2016年3月 9日 (水)

高いホルン、低いホルン(その35・ハイドン編 no.89)

 次の曲は交響曲第89番。調性自体はへ長調だが、第2楽章のアンダンテ・コン・モートがハ長調で、C管ホルンが使われている。

番外編4)交響曲第89番(ヘ長調) 第2楽章にC管ホルン2。ランドン版では指定なし。(他の楽章はF管ホルン2を使用)

 この交響曲の第2、第4楽章は、「2台のリラ・オルガニザータのための協奏曲 ヘ長調 Hob.VIIh:5」の第2、3楽章を転用したもの※。特殊な楽器なのでオリジナルのリラ・オルガニザータによる演奏はなかなか聴けない。ハイドン自身がリラ楽曲(ノットゥルノ)をロンドン訪問時に演奏したときに採用したようなフルートとオーボエ、あるいはフルート2本による編曲バージョンで演奏した音源が多い。個人的には昔、日本コロンビアが出していたランパル(フルート)とピエルロ(オーボエ)のソロによるLP(2枚)でよく聴いた(先年、AccordレーベルからCD化されたようだが僕は未購入)。

 さて、この盤のC管ホルンの扱いは明快だ。というのも、この楽章でホルンは、まさにソロ楽器のように高いC(第16倍音)まで登っていくフレーズを2度(くりかえしも入れると4度)吹くことになる。ということで、ランドン版も新ハイドン全集版もホルンの音域指定はないのだが、今回、僕が聴いたすべての盤がバッソで吹いている。ちなみに今回聴いたのは、以下の諸盤。ミュラー=クライ、ブール、ドラティ、べーム、フィッシャー、クイケン、ドラホシュ、ヴァイル、ブリュッヘン、リンデ、ウルフ、ボストック、ラトル、デイヴィス、ファイの各盤。

 ここからは余談だが、リラ協奏曲からの編曲であるこの交響曲の第4楽章には、strascinando(ストラッシナンド)という指定がある。「音を引き伸ばしながら、ゆっくりと」のような意味だそうだが、この第89番における指定についてはブログ『Zauberfloete通信』の記事「ストラッシナンド/strascinando」に詳細かつ興味深い分析があるので紹介させていただく。ちなみに、ランドン編纂の版では、第4楽章の第16、84小節目に strascinando が、そして第153小節目には( )付き、つまり編者の付加という意味合いで strascinando がある。その記号が付いているパートは、ランドン版では一番上のフルートのパートの上と、第1ヴァイオリンのパートの上の2か所。ただし、Zauberfloeteさんによれば、

「strascinando が「音を引き伸ばしながらゆっくりと」演奏する指定であるのであれば、伸ばす音はフルートと1stヴァイオリンのCの音であろうし、ウルフが言うように、「テーマに戻るのに少し時間がかかることを強調」することにもなる。そして、スコア上に記載されている場所(Flと1stVnのパート上のみ)とも一致する。ということで、ハイドン-モーツァルト プレッセ版のパート譜(Flと1stVn以外)での strascinando の指定はあまり意味がないとも考えられる。」(『Zauberfloete通信』の記事「ストラッシナンド/strascinando」から)

 まさに、そのとおり。ちなみにこれについて、新ハイドン全集版(ヘンレ版)を見てみたところ、第16、84小節目の譜表の一番上に strascinando が付いているだけである。ただし、これはフルート・パートにだけ指示が付いているという意味ではなく、おそらく普通の速度記号・表情記号等のようにすべてのパートに効果が及ぶという意味で、譜表の一番上に記されているように見える※※。というのも、校訂報告には、自筆譜(A)、ブタペストに残るエステルハージ由来のパート譜(Ep、Es)では、第16、84小節について1stヴァイオリンの譜表近くにのみ strascinando が付いているとある。これを編集者が譜表の一番上に移したということだろう。なかなかこういう場合の解釈は難しいところだが、実際の演奏としてはZauberfloete さんのご指摘のように「フルートと1stヴァイオリンのCの音」を引き伸ばし、それに合わせ全楽器がテンポを落としたのち、テーマの再現になだれ込むということになるのだろう。このあたり元曲のリラ協奏曲ではどうなっているのか、また調べてみたい。

※ハイドンのリラ楽曲については、新ハイドン全集でこれらの曲の校訂を担当した大宮眞琴氏による詳細なレポートというか論文が、日本語!の本になっている。>>『ハイドン全集の現場から 新しい音楽学の視点』(音楽之友社・刊)。
※※ちなみに現代のオーケストラの印刷譜では、一番上がフルートのパートになるのが通例だが、ハイドンやモーツァルトの楽譜ではあまりそういう例は少ないように思われる。この第89番の自筆譜でも、一番上のパートはホルン(1st, 2nd)となっていて、以下、1stオーボエ、2ndオーボエ、フルート、ファゴット(1st, 2nd)、そして弦楽の順となっている。

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2016年2月13日 (土)

高いホルン、低いホルン(その34・ハイドン編 no.78)

 ハ長調交響曲ではないが、ハ長調の楽章を持つハイドンの交響曲について、ホルンの用法を見ていく。その番外編3)は、交響曲第78番で、冒頭楽章が《疾風怒濤時代》を思わせるハ短調で劇的に始まるが、第2楽章は穏やかな変ホ長調、第3楽章メヌエットはハ長調となる。フィナーレはA・ハ短調で始まるロンド。B部分は長調になるが、再びA・短調に。最後はハ長調に転じ、ハイドンらしい快活さの中に終わる。作曲年代は第76、77番と並んで1782年頃と推定されている。まだエステルハージ時代ではあるが、ハイドンはこの3曲をセットでパリ、ロンドン等の楽譜商に売り渡している。もはや彼の目はヨーロッパ各国の大都市に向いていたのだろう。

番外編3)交響曲第78番(ハ短調) 第3、4楽章にC管ホルン2を使用。ランドン版では指定なし。(他の楽章はEs管ホルン2を使用)

 自筆譜は残っておらず、筆写譜にもアルト/バッソ関連の指示はないようだ。新ハイドン全集は、第3、4楽章のホルンに [ ] 付きながらバッソの指定を与えている。C管ホルンの音域的には、高い方が第10倍音(E)、低い方が第4倍音(G)。普段の第12倍音(G)にも登らない。第3楽章メヌエットの後半最後に木管と組んだ Soli があるほかは、低い音域で中域を支えている場面が目立つ。

