2018年2月 4日 (日)

リラ・オルガニザータという楽器はどんな音がしたか(その4)

 この項の最後に、(その2)で紹介したリラ・オルガニザータ使用をうたったもう一種のシリーズを取り上げる。それは、古楽系のチェリスト、クリストフ・コワンが率いるアンサンブル・バロック・ド・リモージュの演奏である。現在のところ、『deLirium』『ナポリのリラ』というタイトルの2枚のCDが出ていて、それぞれリラ協奏曲とノットゥルノが数曲づつ入っている(La Borie)。

 まず使用楽器だが、これらのCDでリラ・オルガニザータを弾いているマティアス・ロイブナーのサイトに詳しい説明や実際の音のサンプルがある(>こちら)。それによれば、ロンドンの the Victoria & Albert Museum が所蔵している楽器を、2004/05 に Wolfgang Weichselbaumer が復元コピーしたもの。CDのクレジットでは、オリジナルの楽器は、1750年頃、フランスの無名氏によって作られたものらしい。実際にCDを聴いてみると、確かにオルガンの音に、ビブラートのかかっていないヴァイオリンような音が被っている。ただしここでは弦とオルガンは同じ音高であることもあって、両者の音は一つの楽器の音として意外なくらいうまく融合している※1 。聴けば聴くほど不思議な感覚である。当たり前ながら、これが本当のリラ・オルガニザータの音なのだろう。ノットゥルノにおけるクラリネットとの相性もなかなかのもので、ハイドンの考えた音の意匠がよくわかる。このCD2作におけるハイドン作品の収録曲と編成は、以下のとおり。

『deLirium』
・リラ・オルガニザータのための協奏曲第1番ハ長調 Hob VIIh: 1(2リラ、2ホルン、2ヴァイオリン、2ヴィオラ、チェロ、コントラバス)
・ノットゥルノ ハ長調 Hob Ⅱ-32(2リラ、2ホルン、2クラリネット(C管)、2ヴィオラ、チェロ、コントラバス)※2
『ナポリのリラ』
・ノットゥルノ第1番ハ長調 Hob.II:25(2リラ、2Cl、2Hr、2Va、BC)
・ノットゥルノ第2番ヘ長調 Hob.II:26(2リラ、2Cl、2Hr、2Va、BC)
・リラ・オルガニザータのための協奏曲第3番ト長調 Hob.VIIh:03(2リラ、2Vn、2Va、BC、2Hr)※3

 また Wolfgang Weichselbaumer の楽器を使って、オリジナルの現代曲を弾くプロジェクトの動画「Lira Organizzata」があり、そこでは Germán Díaz という奏者が演奏する様子を見ることができる。そこで Díaz は、復元された楽器は「世界中で4台しかない」と語っている(>こちら)。またこの動画では、オルガンのパイプにふいごからの空気を送り込むための切り替えキーも見ることができる。『ナポリのリラ』のブックレットに記された楽器の説明には、リラ・オルガニザータの鍵盤の「メカニズムは、演奏者をパイプか、弦か、両方一緒のいずれかに関わるかを許している」とある。となれば、この楽器においては、オルガンの音だけか、弦の音だけかを選ぶ機構もついているということになるだろう。これで(その2)で提起しておいた謎も解決される。ただ、メロディー弦をホイールの回転からはずす機構がどのようなものであるかは、今回、見つけられなかった。また、調べてみたい。

 最後に、この楽器に備わったもう一つの発声装置=「ボルドゥン(ドローン)弦」について簡単に触れておこう。ハイドンのリラ楽曲の楽譜に、ボルドゥン(ドローン)弦を使用するという指示はどこにもない。同じ高さの音=ドローン音がずっと鳴るということだから、基本、頻繁な転調には適さない。大宮真琴氏によれば、ナポリ王にリラ楽曲を提供したイグナツ・プライエルの曲は、「リラの演奏部分のテクスチャーが極めて希薄で」、これは「明らかにリラのボルドゥン弦の使用を前提としたものである」としている(『ハイドン全集の現場から 新しい音楽学の視点(音楽之友社・刊)』)。実は『ナポリのリラ』盤に、プライエルのノットゥルノ(ハ長調)が収録されており、その第1楽章では確かに低い弦のドの音が、断続的に鳴っている。これはドローン弦の唸り音ではないだろうか※4 。一方で大宮氏は、様式分析の結果として、ハイドンのリラ楽曲においては、ドローン弦は「使用不可能」と結論づけていている。曲の構成も規模もプライエルのそれと比べてかなり大きく複雑であるからだが、和声に合う合わないということをこの件に厳密に求めることもある種、危険な気がする。バブパイプの演奏を聴けばわかると思うが、かの楽器のドローン音は旋律に合っているいるいないに関わらずずっと鳴っていて(笑)、それが個性なのだから。もし先のプライエルの曲に入っている低弦の音がドローン音だとしたら、『deLirium』盤の最後に入っているハ長調のノットゥルノ(Hob.II : 32)のフィナーレにもその音が聴こえている。実際、僕も彼らに倣いハイドンのノットゥルノの緩徐楽章等をCDで鳴らし、隣で iPhone でドローン音を鳴らしてみた。すると、細かい部分で非和声音になったとしても、それを気にしないのであれば半分程度の部分では大きな違和感なく響くことがわかった。もし途中でドローン弦を「ド」から「ソ」に変える時間がある場合は、もっと多くの部分で対応可能になる。その意味では、今後、ドローン弦を使ったリラ楽曲演奏の試みが、もっと行われても良いのではなかろうか。

※1 (その3)で聴いたブリュッヘン盤では、ヴィオラ・ダ・ガンバを使っていたこともあって、オルガンを模したリコーダーの音より低い音を弾いていた。
※2 CDの収録曲中、ノットゥルノ ト長調 Hob Ⅱ-27 は、後年ハイドンが改作した、いわゆる「ロンドン版」による演奏で、2ホルン、フルート、オーボエ、2ヴァイオリン、2ヴィオラ、チェロ、コントラバス、という編成である。
※3 『ハイドン音盤倉庫』における Daisy さんの詳しいCD評は、こちら
※4 ドローン音は基本的に低い持続音だが、ハーディー・ガーディでクランクの回し方に早い遅いのをつけることで、ドローン音にリズムをつける手法があるようだ(>こちらの「キャロライン・フィリップス 「初心者のためのハーディ・ガーディ」という TED の映像。1分過ぎあたり)。プレイエルの録音の低い弦の音も、ここで紹介されている「犬の吠える声」音に似ている。

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2018年2月 2日 (金)

リラ・オルガニザータという楽器はどんな音がしたか(その3)

