2015年1月13日 (火)

Monk By MP3

 年末に村上春樹氏の『モンクのいる風景(新潮社)』を読んだ関係で、久しぶりに彼、セロニアス・モンクの音楽が聞きたくなった。Amazon で検索してみたら著作権が切れた影響かもしれないが、1950年代の音源が大量にセット化されて出ているのが目を引く。また気がつくと、ダウンロードで買えるデジタル・ミュージックも、いつのまにか随分と幅を利かせている。特に、モンクのリバーサイド時代の音源が、MP3ながら600円×2組で全153曲が揃うというのはすごい(CDバージョンの10分の1くらいだ)。で、思わず買ってしまった(「Thelonious Monk - The Complete Riverside Recordings」Vol.1,2)。ダウンロードも非常に簡単だし、第一、CDなら15枚にもなる大きなセットを買っても家人には見つからないのはありがたい(笑)。

 実は以前から、ビル・エヴァンスのリバーサイド時代の12枚組セット「The Complete Riverside Recordings」は、CDで持っている。確かに資料としては貴重なものなのだが、オリジナルのLPの構成がまったく反映されていない上、同じ曲の別テイクが並んだりしていて、実は普段、音楽を聴くにはまったく向いていない(オリジナルLPなどと書くこと自体が、すでにアナログ世代なのかもしれないが)。その点、MP3の場合、特定の曲を選んで曲順を入れ替え、オリジナル・アルバムごとにプレイリスト(音源等を再生する順番をリスト化したもの)を作るというのも簡単にできる。年明けの休暇を使って、Amazon Music のアプリ内で、今回買ったモンクのセット・全153曲を整理してみた。

 まず、オリジナルLPの曲を先に入れる。そして、そのあとに Altenate Take を追加していくという単純作業のくりかえし。かつて、今は曲種別に出ているアシュケナージの「ショパン:ピアノ作品全集(DECCA)」を買ってiTuneに取り込み、オリジナルLPどおりの作曲年代順(レコーディング順)に組み直したこともあるくらいで、そういう作業は僕はきらいではない。ただ、今度のMP3のセットには演奏時間と演奏者しか情報がないので、LPごとの収録曲を特定するには少し調査する必要がある。ネット上のモンクのディスコグラフィや、CD化されたときに追加されたボーナス・トラックなどを参考にリスト化していった。結果、ほとんどのテイクの出自は判明したが、このコンプリート盤にも収録されていない曲、というか聴けない曲がいくつかあったので、参考までに記録しておく。

1)「Epistrophy (Short version)」
 「Thelonious Monk with John Coltrane」(1961年発売)に入っていた第5曲目「Epistrophy」は、このLP内では3分7秒の長さだったのだが、これにあたるテイクはコンプリート・セットの中には見あたらない。コルトレーンとモンクが演奏した「Epistrophy」は同セットの中に2つ含まれている。それは、10分46秒の長いバージョンと、「Epistrophy, Fragment」と題された1分46秒でフェードアウトするバージョンの2つ。ともに1957年6月26日にニューヨークのスタジオで演奏されたものになるが、調べてみると、どうやらオリジナルLPに収録された3分ちょっとのテイクは、上記2つの演奏をつないで作ったものだったらしい(今では「Epistrophy (Short version)」と呼ばれているようだ)。なので、これは別に「Thelonious Monk with John Coltrane」のMP3バージョンからダウンロードして補っておいた。

2)「Crepuscule with Nellie (Take 2) 」
 同じコルトレーンからみのセッションで、「Crepuscule with Nellie」という曲が何回か演奏されているが、LP「Monk's Music」に収録されたのがモノラルの「Take 6」というもの。CD時代にこちらはステレオの「Take 4+5」がボーナス・トラックとして収録されているが(※1)、実はこの曲は前日6月25日のセッションで3回も演奏されており、どうやら結局モンクはこれらに満足せずアウト・テイクとしていた。このうち「Take 1」および「(Breakdown)」という2つは、コンプリート・セットに含まれているが、なぜか「Take 2」のみはその中には見あたらない(「Crepuscule with Nellie (Take 2) という曲が確かにあるが、これはモンクがイタリアでのライヴで演奏したもの)。探してみると、「Complete 1957 Riverside Recordings」と題した2枚組CDに、メンバーの会話から始まる「Take 2」が含まれており、これもこちらで補っておいた。

3)「Abide With Me (Take 1)」
 この曲は、もともとがセロニアス・モンクならぬウィリアム・ヘンリー・モンクという人が作曲した曲で、我が国では『日暮れて四方は暗く』(讃美歌39番)として知られている。バッハのコラール集などのように4声部のパートに分かれていて、これをレイ・コープランド(tp)、ジジ・グライス(as)、コールマン・ホーキンス、ジョン・コルトレーン(ともにts)のホーン・セクションの4人が演奏している。モンク(ピアノ)は参加していないが、「Monk's Music」というLPの冒頭に置かれ、1分弱のごく短いものながらとても異彩を放っている。この曲の別テイク「Abide With Me (Take 1)」が、やはり「Complete 1957 Riverside Recordings」にしか収録されておらず、これもこちらから加えてみた(両テイクとも、1957年6月26日の演奏)。

4)「Theronious」
 「The Thelonious Monk Orchestra at Town Hall」というLPの冒頭にこの曲が置かれているが、それはオリジナルLPでは55秒というごく短いものだった。今回のコンプリート・セットには、同じ演奏者たちによる3分4秒のテイクが入っているが、55秒というタイムを持つバージョンはない。調べてみると、今出されているCDでは、すべて長い3分4秒のテイクに置きかえられている。おそらく、であるが、この長いテイクの冒頭55秒あたりで曲冒頭のテーマ提示が終わるので、そこで切ったものがLPに使われたのではないか。こちらについては今度、中古LPを手に入れて確認してみたい。