 時代的に《疾風怒濤時代》の作と《パリ交響曲集》のはざまにあり、録音も多くはない。ジョーンズ、ドラティ、オルフェウスCO、グッドマン、ウォード、フィッシャー、ダントーネと聴いてきたが、これらはすべてバッソ採用のようだ。例外は、なんとデイヴィスの全集盤所収の演奏で、フィナーレのみアルトで吹かせている。終結部ではアルトのホルンによる派手なファンファーレが聴かれる。デイヴィスは、第50番、第56番とハイドンが自筆譜でアルトを指定している曲でも頑固にバッソを採用していたのに、ここではまるで逆の現象。前述のとおり音域が低いので、奏者が吹きにくいからだろうか。使用音域が高いと下げて、低いと上げる・・・このシリーズでこれまで見てきた中にも、他にそのような処置をとった盤があるし、現場感覚と言えばそれまでだが、指揮者としてはどう考えているのか。

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2016年2月 8日 (月)

ハイドン・まぼろしのG管トランペット

 前回の発言で見たハイドンの交響曲第97番ハ長調の第2楽章は、ハ長調の下属調=ヘ長調で書かれている。当然のことながら、F管ホルン2が使われている。またこの《ロンドン交響曲集》の特徴として、第95番と第98番を除くほとんどの曲で、緩徐楽章にもトランペット2&ティンパニが使われている(モーツァルトも《リンツ》交響曲で、初めて緩徐楽章でトランペット&ティンパニを使っているが、これは当時とは新しい手法であったろう)。が、このハイドンの第97番交響曲の第2楽章で使われたトランペットは、ホルンとは調性が異なりC管トランペットになっている。これはなぜだろう。

 ちなみにハイドンの交響曲ではハ長調交響曲でトランペットを使うことが一番多いのだが、この場合、ハ長調となる1、3、4楽章では当然ながらC管のホルンと組み合わせて、同じくC管のトランペットが使われる。またハ長調以外でよくトランペットが使われる調性には、ニ長調がある。ニ長調の交響曲でトランペットが編成に加えられるのはかなり遅く、1778/79年作曲の第70番以降となっており、《ロンドン交響曲集》以前には第75、73、86番が数えられるのみ。これらの曲で使われるホルン、トランペットは、D管である。つまり多くの場合トランペットの調性は、C、もしくはDということになる。当時、ホルンは低いCから高いCまで様々な調のホルンが用意できたのだが、トランペットはそうではなかったようだ。冒頭に書いた第97番のヘ長調の緩徐楽章で、F管ではなくC管トランペットが使われているのも、そうした事情が絡んでいる。

 さらに以前、交響曲第54番ト長調の<改訂版>を聴いたときも、第1、3、4楽章の調性はト長調なのでホルンはG管だったのだが、トランペットはC管であることに触れておいた。《ロンドン交響曲集》以前のハイドンでは、ハ長調、ニ長調そしてト長調のみが、トランペット&ティンパニ入りである。ト長調交響曲でトランペット入りとなるのは、上記第54番が最初。のちにハイドンは、《ロンドン交響曲集》以前には、第88番「V字」および第92版「オックスフォード」という両有名曲をト長調で書くが、これらでもC管トランペットを使っている。つまり、G管トランペットもなかった、と言いたいところだったが、実はそうではないようだ。

 こちらは《ロンドン交響曲集》の曲だが、第94番「驚愕」で当初、第1楽章のトランペットパートをG管で書き始め、この楽章の最後まで書き進めたのち、最終的にこれを取り消しC管に書き直しているという(C管パートの全体は別の用紙に書かれ、総譜の最後に付け加えられた※※)。ドラティの交響曲全集の解説にランドンは、「このG管トランペット,いわゆる<イングリッシュ・トランペット>は,アルテンブルクが1795年に書いた著名な論文のなかで言及されているもので,イタリアでは<トロンバ・ピッコロ>と呼ばれた。」と書いている。アルテンブルクとは、Johann Ernst Altenburg(1734-1801)のことで、『Versuch einer Anleitung heroisch-musikalischen Trompeter- und Paukerkunst』という本の中にこれらの記述はある。これも Google Play (Books) で検索したらなんと全文が閲覧できた。該当箇所と思われるのは以下のページ。>>「3)」と数字のある箇所。

Altenburg1

 ハイドンが想定していた楽器がこの<イングリッシュ・トランペット>だったかどうかは不明だが、イギリスにこの種の高音トランペットの伝統があったとしても、有名なヘンデルの『メサイア』の例などから考えてもおかしくはない。にもかかわらず、ハイドンが通例どおりC管トランペットに戻したのには、管長の短いG管で高い音域を演奏するのは不安定だと考えたためと、ランドンは想定している。

 結局、このG管トランペットは、まぼろしに終わったが、実は《ロンドン交響曲集》の中に変ホ長調の曲が2曲あり、それらにおいてハイドンはEs管のトランペットを使っている。第99番と第103番「太鼓連打」がそうであり、これもある意味、興味深い。前者が書かれたのは1793年であるが、ただしこれには有名な前例がある。モーツァルトの交響曲第39番変ホ長調 K.543 でもEs管トランペットが使われている。この曲は1788年の作であり、ハイドンのものより先行するが、果たしてハイドンはモーツァルトのこの曲を知っていたのだろうか※※※。のちハイドンは、友人であるアントン・ヴァイディンガーから依頼され『トランペット協奏曲』を作曲するが(1796年)、これはキイを持つEs管用に書かれたと言われている。ほかに、《ロンドン交響曲集》の中に変ロ長調の曲が2曲(第98番、第102番)があり、これらではB管のトランペットが使われた。結果、ハイドンの交響曲において、トランペットが使われるのは、変ロ長調、ハ長調(ハ短調)、ニ長調、変ホ長調、ト長調で、その調性の方はB、C、D、Esということになるようだ。

※この曲のトランペット&ティンパニは後年の追加と言われている。
※※ランドン編のフィルハーモニア版のスコアには、付録としてG管トランペットのパートが載せられている。
※※※ランドンによれば、「エステルハージの楽団は,モーツァルトの最後の3つの交響曲の手稿譜の写しを所有していた」という。新モーツァルト全集の K.543 の校訂報告にもこの手稿譜について記載されている。

