2016年12月 3日 (土)

モーツァルト・秋の新譜から

 2016年秋は、モーツァルト・ファンにとって喜びの季節となった。なんとなれば、モーツァルトの注目すべき全集や大曲が重なって出たからだ。イザベル・ファウスト独奏のヴァイオリン協奏曲全集(harmonia mundi)、ファジル・サイのピアノ・ソナタ全集(Warner)、そしてクルレンツィスの『ドン・ジョヴァンニ』(Sony)。3番目のクルレンツィス盤については、先月、こちらで感想を書いた。残りの2つが今日、自宅に届いたのでさっそく聴いてみたところ。

 ファウストの協奏曲集は、ずっと発売を待っていたもの。ここで伴奏を務めるのは、なんとイル・ジャルディーノ・アルモニコ(ジョヴァンニ・アントニーニ指揮)である。僕も実演を一度聴いたことがあるが、ご存知のようにアグレッシヴな演奏で知られる古楽器アンサンブルである。無論、曲冒頭の提示部から弦に弓をあてるような彼らの流儀全開の奏法。これに決して古楽専門ではないファウストが、どのように入ってくるのか興味しんしんであった。が、彼女も完全にビブラートを廃し、軽快かつ精妙なアーティキュレーションで弾いている。ライナーノーツを見ると、イル・ジャルディーノ・アルモニコについては、奏者名とその使用楽器(古楽器あるいは復元楽器)が記されている。では、肝心のファウストの使用楽器はと見てみたが、クレジット欄には「violin」としか記されていない。が、HMVのサイトのこの盤のページに、「このモーツァルトでも、シューマン録音と同様、愛器スリーピング・ビューティにガット弦を張って録音に臨んでいます。」とあった。1704年製のストラディヴァリウスだ。にもかかわらず違和感はまったくないのは驚きだ。きっと彼女は自筆譜にもあたっているのだろう(>>こちら)。他の奏者が弾き飛ばすような、細かいスラーやスタッカートをきちんと弾き分けているのは、本当に頭が下がる。ピッチは他の古楽器演奏のように半音近く低いようなことはないが、心持ち低めだろう。バッハの無伴奏でもファウストの演奏に完全に脱帽した僕だが、今回も十二分にその演奏を堪能させていただいた。

 一方、サイのモーツァルトの方は、聴く前は正直少し心配していた。2014年に来日したときの演奏をNHKが収録・放送していて、そのときはミスタッチも多く彼自身あまり好調そうには見えなかったからだ。ただこちらはザルツブルクのモーツァルテウムで3年かけてセッション録音したということなので、気を取り直してディスク1冒頭の K.331 「トルコ行進曲付き」から聴いてみた(ちなみに、こちらで紹介した新発見の自筆譜バージョンではない)。冒頭のテーマから第1、2変奏まではいたって普通の演奏。が、第3変奏をかなり速めに弾き、次の第4変奏はその対比上、思いきってゆるやかとなる。それに続く第5変奏=アダージョは一段と腰を落とした弾きぶり。まるでシューマンでも聴くような落ち着いた抒情を譜面から引き出している。この曲には以前、旧ワーナーにも録音があって、それは何も恐れを知らない若者らしい快演であった(1997年録音)。基本的なテンポ設計等はそちらと大きく変わっていないが、あれから20年が経ち演奏には陰影の深さや音の重みが確実に加わった。逆に物理的な運動性、切れ味はやや後退していて、そのどちらを重視するかということだろう。それでも微妙なテンポ・ルバートや伴奏音型の強調、強弱の対比など、サイならではの聴きどころは多い。かつて得意としたような軽快な曲調のナンバーでなく、特に若い番号の緩徐楽章をじっくりと間合いをとりながら弾き進むあたりは、非常に好感が持てる(第6番など)。ところで、サイが今回モーツァルテウムで弾いた楽器は何だったのだろう。音色や、スリーブに掲載された写真で見ると、スタインウェイぽいのだが。

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2016年11月21日 (月)

クルレンツィスの『ドン・ジョヴァンニ』

 本日、以前ネットで予約しておいたテオドール・クルレンツィスの『ドン・ジョヴァンニ』が届いた。さっそくリビングのCDデッキにかけてみる。ある程度予想はしていたし、身構えてもいたのだが、それでも序曲の冒頭に来る身を切るような鋭いニ短調の和音にびっくり。そして、続く序奏部のアンダンテがまた異常に速くて、再度びっくり・・・歌が入ってもおおむね以上のような調子で、これはまた、表現の「徹底」ぶりでは、現代の極北にある演奏と言えるだろう。手兵であるムジカエテルナの連中も、歌手たちも、クルレンツィスに心酔・追随していて、いささかのあいまいさもない。

 今月、CS放送では、クルレンツィスのドキュメンタリーを放送していて、これがこの『ドン・ジョヴァンニ』の録音風景を追ったものになっている。途中、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲『トルコ風』を演奏する光景が出てくるが、これがまたすごかった。奏者はチェロを除きすべて立ち弾きで、まるでジャズのセッションでもしているかのような自由さ。指揮者もダンスを踊るように飛び跳ね、激しくリズムを刻む。第3楽章・ロンドの、おなじみのコル・レーニョもどき?※の個所では、全員が(無論、クルレンツィスも)いっせいに足で床板を踏み鳴らす! セッション録音である『ドン・ジョヴァンニ』では、さすがに演奏風景こそ普通だが、奏者たちを追い込むクルレンツィスの執拗さは、かのアルノンクールでもここまではしないだろうというレベルである。「ディリディリディリディリ、ディリディリダ!」というような擬音をマシンガンのように繰り出し自ら口で説明するのだが、これがまた音程もリズムも正確無比。以前出た『フィガロ』の序曲でも冒頭の弦の合い方がすごくてびっくりしたが、このような練習を何十回、何百回も繰り返して合わせているのだろう。