 前回は、厳密な意味でのリラ・オルガニザータではなく、その機構の一部を模したライエルカステンという小型オルガンのような楽器を使った演奏を聴いた。この楽器にはまさに鍵盤がついていて、1人でリラの2つのパートを弾くことができた。ただ1台の鍵盤楽器を使う演奏では、2台の独奏楽器によるかけあいといった趣きは薄くなるのは致し方ない。なので、わざわざ2台の楽器を使った録音もある※1。英国のクラリネット奏者ディーター・クレッカーが率いるコンソルティウム・クラシクムが6つのノットゥルノを演奏した cpo 盤では、2台のポジティヴ・オルガンを使っている。なかなかおもしろい効果をあげているが、それぞれ単音でオルガンを弾いている姿は、一度見てみたい気もする。

 一方、よりアンサンブルの妙を出すため、オルガンの代わりに2本の管楽器を使うという方法もある。実際、ハイドンの「8つのノットゥルノ」の初めての校訂楽譜は、H.C.ロビンズ・ランドンがドブリンガーから出版したものだが、その楽譜の巻末には Karl Trotzmuller による「リコーダー演奏家のための注記」という一葉が挟み込まれていて、そこではリラ ・オルガニザータをリコーダーで置き換えることがサジェストされている。そうした録音としては、古くはパウル・アンゲラー指揮の Amadeo 盤があった(協奏曲全曲)。アンゲラーは、LP初期にブレンデルやグルダ、クリーンなどウィーンで活躍した若手ピアニストの協奏曲録音で伴奏を務めた諸盤が有名だが、ここでは自身がリコーダー1を吹いている。意外にも各パート1名のオリジナル編成での録音であり、ランドンが解説を書いているところから推測するに、彼の監修による企画だったのかもしれない。緩徐楽章で聴けるのびのびとしたリコーダーの音は、リラとは雰囲気が違うとは思うが、いかにも魅力的に響く。

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 また、ナクソスのミュラー=ブリュール盤(Hob.VIIh : 1、VIIh :  5)もある(※1)。こちらは、より現代的でスマートな演奏である。いずれの例も、複数の管で吹いた方がずっとアンサンブルとしてのおもしろみがあることは間違いない。

 ところで以上の録音は、いずれも基本的にリラ・オルガニザータに装着されたパイプの音を模しているだけで、リラ特有の弦の音を反映していない。これに関して、おもしろい録音がある。リコーダー奏者であるブリュッヘンが、ザルツブルク・モーツァルテウム管に指揮者として客演したライヴで Hob.VIIh : 3 の協奏曲を取り上げたときのことである。

「今日聴かれるまれな演奏では、リラは、フルートとオーボエという2つの木管楽器に置き換えられることが普通である。
 しかしながら、フランス・ブリュッヘンは、別の可能性を選んだ。リラ・オルガニザータの音色にできるだけ近づけるために、彼はフルートとガンバにソロ・パートを演奏させたのである。1995年8月21日の『ザルツブルク・ニュース』で、ラースロ・モルナールは次のように書いた。「リラは今日存在していないので、協奏曲は、リラ に代わって、リコーダーとガンバというさらに奇妙な組み合わせによって演奏された。その結果、稀に見る魅力的な音響が生まれ、それをブリュッヘンは、小規模のオーケストラと微妙なアーティキュレーションによってサポートしたのである」。ゴットフリート・クラウス(山本一太・訳)」

 これはなかなか興味深い試みだろう。オルガンの音をリコーダーで、リラのメロディー弦をヴィオラ・ダ・ガンバで置き換えるというのである。しかも奏者4人で! 聴いてみると、確かにリコーダーの音に弦の音が被っている。現代オケの合奏スタイルなのでややリズムが重い感じはあるが、テンポ・ディ・メヌエットののどかな終楽章を聴くとはなし聴いていると、なんとも豊かな気分になってくる。その意味で、リラ・オルガニザータ楽曲特有のゆるい雰囲気を出すことには成功しているのではないか(『ハイドン音盤倉庫』さんの演奏評はこちら>HOS)。

※1 有名なヘルベルト・フォン・カラヤンの実兄で、オルガニストのヴォルフガング・フォン・カラヤンにポジティヴ・オルガンを使ったリラ協奏曲全集がある(Schwann)。クレジットは、「ENSEMBLE WOLFGANG von KARAJAN. / ORGELPOSITIVE」とあり、これはアンサンブル=複数の演奏者がオルガン担当とも読める。こちらの記事でも紹介したが、ヴォルフガング・フォン・カラヤンには「フーガの技法(3台のオルガンによる演奏)ヴォルフガング・フォン・カラヤン合奏団」という一部で有名な盤がある。1台のオルガンでも演奏できる「フーガの技法」をわざわざ3台のオルガンで弾くくらいだから、リラ協奏曲のリラ・パートを2台で弾いている可能性も否定できないのではないか。実際、Hob VIIh: 1 の Andante を聴くと、音色の違う楽器(か、少なくとも2段以上の鍵盤)を駆使して弾いているのがわかる箇所がある。そもそもの演奏は、Berliner Instrumentalsolisten との共演による合奏スタイルの演奏ながら、録音も1979年と新しく、なかなか高水準の出来だ

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※2 アマゾン・ミュージック・ライブラリーでは、BIS のフス盤にも Hob.VIIh : 5 に「2本のリコーダーと管弦楽編」とクレジットがついているが、実際聴いてみたらフルートとオーボエ版であった。

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2018年1月29日 (月)

リラ・オルガニザータという楽器はどんな音がしたか(その2)

 前回は「リラ・オルガニザータ」という楽器の概要をお伝えした。早速、表題どおり「どんな音がしたか」をハイドンのリラ楽曲の音源等で聴いていきたいと思うのだが、正直、それはかなり少ない。世界中のハイドン音楽を集めている『ハイドン音楽倉庫』Daisy さんのサイトでも、リラ・オルガニザータを使用したとされる盤は、協奏曲で2枚、協奏曲(2曲)とノットゥルノ(3曲)で2枚、という2つのシリーズしか見つからなかった。

 まずは協奏曲で、ヒューゴ・ルフ(Hugo Ruf)のリラ・オルガニザータ、シュツットガルト・ソロイスツの演奏(『ハイドン音楽倉庫』さんの紹介記事はこちら>HOS)。ハイドンのリラ・オルガニザータ協奏曲2曲(Hob.VIIh:2、VIIh:4)が収録されている。こちらは、LP時代にパイオニアから2枚の国内版LPで出されていた全曲集からのCD化(※1)。日本盤LPのシリーズ名も「ヴォックス楽器博物館」であ理、元々は Vox 原盤であったと思われる。海外では、Vox 系のTurnabout レーベルでも出ていた。