※1 実は「Monk's Music」の「Crepuscule with Nellie」にはもう一つミステリーがある。私が所有している「Monk's Music」のCDは1999年に紙ジャケット仕様で出たものだが、2011年にOJCバージョンとしてジャケットの左端にオレンジのラインを入れて復刻されたCDには、テイクの扱いが上記2)(私の持っているCD)とは逆になっているという。つまり、ステレオの元「Take 4+5」がトラック6に「Take 6」と名前を変えて置かれ、ボーナス・トラック扱いのトラック8にモノラル音源の元「Take 6」が「Take 4+5」として置かれているらしい。どういうことだろう。それを確認するためだけに、また同じ盤のCDを買うのもどうかとは思うが、このOJCバージョンには「Blues For Tomorrow」という曲が最終9トラック目に追加されているのが目を引く。これは先ほどから何回も登場している1957年6月25日の「Crepuscule with Nellie」セッションにおいて、モンク抜きで演奏されたという珍しいもの。こちらは、「Thelonious Monk - The Complete Riverside Recordings」や「Complete 1957 Riverside Recordings」にも収録されているのだが。

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2014年3月 7日 (金)

リヒテルの「つぶやき」

 今回はTwitterをやっている人限定の話で恐縮だが・・・

 実は僕もつい最近知ってフォローし始めたのだが、 「S.Richter_bot」 ‏=リヒテル・ボットというTwitterアカウントがある。ボットとは、Twitter上の機械による自動発言システムのこと。特定の話題を定期的につぶやくわけで、基本的に一方的に発言するものだ(語源はロボットから来ているらしい)。ただ、リヒテル・ボットのプロフィール欄にはこう書かれている。

「S.Richter_bot ‏ @RichterBot ロシアのピアニスト、芸術家であるスヴャトスラフ・リヒテル/Sviatoslav Richter/Святосла́в Теофи́лович Ри́хтер(1915-1997)の発言を日本語でtweetするbotです。邦訳がないものは管理人@RyotaroMiharaの訳になります。(後略)」

 だからこれは、「機械による発言」というより管理人の方@RyotaroMiharaさんが、リヒテルの発言を翻訳までして紹介してくださっている労作ということになる。そして、これがとても興味深いのである。

 今日、僕は出張のため東京に来ていて、昼下がりにはぶらぶらと市ヶ谷付近のビルの谷間を歩いていた。と、ふとリヒテルのつぶやきが聴こえてきた。

「ショパンは十二時以降に弾こう。デモーニシュで、歪みがあり、神秘的で、奇想的で、非対称的で、雄々しく、かつ神々しいショパンだ。仕上げは練習曲。作品25の第7曲嬰ハ短調。これはすでに別れであり、死である。この曲の後には、何もありえない。」(このあとに管理人氏による「実際プログラムの最後に弾くことが多かった。」という注が付いている。)

 2月には、こんなつぶやきも。

「ソナタへ長調(第44番Hob.XVI:29 )。この曲をたった一度だけ弾いた場所がロンドンだった。優しいハイドン、あなたが大好きだ。でもほかのピアニストたちはどうだろう。みんなあなたに対しては冷たい。残念なことだ。」

 で、その演奏が聴きたくなって探してみたら、BBC Legendsでそのときのライヴ録音が出ていた(1961年7月8日 ロンドン,ロイヤル・フェスティヴァル・ホール、BBCL4245※)。ネットで取り寄せて聴いてみたが、いつもの豪腕ぶりより、彼の言葉どおりの「優しさ」が耳につく演奏である。リヒテルのイギリス・デビューだったらしく、ハイドンの後はプロコフィエフばかり、ピアノ・ソナタ第2番と第8番、「束の間の幻影(抜粋)」などが弾かれている(リヒテルらしいと言えばそうなのだが、ロンドンの音楽通たちも結構面食らっただろう)。※彼には晩年、1994年にもこの曲を弾いたライヴ録音があるようだ。

 その他、彼の大事なレパートリーであったバッハの『平均律』各曲に対するコメントや、師でありピアニストでもあるネイガウスの思い出、フェルメールの絵のことなど、彼の「つぶやき」は時に極めて詩的で、時に絶望的にシニカルで、いろいろと考えさせられるものが多い。特に大都会の喫茶店で、ひとりコーヒーを飲みながらiPhoneでこれらの発言をずっと読んでいると、なんだか彼の差し出すビジョンに吸い込まれて行くような気分にさえなる。例えば次のつぶやきなど、まるでタルコフスキーの映画の一場面のようだ。

「(バッハ平均律第二巻(以下WTC2)ハ長調前奏曲について)オルガンを演奏する父の姿が見える。祭壇の向かい側で、下手な聖歌隊とともにオルガンに興じる姿だ。(中略)父はいつも焦げ茶色のクッションに座っていた。ガラス越しに差し込む陽の光が彼の背中に当たっていた。」

「(WTC2嬰ハ短調前奏曲)祭壇のそばにある白いさんざしの枝。その横で父が演奏している。外は、五月の半ばだ。ランジェロンに続く道には、白いさんざしの生け垣があった。私は立ち止まり、吸い込んだ、その香りと、静寂を。」

 そしてたった今も、ビジネス・ホテルの一室でベッドに寝転がっている僕に、リヒテルが語りかけ続けている。

「どういう理由かわからないが(ひょっとしたらこちらの頭脳の欠陥だろうか?)、モーツァルトの音楽は記憶に残らないものだ。第一主題は思い出せることが多いが、第二主題以下となるともうお手上げだ!何にも頭に残っていない。」

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