 クルレンツィスのモーツァルトは、これでダ・ポンテ三部作が完成。アテネ生まれでサンクトペテルブルクで指揮を学んだ後、自らオーケストラ・アンサンブルを創設したという経歴もすごいが、そんな辺境の指揮者に大作を続けてまかせるソニー・クラシカルもたいしたものだ。しかも2014年に一度、このオペラを録音したのだが、指揮者がその出来映えに満足せず、再度、録音セッションを組み替えたのだという。これらダ・ポンテ三部作はいずれも聴き応え十分だが、もしもっと気軽に聴けるものをとおっしゃる方には、アルファ・レーベルから出ているモーツァルトの「レクイエム」をぜひお薦めしたい(ALPHA178)。オケもすごいが合唱担当のニュー・シベリアン・シンガーズが絶品である。「Dies Irae」はもとより、「Kyrie eleison」の二重フーガや、さらに「Domine Jesu Christe」がこんなにもマルカートで、苛烈に響くのは、まさに彼らならでは。演奏者がロシアの楽団で、さらに「Lacrimosa」の後に「アーメン・フーガ」の一部分と効果音を加えているということで、何かまがいもののように思っておられる方がいたら、それは大いなる誤解だろう。僕は最近の「レクイエム」録音では、この演奏が一番好きだ。

※モーツァルトはこのコンチェルト(K.219)の第3楽章で、いわゆる「トルコ風」の音楽が出る中間部の「バッソ(低弦パート)」に、「Coll' arco al roverscio」と書き込んでいる(第165、189、227小節)。普通に読めば「弓の反対側で」ということになり、新モーツァルト全集は、この文字をそのまま採用し、脚注で「col legno」=コル・レーニョと注記している。実際の演奏風景は、アーノンクール指揮、クレメール独奏の映像でも見ることができる。

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2016年5月17日 (火)

江黒真弓 (フォルテピアノ)の「トルコ行進曲付き」を聴く

 2014年秋に、ハンガリーで発見されたモーツァルトのピアノ・ソナタイ長調 K.311の自筆譜(部分)については、このサイトでも取り上げたことがある。
モーツァルト・アラカルト2(楽譜編)「トルコ行進曲付き」のヘンレ版・新版(その1)同(その2)同(その3)

 そこでは、この自筆譜を元に演奏されたゾルターン・コチシュの試演(動画)や、久元祐子氏のCDを聴き比べてみたが、今回、新たに江黒真弓さんのCDが加わった(そのことは、3月に「モーツァルト・アラカルト3」という記事で紹介したのだが、どうやらしばらく品切れ状態だったらしく、昨週ようやくその盤が届いた。KING INTERNATIONALからの発売)。江黒さんは、当盤のライナーノーツで「録音前日にミクシ氏(引用者注 自筆譜の発見者バラージュ・ミクシ氏=ハンガリーの国立セーチェーニ図書館音楽部門主任)より届いたウェブ・リンクにて、自筆譜を確認することができた。それに加え2015年、この自筆譜を校訂の資料として使用したヘンレ版(引用者注 Wolf-Dieter Seiffert校訂の新版)も参考にした」と書いている。あらためて、従来の版との主な相違点について整理してみたい。以下、初版/従来譜/自筆譜/コチシュ/久元氏/江黒さんの順で記す。

1)第1楽章・第4変奏第12小節 右手冒頭から3つの8分音符
 (初版)スタッカートなし。3拍目は右手「イ—嬰ニ」・左手「嬰ハ—イ」/(従前譜)スタッカートなし。学習者が使う慣用版等では3拍目を右手「イ—(嬰ニ)」・左手「嬰ハ—イ」/(自筆譜)線状に近いスタッカート付き。3拍目は右手「イ—嬰ニ」・左手「嬰ハ—イ」/(コチシュ)スタッカートなし。3拍目:1回目は「嬰ニ」音を弾かず、4拍目にかけて高い「イ」音を遅らせて鳴らす。しかし2回目は初版どおり/(久元氏)初版どおり/(江黒さん)自筆譜どおり(スタッカートを付けているとまでは断定できないが、各音を切って弾いている)

2)第1楽章・第5変奏第5、6小節 右手上行音型の6拍目
 2つの32音符と1つの16分音符、そして1つの16分休符(16分休符(音符)分、小節からはみでてしまう)/32分音符3つと、32分休符ひとつ/64分音符2つと32分音符ひとつ、そして16分休符ひとつ/(以下、3者とも自筆譜どおり)

3)第1楽章・第5変奏第16小節 後半
 右手上声部「ニ―嬰ロ―嬰ハ」音。最初の2音は「付点8分音符と16分音符」/右手上声部「ロ―嬰ロ―嬰ハ」音。最初の2音は「付点8分音符と16分音符」/右手上声部「ニ―嬰ロ―嬰ハ」音。最初の2音は「複付点8分音符と32分音符」/自筆譜どおり/右手上声部は自筆譜どおり。最初の2音は従前譜どおり「付点8分音符と16分音符」気味/自筆譜どおり。ただし冒頭の和音はアルペジオ扱い

4)第1楽章・第6変奏第8小節 左手4拍目
 上から「ホ—嬰ハ—イ」という和音で終止/上から「ホ—嬰ハ—イ」という和音で終止/低い「イ」音のみ/1回目はやや和音ぽく響くが、くりかえし後の2回目ははっきり単音/和音をアルペジオ気味に弾く/自筆譜どおり

5)第2楽章・第3、33小節 右手3拍目
 第3小節目「2点イ」音、第33小節目「3点嬰ハ」音/「3点嬰ハ」音/「2点イ」音/(以下、3者とも自筆譜どおり)

6)第2楽章・第24〜26小節
 当該小節中のハ音にナチュラル記号なし(イ長調に響く)/当該小節中のハ音にナチュラル記号ありが主流(イ短調に響く)/当該小節中のハ音にナチュラル記号なし(イ長調に響く)/(以下、3者とも自筆譜どおり)