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 ただ、このハイドンの協奏曲は2台のリラ用であるにも関わらず、リラの演奏者としてはフーゴ・ルーフ(LPの表記)しかクレジットされていない。(その1)にも書いたように、リラ(・オルガニザータ)は、メロディとしては単音しか出せない楽器である。もしかしてルーフ一人で多重録音したのかと考えていたが、実物のLPを手に入れてみると、そこに答えがあった。

「●このレコードの使用楽器について
 18世紀以降、小型の手廻しオルガンが、クランクを廻すというメカニックの類似からドレーライエルにちなんでライエルカステンと呼ばれた。英語のハーディ・ガーディの用語法にも同じ変化がみられる。このレコードでは、ヴィオラ・ダ・ガンバを受け持っているヨハネス・コッホが復元したライエルカステンが演奏に用いられている(写真2)。したがって、リラ・オルガニザータの擦弦楽器としての機能はこの楽器には含まれていない。また、送風装置が電気化されているので、一人の奏者によって演奏されている。リラ・オルガニザータは、弦かパイプのどちらかがだけでも演奏されることができたので、このレコードは、パイプだけで演奏した音色を再現しているということになろう。(解説=大久保一)」

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(パイオニアLP、H-5023V から。上の写真1が、オルゲルライエル=リラ・オルガニザータ、下の写真2が演奏に使われたライエルカステン)

 ということで、基本的にフーゴ・ルーフ/シュツットガルト・ソロイスツ盤の演奏では、箱形の電動小型オルガンの一種が使われていたことがわかった(カステンとは箱の意味)。演奏・音については、Daisy さんの「冒頭からリラ・オルガニザータのサーカスの手回しオルガンのような音色とそれにマッチしたコミカルなメロディが独特の雰囲気にいきなり引き込みます。」との評にもあるように、ストリート・オルガンのような素朴な音が聴こえている。上記LPにおける大久保一氏の解説では、「リラ・オルガニザータは、弦かパイプのどちらかがだけでも演奏されることができたので、このレコードは、パイプだけで演奏した音色を再現している」とある(※2)。さて、これはどうだろう。

 (その1)で調べたとき、この楽器には、
1)メロディー弦
2)ボルドゥン(ドローン)弦
3)2段のオルガン・パイプ
という3種の発音部があると書いた。このうち2)については、ボルドゥン(ドローン)弦をホイールに触れないように離すため、楽器の側面に 引っかけておく止め具があった。また、3)についても1段と2段のオクターヴ違いの音、もしくは1オクターブ上の音だけを出すこともできたという(※3) 。さらに「一種のストップによって、弦とパイプとの接合を遮断して、弦だけを鳴らせることもできた(大宮真琴氏『ハイドン全集の現場から 新しい音楽学の視点(音楽之友社・刊) 』)」という。しかしこれは素人考えだが、1)のメロディー弦だけ鳴らすのは上記ストップでできたとして、3)のオルガンだけ鳴らすのはできただろうか。1)のメロディー弦にも、2)のボルドゥン(ドローン)弦のようにホイールと接触しないように外す機能があったのだろうか。この点については、上記、大宮氏の浩瀚な本にも記載がなく、僕は正直、半信半疑であった。ただ、もう一種のリラ(・オルガニザータ)使用音源である「コワン&アンサンブル・バロック・ド・リモージュ」盤の解説にもヒントがあったので、この盤を紹介したときにもう一度、この話題に帰ってこよう。

 最後に参考までに、フーゴ・ルーフ/シュツットガルト・ソロイスツ盤に記載された楽器編成を記しておく。リラ(ライエルカステン)1、ヴァイオリン2、ヴィオラ2、チェロ1、ヴィオラ・ダ・ガンバ1、ホルン2。独奏楽器対オーケストラという形でなく、ハイドンが書いたオリジナルとほぼ同じ編成で録音していることには、その録音年代も考えると頭が下がる思いだ。ソロ・アルバムも多いスザーネ・ラウテンバッハー率いる弦も、さすがに伸びやかで気持ちがいい。

※1 LPとCDでは演奏者等は同じだが、なぜか録音年が違う。LPは「1965年10月」、CDは「1970」。ちなみに僕の耳には両者は同じ演奏に聴こえるので、再録音ではないと思う。ちなみに全5曲のCDは、格安全集セットで有名な Brilliant Classics から出ている「ハイドン・エディション」(全150枚組)に収められていた。>>現在は全160枚組になって再発売されており、これにはありがたいことに新たに8つの「ノットゥルノ」というリラ楽曲も含まれた。Disc143-144「ナポリ王のための8つのノットゥルノ」ウィーン・コンツェルト・フェライン(orfeo原盤)。ただし、こちらはリラは使われていないフルート&オーボエ版の演奏。
※2 これについては、CBS/SONYから出ているランパル&ピエルロがソロを務めた『ハイドン フルートとオーボエのためのコンチェルト集』(リラ協奏曲の別バージョン)のCD解説にも、「従って演奏者は弦かパイプのいずれかを奏することも、両方を鳴らすことも出来た。(高橋昭氏)」とある。
※3 ただし、オルガン・パイプからの音については、弦より2オクターヴ高いとする文献(ド・ブリュクヴィユ《ヴィエルに関する記述》)もある。

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2018年1月28日 (日)

リラ・オルガニザータという楽器はどんな音がしたか(その1)

 ヨーゼフ・ハイドンは77年の生涯で、千曲に近いと言われているくらい膨大な数の楽曲を書いているが、その中には現在ではほとんど使われていない珍しい楽器のための曲も含まれている。例えば、「バリトン」という楽器。これはヴィオラ・ダ・ガンバにも似た独特な形を持った弦楽器で、ハイドンはこの楽器を好んだニコラウスI世の求めに応じて、126曲ものトリオ(バリトンとヴァイオリンまたはヴィオラとチェロ)をはじめ、二重奏、ディベルティメント、協奏曲などを作曲した。また、「リラ・オルガニザータ」という特殊な弦楽器についても、ナポリ王のフェルディナントIV世からの注文で5曲の協奏曲、8曲のノットゥルノを残している。先に紹介した「リステンパルトのハイドン演奏まとめ(その2)」という記事の中で、3曲のノットゥルノについて触れたが、それはいずれもリラ・オルガニザータを他の楽器で置き換えたヴァージョンであった。今回は、あらためてオリジナルのリラ・オルガニザータについて書いてみたい。

