ・ノイズはほぼなし。実にすっきりした音づくりで、会場の微細な物音も良く聴き取れる。高域にサーという音が微かに入り、終楽章などでは高弦がややキンキンするところもある。が、エコーの具合等、音自体は GOST68 のLP盤の音に近い。第1楽章の冒頭も Serenade 盤ほど、盛大に始まらない。実はベートーヴェンの書いたスコアでは曲の始まりは単に「f=フォルテ」、あるいは「fp=フォルテピアノ」だ。序奏部分がやや進んで14小節目でクレッシェンド。17小節目に至り、序奏主題がホ長調で出ることころで初めて「ff=フォルテッシモ」が来る。フルトヴェングラーの演奏でも原レコード盤では基本的にそうなっているので、Serenade 盤等の冒頭部分では、復刻時に音量を上げている可能性もあるだろう(第2楽章の始め等も)。

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 同じピンク・レーベルの GOST68 を復刻したものに MYTHOS 盤がある。特定のショップでしか扱ってないレーベルだと思うが、板起こし専門の代表的なレーベルの一つだ(松竹梅の3種があるが、竹の NR-ZERO 6 Gold で聴いた)。針音もやや多めながら、その分、目の覚めるような鮮烈な音である。迫力も十分なのだが、決して低音は強調されていない。この GOST68 から最大限、音情報を引き出すことに成功した板起こしではある。こちらも若干、音量は大きめだが。

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 さて、この曲には青レーベルもあって、このうちには新世界レコード社が日本語の帯をつけて直輸入販売した盤もある。「33D-027779/80(a)」という番号がついている。ジャケットには上記アプレレフカ盤と同じベートーヴェンの彫像をあしらった白いジャケット・デザインが使われているが、文字の配置が若干違う。また裏ジャケットの解説は英語になっており、演奏者は「ムラヴィンスキー/レニングラード・フィル」になっていて、上にシールが貼られている。これは結構売れたようで、今でも日本のオークションでも意外に安価で出ることがある。上記ソ連盤とは時期的には同じ頃に出たと思われるが、盤の状態も非常に良く、上記ピンク&イエロー盤より出音のレベルも若干高いので、板起こしの原盤にもよく使われる。

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 「Grand Slam」では、2010年に出したCD盤(GS-2046、2010)では、こちらを復刻している。押し出しの良い音は、いつもの平林流。わずかにブーンという音が入るが、針音は少なく比較的丁寧に仕上がっている。余談だが、このCDは併録された世界初出音源の「レオノーレ序曲第3番」が売りなのだが、「恐ろしく売れ行きが悪い」と平林さんはエッセイでこぼしていた(笑)。さらに、板起こしメーカーとして有名な「OPUS 蔵」からも、この「33D-027779/80(a)」を使ったCDが出ている(OPK 7002)。こちらはこのレーベルの常として、良く言えば低音の効いた、悪く言えばぼーっとした音場になっている(ヘッドフォンで聴くと、ジジジ・・・という雑音が絶えず入っている)。ネットなどでは絶賛する人も多いが、まったく受け付けない人もいる。元LPが出た頃のオーディオ機器ではこのような音がしたのかもしれないが。

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 またクレジットにはないが、ライナーノーツの表紙&パックインレイのデザインから、GREENDOOR 盤も同じ番号の盤を使っていることがわかる(GOWF-2001)。こちらも低音寄りにイコライジングしたようで、音楽のバックにハム音のような暗騒音が入っている。ある意味、緊張感を高めてはいて、この盤だけ聴いている上では、この音が好きという人もいるだろう。ただ「OPUS蔵」とともに、元LPに刻まれた音の状況を正確に写しているとは言えないだろう(注4)。

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 さらに新世界レコード社が輸入販売した全23巻のうちの一枚で、黒ジャケット・黒レーベル盤がある(M10 49727/8)。こちらも多くの板起こし盤を出している「OTAKEN RECORDS」は、音楽評論家の小石忠男氏が所蔵していた「M10用原盤」の「手動プレス盤」からの復刻盤を出している(TKC-322)。こちらは、バックノイズのないデジタル的な軽い音作り。聴きやすいとは言えるものの、上記の板起こし盤を聴き慣れた耳には、「高音寄り」「きれいすぎ」に聴こえるかもしれない。

 さらに青レーベルには、マニアの間で「VSG盤」と言われて珍重されているタイプのものもある。これについては、最初なので別稿で詳しく考えてみたい。

(注1)同じ作曲家の交響曲第6番『田園』の番号は「33D-027777/78」なので、連番になっている。
(注2)GOST73 の白レーベルも家にはある。他に僕は所有していないが、黒レーベル&金文字の GOST68 もあるようだ。

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(注3)ちなみにLP盤のマトリクスは、中白抜き文字のピンク・レーベル盤(GOST68)および青レーベル盤が「3-2/3-1」、黒ベタ文字のピンク・レーベル盤(GOST68)は「3-2/1-2」であった。ちなみにこちらの記事だと、前者の方が「初版」とのこと。マトリクス番号が逆転するというのはある意味不思議だが、GOST73 の黒ベタ文字のイエローレーベルは「1-3/1-2」なので、確かに番号が若返っている。
(注4)この GREENDOOR盤「第7番」のCDには書かれていないが、同じ GREENDOOR レーベルのベルリンの「第九」盤等では、桧山浩介氏によるライナー「大戦中のフルトヴェングラーの演奏とその録音をめぐって」で、「レベル変動の修正」「コンプレッサー処理の結果生じている全体にわたるダイナミックレンジ幅の補正」「ピッチについても配慮が必要」と書かれている。だとすると、レーベルとして復刻時に音を補正している可能性が高い。また当然ながら、レコードの再生においてはイコライジング・カーブの問題は確かにある。これらのレーベルでは、カーブを変えているなら、上記のような音になる可能性もある。ただし、GOST68 盤の時点では、すでに RIAA に近いカーブであったと思うが。 

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