 これらの点で、江黒さんの演奏は最も自筆譜に忠実なものになっていることがわかる。なお、江黒さんがこのCDで弾いているのは、アントン・ツィーラー作の1800年頃に制作された5オクターブの音域を持つフォルテピアノだ。モーツァルトのピアノ・ソナタの演奏で良く使われるアントン・ヴァルター製のフォルテピアノあたりでは、粒立ちのいい軽い音に仕上がるが、こちらはより楽器全体が鳴っているような印象だ。

 以下は余談。彼女はこの録音で、第3楽章「トルコ行進曲」の有名な冒頭旋律などに付けられた前打音を、短前打音扱いで短く弾いている。この部分については、最近、短前打音を採用する演奏者が増えてきているようだ。ただ、僕もテュルクの『クラヴィーア教本』などを読んでみたが、なかなか結論めいたことは言えない課題のひとつだろう。上記の久元氏も、自身の著書『「原典版」で弾きたい!モーツァルトのピアノ・ソナタ』(アルテスパブリッシング刊)でこの点について触れている。

「 この曲はトルコの軍楽隊の音楽をモデルにしており、短前打音で弾いて尖った空気を最初から醸し出すというアポローチも理解できないわけではない。とはいえ、優雅な雰囲気にあふれるイ長調のソナタの終楽章であり、幾度となく現れるこの音型をいつも短前打音で弾くと、ピアノ・ソナタの終楽章ではなく本当に軍楽隊の音楽になってしまい、違和感を禁じえないので、私は伝統的な奏法(引用者注 長前打音で)弾いている。」(p.120)

 実際に、久元氏はCDでそのように演奏している。僕はこの曲のフォルテピアノ演奏では小倉貴久子さんのCD(ALM RECORDS、ただし従来譜による)を評価しているが、彼女の場合、冒頭のテーマが再現する1回目(くりかえし前)まで短前打音で、2回目は長前打音に変えるなど、変化をつけている。やはりすべてを同じ扱いにするのはかえって単調になる気もする。今後も、折衷案も含めいろいろなアプローチを期待したい。

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2016年4月 9日 (土)

新時代の歌姫 -- ラケル・アンドゥエサ

 今年始め、隣町で行われた夜間会議の帰りに車の中で聴いたNHK-FM「ベスト・オブ・クラシック」で、とある女性歌手の声が耳を捉えた。非常にリリックな、しかしまるでポピュラー歌手のように奔放な歌いぶり・・・。それがスペイン出身のソプラノ歌手、ラケル・アンドゥエサであった。電波に乗って伝えられてくる音楽は、旋律的には確かにバロック音楽風なのだが、彼女が歌うと不思議に年代不詳の新しい音楽に聴こえる。今、そこの街角で、即興で生まれたばかりの「唄」とでも言うように。

 調べてみると、彼女のCDはすでに結構出ている。マーキュリーが輸入して国内流通仕様で出ている『天国を想うイタリア・バロック』は、今回の放送といくつか収録曲が被っている。その意味で、放送を聴き逃した方にはお薦め。だが、今日、僕が聴いているのは同じマーキュリーが出しているスペインのバロック歌曲集『くるおしきスペイン17世紀の歌』の方だ(昨年末、第2集も出た)。ルネサンス期のスペイン音楽としては、音楽史的にはビクトリアを始めとする教会音楽や、器楽曲の方が有名だろう。ルネサンス期に「ビリャンシーコ」というスペイン語による世俗歌曲が盛んに歌われていたこともあったというが、その後1600年代以降の歌曲は、レパートリーとしてもめったに聴くことがない。まとまったものとしては以前、スペインの古楽レーベル Glossa が出していた『ベラスケスの時代の音楽 -- 17世紀スペインの歌曲と器楽作品集』くらいしか僕も聴いたことがない。

 アンドゥエサの歌うバロック歌曲集は、自国の歌だけによりインティメーナな歌いぶりだ。ホセ・マリーン(1619-1699)作曲の「もう考えないでおくれメンギーリャよ」は、上記 Glossa のCDにもあり、我が国の波多野睦美さんも時折リサイタルで歌っている比較的有名な曲だが、アンドゥエサの透明かつ軽快な声で聴くと、本当に気分が晴れるというもの。バックのテオルボ、バロック・ギターも自在な弾きぶりだ。ほかに、こちらはフランスの作曲家の手になるものだが、リュリの有名なコメディ・バレ『町人貴族』の「諸国民のバレ」第3アントレで歌われる「わかっている、私が死にかかっているのは」は出色。声の澄み切った美しさだけでなく、究極の愛を歌う表現者としても、ここで彼女は一段高みに上っている。

 アレグロミュージックによれば、アンドゥエサは今年6月に初来日するそうだ(倉敷、西宮、名古屋、東京)。同じ古楽畑から出たソプラノ歌手としては、サンドリーヌ・ピオーが近年の来日で大いに話題になったが、アンドゥエサも一気にブレイクしそうな予感がする。聴きに行こうかな。

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※以下、当日の放送曲を書いておく。いずれNHKのサイトからも消えてしまうと思われるので。

-古楽特集-(1) 解説:濱田芳通(2016年1月18日放送)
「むなしさのベルガマスカ“すべてのむなしさは神を愛するほかには”」作曲者不詳(2分38秒)
「“アリアンナの嘆き”による“マグダラのマリアの嘆き”」モンテヴェルディ作曲(9分20秒)
「私が世を去るのなら」マッツォッキ作曲(3分55秒)
「お母さん…私を修道女にさせないで」作曲者不詳(3分05秒)
「子守歌の調べによる宗教的カンツォネッタ」メールラ作曲(8分14秒)
「トッカータ・アルペッジャータ」カプスベルガー作曲(3分31秒)
「あなたの最後の思い出」作曲者不詳(1分33秒)
「スターバト・マーテル(悲しみの聖母)」サンチェス作曲(10分45秒)
「名誉を傷つけられたスパニョレット」作者曲不詳(2分01秒)
「神ゆえに、神を愛す」マッツォッキ作曲(2分35秒)
「宗教的カンタータ“この鋭いとげは”」フェラーリ作曲(7分41秒)
「そう信じるなんてばかなこと」メールラ作曲(3分17秒)
「私の恋人」作曲者不詳(2分15秒)
(ソプラノ)ラケル・アンドゥエサ
(テオルボ)ヘスス・フェルナンデス・バエナ
~スイス・フリブール 聖ミシェル学院付属教会で収録~
(2014年7月9日)
(スイス放送協会提供)