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2016年2月 1日 (月)

高いホルン、低いホルン(その33・ハイドン編 no.97)

 ハ長調交響曲の最後を飾るのは、交響曲第97番。《ロンドン交響曲集》の中の1曲で、1792年にロンドンで作曲された。

20)第97番 ランドン版はアルト/バッソの指定なし(第2楽章は、F管ホルン2を使用)。

 この曲にもホルン2およびトランペット2&ティンパニが使われているが、自筆譜はもちろん、他の筆写譜、当時の出版譜にアルト/バッソの指定はない。新ハイドン全集も、上記ランドン版と同じ指定だが、結論から言えば、バッソと推定されている。ランドンも「イギリスには,ハ調管にせよ変ロ調管にせよアルト・ホルンを使うという伝統が,なかったようなのである.」(ドラティ全集盤の解説)とし、バッソであると認めている。彼によれば、ハイドンの友人でウィリアム・シールドという人が、1800年に書いた「和声学入門」という本の中で、変ロ調ホルンは記譜音より低い「死んだ」音が鳴るいわゆる「バッソ」として紹介されているという。ランドンの別著『Haydn: Chronicle and Works, Volime III, Haydn in England』の中に、上記シールド本の原名『Introduction to Harmony』(by William Shield)があったので検索してみると、何と「IMSLP」のサイトにこの本のファクシミリが登録されていた。該当箇所の画像は以下のとおり。

Shield1

 前回見た交響曲第90番が、1791年(3月25日)にハイドンが指揮をしたザロモン・コンサートでイギリス初演されているが、その折に使われたというパート譜(ロンドンのロングマン&ブロードリップ版)でも、トランペット&ティンパニを含む上、ホルンのアルト指定は省かれている。こうしたことがロンドンではホルンはバッソ、ということの根拠のひとつになっているようだ。

 ホルンの使用音域としては、高い方が第12倍音(G)、低い方は第3倍音(G)。第4楽章の前半部には、第12倍音(G)を連打する場面が出てくるほかは、特に変わった点はない。さすがにかなりの録音記録があるが、上記のような資料状況であり、私が聴いた範囲ではホルンをアルトで吹かせた演奏は見つけられなかった。

 以上、ハイドンのハ長調交響曲におけるホルンの使用法をめぐって、20曲あまりを聴いてきた。あとはハ長調交響曲ではないがC管ホルンを使った曲を、番外編の続きとして取り上げていきたい。

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2016年1月27日 (水)

高いホルン、低いホルン(その32・ハイドン編 no.90)

 交響曲第90番は、《パリ交響曲集》と《ロンドン交響曲集》とのあいだにある5曲のうちの1曲。

19)交響曲第90番 ランドン版は第1、3、4楽章にアルトを指定(他の楽章ではF管ホルン2を使用)

 ここまでハイドンのC管ホルンの扱いをずっと追ってきたが、この曲のホルン指定はある意味、非常に大きな示唆を与えてくれる。この第90番にも自筆譜(A)が残っている(作品の依頼主であるパリのドーニー伯爵家に送られたもので、現在はワシントンにある)。最初、ハイドンは第1楽章の譜表の一番上に「2 Clarini」と書いたのだが、そのあとで「Clarini」部分を線で取り消し、「Corni in / C alto.」と書いている。それゆえランドンはC管ホルンにアルトの指示を与えている(厳密には、自筆譜の第3、4楽章には、アルトの指定なし)。ちなみに、このバージョンは、グッドマン盤で聴くことができる。ただし、ことはそう簡単ではない。

1)自筆譜にアルトの指定がある以上、この曲にハイドンは高音ホルンの音を想定していたことは間違いない(エステルハージには、ホルンのC管アルトのクルック=替え管があり、高音域を吹きこなすことのできる奏者がいた)。
2)ただし「2 Clarini」と書いた文字を消しているので、それはあくまでトランペットの代わりとしての消極的な選択だった可能性がある(エステルハージでは、トランペットは常時使われていなかった)。
3)この交響曲にも、トランペットとティンパニのパートだけの自筆譜(A ct)が残っていた(無名氏の所有。最後に確認されたのはロンドンのサザビーズのオークションのようだ※)。
4)他都市、パリやロンドンで自身の交響曲を売ったり、演奏したりした場合、ハイドンはトランペット&ティンパニを編成に加え、ホルンパートからアルト指定を省いた(例えばハールブルクに残る筆写譜 Ha)。
5)これはトランペットが使える場合、音域が被るアルトのホルンではなく、1オクターブ下のバッソのホルンを使うという指定にもとれる。

 以下は、新ハイドン全集の主張(ケルンのヨーゼフ・ハイドン研究所のアンドレアス・フリーゼンハーゲンの担当の「前文」から)。曰く、自筆譜の高いホルンの指定は、トランペットのない場合の代用であって、普通、ホルンをトランペットといっしょに使う場合は、ホルンは1オクターブ下のバッソで使われる。オーセンティックな筆写譜には、両楽器が加わっており、しかもホルンにはアルトの個別説明はない。それゆえ、新ハイドン全集は、トランペットとティンパニを編成に加えた上で、自筆譜に反して「2 Corni in C」の表記にした、というのである。

 結局、トランペット&ティンパニがない初期バージョンは、アルトが正しい。トランペット&ティンパニ付きの後期バージョンは、バッソの可能性がやや高い。ということになるのだろう。ただしハイドンには、自筆譜でアルトのホルンとトランペットを同時に指定した交響曲第56番もあり、上記4)で音域の被りが絶対になかったとは断定できない(バッソの指定があるわけでもない)。またこの4)の処置は、他都市では高いC管ホルンがエステルハージほど一般的でなかったため、ハイドンが妥協したためとも考えられる。

 なのでこの曲の新ハイドン全集版の場合、せっかく自筆譜にアルト指定があるのに、脚注でしか触れないのはどうだったか。極めて厳格な編集方針を持つ新全集にしては、やや疑問が残る。せめて本編の楽譜にも「2 Corni in C alto」等と記しておいて、脚注で「トランペットを同時に使う場合は、ホルンをバッソ扱いにする(記譜よりも1オクターブ下げる)ことを推奨する。」と追加した方が原典版としてはよかったのでは、と個人的には思うがいかがだろう。

