2021年3月 9日 (火)

1967年のマーラー・ツィクルス(補遺・サヴァリッシュ4)

 先週、本ブログの「1967年のマーラー・ツィクルス(補遺・サヴァリッシュ3)」という2019年4月の記事に、horie さんとおっしゃる方からコメントをいただいた。それは、ヴォルフガング・サヴァリッシュが指揮するマーラーの交響曲第2番『復活』(1972年5月11・12日、東京文化会館で演奏)を、当時、N響のテレビ中継で見たことがあるという貴重なご報告であった。

サヴァリッシュ指揮の「復活」はテレビでも中継され、地方住まいの私も見ることができました。あの端正な指揮ぶりは、50年近く経た今も鮮明に覚えています。

 サヴァリッシュはNHK交響楽団と組んで、マーラーの交響曲第1番『巨人』、第4番、そしてこの『復活』の3曲を振っているようである。ただし、最後の『復活』については、記録上、微妙な問題があった。というのも、この項の最初の記事「1967年のマーラー・ツィクルス(補遺・サヴァリッシュ1)」を書いた2018年1月の時点では、よしおさんとおっしゃる方からご教示いただいたリンク先のアーカイヴ中に、前者の2曲のみの記録が見つかったことを紹介していた。そのリンクは、以下のとおり(サ行の指揮者についてのデータ・リンク)。

https://www.nhk.or.jp/program/nkyolegend/
archives/nl_conductor_sa.pdf

 ところが、上記「(補遺・サヴァリッシュ3)」を書いた時点で再度、演奏会記録を検索した折には、どういうわけか『復活』もヒットしていて、冒頭のコメントはそれを受けての horie さんからのまさに歴史的!ご報告だったわけである(貴重なご証言、あらためて感謝します)。ただ、今回、再々度記事を読み直してみて、この記事に書いたこの演奏会記録のリンクが切れていることに気づいた。それは、以下のとおり。

https://www.nhkso.or.jp/library/archive/index.php

 「これではせっかく見つけた『復活』がまた幻に!」と一瞬焦った。が、よく見ると、上のリンクはNHKの「N響 ザ・レジェンド」サイトの「N響アーカイブス・リスト」ページであるのに対し、下のリンクは「NHK交響楽団」サイトに繋がるようになっている(前者のリンクはまだ生きている)。どうもN響の演奏記録には2種あって、前者は番組がリクエストを受けるときなど用の<”音源”アーカイブ・リスト>、後者は正真正銘の<演奏会のリスト>になるようである。そのことが上記のようにサヴァリッシュの『復活』に関する演奏記録の有無につながってたようだ。僕自身サヴァリッシュ3)」 を書いた当時は気づいていなかったのだが、「NHK交響楽団 演奏会記録」というワードで検索したか何かで、「(補遺・サヴァリッシュ1)」の時とは違うリンク=データに偶然飛んでいたのだろう。ところが、本日現在、N響のサイトには後者のページは見つからない(泣)。こんなことならデータを保存しておけばよかった。(注)

 これでは悔しいので、さらなる検索を続けてみたところ、「HISTORY OF MUSIC / クラシック音楽家の年譜 ~岩田 幸雄 編~」というサイトに「サヴァリッシュ演奏会全記録 Sawallisch, Wolfgang CONCERT ARCHIVE」を含む詳細な記録ページが見つかった。ここには、1972年5月の『復活』のコンサート記録も載っている。これらの情報の参照元に、「NHK Symphony Orchestra, 『演奏会記録|NHK交響楽団』最終アクセス2019年5月14日 https://www.nhkso.or.jp/library/archive/index.php . 」が含まれていて、岩田氏は2019年5月には、僕と同じ「演奏会記録」を参照されていたことがわかる。また、『復活』の演奏会場であった東京文化会館のサイトに、「東京文化会館 アーカイブ」というページがあり、そこにも「NHK交響楽団 第579回定期公演」として1972年5月11日と12日の2日間、サヴァリッシュ指揮の『復活』演奏会があったことが記されていた。ここには、当日のプログラムの表紙の画像も掲載されている(ただし、5月12日分のプログラムの画像は、同日の午前と午後2回行われた「千代田区立小中学校音楽鑑賞教室」のプログラムになっている。「さすが、都会の小中学生。マーラーの『復活』を音楽鑑賞授業で聞いたのか?」と言いたところだが、これはおそらく画像の張り間違い。秋山和慶指揮の東京交響楽団が出演したようである。ちなみにN響は午後6時半からの公演だったようだ)。

 あと、horie さんは「同じころ放送されたローゼンシュトック指揮N響による3番」について、再コメントで触れられていた。これは、1972年12月13・14日に第591回定期公演として行われたらしいのだが、こちらも音源等は残っていないらしく、「N響 ザ・レジェンド」の「N響アーカイブス・リスト」には記載がない。ただし、「N響アーカイブス講究」というサイトに、「トランペット対談・北村源三さん」という記事があり、ここには当該演奏会の写真も掲載されている。個人的には、先の『演奏会記録|NHK交響楽団』データの、まさに<復活>をお願いしたいところなのだが・・・

(注)後日、気になってNHK交響楽団の事務所に問い合わせてみたところ、現在、演奏会記録を更新中で、再掲載は未定とのことだった。お知らせまで。

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2019年4月28日 (日)

1967年のマーラー・ツィクルス(補遺・サヴァリッシュ3)

 昨日、NHK・FMの「N響 ザ・レジェンド」のリクエスト特集で、ウォルフガング・サヴァリッシュがNHK交響楽団を指揮したマーラーの交響曲第1番『巨人』が放送された。リクエストを投稿されたナガオカさんとおっしゃる方は、「N響とはマーラーの交響曲第1・4番を演奏しておりますので、ぜひよろしくお願いいたします。」と書いておられるそうである。ただし、司会の壇ふみさんは、「マーラーについては、交響曲第1番、2番、4番を演奏していますが、音源が残っているのは、そのおっしゃるように1番と4番だったということでございます。」と話されていた。音源こそ残っていないということだが、交響曲第2番『復活』をサヴァリッシュは演奏していたのだろうか?