 放送の最後は、解説の濱田氏による既発売のCDからの紹介。
「もう考えないでおくれ、メンギーリャよ」ホセ・マリン作曲(4分07秒)
「瞳よ、私を蔑んでいるからには」ホセ・マリン作曲(4分24秒)
「アモールよ、とどのつまりは」ホセ・マリン作曲(2分31秒)
(ソプラノ)ラケル・アンドゥエサ
(アンサンブル)ラ・ガラニア
<Anima e Cotpo  AEC001>
「太陽に続く2つの星」マチャド作曲(2分52秒)
(ソプラノ)ラケル・アンドゥエサ
(アンサンブル)アカデミア・デル・ピアチェーレ
<Glossa Platinum  GCDP33201>

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2016年3月23日 (水)

ザンクト・フローリアンの朝比奈隆

 1975年に、朝比奈隆氏が手兵の大阪フィルハーモニー管弦楽団とブルックナーの聖地ザンクト・フローリアン修道院を訪れて行った交響曲第7番ホ長調(ハース版)のライヴ録音・新盤が出た。初出はジャン・ジャンから出た「ブルックナー交響曲全集」(1978年)の特典盤LPで、翌年にはビクターから市販LP2枚組でも出された。CD化されたのは1987年というから、そこから数えても今から30年弱前になる。HMVのユーザーレビューで、埼玉県の七海耀さんという方が、 「なんと、初出の1987年から、何も変わらず。リマスターもされず。新装再発もなし。カタログから消えたこともなく、そのまま売れ続ける。もちろん、技術的には、後の新日本フィルや都響との録音が優れているのかもしれないが、何と言っても、豊かな情感は、この演奏に勝るものなし。そんな盤がひとつくらいあっても良いだろう。」と書かれているが、これは至言であろう。

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 今回、そのロングセラー「聖フローリアンのブルックナー」が、満を持して再発された。日本の復刻レーベル Altus がオリジナルマスターテープを発掘し、それをもとにリマスターしたのである。録音されて40年以上過ぎているだけにマスターテープの劣化も心配されたが、もともとの素性がいいのだろう。曲が始まる前の無音のところから、まるで大理石作りのマンモア・ザールに座っているような臨場感・空気を感じられる録音になっている。会場にノヴァーク版の編纂者であるレオポルト・ノーヴァクが居合わせて、演奏後、賛辞を寄せたことでも有名だが、ハース版の特徴であるアッチェレランドしない第1楽章の最後は、何度聴いても美しく感動的だ(実はこの楽章のあと、聴衆から思わず拍手が発せられたということで、その異例の拍手も今回の新盤には収録された)。アダージョや終楽章・第3主題等での悠々とした歩み、長いゲネラルパウゼも、非常に好ましい。この演奏に慣れると、テンポをしきりに変える他の指揮者の演奏がわずらわしくさえ思えてくる。この演奏会は最初、リンツでの演奏を希望していたものが、会場等の都合で次善の策としてザンクト・フローリアンでの演奏が提案されたのだという。曲、歴史、指揮者、オーケストラ、聴衆、会場、スケジュール、そしてCDの制作者たち・・・この名演・名録音は、そうした諸条件が奇跡のように積み重ねられて成立したと思うにつけ、長く聴き継いでいきたい遺産だ。

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2014年12月27日 (土)

アラウのベートーヴェン(再録音)を集める

 今年のまとめ記事の番外編。最近出たわけではないが、個人的にあらためてその真価を知った演奏家/演奏に、クラウディオ・アラウのベートーヴェン『ピアノ・ソナタ全集』がある。2種類ある全集盤のうち、1980年代に再録音された方(ただし、第14番「月光」、第29番「ハンマークラヴィーア」は最終的に録音できなかった)。もともと中古店で買った3枚+ディアベリ変奏曲を持っていただけだったが、今年になってあるところで第1番ヘ短調のアダージョを聴いて、すっかり気に入ってしまった。曲によっては指が回っていないという批判もあるが、ゆったりとしたテンポで悠々と歌われてゆくベートーヴェンもいいものだ。ピアノの音色も言いようもなく美しい。

 ただし、他の曲も集めようとした場合、意外に難しいことがわかった。「Claudio Arrau Heritage series」として Universal France から美しい白いケースで出された11枚組を探すのが一番簡単なのだが、これは中古盤でもかなり高値を呼んでいて、どれも2〜4万円と高騰している。では、今はなきフィリップスから出た単発盤をこつこつ拾ってもいいのだが、アラウの場合、同じ会社から出た旧録音盤もかなり出回っていて、アマゾンあたりではその区別が非常につけにくい。買ってみなければ実態がわからないという状況であった(今年、ユニヴァーサルから何枚か出た生誕111年記念「アラウの芸術」盤は、いずれも旧録音)。で、かなり手間がかかったが、年末になってようやく海外発注していた最後の1枚が届いて、一応全集が揃った。なので、これから集める方の参考までに、曲の組み合わせを書いておく。

 最初持っていた中古盤が、1985年録音のディアベリ変奏曲と次の3枚。

1)第26、23、13番(1984録音)
2)第31、17番(1987)
3)第21番、アンダンテ・ファヴォリ、第30番(1984)

 次いで今年、追加ですぐに買えたのが次の3枚。

4)第3、8番(1986)
5)第4、7番(1985)
6)第32、5番(1985/1986)

 ここまでは割と中古盤でも見つけやすいのだが、ここからはより後年の録音で、少し難易度が上がるかもしれない。特に 10)の6曲は、最終的に「Claudio Arrau / The Final Sessions Volume5」というアラウの追悼盤シリーズとしてしか出なかったのではあるまいか。ちなみにこのうち5曲は、かの巨匠が87歳のときの録音であるらしい。