 この曲のホルンの音域指定は、例によって高い方が第12倍音(G)、低い方はほとんどの場面で第3倍音(G)。ただし、今回も第1楽章の序奏、第8〜11小節の1か所だけヘ音記号が使われ、五線譜の下2線上のC(アルトなら1オクターブ上になるか?)を、第2ホルンに吹かせる(いつも書くことだが、現代的な記譜法では基音=第1倍音。古典的な記譜法では第2倍音)。ちなみにこの曲のアルトの指定に関して、ヴァイル指揮の日本盤解説におもしろい「付記」があった。

「付記:1995年の春に筆者はヴァイル氏にインタビューする機会を得たが、席上でヴァイル氏は、上記の解説にもある第90番の「高いC管」のホルンに言及した。演奏者たちは当初、演奏しやすい「低いC管」のホルンを使用することを希望したが、ランドン氏が「高いC管」ホルンにこだわったため、2回の演奏会で各々のホルンを試したという。結局この「高いC管」ホルンがめざましい効果をあげたために、楽器の選択が決定したとのことだ。ランドン氏は彼らに解釈上の細々とした要求はしないが、こうした肝要な箇所でのアドヴァイスが貴重な成果を上げているとのことだった。」(ブルーノ・ヴァイル指揮ターフェルムジーク、『オリジナル楽器による交響曲全集 第7巻』の飯森豊水氏によるCD解説から)

 現場の雰囲気をよく伝えている文章である。実際、この第90番ではターフェルムジークの面々もちゃんとアルトで吹き、期待に応えている。ただし過去には<ランドン氏>のアドヴァイスを無視して、バッソに下げたこともある(第50番、第82番「熊」)。ヴァイル同様、アルトで吹かせている盤が多く、ブラム、ジョーンズ、ドラティ、ベーム、ブリュッヘン、リンデ、クイケン、フィッシャー、グッドマン、ウルフ、ラトル(2種)、ドラホシュ、ファイがこれにあたる。第82番「熊」でアルトだったミュラー=クライはここではバッソ。デイヴィスも、ハ長調交響曲では第63番だけアルトにしていたが、ここではまたバッソに戻っている。

※(2016/1/31の付記)新ハイドン全集の校訂報告によれば、このトランペットとティンパニのパート譜は、第1葉(第1楽章のT1〜132)しか校訂に利用できなかったようだ。オークションのカタログにのった第1ページの写真しか、今見ることができないのだろうか。ちなみにランドンは、自筆譜が10段組の五線譜に書かれているので、両楽器のためのスペースがなく、別の用紙に当該パートを書いたが、のちにそれが失われたのでは、と推測していた(ランドン版の校訂報告)。実際、パート譜(A ct)には、自筆譜に打たれたノンブル「1〜67」に続けて、「68〜71」という番号が見られる。しかし、新ハイドン全集の校訂者は、これは自筆譜(A)の一部分ではなく、もともと別々に伝承されてきたものと見ているようだ。

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2016年1月24日 (日)

高いホルン、低いホルン(その31・ハイドン編 no.82)

 ハイドンのハ長調交響曲におけるホルンの用法を調べるシリーズも、《パリ交響曲集》にたどり着いた。いよいよこの曲を含め、あと3曲(本当ならば、《パリ交響曲集》の少し前の作になる交響曲第78番 ハ短調にも、第3、4楽章にC管ホルンが使われて、番外編として取り上げるべきだが、資料収集の関係で後にまわすことにしたい)。

18)第82番「熊」 ランドン版は、第1、3、4楽章に [ ] 付きでアルト指定(第2楽章はF管ホルンを使用)

 この曲のホルンパートは、トランペットと同一になっていて、新ハイドン全集の校訂報告によれば、自筆譜には第1楽章が「2 Corni in C / o Clarini」、第3、4楽章がそれぞれ「2 Clarini / o Corni in C」「2 Clarini / o corni」という表記※。「o」は、英語でいう「or」=「あるいは、もしくは」の意味で、どちらかを使うということになる。他の証拠ではそのような指示はなく、またトランペットのパート譜は複数の筆写譜で欠けている。しかし、現在聴くことのできる演奏では、ほとんどがホルンもトランペットも両方とも使っている(後述のように、ハリー・クリストファーズ指揮のヘンデル&ハイドン・ソサエティ管弦楽団のCD(CORO)では珍しくトランペットは使っていないようだ)※※。ホルンの音域指定は、高い方が第12倍音(G)、低い方はほとんどの場面で第3倍音(G)。ただし、第1楽章の第217〜220小節の1か所だけヘ音記号が使われ、五線譜の下2線上のCを、第2ホルンに吹かせる(現代的な記譜法であれば、ホルンの出せる最低音=基音となる。また古典期に使われたというホルンの古い記譜法では、1オクターブ低く書く習慣もあるというので、こちらだとすれば二間のド(C)ということになる)。第1ホルンも、ト音記号第2線上のGが多用されるなど低い音域を吹く場面が多く、トランペットと同じパートということもあって、あまりホルンの音自体目立たない(特にバッソ採用の場合)。ランドンは多くの解説で、「高音ホルン」に言及しているが、上記のように指定はない。結果、新ハイドン全集版では、ホルンにアルト/バッソの指定は付いていない。

 上記のような状況なので、バッソとは決められないまでも、CDではバッソ採用の方が多い。特にこれまでとは違い、この《パリ交響曲集》の場合はアンセルメやバーンスタイン、カラヤン、ヴァントなど大家と言われる演奏家も数多く録音していて、どうしてもバッソが多くなる。バッソの場合は、オーケストラの響きが中音域に厚くなるので、曲自体が重厚に響く。網羅的に聴いているわけではないが、これまで30枚ほど聴いた中で私が見つけたアルト採用の盤は、ランドンが監修しているドラティ、ミューラー=クライ、ウィッチ、ペリック、ヘンヒェン、鈴木秀美、クリストファー(トラペットなし)あたり。マリナーは第3、4楽章のみアルト(2016/2/16の注記 アーノンクール盤をよく聴き直してみたら、第4楽章はアルトのようだ)。こちらの場合、軽快かつ華麗な響きの「熊」となる。ちなみにヴァイル盤は、同じランドンが監修していて、CD解説には「作曲者はこの曲で高いC管のホルン、トランペット、ティンパニ、そして通常の弦楽器と木管楽器を使用している。ここでハイドンはフランス人たちがこの楽器を持っているのかどうか案じたのだろう。ホルンをトランペットで代用してもよいと指示している。」とあるが、バッソである(このあたりの事情は、この項の(その23)交響曲第50番の事例を参照)。