 以前、この記事の(その1)の記事に、「某巨大掲示板によれば、1970年頃に「第2番・復活」をN響と演奏したこともあるらしいが、詳細は未確認。」という情報を僕は書いていた。その後、同記事のコメント欄に、「よしお」さんという方からN響の「演奏会記録」の存在をご紹介いただいていた。そこで「よしお」さんは、「サヴァリッシュ は復活を指揮していないようです。その代わり、巨人と4番はNHK交響楽団と演奏しているみたいです。」とコメントされていた。僕も当時そのアーカイブスを検索したときには、『巨人』と第4番の記録は確かに確認したはずだが、第2番の『復活』は見つけられなかったように記憶している。なので(その1)の記事にもともとあった「復活」に関する記載を見せ消ししておいたのだった。もしかすると「N響とはマーラーの交響曲第1・4番を演奏しております」と書かれたナガオカ氏も、私たちと同様の認識からの投稿だったのかもしれないが、今回あらためて「演奏会記録」(重要な注)を再検索してみると、1972年の5月11、12日の2日間、東京文化会館で『復活』を振っていることが記されていた。解説の池辺晋一郎氏も、「2番はちょっとキャラクターが違う気がしますけど、1と4はなんとなくサヴァリッシュが演奏したことがわかる気がしますね。」とのことで、これは(その1)のコメント欄に僕が書いた感想とまったく一致している。しかし、サヴァリッシュが『復活』を取り上げたことは、どうも事実のようである。共演者は「木村宏子(sop.) / 長野羊奈子(alt.) / 東京藝術大学(chor.)」とのこと。ここであらためて、追加訂正しておきたい。

 ちなみに、『巨人』は、1975年の5月14〜17日に4日間連続で演奏されている。会場はいずれもNHKホール。昨日放送されたのは、初日である14日の録音とのことである。その演奏は、極めて明快なもの。管にはミスも見うけられたが、弦のフレージング、ハーモニーはいかにもサヴァリッシュらしく清潔で、冒頭から終楽章に向け見通しの良い設計も出色であった。

 もう一曲、交響曲第4番については、すでに(その1)で紹介したように、1989年4月28日にサントリーホールにおける『N響マーラー・スペシャル』で取り上げられていて、これは「演奏会記録」にも依然として記載されている。余談ながら、放送の中で壇ふみさんは、ブルックナーの交響曲については、N響と9曲全部を演奏していると話されていた。全曲の音源はないようだが、これらもぜひ聴いてみたいものだ。

(重要な注)その後、2021年3月に、horie さんからコメントをいただいた。「サヴァリッシュの復活」をテレビ中継で見たという貴重なご証言である。それを機に、N響の「演奏会記録」について再々度調べ直した結果、上記記録参照の齟齬についても大方理由がわかってきた。>>ぜひ「1967年のマーラー・ツィクルス(補遺・サヴァリッシュ4)」を合わせてお読みください。

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2018年11月29日 (木)

ザルツブルク音楽祭2018『魔笛』

 CS放送で、今夏のザルツブルク音楽祭の『魔笛』が放映されたので視聴した。アメリカの演出家リディア・スタイアーが、ザルツブルク初登場。台詞付きの音楽劇=ジングシュピールである「この作品の最大の問題は対話にあると思っています。とにかく長過ぎるのです。」として、原作にはない「おじいさん」役の俳優が、3人の孫たちに『魔笛』の物語を読んで聞かせる、というストーリー展開になっている。それはそれで「あり」だとは思うし、大きな違和感はなかった。序曲のバックでは、その前段として、『魔笛』の登場人物たちが第一次大戦前夜の中産階級の「家族劇」を演じている。これは、実に雰囲気が良かった。が、劇中劇たる物語に登場する人物がサーカスの団員風となっているのはなぜか(おじいさんが語る絵本の中のおとぎ話ということか)。もしかすると、このサーカス趣味が好悪を分けるかもしれない。サーカス小屋の『魔笛』といえば、1997年、同じザルツブルク音楽祭での上演が思い出される(クリストフ・フォン・ドホナーニ指揮、演出家アヒム・フライヤー)。これはサーカスの舞台・小道具を使い、いろいろな仕掛けが散りばめられていて、なかなかおもしろかった。実際、スタイアーはこちらのインタビューで、このフライヤーや、有名なジャン=ピエール・ポネルのプロダクションについても触れている(私の高校の先輩であるT氏が主宰する「月刊音楽祭 」のサイトです)。

 指揮はクルレンツィスと同じギリシャ出身の若手コンスタンティノス・カリディスということで、音楽面でも注目された。2009年に英国コヴェントガーデン王立歌劇場で「カプレーティ家とモンテッキ家」にアンナ・ネトレプコの代役として出演し脚光を浴びた日本のソプラノ歌手・中村恵理さんが、彼の指揮のもとで『フィガロ』を歌った時の経験をこちらのインタビューで語っている。

「ちょっと専門的な話になりますが、アポジャトゥーラっていう歌い方があります。本来は前打音と言って、オペラでは3度音が離れている時に、間に音を入れて表現をやわらかくして言葉を強調したり、あるいは強調しなかったりという装飾的な歌い方です。こんなに稽古期間が短い時は、ある程度歌う側の裁量に任されていることが多いんですが、カリディスさんは全部の音に「この曲はアポジャトゥーラを入れてください」「この曲のここはアポジャトゥーラを入れないでください」という指示をつけたんです!」