7)第27、28、9、10番(1989)
8)第18、11番(1988)
9)第12、15、19、20番(1989)
10/11)第1番(1988)、第16、22、2、24、25番(1990)

 残念ながら、第14、29番の2曲が録音されなかったことは先に書いた。しかしこれで31曲。あと1曲・第6番が足りないので、ここでちょっとあわてる。よくよく調べてみたら、これはなんとサー・コリン・デイヴィスとのベ−トーヴェン/ピアノ協奏曲第3番と組み合わせて出ていた。ふう、セーフ。

12)ピアノ協奏曲第3番、ピアノ・ソナタ第6番(1987/1988)

 ちなみに、同じ顔合わせで出ているピアノ協奏曲第4番の方には、やはり新録音の「創作主題による32の変奏曲」(1985)が組み合わされている。

 先日、近くの BOOK・OFF でアラウの三大ピアノ・ソナタ集(旧録音)が500円で売っていたので購入。これにたまたま所有していた「ハンマークラヴィーア」の単発盤および上記12枚と組み合わせ、ようやく我が家の!アラウの新録音のピアノ・ソナタ全集が完成したという次第。まあ、本当はそういう苦労が楽しいのであって、何十枚組のボックス・セットがどーんと出て、それを買っておしまい、という今の時代が少しおかしいのかもしれないが・・・

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2014年2月 9日 (日)

ハイドン・アラカルト

 クリストファー・ホグウッド/アカデミー・オブ・エンシェント・ミュージックの「ハイドン交響曲全集」(L'OISEAU-LYRE)は、いわゆる「シンフォニー」の概念にある曲を包括的にまとめた「モーツァルト交響曲全集」の第2弾として、多いに注目された企画であった。が、残念ながら、途中、第75番まで収録した第10巻で中断してしまった。奏者や使用楽器まで記載されている上、彼らのていねいな演奏は資料的価値も高い。またなんといってもランドン以降の研究を踏まえたジェイムズ・ウェブスターの新しい解説がすばらしく、それを読むだけでも価値がある(日本版では、第4、5巻などわざわざ日本の学者さんのものに置き換えられた巻があるので注意が必要。輸入版の中古が安く買えるのでそちらで読むことができるし、下の記事も参照)。曲数としては上記のほかに第107、108番、そして別に1枚もので出されていた第94、96、100、104番があり、計81曲。ただし、この全集企画には中断した第75番のあとにもう2曲、第76、77番が録音されていて、これはなんと英国の雑誌「BBC music magazin」の付録で出されていた(2005)。一昨年あたりになってこのことを知った私は、しばらく中古CDショップなどでこの盤を探していたが、結局見つけられないでいた。2012年の年末あたりに、この未完成全集の既存の録音をまとめたボックスセット(32CD)がUniversal Italyから出され、しばらくベストセラーにもなっていたが、追加の2曲はこれにもなぜか未収録。ところが先月末になって、偶然、アメリカの、というか本家のアマゾン=Amazon.comに、このCD(雑誌はついていないが新品)が出品されていることがわかり、早速注文したところ、わずか!1週間で届いたので、今、聴いているところ。曲順は第77番変ロ長調からになっていて、高いアルトで吹かれるホルンの音色も美しく、雪景色の朝にふさわしい。細心の注意でもって奏される第2主題のなつかしさは、ホグウッドならではである。ゆったり歌った第2楽章もこれ以上はないくらい美しい。この時代の曲は、いわゆる疾風怒濤期のあと、そして「パリ交響曲集」の前という狭間の時期で、この曲など全集以外の録音は極めて少ない。本日現在、まだ出品があるようなので、興味のある方はぜひこの機会にどうぞ。

 追加で、ハイドン情報を少し。ハイドン106交響曲視聴記録(最初期編)を書いているときから時折、利用していたのだが、ネット上に2009年のハイドン・イヤーを記念して彼の交響曲情報を集めた「HAYDN100&7」というサイトがある。

http://www.haydn107.com/index2.html

 このサイトのすばらしい点のひとつは、ドラティ、フイッシャー、ホグウッドという3大全集(ホグウッドは上記のように未完成だが)の演奏が、ストリーミングで聴けるということ。むろん、曲の一部だけ視聴というわけではなく、全曲が聴ける(414 movements.あるそうだ)。最初、これを見つけたとき、非常に便利だがもしかしていわゆる海賊サイトなのかと思ったくらいで、そのためここでも紹介するのをためらっていた。音源だけでなく各曲に、楽章ごとの曲頭譜例、上記ウェブスターの曲目解説等もついているという本格的な内容。Haydn FestivalのArtistic Director、Dr. Walter Reicher氏の序文によれば、「For this we extend our thanks to Universal Music and Brilliant Classic. 」と書かれているので、たぶん著作権者の承認を得ていると思われるが、いつまで存在するのかわからないのでここでご紹介しておくことにする。

 もうひとつおまけで。私がいつもお世話になっている輸入楽譜店アカデミア・ミュージックのPR誌「アカデミア・ニュース」については、以前、その記事の充実ぶり、というか書き手の社員さんの博識ぶりについて紹介したことがある。2014年1・2月合併号に、ハイドンの交響曲第46番(ロ長調の曲)の新ハイドン全集版の演奏譜がベーレンライター社から出たという記事があり、その記述がまた興味深い(同ニュース341号、PDF版)。

「「告別」の嬰ヘ短調も珍しいのですが、こちらはロ長調という交響曲では例のない調性です。ホルンの替え管にH管は存在しないはずなので、C管で抜き差し管を限界まで伸ばしたか、替え管を特注した可能性があります。この特異な響きの交響曲をエステルハージ家の人々はどのように聴いたのか気になるところですが、その後、奇抜な調性の交響曲は書かれていないので、この悪戯は不首尾に終わったのか もしれません。」