※新全集の校訂報告によれば、第3楽章のトリオの部分だけは、自筆譜でも「Corni」としか記されていない。メヌエット主部で、「Timp.」(=ティンパニー)のパートが書かれている段は、空白になっていて音部記号も小節線もないという。
※※無論、緩徐楽章と第3楽章のトリオの部分は、ホルンのみでトランペット(&ティンパニー)は(楽譜どおり)休む。

(2016年11月の注記)のちにこのシリーズの(その32)で交響曲第90番ハ長調を取り上げた。この交響曲の自筆譜では、「最初、ハイドンは第1楽章の譜表の一番上に「2 Clarini」と書いたのだが、そのあとで「Clarini」部分を線で取り消し、「Corni in / C alto.」と書いている」。しかし、トランペット(&ティンパニー)を加えた筆写筆では、ホルンのアルト指示がない。つまり、この時期のハイドンは、アルトのホルンをトランペットの代用的に使うと考えていた可能性がある。その意味ではこの「熊」の「2 Corni in C / o Clarini」も、「高いホルン、もしくはトランペット」という意味に採れなくもない。少なくとも、第90番からの類推によれば、トランペットが使えない(使わない)場合、アルトのホルンが想定されていたことの蓋然性は決して低くないだろう。

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2016年1月22日 (金)

高いホルン、低いホルン(その30・ハイドン編 no.54)

 番外編の2曲目はト長調交響曲。第2楽章がハ長調となる可能性があるからだが、実際にはC管ホルンが使われない(G管のまま)、あるいはホルン自体を使わない場合も多い(あるいは、第2楽章がニ長調に転調し、D管が使われる)。今回の対象としては次の1曲があるのみ。

番外編2)交響曲第54番(ト長調) 第2楽章にC管ホルン2を使用。ランドン版は( )付きでBasso(他の楽章ではG管ホルン2を使用)。

 自筆譜に1774年の記載がある。これまで見た曲では第60番「うっかり者」と同時期の作ということになるが、ただしこのときは、オーボエ2、ホルン2、ファゴット1と弦楽部という編成であった。現在、普通に演奏されるバージョンは、1776年以降に少なくとも2度、改定された後の形で、冒頭に荘重なアダージョ・マエストーソの序奏が付いている。また楽器も第1、3、4楽章に、フルート2、ファゴット1、トランペット2およびティンパニが加わった大規模なもの※。つまり「スコアはロンドン以前のハイドンのどんな作品よりも大きな編成のオーケストラのために書かれている。」(ウェブスター)※※。その意味では、いわゆる疾風怒涛時代から、より幅広い聴衆向けにより平明・快活な作風に向かう過渡期を体現した曲と言えるかもしれない。

 「アダージョ・アッサイ」という珍しい速度を持つ極めて長大な緩徐楽章に、C管ホルン2が使われている。これについて、ランドン版は( )付きでBasso、新ハイドン全集は指定なし、となっている。音域も少し特徴的だ。高い方が第12倍音の全2度上まで(A)で、これが2回。第12倍音(G)が12回と、この時期にしては高めとなっている。また低い方は、第2ホルンのSoloが吹く、第88~91小節目のヘ音記号の五線譜の下2線上のド(C)。これは現代的な記譜法で言えば基音(=ホルンの出せる最低の音)になる。古典期に使われたというホルンの古い記譜法では、1オクターブ低く書く習慣もあるというので、こちらだとすれば二間のド(C)ということになる。いずれにせよ、ヘ音記号のこの曲ではスロー・テンポなので、なんとかこうした低い音も出せているようである。まさに低音部が得意な第2ホルン奏者、最高の見せ場だろう。また後半部冒頭で、ハイドンは変ロ音を弦楽器とホルンのユニゾンで連打させるが、ここでC管ホルンは珍しく第7倍音(B)を吹くことになる(音程がとりにくいそうだ)。ちなみに他の楽章では先述のとおりG管ホルンが2本使われるが、第1楽章のプレスト部分の最初では、オブリガートのファゴットとともに、ホルンの派手な Soli フレーズが登場するのが目を引く。

 今聴ける音盤はそれほど多くなく、ジョーンズ、ドラティ、ソロモンス、タートライ、フィッシャー、ライトナー、ミュラー=ブリュール、デイヴィス、ファイあたり。これらは改定後の版で、すべて第2楽章はバッソで吹かせている。ホグウッドの準全集には、この改定版(第9巻)に加えて、<第1版>(第8巻)の方も含まれているが、両者とも第2楽章はバッソ。