 ここに見るような徹底的な「こだわり」は、今回の『魔笛』でも十分うかがえる。歌には多めの装飾がついているし、緩急強弱の幅は驚くほど広い。この曲の往年の名盤類を聴き知った方には、いちいち違和感が多い音楽づくりだろう。両幕のフィナーレや、第1・2の僧の二重唱「女の奸計から身を守れ」、3人の童子が歌う「やめなさい、ああ、パパゲーノ!」などは非常に速い(あとの2つの曲の速度記号は、ともにアレグレット)。チェンバロの多用も含め、これらは無論、指揮者の確信犯的処置だ。歌手は総じて高水準。その中でも、パミーナ役のクリスティアーネ・カルクが出色であった。ドイツ出身のソプラノとしては、今後、ドロテア・レシュマンの後継を務めそうだ。マティアス・ゲルネは無論、貫禄の歌唱だが、真っ青なメイクで根暗のザラストロを演じていて、これはある意味、かわいそう。夜の女王役のエマ・ポスマンは、代役での出演だったそうだが、第2幕のアリアの方が出来は良かった。

 最後に、以前、このブログで取り上げた楽譜上の2つの争点について触れておく。最初が、<パパゲーノの歌「おれは鳥刺し」の3番の歌詞>問題。今回の舞台では、2番まで普通に歌った後、召使いの女性が大きな包丁で文字通り、音楽を「断ち切る」。パパゲーノは、無理やり3番の最初の歌詞の第1節を「娘が俺のものになったなら/たっぷり砂糖と交換だ」と歌い出すが、そこでストップ。フォルテピアノで3番分の音楽が流れているが、出演者は次の台詞に移っていく。2つ目は、第7番の<パミーナとパパゲーノの二重唱「愛を知るほどの殿方には」の1~2小節目におけるクラリネット、ホルンパート>問題。今回の舞台では、上記1997年のザルツブルク音楽祭およびアーノンクールのCDによく似た処理をしている。つまり「タンタンタンタン」という曲冒頭の弦の刻みが入り、その後の休符をパミーナによる台詞、ここでは「善良な心の持ち主なのね」をはさんでいる。なので、管のアコードはなし! これら2点を見ても、スタイアーやカリディスたちが単に伝統や慣習に追随せず、モーツァルトの書いた楽譜・テキストを真摯に読み込んでいるのがわかるというもの。しかも、それがウィーン・フィルがピットに座るザルツブルク音楽祭で行われているというのだから、世の中は本当に変わったのだろう。

[出演]クラウス・マリア・ブランダウアー(おじいさん(語り手)/俳優)ウィーン少年合唱団(3人の孫、3人の童子)マウロ・ペーター(タミーノ/テノール)クリスティアーネ・カルク(パミーナ/ソプラノ)マティアス・ゲルネ(ザラストロ/バリトン)エマ・ポスマン(夜の女王/ソプラノ)アダム・プラチェトカ(パパゲーノ/バス・バリトン)マリア・ナザーロヴァ(パパゲーナ/ソプラノ)イルゼ・エーレンス(侍女1/ソプラノ)ポーラ・マリヒー(侍女2/メゾ・ソプラノ)ジュヌヴィエーヴ・キング(侍女3/メゾ・ソプラノ)マイケル・ポーター(モノスタトス/テノール)タレク・ナズミ(弁者、僧侶1、鎧をつけた男2/バス)シモン・ボーデ(僧侶2、鎧をつけた男1/テノール)ブリギット・リナウアー(老パパゲーナ/俳優)
[演目]ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト:2幕のジングシュピール『魔笛』K.620[台本]エマヌエル・シカネーダー[脚本]イナ・カール&リディア・スタイアー[演出]リディア・スタイアー[装置]カタリーナ・シュリップ[衣裳]ウルスラ・クドゥルナ[照明]オラフ・フレーゼ[ビデオ]フェットフィルム[ドラマトゥルギー]イナ・カール[指揮]コンスタンティノス・カリディス[演奏]ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、ウィーン国立歌劇場合唱団、ソフィア・タムヴァコプール(ハンマークラヴィーア&オルガン)アンドレアス・スクーラス(チェンバロ)[合唱指揮]エルンスト・ラッフェルスベルガー[ウィーン少年合唱団指導]エラスムス・バウムガルトナー[収録]2018年8月4日ザルツブルク祝祭大劇場「ザルツブルク音楽祭2018」[映像監督]ミヒャエル・ベイヤー
■字幕/全2幕:2時間35分

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2018年1月14日 (日)

1967年のマーラー・ツィクルス(補遺・サヴァリッシュ1)

 書きかけのシリーズがいくつも溜まっているので(笑)、ちょっと短めに補足記事を。

 この一連の記事中、ツィクルスでマーラーの「第4番」を担当したウォルフガング・サヴァリッシュについて、僕は「日本でもドイツ物の大家として有名だったサヴァリッシュだが、(いや、だからというべきか)マーラーの交響曲の録音はない!」と書いていた(>(その2))(注1)。正規録音はないはずだが、本日、何気無しにNHKのクラシック音楽のサイトを見にいったところ、来週(2018年)1月21日(日) 午後9時からの「クラシック音楽館」の後半<コンサート・プラス>において、サヴァリッシュ指揮の『さすらう若者の歌』(第2曲、第4曲)が放送されるとあるではないか。クレジットは、以下のとおり。

