2019年4月28日 (日)

1967年のマーラー・ツィクルス(補遺・サヴァリッシュ3)

 昨日、NHK・FMの「N響 ザ・レジェンド」のリクエスト特集で、ウォルフガング・サヴァリッシュがNHK交響楽団を指揮したマーラーの交響曲第1番『巨人』が放送された。リクエストを投稿されたナガオカさんとおっしゃる方は、「N響とはマーラーの交響曲第1・4番を演奏しておりますので、ぜひよろしくお願いいたします。」と書いておられるそうである。ただし、司会の壇ふみさんは、「マーラーについては、交響曲第1番、2番、4番を演奏していますが、音源が残っているのは、そのおっしゃるように1番と4番だったということでございます。」と話されていた。音源こそ残っていないということだが、交響曲第2番『復活』をサヴァリッシュは演奏していたのだろうか?

 以前、この記事の(その1)の記事に、「某巨大掲示板によれば、1970年頃に「第2番・復活」をN響と演奏したこともあるらしいが、詳細は未確認。」という情報を僕は書いていた。その後、同記事のコメント欄に、「よしお」さんという方からN響の「演奏会記録」をご紹介いただいていた。そこで「よしお」さんは、「サヴァリッシュ は復活を指揮していないようです。その代わり、巨人と4番はNHK交響楽団と演奏しているみたいです。」とコメントされていた。僕も当時その記録を検索したときには、『巨人』と第4番の記録は確かに確認したはずだが、第2番の『復活』は見つけられなかったように記憶している。なので(その1)の記事にもともとあった「復活」に関する記載を見せ消ししておいたのだった。もしかすると「N響とはマーラーの交響曲第1・4番を演奏しております」と書かれたナガオカ氏も、私たちと同様の認識からの投稿だったのかもしれないが、今回あらためて「演奏会記録」を再検索してみると、1972年の5月11、12日の2日間、東京文化会館で『復活』を振っていることが記されていた。解説の池辺晋一郎氏も、「2番はちょっとキャラクターが違う気がしますけど、1と4はなんとなくサヴァリッシュが演奏したことがわかる気がしますね。」とのことで、これは(その1)のコメント欄に僕が書いた感想とまったく一致している。しかし、サヴァリッシュが『復活』を取り上げたことは、どうも事実のようである。共演者は「木村宏子(sop.) / 長野羊奈子(alt.) / 東京藝術大学(chor.)」とのこと。ここであらためて、追加訂正しておきたい。

 ちなみに、『巨人』は、1975年の5月14〜17日に4日間連続で演奏されている。会場はいずれもNHKホール。昨日放送されたのは、初日である14日の録音とのことである。その演奏は、極めて明快なもの。管にはミスも見うけられたが、弦のフレージング、ハーモニーはいかにもサヴァリッシュらしく清潔で、冒頭から終楽章に向け見通しの良い設計も出色であった。

 もう一曲、交響曲第4番については、すでに(その1)で紹介したように、1989年4月28日にサントリーホールにおける『N響マーラー・スペシャル』で取り上げられていて、これは「演奏会記録」にも依然として記載されている。余談ながら、放送の中で壇ふみさんは、ブルックナーの交響曲については、N響と9曲全部を演奏していると話されていた。全曲の音源はないようだが、これらもぜひ聴いてみたいものだ。

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2019年1月 6日 (日)

2018年まとめ

 2018年も、テオドール・クルレンツィス&ムジカエテルナは大活躍だった。マーラーの交響曲第6番のCDは、予想どおり、いや予想以上に素晴らしかった。2年連続の「レコード・アカデミー賞」大賞受賞というのも不思議ではない。彼らの活躍については、一般紙である朝日新聞にも特集記事が出たし、2019年2月には初来日が待っている。まだまだ快進撃は続きそうだ。

 年末には、HMV&BOOKS online が、「2017年11月1日~2018年10月31日までに発売されたクラシック商品の中から、お客様による投票と、HMV&BOOKS onlineクラシックのセールスランキングとを合わせ、この年一番の人気アイテムを決める「HMV&BOOKS online クラシカルアワード」」という新たな試みを始めた。総合1位が上記クルレンツィスのマーラーだったのは当然としても、第2位は僕も1票を入れたヒラリー・ハーンのバッハ「無伴奏」だったので、個人的にはうれしかった。デビュー盤(ソナタ1曲、パルティータ2曲)もバッハであった彼女が、何と20年の時を経て続編(ソナタ2曲、パルティータ1曲)を録音したのだから、これは驚き以外の何物でもない。演奏も期待以上の出来で、ソナタ第1番におけるフーガ後半の気迫には本当に圧倒された。ちなみに特設サイトには、投票時の私のコメントが載っている(笑)。

 このところ、ハイドンの交響曲が注目を浴びてきているようだ。ハイドン生誕300年にあたる2032年までにハイドンの交響曲全曲を録音しようとしているジョヴァンニ・アントニーニ&バーゼル室内管弦楽団(イル・ジャルディーノ・アルモニコ)を始めとして、ハリー・クリストファーズ&ヘンデル&ハイドン・ソサエティ、飯森範親&日本センチュリー交響楽団と、複数のシリーズ録音が続いている。シリーズ物では、他にトーマス・ファイ&ハイデルベルク交響楽団の全集もファイの意思を継いで続編が出ているし、鈴木秀美&オーケストラ・リベラ・クラシカ(OLC)も長期に渡ってがんばっている。ラトル&ロンドン交響楽団の『ハイドン・想像上のオーケストラの旅』や、ジュリアン・ショヴァン&ル・コンセール・ドゥ・ラ・ローグの「パリセット」等、話題の新譜も目立つ。以前、「2016年まとめ」という記事に、日本でハイドンの交響曲全集録音を目指されている右近大次郎さんから、