※改定後の版の楽器編成では、トランペットはC管2であり、当該楽章の調性はト長調なので(無論、ホルンはG管)、これは注目される。当時、一般的なトランペットの調性はC、Dであり、G管のトランペットはあることはあるが一般的ではなかったという。のちにハイドンは、交響曲第88番「V字」でもト長調の曲にC管トランペットを使っている。また、第94番「驚愕」で当初、第1楽章のトランペットパートをG管で書き始め、最終的にこれを取り消し、C管に書き直しているという。
※※ホグウッドの全集盤(第8巻)の解説書(日本語訳)には、このコメントの注として以下のように記されている。
「ランドンによる主張。"Haydn", vol.3「イギリスにおけるハイドン:1791-95」, p.188。このヴァージョンは1800年以後の資料によってのみ存在しているので不正確だ。1780年ころに作成されたと思われるひとつの写本が今日フランクフルトのあるコレクションに存在しているが、これについては『新ハイドン全集』(1/7)に注釈が付けられているし、1967年出版の批判報告、p.14の資料のC参照。この資料についてはランドンの「エステルハーザにおけるハイドン」p.307参照。そこにはハイドンがロンドンにおける演奏のために最後のヴァージョンを作成したことについて考察されている。しかし、言うまでもないことだが、このヴァージョンによるロンドンでの演奏はあり得ない。」
 この訳文では、上記の拡大された<改訂版>が、1800年以後の資料によってのみ存在しているとし、それでもってランドンのいう編成の大きさに関する主張を「不正確」とウェブスターが解釈しているという意味にとれる。が、そのすぐ次の文脈で1780年ころに作成された資料Cが存在していると書いている(こちらも<改訂版>)。訳していて矛盾を感じなかったのだろうか?
 この文章は、ウェブスターの原文(英語)では以下のとおりになっている。
「"Haydn", vol.3「イギリスにおけるハイドン:1791-95」, p.188における「このヴァージョン(訳注=改訂後の版)は、1800年以後の資料によってのみ存在している」というランドンの主張は、不正確だ。今はフランクフルトにある、1780年ころにウィーンで作成された(おそらくはオーセンティックなキース・コレクションに属していた)ひとつの写本が、『新ハイドン全集』(1/7)の校訂報告(1967年に出版された)p.14に、資料Cとして掲げられている(訳注=こちらも改訂後の版)。この資料は、また「ハイドンがロンドンにおける演奏のために最後のヴァージョンを作成した」というランドンの推測(前出「エステルハージのハイドン」p.307を参照)にも異議を唱える。---- このヴァージョンのかの地での演奏があり得ないのは、言うまでもない。」
 ちなみに、上記資料Cの存在は、<改訂版>をロンドンでの演奏に結びつけるランドン説には不利だ。ただし、なぜハイドンが1776年当時、このような大きな編成で自作を改訂したのかについては、推測をこえた説はいまだないのではないだろうか。

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2016年1月19日 (火)

高いホルン、低いホルン(その29・ハイドン編 no.52)

 ここまでハイドンのエステルハージ宮廷の楽長就任以降、《パリ》交響曲集以前に作曲していた<ハ長調交響曲>を見てきた。具体的には、第38番から8曲/9バージョン。自筆譜および信頼のおける筆写譜で、アルトの指定がある曲がかなりある。ホルンの音高/アルトの指定で分類すると、以下のとおりとなる。

1)記譜上の最高音2点a(第12倍音の長2度上) 第38番/実演ではほとんどアルト、第41番/アルト指定ありでほとんどアルト(第2楽章にバッソ指定ありで、すべてバッソ)、第48番「マリア・テレジア」/アルト指定ありでほとんどアルト
2)記譜上の最高音2点g(第12倍音) 第50番/アルト指定ありでほとんどアルト、第56番/アルト指定ありでほとんどアルト、第60番「うっかり者」/少数を除きアルトの方が多い、第69番「ラウドン将軍」/バッソ、第63番「ラ・ロクスラーヌ」<第1版>/ほとんどがアルト、第63番「ラ・ロクスラーヌ」<第2版>/第3楽章のみにアルト指定ありでほとんどがアルト(残りの楽章はすべてバッソ)

 この時期、いわゆるハイドンの「疾風怒濤時代」には、ハイドンが交響曲に求めていたものに、このアルト音域のホルンの切羽詰まったような音色があったのだろう。ホルンの音域も、2点aより高い音は登場せず、第50番以降はその音もなくなり、はっきりアルト向きと言える。ただし後半、第60番以降には、音域こそ上がらないもののアルト指定は限られたものになってくる。ランドンも第63番の解説で、この交響曲の作曲の過程では「ハイドンはホルンのピッチ(アルトかバッソか)や他の細部について、いくつかのトラブルに巻き込まれた」と指摘している。この時期はオペラ・劇音楽の作曲に力を入れていた時期であり、そのことが交響曲の成立事情にも関わってくることもあり、ある種の混乱(迷い?)が見られるようだ。あるいは、ハイドンの音楽がヨーロッパ中に広まっていくにあたり、独創性・地域性よりも汎用性・普遍性が優先されていくその萌芽なのかもしれない。

 残りはパリ交響曲以降の3作品になるが、その前にハ短調の交響曲を見ておきたい。というのも、この場合も我々のC管ホルンが使われている曲があるからである。またハ調以外にも、ト長調の曲の場合も緩徐楽章でハ長調を採る場合がある。後期の曲に取りかかる前に、番外編としてこれらの曲を取り上げたい。

番外編1)交響曲第52番(ハ短調) 第1、4楽章にC管ホルン(ランドン版はアルト指定あり)1、Es管ホルン1。第2、3楽章にC管ホルン2(ランドン版はバッソ指定あり)を使用。

 ここではハ短調で始まる両端楽章に、ともにアルトのC管ホルンが指定されている。ただしもう一本はEs管ホルンで、結果、一つの楽章で調性の違う2種のホルンが使われることになる。ハイドンは同時期にいくつか短調の交響曲を書いているが、第44番(E管とG管)、第45番(A管とE管)でも見られる手法だ。その理由としては、ナチュラルホルンでは同じ調の楽器を使っても短調で使う音が吹けない場合があるからなのだが、その点はこの項の(その8・モーツァルト編)で詳しく見たとおり。そこで聴いたモーツァルトの交響曲第25番(ト短調)は4本のホルンを使っているが、このハイドンの曲では2本。これは同じト短調でも調性の違う2本のホルンを使うモーツァルトの交響曲第40番と似た関係になる(その10・モーツァルト編)

 C管ホルン(第1ホルン)の場合、第1、4楽章での高い音が第12倍音(G)とこの時期の標準だが、低い音もEs管ホルン(第2ホルン)が控えているためか第6倍音(低いG)と高めである。1オクターブ間を上下しているだけで、第12倍音は実に15回も登場する。曲自体1771年頃の作曲と推定されており、それは上記のハ長調交響曲で言えば、第41、48番のあと、第50番の前にあたり、ハイドンが高いホルンの音に熱中していた時期でもある。当然ながら通常の長調交響曲の場合とは少し違って、2本のホルンが同時に使われる場面だけでなく、その場その場の調性に従い単独で使われる箇所も結構ある。第1楽章・第4楽章の前半では、第2ホルン(Es管ホルン)に比べて、第1ホルン(アルトのC管ホルン)の出番は少ない。というか、後者では使われていない。にもかかわらず、第4楽章の前半の第58小節目にホルンのハイトーン(高いEs)が聴こえる。これは第2ホルンの音で、なんとここでは第16倍音まで登っていく。