バリトン:ディートリヒ・フィッシャー・ディースカウ
管弦楽:NHK交響楽団
指 揮:ウォルフガング・サヴァリッシュ
(1989年4月28日 サントリーホールで収録)

 おお、サヴァリッシュもマーラーを振っていたんだ。早速、ネットで調べてみると、フランツさんという方の『Taubenpost~歌曲雑感』というブログに、「フィッシャー=ディースカウ日本公演曲目1989年(第10回来日)」という記事を発見。4月28日(金) 19:00 サントリーホールで「N響マーラー・スペシャル」(注2)というコンサートがあり、その日のプログラムも記載があった。

マーラー(Mahler)
1. さすらう若人の歌
2. 交響曲第4番ト長調

 なんと!「第4番」を振っているではないか。ソリストは、フィッシャー=ディースカウの奥方であるユリア・ヴァラディ(無論、『さすらう若者の歌』の方は、フィッシャー=ディースカウが歌った)。1967年のマーラー・ツィクルスから20年以上経ってからの演奏記録とはいえ、関連記録として記載しておく(注2)。来週の放送が楽しみだ。

(注1)某巨大掲示板によれば、1970年頃に「第2番・復活」をN響と演奏したこともあるらしいが、詳細は未確認。他には、「第1番・巨人」も75年に他オケと。(この注はいったん見せ消しにしたが、下記(※2019年4月28日の付記)に書いたように、1972年5月に『復活』を演奏していたことが確認された。)
(注2)参考までに、この「N響マーラー・スペシャル」のチラシ画像が、岡本浩和さんという方のブログ『アレグロ・コン・ブリオ』の「ヴァラディ&フィッシャー=ディースカウ」という記事にあった。

(※2018年11月1日の付記)よしおさんという方から、NHK交響楽団の「演奏会記録(重要な注)があることをコメント欄でお知らせいただいた。感謝! それによれば、サヴァリッシュには2回、マーラーの交響曲を振った記録があり、1回目が1975年5月14日にNHKホールで振った第1番(「マルティヌー 交響曲第4番」のあと)。2回目が1989年、上記サントリーホールでの第4番となっている。
(※2019年4月28日の付記)『N響 ザ・レジェンド』でサヴァリッシュの『巨人』が放送されたことを機に、再度、N響の「演奏会記録」を調べてみたところ、サヴァリッシュの『復活』の演奏記録を見つけた!>>1967年のマーラー・ツィクルス(補遺・サヴァリッシュ3)をぜひご覧ください。
(重要な注)その後、2021年3月にN響の「演奏会記録」について再々度調べ直した。>>ぜひ「1967年のマーラー・ツィクルス(補遺・サヴァリッシュ4)」を合わせてお読みください。

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2016年1月 8日 (金)

エル・スール〜南へ

 連休前の夕刻、早めに帰宅したところ、アマゾンからビクトル・エリセ監督の映画『エル・スール』(1983年、スペイン=フランス)のブルーレイ盤が届いていたので、キッチンのテレビにブルーレイ録画機をつないで夕食のミネストローネを作りながら見た。もう四半世紀前に見た映画。レーザーディスク盤でも持っているのだが、せっかくブルーレイでリマスター盤が出たので買ったものである。スペイン内戦を背景に、心に深い闇を秘めた謎めいた父親(名優オメロ・アントヌッティ)とそのひとり娘(8歳と15歳時が描かれる)の物語で、光と闇の対比を効かせた映像の美しさもさることながら、この映画の深い感銘は音楽によるところも大きい。ラヴェルの「弦楽四重奏曲へ長調」、シューベルトの「弦楽五重奏曲ハ長調」、そしてグラナドスの「スペイン舞曲集」から第5曲の Andaluza が映画のタイトルにもある「エル・スール」・・・南へのあこがれを象徴する音楽として極めて印象的に使われている。ことさらに感動をあおろうと劇伴をうるさく流すハリウッド映画や日本映画と違い、良質なヨーロッパ映画ではほとんどバックに音楽を流さない。エリック・ロメールしかり、テオ・アンゲロプロスしかり。ただこのビクトル・エリセの『エル・スール』では、上記の Andaluza が映画の大事な要素になっていて、最早これなしでは成立し得ない。私などこれまでおそらく2、3回しかこの映画を見ていないにもかかわらず、CD等で Andaluza を聴くたびに映画の情景が自然と浮かんできて、せつなさとなつかしさが入り交じったような感覚がじんわり身体中を覆い尽くしていく感じがするほどだ。

 映画で流れる Andaluza の演奏については、タイトルバックにも演奏者の名前は流れない。映画のためのオリジナル音源なのかもしれないが、少し時代がかかった古いピアノをあえて使っているようだ。ホ長調の中間部を非常にゆっくりと弾いているのが印象的である。私自身いつもは、アリシア・デ・ラローチャのCD(デッカ)で聴くことが多い。本場物を弾く彼女ならではのリズム感もすばらしいし、タッチも非常に美しい。先年、アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリの初期録音集にある古い演奏を聴いたら、緩急や音量の差を極限まで大きくとった個性的な演奏に思わずうならされたこともある。

 映画も、音楽も、「楽しみ・娯楽」と言ってしまえばそれまでだが、時にそれだけではない何かが私を捉えて離さない瞬間が訪れる場合がある。そして、そのときの感覚は、一生のあいだ片時も離れず、心の奥底で小さな灯りをともし続ける。

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2015年7月 7日 (火)