 さて、まず「リラ・オルガニザータ」とはどういう楽器だろう。CDの解説などでは、一般にハーディー・ガーディの変種・一種で、そこに小さなオルガン機能が組み込まれていると書かれているものが多い。「ハーディー・ガーディ」なら、名前を聞いたことがある方もいらっしゃるだろう。これはちょうどヴィオラのような大きさの弦楽器だが、弓は使わない。胴体に円形のホイールを取り付け、クランク(ハンドル)を回すことでホイールを回転させ、それが弦をこすって音を出す。ギターのように首から紐で下げて抱えるか、膝の上に置いて構え、右手でホイールに連動したクランクを回したようだ。メロディー弦は1本またはユニゾンで調律された2本で、音程を変えるためには振動する弦の長さを変える必要があるが、それはヴァイオリンのように指で押さえるのではなく、弦の奥側・下側に設けた鍵盤(キー)を左手で押すことで弦長を短くするという。なぜピアニカみたいに、上側・手前側に鍵盤がないのか不明だが、演奏風景を見るとどうやらピアノ等のように上から押す仕様でなく、左手の指を手前側に引いてキーを押し込むような弾き方になるようだ。構造上、当然ながら単音しか出ない。ただし、楽器の両側面に2本づつ計4本のボルドゥン(ドローン)弦が別に着いていて、いわゆる「ドローン」=単音で変化の無い長い音を流すこともできる。この機能を使うとバグパイプのような感じの音になる。楽器と演奏風景については、こちらの「MK@ハーディーガーディー奏者」という方のツイッターにある画像(向かって左)が、一番わかりやすいのではと思い、紹介させていただきます(ちなみに Wikipedia のハーディー・ガーディの項目もかなり詳しい)。

 一方、「リラ・オルガニザータ」は、その名前からも類推できるように、上記の「リラ」に小型のオルガン・パイプを2段取り付けたものと言われている。ホイールを回すハンドルにふいごが連動していて、空気を送り込みむことで、弦と同じピッチの音、さらに1オクターブ上の音を鳴らすことができるという。パイプやふいごを組み込むことで、楽器の幅はかなり厚くなる。想像だがおそらくこの時点では、もはやギターのように首から下げて弾くことはできなかったのではないだろうか。

 ところで、新ハイドン全集のリラ楽曲の校訂を担当された日本の大宮真琴氏が、自ら監修・録音したLPレコード『ヨーゼフ・ハイドン ノットゥルノ全集』があり、その解説文にはこうある。

「3.楽器 リラ・オルガニザータ Lira organizzata
 リラ・オルガニザータという楽器は、こんにちでは実際には使用されず、博物館のなかでしか見ることができない。ナポリの王宮跡のカポディモンテ(Capodimonte)博物館には、王家のために製作された見事なリラ・オルガニザータが、2台所蔵されている。
 リラ、もしくはリラ・オルガニザータは、イタリア語によるこの楽器の呼びかたであり、英語ではハーディ・ガーディ(Hurdy-gurdy)、ドイツ語ではドレーライアー(Drehleier)、もしくは、ラートライアー(Radleier)と呼ばれ、フランス語ではヴィエール(Vielle)、または、とくにオルガンパイプつきの楽器は、ヴィエル・オルガニゼー(Vielle organisee)と呼ばれた。」

 ただここで注意したいのは、実際に上記・大宮氏の文章にあるナポリの博物館に残っているという2台の楽器には、「オルガニジトリ(Organisitri)」と表示されているのだが、オルガン装置は装着されていないのだという(大宮氏による新ハイドン全集の「オルゲルライヤー協奏曲」の巻の「序言」※1)。当時、ナポリ駐在のオーストリア公使館付参事官であったノルベルト・ハドラヴァという人物が、他の作曲家に送ったリラ楽曲の作曲を依頼する手紙や、あるいは当時のナポリ関係の文書記録に、「オルガンつきの2台のライアー」「(国王の)お気に入りの楽器であるリラ・オルガニザータ」という記述が複数見られる。なので、ナポリ王宮で「リラ・オルガニザータ」が演奏されていたのは事実だろう 。だが、ハイドンが作曲の際に想定してた楽器が、どのようなものであったかについては、はっきりとはわかっていないというのが本当のところ。ハイドン自身も、ノットゥルノ「Hob. II : 31」 の自筆スコアでは、表紙には「2 lire」、楽器表示には「Lira」、同「Hob. II : 27」楽器表示には「Lira」とだけ書いている。あるいは他の筆記者が写した協奏曲「Hob. VIIh : 5」の総譜表紙に、自筆で「Concert per la Lira」とだけ書き込んでいる。もしかすると、オルガン機能がついた楽器自体、見たことも聞いたこともなかった可能性もある(※2)。ではなぜハイドンが、「リラ・オルガニザータ」用の協奏曲やノットゥルノを書いたと言われているかと言えば、
1)協奏曲のうち「Hob. VIIh : 4」(エステルハージに残るパート譜)と「Hob. VIIh : 3」(同総譜)には、それぞれ他の筆記者の手で「Concert per le Lira Organisato」「Concert / per la Lira Organizata」とあること。
2)上記のように他の作曲家に作曲依頼があったように、ハイドンにも同じような依頼がナポリ側から依頼があったと推定されること。
という状況証拠が挙げられるくらいである。

 長々と書いてきたが、今日のところは、「ハイドンのリラ(・オルガニザータ)の楽曲」と一口に行っても、楽器の想定でさえなかなか一筋縄ではいかないところがあるということが言いたかったわけである。それが次回から見ていく演奏実戦での錯綜にもつながっていくのだが・・・

※1 この報告は、大宮真琴氏の著作『ハイドン全集の現場から 新しい音楽学の視点』(音楽之友社・刊)にも記載があるが、参照先が校訂報告書(Ohmiya 1976B)となっているので注意が必要。正しくは、全集楽譜(Ohmiya 1976A)。
※2 オワゾリールのCD『8 Nocturnes』につけられたアンソニー・ショートの解説。

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2016年3月 9日 (水)

高いホルン、低いホルン(その35・ハイドン編 no.89)

 次の曲は交響曲第89番。調性自体はへ長調だが、第2楽章のアンダンテ・コン・モートがハ長調で、C管ホルンが使われている。

番外編4)交響曲第89番(ヘ長調) 第2楽章にC管ホルン2。ランドン版では指定なし。(他の楽章はF管ホルン2を使用)

 この交響曲の第2、第4楽章は、「2台のリラ・オルガニザータのための協奏曲 ヘ長調 Hob.VIIh:5」の第2、3楽章を転用したもの※。特殊な楽器なのでオリジナルのリラ・オルガニザータによる演奏はなかなか聴けない。ハイドン自身がリラ楽曲(ノットゥルノ)をロンドン訪問時に演奏したときに採用したようなフルートとオーボエ、あるいはフルート2本による編曲バージョンで演奏した音源が多い。個人的には昔、日本コロンビアが出していたランパル(フルート)とピエルロ(オーボエ)のソロによるLP(2枚)でよく聴いた(先年、AccordレーベルからCD化されたようだが僕は未購入)。