 ホルンの音域指定に関しては、新ハイドン全集もランドン版とまったく同じ。結果、演奏現場でも、指定のある楽章には基本的にアルトを採用しているようだ※。無論、例外はある。例えばデイヴィスなどはC管ホルンのアルト読みの中にバッソ読みを混在させていて、第12倍音は必ず避けている。Es管ホルンには、上記の第16倍音を吹かせているというのに。ファイ盤もC管ホルンの第12倍音は避けているようだ(この音だけトランペットで代用している?)。

※今回、デイヴィス、ファイ以外に聴いた盤は、以下のとおり。ゴーバーマン、メルツェンドルファー(mp3)、ドラティ、ソロモンス、クイケン、ピノック、ヴァイル、ホグウッド、フィッシャー、ブリュッヘン、ドラホシュ、マルティーニ、スー、ミラー

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2016年1月17日 (日)

高いホルン、低いホルン(その28・ハイドン no.63-2)

 続けて交響曲第63番「ラ・ロクスラーヌ」の<第2版>の方を聴く。

17)第63番「ラ・ロクスラーヌ」
<第2版>ランドン版では第1、2、4楽章にbasso、第3楽章にalto指定

 ハイドンは1779年遅くになって、第1楽章(オペラ『月の世界』序曲の改編)、第2楽章(「ラ・ロクスラーヌ」変奏曲)、第3楽章(新たに作曲されたメヌエット楽章)に、第4楽章(フィナーレ =プレスティッシモ)を組み合わせたバージョンを作った。これはエステルハージー由来のブタペストに残る筆写譜セットで確認できるが、このセットには追加で新たな第4楽章(フィナーレ=プレスト)の楽譜が付属している。こちらを第4楽章として採用したものが、ランドン版でいう<第2版>=新ハイドン全集でいう「交響曲第63番 ハ長調」となる※。その変更後の筆写譜は、1981年の年代を持つメルクの筆写譜が存在することを考えると、それよりも早い時期に(ということは、上記の曲を「寄せ集め」てすぐの時期に)新たなフィナーレ=プレストを書きおろしたということになる。詳しい理由はわからないが、ランドンは「おそらくハイドンは,それがあまりにシュトゥルム・ウント・ドラング的であり,あまりに旧式であると感じたのであろう」と推測している。

 ランドン版のホルンの音域指定は上記のとおり。これは新ハイドン全集版でも基本的に同じだが、第1、3、4楽章のバッソ指定には [   ]が付いている。校訂報告によれば、上記ブタペスト筆写譜等で第3楽章にアルト指定があるので、この点は問題はない。<第1版>で使われていたトランペットとティンパニも、両版とも省かれている(そのかわりに、珍しくフルートとファゴットのパートが含まれている)。となると、演奏現場でも選択の余地は少ない。第3楽章のみホルンをアルトにする演奏がほとんどだ(メルツェンドルファー(mp3)、ドラティ、オルフェウスCO、ウォード、ホグウッド、鈴木秀美)。デイヴィスは「いつもどおりバッソ」と書こうとしてCDを聴いてみたらなんとアルトなのでびっくり!第56番でもバッソだったのに(この楽章は第10倍音(E)までしか使われていないので、バッソではさすがに吹きにくいのだろうか。が、直前トラックに収録されている第78番の変ロ長調交響曲もアルト。方針が変わったのだろうか)。一方、ボストックは第3楽章もバッソで吹かせていて、トランペットとティンパニ入り(チェンバロも使う)。フィッシャー盤の第3楽章は、トランペットで(あるいは加えて)吹かせているように聴こえる。

 ちなみに第2楽章の「ラ・ロクスラーヌ」変奏曲は、ハ短調の主題とハ長調の主題とが交互に登場し変奏される二重変奏曲になって、全体として落ちついた色調の音楽である。第2主題の提示部分には、珍しく第2ホルンの「Solo」がある。その部分の音域は、高い方で第5倍音(E)、低い方は現代の読譜で言えば、なんと「基音」にあたるC(ヘ音記号の五線譜の下に2線を加えたC)というかなり低い指定になっている※※。ここは本当に吹いているのだろうか。それだけにバッソのホルンの落ち着いた響きがふさわしいということだろう。

 また、ホルンには直接関係ないが、フィナーレ=プレストのブタペスト筆写譜では、なぜか第1楽章で使われていたフルートとファゴットのパート譜が欠けている。そのためランドン版では、この両パートは小さめの音符で補われている。鈴木秀美盤の解説では、「最後の楽章でのみこれらの楽器が割愛されるのはどうにも奇妙に思われるので、加えて演奏することにした」とある。実際に、フルートとファゴットの音が聴こえるが、これは今回聴いたすべての盤で同じ扱いになっている。

※新ハイドン全集(ヘンレ版)の「REIHE1・BAND 9/Sinfonien/um 1777-1779」所収。ちなみに前回触れた「Sinfonie in C (Hob. deest)」は、同全集の「REIHE1・BAND 5b/Sinfonien/um 1770-1774」所収。
※※上記のように現代的な記譜法で言えば基音(=ホルンの出せる最低の音)になる。古典期に使われたというホルンの古い記譜法では、1オクターブ低く書く習慣もあるというので、こちらだとすれば二間のド(C)ということになる。いずれにせよ低い音域であることは間違いない。

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2016年1月13日 (水)

高いホルン、低いホルン(その27・ハイドン編 no.63-1)

 今回取り上げる曲は交響曲第63番ハ長調。第2楽章は変奏曲形式になっており、「ラ・ロクスラーヌ」という表記がある(その由来には諸説あるらしいが、ランドンによれば劇のヒロインの名前)。ランドン編纂のフィルハーモニア版には、2つのバージョンで掲載されている。

17)第63番「ラ・ロクスラーヌ」
<第1版>ランドン版では、第1楽章に[basso]、第2楽章にbasso、第3楽章に[alto]、第4楽章にalto指定
<第2版>第1、2、4楽章にbasso、第3楽章にalto指定