「天皇の料理番」の音楽

 TBS系テレビで放映中のドラマ『天皇の料理番』が、非常に好調のようだ。ふだんNHKの大河ドラマを除けばほとんどテレビ自体見ない私だ。だが今回は、主人公・秋山徳蔵氏※が私の生地(現所在地)にゆかりのある方で、昨年、細君が仕事で秋山氏関連の展示会に関わったということで、全回とは言わないまでも結構よく二人で見ている。ちなみに番組冒頭の主題歌には、エルガー作曲の行進曲『威風堂々』第1番が使われていて、これもネット上での視聴者の感想などを見るとなかなか好評みたいだ。先日は物語上のクライマックスの一つといえる「大正天皇即位の礼」の晩餐会の場面(大正4年)が描かれていた。一方、大正13年に行われた皇太子裕仁親王(後の昭和天皇)の御婚儀に際し催された宮中晩餐会にて演奏された曲のリストが残っている。そこに実はこの『威風堂々』が、「正々堂々たる軍容行進曲」という名前で登場している。というわけで、秋山徳蔵氏の生涯を描くにあたり、あながち場違いな曲というわけではないようなのだ。

 その大正13年、西暦で言えば1924年の晩餐会で使われた音楽のプログラムは、松山の「坂の上の雲ミュージアム」に実物が残されている。ちなみにこの晩餐会の食事メニューの方は、東京港区高輪の「味の素食の文化センター」に収蔵されている。上記展示会の折に、そのメニューを再現し味わうイベントがあり、細君が晩餐会会場で流された音楽のさわりも紹介したいというので、「奏楽曲目表」に記された曲の解読を行ってみた。それで、『威風堂々』のことも頭に残っていたわけである。以下がその曲目。

 曲  目

1.結婚行進曲  独逸 メンデルスゾーン作

(いわずとしれた名曲、劇音楽『真夏の夜の夢』から。婚礼のお祝いの席だから当然だろう。)

2.祝典序楽  日本 芝 祐秦作

(芝祐秦=しば・すけひろ は著名な雅楽家で、のちに昭和天皇即位の礼でも神楽歌を奏したという。1898年生 - 1982年没。彼の著作には「五線譜による雅楽歌曲集」「雅楽通解」などがある。音源は調べたけれど見つけられなかった。)

3.歌劇「運命の力」序楽  伊太利 ヴェルディ作

(これもおなじみの序曲。音源も多数ある。)

4.a)ロマンス  芬蘭 シベリウス作
  b)メロディー  露西亜 ラフマニノフ作

(この2曲の特定はちょっとむずかしい。シベリウスには「ロマンス」と題した弦楽合奏の曲・ハ長調作品42があるが、これは曲調として非常に感傷的で、婚礼を祝う席に合わないように思える。ただし、もしこの曲が演奏されたのだとしたら、ラフマニノフの方は元来ピアノ独奏曲として書かれた作品3「幻想的小品集」の第3曲を、作曲者自身が管弦楽用に編曲したものが使われたのかもしれない(Naxosに交響曲第3番と組み合わせたCDがある)。一方、ラフマニノフの「メロディー」という曲で有名なのは、この作品3の第3曲のほかに、ハイフェッツのヴァイオリン編曲で知られる作品21「12の歌」の第9曲がある。この曲をヴァイオリン(もしくはチェロ)とピアノによる編曲で演奏したと考えるなら、シベリウスの方は作品24のピアノ曲集「10の小品」から第9曲ロマンス変ニ長調を選んだと考えられないか。これら2曲を、楽隊の休憩時間に合わせ、a)~b)のメドレーとして室内楽的に演奏したということも考えられるからである。)

5.歌劇「聖母ノ宝玉」  伊太利 ウォルフ・フェラーリ

(歌劇『マドンナの宝石』から有名な第1間奏曲が演奏されたのだろう。1911年=明治44年12月にベルリンで初演されたのだから、当時としては新しい現代曲として受け止められたのではないか。)

6.片影集  亜米利加 ハードレー作
  1.西班牙風   2.仏蘭西風
    3.伊太利風   4.亜米利加風
      5.埃及風     6.愛蘭風

(「ハードレー」は、Henry Kimball Hadley。1871生‐1937年没のアメリカの作曲家。Neil Butterworth著『Dictionary of American Classical Composers』によれば、1918年作曲のオーケストラ曲に作品77「Silhouettes」(シルエット)という組曲があるので、まさに新曲になるがそれを演奏したと推定される。5曲ある交響曲の内、第4番「北東南西」に録音(Naxos)があるし、他にも若干録音があるようだが、残念ながらこの組曲の音源は見つけられなかった。ただし、IMSLPに第3、4曲の楽譜がある。)

7.美景  仏蘭西 マスネー作
  3.告鐘   4.ボヘミアノ祭

(マスネ作曲の「絵のような風景(オーケストラ組曲第4番)」から、第3曲「夕べの鐘」および第5曲「ジプシーの祭り」。エラートにガーディナー指揮の2枚組がある。)

8.正々堂々たる軍容行進曲  英吉利 エルガー作

(4曲ある行進曲から、一番有名な「威風堂々」第1番ニ長調が選ばれたと思われる。これも録音は多数。)

宮内省楽部管弦楽
指揮者 クリエルモ・ヅブラウィッチ
大正十三年五月三十一日

(「クリエルモ・ヅブラウィッチ」はオーストリアの音楽家で、当時、日本に音楽教師として来ていた人。加藤詔士氏(愛知大学法学部教授)の論文「お雇い教師の歴史像をめぐる考察」に、「W.G.ドヴォラヴィッチ(Wilhelm Guglieelmo Dubravcich, 1869-1925) 音楽(東京音楽学校:バイオリン)「1902年オーストリア公使であった牧野伸顕の推薦により来日し, 宮内省御雇い教師に就任した。まだ未熟であったわが国の洋楽の発展のために多大の貢献を果たした。」とある。http://taweb.aichi-u.ac.jp/kyosyoku/pdf02/work201302.pdf)