 さて、この盤のC管ホルンの扱いは明快だ。というのも、この楽章でホルンは、まさにソロ楽器のように高いC(第16倍音)まで登っていくフレーズを2度(くりかえしも入れると4度)吹くことになる。ということで、ランドン版も新ハイドン全集版もホルンの音域指定はないのだが、今回、僕が聴いたすべての盤がバッソで吹いている。ちなみに今回聴いたのは、以下の諸盤。ミュラー=クライ、ブール、ドラティ、べーム、フィッシャー、クイケン、ドラホシュ、ヴァイル、ブリュッヘン、リンデ、ウルフ、ボストック、ラトル、デイヴィス、ファイの各盤(2018/1/13の追記 Westminster のLP、ショモギーもバッソ)。

 ここからは余談だが、リラ協奏曲からの編曲であるこの交響曲の第4楽章には、strascinando(ストラッシナンド)という指定がある。「音を引き伸ばしながら、ゆっくりと」のような意味だそうだが、この第89番における指定についてはブログ『Zauberfloete通信』の記事「ストラッシナンド/strascinando」に詳細かつ興味深い分析があるので紹介させていただく。ちなみに、ランドン編纂の版では、第4楽章の第16、84小節目に strascinando が、そして第153小節目には( )付き、つまり編者の付加という意味合いで strascinando がある。その記号が付いているパートは、ランドン版では一番上のフルートのパートの上と、第1ヴァイオリンのパートの上の2か所。ただし、Zauberfloeteさんによれば、

「strascinando が「音を引き伸ばしながらゆっくりと」演奏する指定であるのであれば、伸ばす音はフルートと1stヴァイオリンのCの音であろうし、ウルフが言うように、「テーマに戻るのに少し時間がかかることを強調」することにもなる。そして、スコア上に記載されている場所(Flと1stVnのパート上のみ)とも一致する。ということで、ハイドン-モーツァルト プレッセ版のパート譜(Flと1stVn以外)での strascinando の指定はあまり意味がないとも考えられる。」(『Zauberfloete通信』の記事「ストラッシナンド/strascinando」から)

 まさに、そのとおり。ちなみにこれについて、新ハイドン全集版(ヘンレ版)を見てみたところ、第16、84小節目の譜表の一番上に strascinando が付いているだけである。ただし、これはフルート・パートにだけ指示が付いているという意味ではなく、おそらく普通の速度記号・表情記号等のようにすべてのパートに効果が及ぶという意味で、譜表の一番上に記されているように見える※※。というのも、校訂報告には、自筆譜(A)、ブタペストに残るエステルハージ由来のパート譜(Ep、Es)では、第16、84小節について1stヴァイオリンの譜表近くにのみ strascinando が付いているとある。これを編集者が譜表の一番上に移したということだろう。なかなかこういう場合の解釈は難しいところだが、実際の演奏としてはZauberfloete さんのご指摘のように「フルートと1stヴァイオリンのCの音」を引き伸ばし、それに合わせ全楽器がテンポを落としたのち、テーマの再現になだれ込むということになるのだろう。このあたり元曲のリラ協奏曲ではどうなっているのか、また調べてみたい。

※ハイドンのリラ楽曲については、新ハイドン全集でこれらの曲の校訂を担当した大宮眞琴氏による詳細なレポートというか論文が、日本語!の本になっている。>>『ハイドン全集の現場から 新しい音楽学の視点』(音楽之友社・刊)。
※※ちなみに現代のオーケストラの印刷譜では、一番上がフルートのパートになるのが通例だが、ハイドンやモーツァルトの楽譜ではあまりそういう例は少ないように思われる。この第89番の自筆譜でも、一番上のパートはホルン(1st, 2nd)となっていて、以下、1stオーボエ、2ndオーボエ、フルート、ファゴット(1st, 2nd)、そして弦楽の順となっている。

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2016年2月13日 (土)

高いホルン、低いホルン(その34・ハイドン編 no.78)

 ハ長調交響曲ではないが、ハ長調の楽章を持つハイドンの交響曲について、ホルンの用法を見ていく。その番外編3)は、交響曲第78番で、冒頭楽章が《疾風怒濤時代》を思わせるハ短調で劇的に始まるが、第2楽章は穏やかな変ホ長調、第3楽章メヌエットはハ長調となる。フィナーレはA・ハ短調で始まるロンド。B部分は長調になるが、再びA・短調に。最後はハ長調に転じ、ハイドンらしい快活さの中に終わる。作曲年代は第76、77番と並んで1782年頃と推定されている。まだエステルハージ時代ではあるが、ハイドンはこの3曲をセットでパリ、ロンドン等の楽譜商に売り渡している。もはや彼の目はヨーロッパ各国の大都市に向いていたのだろう。

番外編3)交響曲第78番(ハ短調) 第3、4楽章にC管ホルン2を使用。ランドン版では指定なし。(他の楽章はEs管ホルン2を使用)

 自筆譜は残っておらず、筆写譜にもアルト/バッソ関連の指示はないようだ。新ハイドン全集は、第3、4楽章のホルンに [ ] 付きながらバッソの指定を与えている。C管ホルンの音域的には、高い方が第10倍音(E)、低い方が第4倍音(G)。普段の第12倍音(G)にも登らない。第3楽章メヌエットの後半最後に木管と組んだ Soli があるほかは、低い音域で中域を支えている場面が目立つ。

 時代的に《疾風怒濤時代》の作と《パリ交響曲集》のはざまにあり、録音も多くはない。ジョーンズ、ドラティ、オルフェウスCO、グッドマン、ウォード、フィッシャー、ダントーネと聴いてきたが、これらはすべてバッソ採用のようだ(2018/1/13の追記 Westminster のLP、ショモギーもバッソ)。例外は、なんとデイヴィスの全集盤所収の演奏で、フィナーレのみアルトで吹かせている。終結部ではアルトのホルンによる派手なファンファーレが聴かれる。デイヴィスは、第50番、第56番とハイドンが自筆譜でアルトを指定している曲でも頑固にバッソを採用していたのに、ここではまるで逆の現象。前述のとおり音域が低いので、奏者が吹きにくいからだろうか。使用音域が高いと下げて、低いと上げる・・・このシリーズでこれまで見てきた中にも、他にそのような処置をとった盤があるし、現場感覚と言えばそれまでだが、指揮者としてはどう考えているのか。

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2016年2月 8日 (月)