 ホグウッド全集の同曲の解説にも、1772年にハイドンの楽団が「2本のクルック(半音替え管)」(ウェブスターの原文では「'half-step slides'」)を同時購入したことが書かれている。おかげで、新たに調べてみたいことができた。

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2014年2月 5日 (水)

アバドの『ミサ曲ハ短調』を聴いて考えたこと(その3)

 今回は少し別の見方から・・・

 モーツァルトは、1785年になって『ミサ曲ハ短調 K.427(417a)』(以下「ミサ曲」)のKyrieとGloriaに新たな歌詞を振り直して、宗教的カンタータ『悔悛するダビデ K.469』として改作した。このカンタータにおいては、第3曲のアリア(原曲のLaudamus te)は、実はSoprano 2の担当になっている。ただしこの曲の全曲の自筆譜は見つかっていない。というか、「ミサ曲」の総譜を使い、そのまま直接カンタータのパート譜を作ったのではないだろうか。なので、確実なことは言えないように思うが、実は当の「ミサ曲」の自筆譜に上記歌い分けのヒントが隠されていた。

7)「ミサ曲」の自筆譜・第1曲で、ソプラノが歌い始める箇所(第34小節の前の欄外)に、「NB:(notabene=「注意せよ」の略)」の文字とともに「ここのソロは第1番目の女性歌手が歌う。」との注記がある。また第3曲の第8小節目の後の欄外にはまた「NB」があり、今度は「ここは第2番目の女性歌手が歌う。」と書かれている(第10曲は編曲されなかった)。

※実はその後、この「NB」指定は、『悔悛するダビデ 』用の新作テノール・アリア(当該カンタータの第5曲=「ミサ曲」の第5曲と第6曲の間に挿入)、同新作ソプラノ・アリア(カンタータの第8曲=「ミサ曲」の第6曲と第7曲の間に挿入。こちらも第1番目の女性歌手の分担)の挿入指示として登場してくる。つまり上記7)の歌い分けの指示も、『悔悛するダビデ 』への改作時に追加された「注記」と思われる。だから、厳密には第1曲と第3曲の2人の歌手による歌い分けを、「ミサ曲」にまでさかのぼって適用することはできないだろうが、少なくとも1785年の時期にはモーツァルトは、<実質的に同じ音楽において>歌い分けを容認していたとは言えるだろう。

 また、前世紀の初めにアロイス・シュミットという音楽家が、未完成である「ミサ曲」をなんとか実演で歌える形に再構成した有名な版(1901年、ブライトコプフ社・刊)があった。

8)このシュミット版の第3曲には、「メゾ・ソプラノ」の指示がある(第1曲等は「ソプラノ」の指示なので、つまりは2人の女性歌手による歌い分けを推奨している)。

※1956年にオイゲンブルク社からロビンズ・ランドンが編集した版が出るまでは、このシュミット版が標準的なテキストだったろう。だから、今、歌い分けがスタンダードになっているのも、シュミット版の影響があるのかもしれない。また実際に実演で1人のソプラノが全ソロを歌うのは、大変だという事情もあるだろう。

 最後に、この歌い分けの議論に、コンスタンツェの歌手としての能力をからめた議論があるので、簡単に触れてこの項を終えたい。コンスタンツェの実家・ヴェーバー家は音楽一家で、『魔弾の射手』で有名なカール・マリア・フォン・ヴェーバーとも親戚にあたるという。4人姉妹のうち、長女のヨーゼファは『魔笛』の初演でかの夜の女王を歌っている(超難役!)。三番目のアロイジアは最も才能があったようで、ソプラノ歌手としてマンハイムから、ミュンヘン、ウィーンで活躍した(モーツァルトも彼女に高度な技巧を誇るアリア等を捧げている)。彼女たちに比べると、コンスタンツェにはそうした華やかな経歴はない。また、「ミサ曲」の初演に参加した割には、ザルツブルク側(父レオポルト、姉ナンネル)の反応も薄いようである(彼らは当初、コンスタンツェとの結婚に反対であったため、冷淡な反応に終始したのかもしれないが)。なので、「コンスタンツェの技量では曲の一部しか歌えなかったそうだ。」「作曲を中断したのは、コンスタンツェにこれを歌える技術が備わっていないことに気づいたモーツァルトが、妻をソプラノ歌手として紹介することを断念したからとも考えられる。」、あるいは「コンスタンツェは第2ソプラノを歌ったのでは」というような説がネット上をにぎわせている。が、これまで見てきたような証拠に照らし合わせれば、いずれも確かな根拠に基づいた説ではないと思われる。むしろ彼女は、モーツァルトの死後、姉のアロイジアやゆかりの歌手たちと、夫の曲を携え長期の演奏ツアーに出ており、そこでは自らが歌い、ご祝儀もあったかもしれないが結構な評判を得ている(注1)。「ミサ曲」や(その2)で触れた彼女用のソルフェージュを冷静に見れば、音域の広さといい技巧といい、モーツァルトが手加減して書いたようには思えない。やはり、コンスタンツェは歌手として十分な技量を持っていたのではなかろうか。

(注1)我が国ではあまり語られていないことだが、コンスタンツェの演奏会記録は、1795年秋のツアー開始以降、結構な数が報告されている(ドイッチュ「ドキュメント」)。そのひとつ、1797年11月15日のプラハにおける演奏会では、夫の未完成のオペラ『騙された花婿 K.430』の序曲、四重唱、三重唱が復元の上、「知られざる作品」として紹介され、四重唱と三重唱の演奏には、「マダム・モーツァルト」が自ら参加している。

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2014年2月 1日 (土)

アバドの『ミサ曲ハ短調』を聴いて考えたこと(その2)

 前回発言の疑問点であった、モーツァルトの『ミサ曲ハ短調 K.427(417a)』における、一般にソプラノ2人が歌うソロパートの割り振り(第1曲Kyrieと第11曲Et incarnates estをソプラノ1が、第3曲Laudamus teをソプラノ2が歌う)についてーーー以下、調べたことを簡単にまとめてみた。