※ドラマの主人公の名は「篤蔵」と変えられている。番組HPによれば「物語の細部はフィクションであるため、ドラマの主人公の名前は秋山篤蔵である」とのこと。

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2015年6月22日 (月)

アーノンクールの新しい『フィガロ』

 ニコラウス・アーノンクールがモーツァルト作曲の4幕のオペラ・ブッファ『フィガロの結婚』K.492を振った新しい映像をCS放送で見た。といっても、まだ前半しか見てないのだが・・・。彼の『フィガロ』については、以前、このオペラの序曲についてその拍子記号を調べた折に、まとめて聴いたことがある(「『フィガロ』序曲はアラ・ブレーヴェか?(その2)」)。

http://gospels.cocolog-nifty.com/classic/2012/02/post-5003.html

 このうち、2006年のザルツブルク音楽祭ライヴ(ネトレプコのスザンナ!)については、僕は『フィガロ』のベスト盤(映像)として挙げたことがあるくらいで、今もその思いは変わらない。

http://gospels.cocolog-nifty.com/classic/2009/11/post-de4c.html

 ところで今回の演奏は、2014年の3月6日にアン・デア・ウィーン劇場で収録されたもの。同劇場の新制作演目であった『コジ・ファン・トゥッテ』にあたって演出家が降板騒ぎを起こし、結果、アーノンクールはなんと演奏会形式でダ・ポンテ三部作を一挙上演するという決断に至ったのだという。しかも、オーケストラ・ピットに入ったのは、アーノンクールと、彼の長年の盟友ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス(古楽器使用)。これまでの録音では、奏法はともかく現代楽器使用のオーケストラを使っていたので、これは期待が大きい。で、注目の序曲演奏だが、ここでは彼の過去の演奏以上にゆっくりとしたテンポを採用しており、5分10秒ちょっとかかっている(最遅で知られるクレンペラーとほぼ同じ!)。これは明らかにアラ・ブレーヴェ&プレストの音楽ではない。ただし意図して音を割ったナチュラル・ホルンの咆哮、ケトル・ドラムの硬い乾いた音色など、古楽器群の威力はめざましく、決して弛緩した印象はない(ちなみにヴァイオリンのパートには頭髪が真っ白になったご高齢の女性が座っているが、これはアーノンクールに長く連れ添っているアリス夫人だろう)。

 さて本編に入ると、確かに演奏会形式とあって舞台装置はなく、譜面台がいつも舞台に出たままだ。だが、相応の演技はついている。例えば、スザンナとマルチェリーナがお互いをあてこすりあう第1幕のデュエットでは、二人はその譜面台をあえて向かい合うように置き直し、対決の姿勢を<見せる>。そして、それを見た会場からも笑いがもれる、という具合で、演奏会形式の制約を逆手にとって、意外におもしろい演出になっている。また、たいていの歌手たちはおおむね楽譜が頭に入っている様子で、ずっと音符を追っているようでもない。基本的に彼ら彼女らは観客にすべてを伝えようとしていて、まるで俳優のように語りかけてくる。いや、語るように歌っている、と言うべきか。音楽の長調と短調が交代する部分や、大事なセリフが歌われるときは、音楽の流れが止まることも辞さずに大きなルバート、パウゼで強調する。あるいは、<叫ぶ>。レチタティーヴォでは、音高がない<語り>のような部分が頻出し、これも劇に大いに貢献している。エリーザベト・クールマン演じるケルビーノは、このレチタティーヴォで地声のような低い声と、裏声のような高い声を器用に交錯させ、分裂気味の性格を露わにしたりもする。おかげで聴きなれた曲が絶えず新鮮に耳に響く。しかしここでの本当の主役は、オーケストラだろう。人数は30人を少し超えたくらいだろうか。テンポも序曲と同じく非常にゆったりで、舞台の前に陣取った器楽奏者たちは、歌手たちとともに心ゆくまで歌い、おしゃべりし、時に叫び・・・伴奏以上の役割を果たす。まるで、「歌詞の意味は、すべてモーツァルトの書いた音符の方に書かれているのですよ!」とでも言いたげな様子で。

 個々の歌手については簡単に書くしかない。伯爵役のボー・スコウフスはザルツブルクでの上演に続く登板で、こちらは完全に暗譜で歌っている。表現力は随一。一方、その夫人であるロジーナを歌うのは、なんとザルツブルクではケルビーノ役だったクリスティーネ・シェーファーだ。さすがにこれは慣れていない役と見え、ずっと楽譜を手にしている。結果、少し控え目な、初々しいロジーナになっている。この大物二人のほかは、若手中心の新鮮な布陣だ。前出のクルマンは売り出し中とあって、2つのアリアで大きな拍手をもらっている。クルマンと、スザンナ役のマリ・エリクスメンが歌う第二幕の逃走のデュエットは超絶的な遅さだが、途中から見ていた細君が「この二人、うまいんじゃない?」と聞いてきたほどすばらしい。おそらくこのプロジェクトの白眉。ちなみに歌手たちが着ている統一感のまったくないステージ衣装は、それゆえ一見すると自前のようにも見える。だが、装置&衣裳担当がいるところを見ると、これもそれぞれ不釣り合い見えるようなものをあえて選んでいるのだろう。今回、一番僕がびっくりしたのは、歌手たちのアリアの後、盛大な拍手が続き音楽が止まっているあいだ、かのアーノンクールが満足げにうなずき、笑顔まで見せているということ。自分の盟友たちとともに、自分のやりたい音楽をやりたいだけできる喜びが、彼の表情から伝わってくるようだ。そのアーノンクールの顔を見つめる歌手たちのはにかむような笑顔が、またいい。こちらもそれらを見ることができただけで十分満足な気分になったので、視聴途中だけどご紹介することにしたという次第。なお配役等は、以下のとおり。