ハイドン・まぼろしのG管トランペット

 前回の発言で見たハイドンの交響曲第97番ハ長調の第2楽章は、ハ長調の下属調=ヘ長調で書かれている。当然のことながら、F管ホルン2が使われている。またこの《ロンドン交響曲集》の特徴として、第95番と第98番を除くほとんどの曲で、緩徐楽章にもトランペット2&ティンパニが使われている(モーツァルトも《リンツ》交響曲で、初めて緩徐楽章でトランペット&ティンパニを使っているが、これは当時とは新しい手法であったろう)。が、このハイドンの第97番交響曲の第2楽章で使われたトランペットは、ホルンとは調性が異なりC管トランペットになっている。これはなぜだろう。

 ちなみにハイドンの交響曲ではハ長調交響曲でトランペットを使うことが一番多いのだが、この場合、ハ長調となる1、3、4楽章では当然ながらC管のホルンと組み合わせて、同じくC管のトランペットが使われる。またハ長調以外でよくトランペットが使われる調性には、ニ長調がある。ニ長調の交響曲でトランペットが編成に加えられるのはかなり遅く、1778/79年作曲の第70番以降となっており、《ロンドン交響曲集》以前には第75、73、86番が数えられるのみ。これらの曲で使われるホルン、トランペットは、D管である。つまり多くの場合トランペットの調性は、C、もしくはDということになる。当時、ホルンは低いCから高いCまで様々な調のホルンが用意できたのだが、トランペットはそうではなかったようだ。冒頭に書いた第97番のヘ長調の緩徐楽章で、F管ではなくC管トランペットが使われているのも、そうした事情が絡んでいる。

 さらに以前、交響曲第54番ト長調の<改訂版>を聴いたときも、第1、3、4楽章の調性はト長調なのでホルンはG管だったのだが、トランペットはC管であることに触れておいた。《ロンドン交響曲集》以前のハイドンでは、ハ長調、ニ長調そしてト長調のみが、トランペット&ティンパニ入りである。ト長調交響曲でトランペット入りとなるのは、上記第54番が最初。のちにハイドンは、《ロンドン交響曲集》以前には、第88番「V字」および第92版「オックスフォード」という両有名曲をト長調で書くが、これらでもC管トランペットを使っている。つまり、G管トランペットもなかった、と言いたいところだったが、実はそうではないようだ。

 こちらは《ロンドン交響曲集》の曲だが、第94番「驚愕」で当初、第1楽章のトランペットパートをG管で書き始め、この楽章の最後まで書き進めたのち、最終的にこれを取り消しC管に書き直しているという(C管パートの全体は別の用紙に書かれ、総譜の最後に付け加えられた※※)。ドラティの交響曲全集の解説にランドンは、「このG管トランペット,いわゆる<イングリッシュ・トランペット>は,アルテンブルクが1795年に書いた著名な論文のなかで言及されているもので,イタリアでは<トロンバ・ピッコロ>と呼ばれた。」と書いている。アルテンブルクとは、Johann Ernst Altenburg(1734-1801)のことで、『Versuch einer Anleitung heroisch-musikalischen Trompeter- und Paukerkunst』という本の中にこれらの記述はある。これも Google Play (Books) で検索したらなんと全文が閲覧できた。該当箇所と思われるのは以下のページ。>>「3)」と数字のある箇所。

Altenburg1

 ハイドンが想定していた楽器がこの<イングリッシュ・トランペット>だったかどうかは不明だが、イギリスにこの種の高音トランペットの伝統があったとしても、有名なヘンデルの『メサイア』の例などから考えてもおかしくはない。にもかかわらず、ハイドンが通例どおりC管トランペットに戻したのには、管長の短いG管で高い音域を演奏するのは不安定だと考えたためと、ランドンは想定している。

 結局、このG管トランペットは、まぼろしに終わったが、実は《ロンドン交響曲集》の中に変ホ長調の曲が2曲あり、それらにおいてハイドンはEs管のトランペットを使っている。第99番と第103番「太鼓連打」がそうであり、これもある意味、興味深い。前者が書かれたのは1793年であるが、ただしこれには有名な前例がある。モーツァルトの交響曲第39番変ホ長調 K.543 でもEs管トランペットが使われている。この曲は1788年の作であり、ハイドンのものより先行するが、果たしてハイドンはモーツァルトのこの曲を知っていたのだろうか※※※。のちハイドンは、友人であるアントン・ヴァイディンガーから依頼され『トランペット協奏曲』を作曲するが(1796年)、これはキイを持つEs管用に書かれたと言われている。ほかに、《ロンドン交響曲集》の中に変ロ長調の曲が2曲(第98番、第102番)があり、これらではB管のトランペットが使われた。結果、ハイドンの交響曲において、トランペットが使われるのは、変ロ長調、ハ長調(ハ短調)、ニ長調、変ホ長調、ト長調で、その調性の方はB、C、D、Esということになるようだ。

※この曲のトランペット&ティンパニは後年の追加と言われている。
※※ランドン編のフィルハーモニア版のスコアには、付録としてG管トランペットのパートが載せられている。
※※※ランドンによれば、「エステルハージの楽団は,モーツァルトの最後の3つの交響曲の手稿譜の写しを所有していた」という。新モーツァルト全集の K.543 の校訂報告にもこの手稿譜について記載されている。

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2016年2月 1日 (月)

高いホルン、低いホルン(その33・ハイドン編 no.97)

 ハ長調交響曲の最後を飾るのは、交響曲第97番。《ロンドン交響曲集》の中の1曲で、1792年にロンドンで作曲された。

20)第97番 ランドン版はアルト/バッソの指定なし(第2楽章は、F管ホルン2を使用)。

 この曲にもホルン2およびトランペット2&ティンパニが使われているが、自筆譜はもちろん、他の筆写譜、当時の出版譜にアルト/バッソの指定はない。新ハイドン全集も、上記ランドン版と同じ指定だが、結論から言えば、バッソと推定されている。ランドンも「イギリスには,ハ調管にせよ変ロ調管にせよアルト・ホルンを使うという伝統が,なかったようなのである.」(ドラティ全集盤の解説)とし、バッソであると認めている。彼によれば、ハイドンの友人でウィリアム・シールドという人が、1800年に書いた「和声学入門」という本の中で、変ロ調ホルンは記譜音より低い「死んだ」音が鳴るいわゆる「バッソ」として紹介されているという。ランドンの別著『Haydn: Chronicle and Works, Volime III, Haydn in England』の中に、上記シールド本の原名『Introduction to Harmony』(by William Shield)があったので検索してみると、何と「IMSLP」のサイトにこの本のファクシミリが登録されていた。該当箇所の画像は以下のとおり。