1)K.427(417a)のミサ曲(以下、「ミサ曲」)の新全集の演奏者の表記は、第1、第3、第11曲のアリアとも「Soprano」とだけあり1/2の区別はない。実は自筆譜にはアリア各曲に「Canto」だけとありこちらも1/2の区別はないが、この点では旧全集の方が自筆譜の表記に近い。

※第5、第7、第13曲の重唱曲においては、「Canto 1mo:」「Canto 2do:」のような表示。さらに合唱のソプラノ・パートも「Canto」という同じ表記。

2)第1曲の声域は「as-as2」、第3曲は「a-a2」、第11曲は「h-c3」であり、第3曲が低域向けということはない。むしろ第1曲の中間部Cristeにおいて低いasで「(クリー)ステー」と長くのばす有名な個所は、ソプラノにはかなりつらいところ。

3)モーツァルトが妻に歌わせるために書いたと思われる『ソルフェッジョ K.393(385b)』の第2曲が、「ミサ曲」第1曲とほぼ同じ旋律をもっている(妻への献辞は第1曲、第5曲にのみあるようだが)。

※この「ミサ曲」は、モーツァルトがコンスタンツェとの結婚を機にウィーンで書き始めた「誓願ミサ」で、1783年10月26日にモーツァルトの故郷ザルツブルクで初演されている。(注1) 一方3)の練習曲はウィーン製の用紙で1782年の作曲と考えられているので、モーツァルトがあらじかじめこれで練習をさせたのち、あるいは慣れ親しんだ旋律を使い、「ミサ曲」の第1曲を妻に歌わせたことは想像に難くない(練習曲はヘ長調、「ミサ曲」のソロの部分は変ホ長調という違いがあるが)。さらにスコアに歌い分けの指示がないのも事実で、リチャード・モンダーなども「ソプラノを二人の歌手で受け持つという今日の形態は、オリジナルの上演から始まったものではないことがわかる。」と書いている(ホグウッド盤の解説より)。当然、この場合はモーツァルトの新妻コンスタンツェが、第1、第3曲とも歌ったという解釈になる(『モーツァルト事典(東京書籍・刊)』解説の小林緑氏も同じ解釈)。

4)モーツァルトの姉ナンネルの日記の記録には、1783年10月23日の項に「23日。8時にミサ。聖歌隊員養成所(カペルハウス)で、弟のミサ曲の練習。このミサ曲では義妹がソロを歌う。」とある。(『モーツァルト書簡全集 V』 p.420)

※この部分、日本語訳ではわからないが、「複数のソロ」を歌ったとも読めるらしい。モーツァルト研究の大御所エリック・スミス氏がガーディナー盤の解説に「It was performed (中略) with Constanze singing the soprano solos.」と書いているのを受けて、訳者の石井宏氏が「(ナンネルの日記では、義妹はdie soloを歌ったとあるので、おそらく二つの完成したアリアをうたったのであろう。)」と敷衍していた。今回、上記日記の原文をネット等で探してみたが、“meine schwagerin die Solo Singt”となっていたので、確かにこれが正しければ複数の冠詞を使っているようだ。ただ、レヴィン版の「ミサ曲」の楽譜(Carus社)の序文では同じ箇所を「das Solo」としているし(これは単数の冠詞)、素人ながら考えるに「複数のソロ曲」という意味なら「Soli」あるいは「Solos」となるとも思われる。このあたりドイツ語に詳しい方に訊いてみたいところだ。(注2)

※さらに証拠能力としては若干弱いが、以下の証言もある。

5)1829年に作曲家でノヴェロ社の創始者でもあったヴィンセント・ノヴェロ(と妻メアリー)が、67歳になったコンスタンツェへインタビューをした際に「This Mass was performed in the Cathedral at Salzburg and Madame Mozart herself sang all the principal solos.(このミサはザルツブルクの大聖堂で演奏され、モーツァルト夫人自身が主要なソロ曲=複数をすべて歌った)。」と答えたことが知られている。(注3)

※これらを総合的に考えると、コンスタンツェが3日前まで練習していて急に歌わなかったという証拠がない以上、実際に複数のソロ曲を歌ったと想定することを否定する理由はないのではなかろうか。

6)一方で、第9曲Credo以下の曲は一部未完成であり、以前は既存のミサ曲から転用して演奏されたというような説明がされていたが、近年ではモンダーの説のように、当時の演奏習慣ではもともとCredoは演奏されずグレゴリオ聖歌や成句朗読等で済まされた、というような可能性も指摘されている。

※この場合、第11曲Et incarnatus estの大アリアは、自筆譜で弦の伴奏等がほとんど欠落していることもあり、歌われなかったということになり、コンスタンツェが歌ったという「複数のソロ曲」は、必然的に第1曲と第3曲になる(ザルツブルクに残るオルガンとトロンボーン2部のパート譜も、完成した部分=Kyrie、Gloria、そしてSanctusとBenedictusのみを含んでいるらしい=校訂報告による)。

 以上ここまでは、冒頭に書いた歌い分けについて、「元々割り振りがなかったのでは?」という主張の根拠をまとめてみた。別の説等は(その3)で。

(注1)1783年1月4日付けのレオポルト宛の書簡を参照
(注2)『モーツァルト書簡全集』の原本の当該箇所を国立音楽大学でコピーして送ってもらったところ、「die Solo」で間違いなかった。(2014/2/3の注記)
(注3)実際にこの「ミサ曲」が歌われたのは、「ザルツブルク大聖堂」ではなく「聖ペテロ大修道院付属教会」の方であった。

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2014年1月24日 (金)

アバドの『ミサ曲ハ短調』を聴いて考えたこと(その1)