[出演]
アンドレ・シューエン(フィガロ)
マリ・エリクスメン(スザンナ)
ボー・スコウフス(アルマヴィーヴァ伯爵)
クリスティーネ・シェーファー(伯爵夫人)
エリーザベト・クールマン(ケルビーノ)
ペーター・カールマン(バルトロ、アントニオ)
イルディコ・ライモンディ(マルチェリーナ)
マウロ・ペーター(バジリオ、ドン・クルツィオ)
クリスティーナ・ガンシュ(バルバリーナ)

[演出&映像監督]フェリックス・ブライザッハ
[装置&衣裳]ドリス・マリア・アイクナー
[指揮]ニコラウス・アーノンクール
[演奏]ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス、アルノルト・シェーンベルク合唱団
[合唱指揮]エルヴィン・オルトナー

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2012年11月 6日 (火)

西川尚生氏の『リンツ』研究(その1)

 先週末の『ららら♪クラシック(NHK・Eテレ)』は、モーツァルトの「レクイエム」特集。実は『N響アワー』から編成替えになって初めて見た。なぜならモーツァルト研究家の西川尚生(ひさお)さんが解説だったから。随分前になるが、このブログでも西川さんが書かれた「作曲家◎人と作品」シリーズ『モーツァルト』(音楽之友社・刊)を紹介したことがあり、その後の研究も含め個人的に注目していた方である。http://gospels.cocolog-nifty.com/classic/2006/12/post_28c7.html

 さて、実際はどうであったか。番組内で語られたことを簡単にまとめると、こうなる。フリーランスになってウィーンに出、オペラや協奏曲等を書き5年間ほどは売れっ子であったモーツァルトが、後年、社会情勢の変化もあって演奏会は激減、生活も苦境に陥る。そこで新たな生きる道として少青年期に慣れ親しんだ教会音楽に目を向け、新旧の音楽素材・技法を駆使して「レクイエム」に取り組んだ。したがって、この曲はこれまで言われてきたような夭折の天才作曲家が最後の力を振りしぼって書いた「白鳥の歌」などではない・・・というもの。無論、細かく見ていくといろいろ突っ込みどころはある。しかし全体の論旨の流れとしては、極めて説得力のある指摘を西川氏はしていたように思う。特にこの曲の中に、ヘンデルやW.Fr.バッハ等の作品と非常によく似た箇所があることは番組内でも語られていて、それは教会音楽というものの本質にも関わることだろう。つまりこの曲には、教会音楽の長い伝統と、モーツァルトの個性という革新性が分かちがたく同居しているわけである。この点に関し、モーツァルトの筆跡研究で知られるヴォルフガンング・プラート博士が、かつてこう言っていたのを思い出す。

 我々は、モーツァルトの《レクイエム》をモーツァルトの最後の作品として見ることに慣れている。私はこの習慣に、ちょっと異議を唱えたい。むしろ《レクイエム》は、モーツァルトの最初の作品ととらえるべきではないかと思う。新しいジャンルにおける、モーツァルトの最初の作品としてである。(『1991国際モーツァルト・シンポジウム報告 モーツァルト研究の現在』国立音楽大学・刊)

 このことを同じNHKの『プロジェクトX』風に言うならば、モーツァルトは構造的な不況の中、「レクイエム」の作曲という顧客からの依頼を契機に、自らの輝かしい業績をいったん捨て、起死回生を狙い教会音楽という陳腐化された領域において「異業種開拓」「イノベーション」に取り組んだ・・・ということなのだろう。加えて言うならば、もし僕が司会担当でもあったならば最後にこうコメントしただろう。

「自らの『イノベーション』を賭けた再起の曲が、結局、自らの最後の曲=自分への『鎮魂歌』になってしまう。そこに彼の悲劇・宿命を感じざるを得ません。生来の<天才起業家>モーツァルトは、まさに不世出、二人はいなかったということでしょうか・・・」

 さて前置きのつもりで書いていたが、思わず長くなってしまった。表題の交響曲ハ長調『リンツ』K.425についてだが、実は上の西川尚生氏は、ヨーロッパで随分と文献発掘をされており、2001年、グラーツの「ラノワ・コレクション」の中に、これまで未知であった『リンツ』のパート譜(筆写譜)を発見している。実はこの交響曲には自筆譜が発見されておらず、これまでは下記の2つが主要な原泉資料になっていた。

A) ドナウエッシンゲンのフェルステンベルク侯宮廷図書館所蔵のパート譜の筆写譜(1786年、モーツァルトが侯爵に売却したもの)
B) ザルツブルク・モーツァルテウム国際財団所蔵のパート譜の筆写譜(1784年、ザルツブルクでの上演に際し父レオポルトの監修で作られたもの)

 新モーツァルト全集は主に<資料A>を元に校訂されている(フリードリヒ・シュナップ担当)。ただし大著『モーツァルトのシンフォニー』(東京書籍・刊)の中で著者ニール・ザスラウ氏は、クリフ・アイゼン氏の研究を踏まえ、むしろ<資料B>の方を自筆譜から直接写されたものとして高く評価している(原著の発行は1989年)。この二人によれば、<資料A>はこの交響曲の改訂版(セカンド・バージョン)として位置づけるべきとの考えである。後にアイゼン氏は、ペータース社から『リンツ』の新校訂版を出版(1992年)しており、実際こちらでは主に<資料B>を使って校訂されているという。そして、ここに西川氏の発見したパート譜が加わったわけだが、当の西川氏はこの楽譜について、「モーツァルトが晩年まで所有し、自分の演奏会でおそらく使った演奏会用パート譜であるが、そこにはドナウエッシンゲンの楽譜内容(アイゼンが改訂されたと主張する音符)がほとんど反映されていない」として上記の改訂説をまったく退けるという大胆な意見を、上記『モーツァルト』にさらっと書いている(P.226)。この項では、以後この西川説を紹介しながら、K.425 の楽譜について考えてみたい。