Shield1

 前回見た交響曲第90番が、1791年(3月25日)にハイドンが指揮をしたザロモン・コンサートでイギリス初演されているが、その折に使われたというパート譜(ロンドンのロングマン&ブロードリップ版)でも、トランペット&ティンパニを含む上、ホルンのアルト指定は省かれている。こうしたことがロンドンではホルンはバッソ、ということの根拠のひとつになっているようだ。

 ホルンの使用音域としては、高い方が第12倍音(G)、低い方は第3倍音(G)。第4楽章の前半部には、第12倍音(G)を連打する場面が出てくるほかは、特に変わった点はない。さすがにかなりの録音記録があるが、上記のような資料状況であり、私が聴いた範囲ではホルンをアルトで吹かせた演奏は見つけられなかった。

 以上、ハイドンのハ長調交響曲におけるホルンの使用法をめぐって、20曲あまりを聴いてきた。あとはハ長調交響曲ではないがC管ホルンを使った曲を、番外編の続きとして取り上げていきたい。

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2016年1月27日 (水)

高いホルン、低いホルン(その32・ハイドン編 no.90)

 交響曲第90番は、《パリ交響曲集》と《ロンドン交響曲集》とのあいだにある5曲のうちの1曲。

19)交響曲第90番 ランドン版は第1、3、4楽章にアルトを指定(他の楽章ではF管ホルン2を使用)

 ここまでハイドンのC管ホルンの扱いをずっと追ってきたが、この曲のホルン指定はある意味、非常に大きな示唆を与えてくれる。この第90番にも自筆譜(A)が残っている(作品の依頼主であるパリのドーニー伯爵家に送られたもので、現在はワシントンにある)。最初、ハイドンは第1楽章の譜表の一番上に「2 Clarini」と書いたのだが、そのあとで「Clarini」部分を線で取り消し、「Corni in / C alto.」と書いている。それゆえランドンはC管ホルンにアルトの指示を与えている(厳密には、自筆譜の第3、4楽章には、アルトの指定なし)。ちなみに、トランペット&ティンパニなしバージョンは、グッドマン盤で聴くことができる(ホルンはアルト)。ただし、ことはそう簡単ではない。

1)自筆譜にアルトの指定がある以上、この曲にハイドンは高音ホルンの音を想定していたことは間違いない(エステルハージには、ホルンのC管アルトのクルック=替え管があり、高音域を吹きこなすことのできる奏者がいた)。
2)ただし「2 Clarini」と書いた文字を消しているので、それはあくまでトランペットの代わりとしての消極的な選択だった可能性がある(エステルハージでは、トランペットは常時使われていなかった)。
3)この交響曲にも、トランペットとティンパニのパートだけの自筆譜(A ct)が残っていた(無名氏の所有。最後に確認されたのはロンドンのサザビーズのオークションのようだ※)。
4)他都市、パリやロンドンで自身の交響曲を売ったり、演奏したりした場合、ハイドンはトランペット&ティンパニを編成に加え、ホルンパートからアルト指定を省いた(例えばハールブルクに残る筆写譜 Ha)。
5)これはトランペットが使える場合、音域が被るアルトのホルンではなく、1オクターブ下のバッソのホルンを使うという指定にもとれる。

 以下は、新ハイドン全集の主張(ケルンのヨーゼフ・ハイドン研究所のアンドレアス・フリーゼンハーゲンの担当の「前文」から)。曰く、自筆譜の高いホルンの指定は、トランペットのない場合の代用であって、普通、ホルンをトランペットといっしょに使う場合は、ホルンは1オクターブ下のバッソで使われる。オーセンティックな筆写譜には、両楽器が加わっており、しかもホルンにはアルトの個別説明はない。それゆえ、新ハイドン全集は、トランペットとティンパニを編成に加えた上で、自筆譜に反して「2 Corni in C」の表記にした、というのである。

 結局、トランペット&ティンパニがない初期バージョンは、アルトが正しい。トランペット&ティンパニ付きの後期バージョンは、バッソの可能性がやや高い。ということになるのだろう。ただしハイドンには、自筆譜でアルトのホルンとトランペットを同時に指定した交響曲第56番もあり、上記4)で音域の被りが絶対になかったとは断定できない(バッソの指定があるわけでもない)。またこの4)の処置は、他都市では高いC管ホルンがエステルハージほど一般的でなかったため、ハイドンが妥協したためとも考えられる。

 なのでこの曲の新ハイドン全集版の場合、せっかく自筆譜にアルト指定があるのに、脚注でしか触れないのはどうだったか。極めて厳格な編集方針を持つ新全集にしては、やや疑問が残る。せめて本編の楽譜にも「2 Corni in C alto」等と記しておいて、脚注で「トランペットを同時に使う場合は、ホルンをバッソ扱いにする(記譜よりも1オクターブ下げる)ことを推奨する。」と追加した方が原典版としてはよかったのでは、と個人的には思うがいかがだろう。

 この曲のホルンの音域指定は、例によって高い方が第12倍音(G)、低い方はほとんどの場面で第3倍音(G)。ただし、今回も第1楽章の序奏、第8〜11小節の1か所だけヘ音記号が使われ、五線譜の下2線上のC(アルトなら1オクターブ上になるか?)を、第2ホルンに吹かせる(いつも書くことだが、現代的な記譜法では基音=第1倍音。古典的な記譜法では第2倍音)。ちなみにこの曲のアルトの指定に関して、ヴァイル指揮の日本盤解説におもしろい「付記」があった。

「付記:1995年の春に筆者はヴァイル氏にインタビューする機会を得たが、席上でヴァイル氏は、上記の解説にもある第90番の「高いC管」のホルンに言及した。演奏者たちは当初、演奏しやすい「低いC管」のホルンを使用することを希望したが、ランドン氏が「高いC管」ホルンにこだわったため、2回の演奏会で各々のホルンを試したという。結局この「高いC管」ホルンがめざましい効果をあげたために、楽器の選択が決定したとのことだ。ランドン氏は彼らに解釈上の細々とした要求はしないが、こうした肝要な箇所でのアドヴァイスが貴重な成果を上げているとのことだった。」(ブルーノ・ヴァイル指揮ターフェルムジーク、『オリジナル楽器による交響曲全集 第7巻』の飯森豊水氏によるCD解説から)