 クラウディオ・アバドが亡くなった(1933-2014)。実演を聴いたことがなかったし、決して絶大なファンというわけでもなかったけれど、カラヤン、クライバー亡き後では、最も存在感が大きかった指揮者のひとりだったことは間違いない。訃報が報じられたあと、Twitterでもシリアスなクラシックの音楽家としては異例なほどたくさんの「つぶやき」が流れては消えていった。今、このような扱いを受ける指揮者は、彼のほかに誰がいるだろう? 文字どおり「巨匠=マエストロ」ということになるだろうが、私の中では「永遠の青年指揮者」というイメージがある。Twitterでは、たまたまマルタ・アルゲリッチが公開したというアバドとのツーショットの写真を見た。これはグランド・ピアノの前に座るアルゲリッチを、楽器に腰かけた若きアバドが指揮棒を手に見下ろしているという映画のスチール写真風のもので、この写真の中の彼はまるでジェームズ・ディーンという感じである。実際、彼の棒からつむぎ出される音楽も、決して尊大ぶったものではなく、風通しのいい、誰もを拒絶しないやさしさに満ちていた。ご冥福を祈るばかりである。

 そのニュースを聞いたときの私はたまたま東京出張中で、帰りにはいつもことながらディスクユニオン御茶ノ水店によった。店内に追悼コーナーこそはなかったが、彼の思い出にと思い、手に取ったのはモーツァルトの『ミサ曲ハ短調 K.427(417a)』のCD(Sony)。オーケストラはベルリン・フィルで、同じ組み合わせの「レクイエム」盤(カラヤン没後10周年の記念コンサートのライヴ)は持っていたけれど、こちらは初めてである。帰宅後、さっそく聴いてみたが、期待に違わずアバドらしい晴朗な演奏。学生時代にLP(DG)で聴いた、同じ作曲家、同じハ短調の『孤児院ミサ K.139』での、若きアバドのさわやかな演奏を懐かしく思い出した(当時、メジャーレーベルとしては非常に珍しい企画で、この曲自体、一般にはこの盤でしか聴けなかったろう)。

 さて、話をK.427(417a)のミサ曲に戻せば、この盤のソリストの名前を見て、ふとかねてからの疑問点を思い出した。この曲には女声ソリストが2人必要で、そのうち始めにクレジットされているがバーバラ・ボニー、次いでアーリン・オジェーの名前がある。ここでのオージェがソプラノ2、というのはちょっともったいないというか珍しいのではないだろうか? 彼女はバッハやモーツァルトの宗教曲のスペシャリストであり、実際、私が聴いたことがあるだけでも3つの全曲盤でソプラノ1の方を歌っている(ベルティーニのライヴ、モンダー版を使ったホグウッド盤、バーンスタインのDVDとCD)。このミサ曲には女声のアリアが3つあり、ソプラノ1・2の一般的な分担は、第1曲Kyrieと第11曲Et incarnates estをソプラノ1が、第3曲Laudamus teをソプラノ2(あるいはメゾ・ソプラノ)が歌うというもの(あと重唱で2人がからむ曲が3曲ある)。まあ、おかげでオージェの歌うLaudamus teが聴けるのだから、アバドには感謝すべきかもしれないけれど。

 ただし私などはこのミサ曲を、往年のフリッチャイ盤(DG)で聴いて育った世代であり、この場合ソリストは、オージェ以前にバッハ・モーツァルトの宗教曲における第一人者であったマリア・シュターダー(ソプラノ)、そしてアルトにヘルタ・テッパー(アルト)という組み合わせであった。当然のことながら第3曲Laudamus teもシュターダーが歌っている。つまり、以前には第1曲と第3曲を同じ歌手が歌うという選択肢もあったのである。というより私と同世代の方にとっては、フリッチャイ盤はまさに定番であり、なかでもシュターダーのLaudamus teの見事な歌唱が、この曲のイメージを決定的にしたと思われる。そういう場合、急にソプラノ2、ましてやメゾ・ソプラノの担当と言われても少し違和感があるのではないだろうか。ほかに、第1、第3曲をともに同じ歌手が歌う盤に、ナミ・レコードのハンス=マルティン・シュナイト盤がある(歌手は平松英子さん。私はこのコンビの実演も聴いたことがある)。また、かの森麻季さんも、コンサートで全ソプラノ・ソロを歌ったようだ。

 前段で私が「かねてからの疑問点」と書いたのは、まさにこの点にある。例えば、前述のバーンスタイン盤やベルティーニ盤でも、オージェのソプラノに対し、一般的にメゾ・ソプラノと思われている歌手を配し、昨今の通例に従い第3曲Laudamus teをこちらの歌手に歌わせる。その場合、若いときにモーツァルトが書いたモテット『エクスルターテ・ユビラーテK.165』にも聴かれるような、まるで天使が高い空に舞うような圧倒的な飛翔感は、どうしても薄れる。カストラートが歌うコロラトゥーラに近くなり、その方がこれらの宗教曲の本質に近いのだとしても・・・である。そういう意味では、第1曲と第3曲で分担はしても、ソプラノ2にも高い声の歌手を配するというのは演奏現場ではひとつの賢明な解決策だろう。実際、上記ホグウッド盤では古楽畑のリン・ドーソンがソプラノ2を歌っている(ドーソンはクリスティー盤でもソプラノ2担当。ペーター・マーク盤などは、ソプラノ2の方に軽いスーブレット系の歌手を使うので、重唱などでもちょっとおもしろい効果を得ている)。

 さらに、今見てきた女声ソリストの分担問題には、もう一点、大きな争点が絡んでいる。このミサ曲はウィーンに住み始めたモーツァルトが、いいなずけであるコンスタンツェをザルツブルクの父親に認めてもらうために、彼女がソロを歌うことを前提に書かれた曲として知られている。その後、二人で故郷のザルツブルクに里帰りし、実際に初演が行われたわけだが、その際に彼女が歌ったのはソプラノ1のパートなのか、2なのか、またどの曲を歌ったのかは、実ははっきりわかっていないのである。そうした意味でも、実際にモーツァルトが2人の女声歌手にどのような割り振りを考えていたのかは、興味のあるところだ。その点については、次回のこの項で少し考えてみたい。

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