 元々、様々な音楽からの「パスティッチョ(寄せ集め)」であり、楽譜の由来も錯綜している。成立事情の複雑さから言えば、ハイドンの交響曲中、随一かもしれない。結論だけ言えば、ランドンが編纂したハイドン作のオペラ『月の世界』序曲をそのまま第1楽章に用いた<第1版>の存在は、その後の研究により疑問視されているという(新ハイドン全集には、このバージョンはない)。実際の録音も4楽章タイプのものは、ランドンが監修したドラティの全集に含まれる「第1稿」版と、レスリー・ジョーンズ指揮ザ・リトル・オーケストラ・オブ・ロンドン、ソロモンス、マリナーあたりがあるのみだ。ホルンの音域は、高い方が第12倍音(G)、低い方が第3倍音(G)。上記4盤ともランドン版<第1版>どおり、トランペットとティンパニ入り。そして第3、4楽章のホルンでアルトを採用している。ただしジョーンズだけは、この2つの楽章に加え、第1楽章もアルトで吹かせている。第4楽章前半には、第12倍音で8小節にわたりロングトーンを吹く見せ場がある。ただしジョーンズやマリナーのこの箇所では、高音を避けているのかはっきり聴こえない(ジョーンズの、このあとに2回出てくるホルンとオーボエの下降音型も下げている)。ちなみに、メヌエット楽章のトランペット・パートには、後半になんと第16倍音=高いCまで昇るところが1か所あるが、ここもソロモンス盤では1オクターブ下げているようだ。

 ところでこのランドン版<第1版>の第3、4楽章は、ベルリンにある自筆総譜(一部、写譜者による)で知られているもの。これらはホグウッドの全集第8巻に「メヌエットとフィナーレ ハ長調」として収録されているものと実質上同じものになる。ホグウッドの演奏もトランペットとティンパニ入り、そして3、4楽章のホルンでアルトを採用。あと「Haydn House」サイトに登録されたメルツェンドルファー指揮ウィーン室内Oの演奏(mp3)や、ボストック指揮ボヘミア・チェンバー・フィルハーモニーも、通常の<第2版>の演奏のほかに、この2つの楽章を加えている。後者はバッソなのだが、前者はアルトで演奏している。メヌエット楽章トランペット・パートの第16倍音(C)は、メルツェンドルフがすべての盤の中で最も雄弁に吹き上げているが、ホグウッドもボストックもこれを避けている(ホグウッドは一番高い1音だけ)。

 この「メヌエットとフィナーレ ハ長調」は、形式から言って明らかにいずれかの交響曲の後半であり、1773-74年頃の成立。おそらく既存の2楽章形式の序曲につけ加えて、交響曲として仕立て上げるために書かれたものと推測される。新ハイドン全集は、二幕の音楽道化劇『報われぬ不実』の序曲に続けて、計4楽章の「Sinfonie in C (Hob. deest)」として印刷している。これは現在ワシントンにあるスペイン由来の筆写譜に、上記序曲(アレグロとポコ・アダージョ)とメヌエットとフィナーレを組み合わせた形で残っていたからである。この形の録音はさすがにないようだ※。だが、『報われぬ不実 L'infedelta delusa』の序曲としては、当該劇の全曲盤(ドラティ、シャンドール、クイケン)、あるいはフス指揮ハイドン・シンフォニエッタによる『ハイドン序曲全集』等で聴くことができるので、それと組み合わせれば一応?、聴くことができる(ただし序曲バージョンは、最後で短調になって劇冒頭につながるように終わる)。ちなみにこの「Hob. deest」の場合、新全集ではすべての楽章でアルト/バッソの指定なしだが、ドラティ、クイケンはバッソで、シャンドール、フスの序曲全集盤およびゴーバーマンの序曲演奏はアルトでホルンを吹かせている(第2楽章は、ホルンなし)。ちなみに「Sinfonie in C (Hob. deest)」バージョンの第1、2楽章のホルンの音域は、高い方が第12倍音(G)、低い方が第4倍音(C)となる。(※2016/1/15の付記 Capriccioレーベルから出たポシュナー指揮ケルン西ドイツ放送管による同劇の演奏(抜粋)が、Naxosに登録された。こちらの序曲はホルンのかわりにトランペットを使っているようだ。)

 以上のような状況なので、上記の2楽章は第63番のハ長調交響曲とは関係がないように思われるかもしれないが、実は最終楽章だけはそうも言えない。後年(1779年遅く)になって、オペラ『月の世界』序曲を編曲したものを第1楽章とし、これに「ロクスラーヌ」楽章、新たに作曲されたメヌエット楽章、さらに上記「フィナーレ ハ長調」(プレスティッシモ)を組み合わせたバージョンも作られたらしい。というのはブタペストにそういう構成の筆写譜(エステルハージー由来)が残っていたのである。その後、あまり間を開けずに新たなプレストの第4楽章が作られ、これを含む形が最終版<第2版>の第63番交響曲となる。無論、「ロクスラーヌ」交響曲と言えば、このバージョン2での演奏の方が多いのだが、こちらを演奏する際にプレスティッシモの「フィナーレ ハ長調」も追加で演奏する場合がある。例えば、鈴木秀美・指揮オーケストラ・リベラ・クラシカのライヴ録音盤は、第63番<第2版>全曲のほかに、アンコールから<第1版>の第4楽章を収録している。こちらのホルンもアルト。

※新ハイドン全集が依拠したワシントン筆写譜は、ステファン・C・フィッシャーの論文「スペイン宮廷のためのハイドン写本グループ(Haydn-Student, Band 4/Heft 2. 1978)」で紹介されたもの。ただジェイムズ・ウェブスターは、その論文を承知しながらも、「実際的な問題として、研究者も演奏者も現在までのところこれらのふたつの楽章は未完のフラグメントであると見なしている。(ホグウッド全集盤・巻8の解説)」と書いている。実際に、当該全集でもメヌエットとフィナーレのみ収めている。ちなみに音楽之友社・刊の『作曲家別 名曲解説ライブラリー』のハイドンの巻において、この交響曲第63番の項は大宮眞琴氏のご担当。シリーズでも例外的に上記に触れたフィッシャー等の新しい研究にも触れた上、この非常に複雑な成立事情を持つこの交響曲をとてもわかりやすく解説されている。ぜひお読みいただきたい。

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