 現場の雰囲気をよく伝えている文章である。実際、この第90番ではターフェルムジークの面々もちゃんとアルトで吹き、期待に応えている。ただし過去には<ランドン氏>のアドヴァイスを無視して、バッソに下げたこともある(第50番、第82番「熊」)。ヴァイル同様、アルトで吹かせている盤が多く、ブラム、ジョーンズ、ドラティ、ベーム、ブリュッヘン、リンデ、クイケン、フィッシャー、ウルフ、ラトル(2種)、ドラホシュ、ファイがこれにあたる(グッドマンは先述のとおり、自筆譜に合わせて、ホルンはアルトながらトランペット、ティンパニーなし。)。第82番「熊」でアルトだったミュラー=クライはここではバッソ。デイヴィスも、ハ長調交響曲では第63番だけアルトにしていたが、ここではまたバッソに戻っているこ(2018/1/13の追記 Westminster のLP、ショモギーは珍しくトランペット、ティンパニーなしのバッソであった。演奏は非常にすばらしいが。リステンパルトも同じ処理なので、もしかすると旧全集にそういう楽譜があるのかとも思ったが、ランドンの『The Symphonies of Joseph Haydn』によれば、「もしトランペットとティンパニーなしで演奏する場合は、アルトのC管ホルンで、トランペットとティンパニーありなら、バッソのC管ホルンで」と書いてあるという)。

※(2016/1/31の付記)新ハイドン全集の校訂報告によれば、このトランペットとティンパニのパート譜は、第1葉(第1楽章のT1〜132)しか校訂に利用できなかった。オークションのカタログにのった第1ページの写真しか、今見ることができないのだという。ちなみにランドンは、自筆譜が10段組の五線譜に書かれているので、両楽器のためのスペースがなく、別の用紙に当該パートを書いたが、のちにそれが失われたのでは、と推測していた(ランドン版の校訂報告)。実際、パート譜(A ct)には、自筆譜に打たれたノンブル「1〜67」に続けて、「68〜71」という番号が見られる。しかし、新ハイドン全集の校訂者は、これは自筆譜(A)の一部分ではなく、もともと別々に伝承されてきたものと見ているようだ。

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2016年1月24日 (日)

高いホルン、低いホルン(その31・ハイドン編 no.82)

 ハイドンのハ長調交響曲におけるホルンの用法を調べるシリーズも、《パリ交響曲集》にたどり着いた。いよいよこの曲を含め、あと3曲(本当ならば、《パリ交響曲集》の少し前の作になる交響曲第78番 ハ短調にも、第3、4楽章にC管ホルンが使われて、番外編として取り上げるべきだが、資料収集の関係で後にまわすことにしたい)。

18)第82番「熊」 ランドン版は、第1、3、4楽章に [ ] 付きでアルト指定(第2楽章はF管ホルンを使用)

 この曲のホルンパートは、トランペットと同一になっていて、新ハイドン全集の校訂報告によれば、自筆譜には第1楽章が「2 Corni in C / o Clarini」、第3、4楽章がそれぞれ「2 Clarini / o Corni in C」「2 Clarini / o corni」という表記※。「o」は、英語でいう「or」=「あるいは、もしくは」の意味で、どちらかを使うということになる。他の証拠ではそのような指示はなく、またトランペットのパート譜は複数の筆写譜で欠けている。しかし、現在聴くことのできる演奏では、ほとんどがホルンもトランペットも両方とも使っている(後述のように、ハリー・クリストファーズ指揮のヘンデル&ハイドン・ソサエティ管弦楽団のCD(CORO)では珍しくトランペットは使っていないようだ)※※。ホルンの音域指定は、高い方が第12倍音(G)、低い方はほとんどの場面で第3倍音(G)。ただし、第1楽章の第217〜220小節の1か所だけヘ音記号が使われ、五線譜の下2線上のCを、第2ホルンに吹かせる(現代的な記譜法であれば、ホルンの出せる最低音=基音となる。また古典期に使われたというホルンの古い記譜法では、1オクターブ低く書く習慣もあるというので、こちらだとすれば二間のド(C)ということになる)。第1ホルンも、ト音記号第2線上のGが多用されるなど低い音域を吹く場面が多く、トランペットと同じパートということもあって、あまりホルンの音自体目立たない(特にバッソ採用の場合)。ランドンは多くの解説で、「高音ホルン」に言及しているが、上記のように指定はない。結果、新ハイドン全集版では、ホルンにアルト/バッソの指定は付いていない。

 上記のような状況なので、バッソとは決められないまでも、CDではバッソ採用の方が多い。特にこれまでとは違い、この《パリ交響曲集》の場合はアンセルメやバーンスタイン、カラヤン、ヴァントなど大家と言われる演奏家も数多く録音していて、どうしてもバッソが多くなる。バッソの場合は、オーケストラの響きが中音域に厚くなるので、曲自体が重厚に響く。網羅的に聴いているわけではないが、これまで30枚ほど聴いた中で私が見つけたアルト採用の盤は、ランドンが監修しているドラティ、ミューラー=クライ、ウィッチ、ペリック、ヘンヒェン、鈴木秀美、クリストファー(トラペットなし)あたり。マリナーは第3、4楽章のみアルト(2016/2/16の注記 アーノンクール盤をよく聴き直してみたら、第4楽章はアルトのようだ)。こちらの場合、軽快かつ華麗な響きの「熊」となる。ちなみにヴァイル盤は、同じランドンが監修していて、CD解説には「作曲者はこの曲で高いC管のホルン、トランペット、ティンパニ、そして通常の弦楽器と木管楽器を使用している。ここでハイドンはフランス人たちがこの楽器を持っているのかどうか案じたのだろう。ホルンをトランペットで代用してもよいと指示している。」とあるが、バッソである(このあたりの事情は、この項の(その23)交響曲第50番の事例を参照)。

※新全集の校訂報告によれば、第3楽章のトリオの部分だけは、自筆譜でも「Corni」としか記されていない。メヌエット主部で、「Timp.」(=ティンパニー)のパートが書かれている段は、空白になっていて音部記号も小節線もないという。
※※無論、緩徐楽章と第3楽章のトリオの部分は、ホルンのみでトランペット(&ティンパニー)は(楽譜どおり)休む。

(2016年11月の注記)のちにこのシリーズの(その32)で交響曲第90番ハ長調を取り上げた。この交響曲の自筆譜では、「最初、ハイドンは第1楽章の譜表の一番上に「2 Clarini」と書いたのだが、そのあとで「Clarini」部分を線で取り消し、「Corni in / C alto.」と書いている」。しかし、トランペット(&ティンパニー)を加えた筆写筆では、ホルンのアルト指示がない。つまり、この時期のハイドンは、アルトのホルンをトランペットの代用的に使うと考えていた可能性がある。その意味ではこの「熊」の「2 Corni in C / o Clarini」も、「高いホルン、もしくはトランペット」という意味に採れなくもない。少なくとも、第90番からの類推によれば、トランペットが使えない(使わない)場合、アルトのホルンが想定されていたことの蓋然性は決して低くないだろう。

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