※この K.425 に関していくつか文献を集めていたら、西川氏とは直接関係がないものの、ちょうど Zauberfloete さんがご自身のブログで「『リンツ』のエディション」という記事を書かれていた。http://zauberfloete.at.webry.info/201210/article_20.html こちらでは新旧全集の楽譜について興味深い比較がなされている。
また「ホルン吹きTadas」さんのHPにも『モーツァルトの「リンツ」:使用楽譜と演奏について』という記事があり、新旧全集楽譜や演奏の比較がある。http://www.hi-ho.ne.jp/tadasu/linz.htm

(その1)へ、(その2)へ、(その3)へ、(補遺1)へ、(補遺2)

※※その後、現在、濃紺の表紙で出版されている「新モーツァルト全集」のスタディー・スコアは、<校訂報告>を反映した新全集改訂版と言えるものに変わっていた。それについての詳細は、(総まとめ1)(総まとめ2)(総まとめ3)へ。

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2011年1月 8日 (土)

「リゴレット・イン・マントヴァ」放映

 本日の深夜、前に書いたマントヴァの街でドミンゴがリゴレットを歌い、世界同時中継された再現オペラが、NHK-BSで放映される。以下は、番組「プレミアムシアター」のHPから。



◇(午後11時50分~)ライヴ・フィルム・プロジェクト2010 「リゴレット・イン・マントヴァ」(ヴェルディ)

<曲目>

歌劇「リゴレット」(全3幕)(ヴェルディ)

<出演>

【リゴレット(マントヴァ公付きの道化役)】プラシド・ドミンゴ

【ジルダ(リゴレットの娘)】ユーリア・ノヴィコヴァ

【マントヴァ公爵】ヴィットリオ・グリゴーロ

【マッダレーナ(スパラフチレの妹)】ニーノ・スルグラジェ

【スパラフチレ(刺客)】ルッジェーロ・ライモンディ

【ジョヴァンナ(ジルダのうば)】カテリーナ・ディ・トンノ

【モンテローネ伯爵】ジャンフランコ・モントレゾール

【マルーロ(延臣)】ジョルジョ・カオドゥーロ

【ボルサ(延臣)】レオナルド・コルテルラッツィ

【チェプラーノ伯爵】ジョルジョ・ガッティ

【チェプラーノ伯爵夫人】カッサンドラ・ディモプル

【公爵夫人の小姓】マリアム・バッティステルリ



<管弦楽>イタリア国立放送交響楽団

<合唱>ソリスティ・カントーリ合唱団

<指揮>ズービン・メータ

<監督>マルコ・ベロッキオ

<撮影>ヴィットリオ・ストラーロ



<字幕>小瀬村幸子、多田茂史



収録:2010年9月4・5日

マントヴァ市内各所(イタリア)

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2009年1月30日 (金)

歌舞伎の国・日本

 NHK教育テレビの「芸術劇場」で、近松門左衛門原作の歌舞伎「嫗(こもち)山姥(やまんば)(八重桐廓噺)」を妻とふたりで見た。我々は、以前、鴈治郎(現坂田藤十郎)さんの八重桐(近松座公演)を一度見ている。記憶では、当時、すでに古希に近かったと思うが、年齢を感じさせない貫禄・迫力の舞台に圧倒された思い出がある。今回、しゃべりに、踊りに、立ち回りにと大活躍の荻野屋八重桐を演じるのは、中村時蔵さん。クレジットは見損なったが、多分、昨年11月の「吉例顔見世大歌舞伎(東京・歌舞伎座)」の録画であろう。この作品は、三代目(現時蔵の祖父)の時代から受け継がれたいわゆる<お家芸>。長男の梅枝(沢瀉姫)、一門の中村歌昇(腰元お歌)、錦之助(太田十郎)らも出演し、さすがに練り上げられた舞台作りで楽しめた。

 この作品は、いわゆる元傾城の女主人公による「しゃべり」の場面が有名で、もともとは同じく近松作の『傾城仏の原』で初代藤十郎が演じた長台詞を、浄瑠璃に応用したものだと言われている。それをまた歌舞伎に戻して演じているわけで、由来としてはかなりややこしい。しかも現歌舞伎の演出では、その「しゃべり」を役者(時蔵)の台詞と、太夫が語る浄瑠璃とで交互につないでいくので、『傾城仏の原』で見られる長台詞とはちょっと趣きが違うものになっている。太夫が語っているときは、役者は黙って言葉にあった振りをしたり、立って舞踊をしたりとかえって忙しい。しかも両者のつなぎの部分は、一連の台詞の思いっきり途中だったりするので、相手から言葉を引き取るきっかけをつかむのは結構難しい(今回は、伴奏の三味線がうまくそのきっかけを出していたように思う)。その意味では、オペラの重唱部分のアンサンブルに近いことを全体ではやっていることになる。

 この後は、悪玉の親分と子分多数が登場して、大立ち回りが繰り広げられる。殺陣あり、新体操のような全員での宙返りあり、早変わりありと、鳴りものにあわせてにぎやかに進行していく。久しぶりに見る歌舞伎の舞台だが、こういうときこそ、まさに心から思える。「ああ、日本に生まれてよかったなあ・・・」と。

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