「ハイドンには奏者の腕を見せることが出来て、少人数で出来る曲が多いので、こういう若い団体が増えて、古典派の時代が来ると、ハイドン コレギウムを始めた時から思ってましたので、是非そうなって欲しいと思います。」

というコメントをいただいていた。ハイドンの初期・中期の交響曲がこれほどまとめてリリースされてくると、まさに右近さんの予言が当たってきたと思わざるを得ない。新ハイドン全集における交響曲の楽譜が出揃ったことも、そうしたハイドン・リバイバルの要因の一つを担っているのかもしれない。その意味では、校訂楽譜の存在は大きいと言わねばならない。一方、モーツァルトの交響曲録音は、エッティンガー&シュトゥットガルト・フィルの「交響曲第25番、第40番」、ヘルベルト・ブロムシュテット&バイエルン放送交響楽団の「交響曲第40番、第41番」が目立ったくらい。新録自体が少なくなってきたような気もするが、これも時代の流れだろうか。

 2018年は個人的に、モンテヴェルディのマドリガーレをよく聴いた。1月に出たポール・アグニュー&レザール・フロリサンの「マドリガーレ集~『クレモナ』『マントヴァ』『ヴェネツィア』 」(3CD)を聴いて、その音楽の素晴らしさ、演奏の完璧さに魅了されたからなのだが、この時代の音楽はもっと知られてもいいのではないか。このCD集にも含まれるデュエット「金髪の髪よ、美しい宝 SV143」(マドリガーレ集第7巻)など、その美しさ・親しみやすさは何物にも変えがたい音楽の一つだと思う。鈴木美登里さんを中心に結成された日本の声楽アンサンブル「ラ・フォンテヴェルデ」が、モンテヴェルディのマドリガーレ全曲録音を目指しているが、咋夏、順調に「第5巻」に辿り着いた。全曲完成まであと3分の1。ぜひがんばってほしい。

 ところで、上記「レコード・アカデミー賞」の発表誌である 「レコード芸術」(音楽之友社)12月号には、 例年、「レコード・イヤー・ブック」という付録が付いている。前の年、我が国で出されたディスクが一覧できる冊子なのだが、これが異常に薄い。ページ数でいうと260ページしかない。ちなみに手近にあった1993年発売のディスクを載せた「'94」を見たところ、528ページあった。つまり昨年2018年は、その半分の量だったわけである。ちなみに「レコード・アカデミー賞」は、「各年度(1年間)に、日本のレコード会社から発売されたクラシック・レコード」、いわゆる国内盤を対象にしているとある。なので、オペラ部門などは、「たった一つ。本格的新録音のオペラ録全曲はたった一つだった。(堀内修氏)」などというとんでもないようなことも起きているようだ。正直、この時代にあって、国内盤などというくくりに意味があるとは思えない。この際、「レコード・アカデミー賞」も、たまたま!国内盤で出たディスク内で競うのではなく、日本人演奏家部門(確か、かつてあった)や、日本のレコード会社の企画盤部門、あるいは日本での録音部門とかのレギュレーションで競う方がずっと良いのではないだろうか。というのも、上記「ラ・フォンテヴェルデ」のモンテヴェルディや、ジョスカン・デ・プレの「ミサ曲全集」を録音中のヴォーカル・アンサンブル・カペラなどの取り組みこそ、賞でもって応援すべきではないかと思うからだ。そうした姿勢こそが、長い目で見て、国内のクラシック・ファンを育てていくことにつながるはずなのだが。

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2018年4月 4日 (水)

2台のピアノのための協奏曲(バレンボイム/ショルティ)

 寝室のベッド脇に置いてあるサイドテーブルには、寝る前に聴くためいつも数枚のCDが常置してある。今回はその中の一枚から。

 それは、モーツァルトの「3台のピアノのための協奏曲へ長調 K.242」「2台のピアノのための協奏曲変ホ長調 K.365」ほかを収めたもので、 シフ(p)、バレンボイム(p)、ショルティ(pと指揮)、イギリス室内管が演奏している(Decca)。豪華メンバーだけに録音用の特別セッションかと思っていたが、今回調べてみたらどうやらそうではないらしい。1989年6月18日にジャクリーヌ・デュ・プレの追悼コンサート「ジャクリーヌ・デュ・プレ アピール・コンサート」がロンドンのロイヤル・フェスティヴァル・ホールで行われ、このコンサートに出演したショルティ、バレンボイム、シフの3人が、同じ曲目をスタジオで録音したのがこのCDとのことである。僕の買ったCD(UCCD-90034 ※)の解説ではそのような事情は書かれていないが、せめてクレジットでは触れておいて欲しかったところ。ここで僕は、音楽には直接関係のないようなことを書いているようだが、これらのことはこのあと関係してくる。

 まずは1曲めの3台のピアノ用の協奏曲だが、上記の3人がそのままの順で、第1、第2、第3ピアノを弾いている。これはある意味、当然のキャスティングだ。次いで曲が2台のピアノ用の協奏曲の第1楽章まで進んだとき、僕は当然、前曲で第1、第2ピアノを担当しているシフ、バレンボイムが弾いているものと思いながら聴いていた。が、どうも第1ピアノの粒の揃った冴えわたった音色に比べると、第2ピアノはより重厚な響きを持ち、速いパッセージなどでややぎこちなさが残る。シフとバレンボイムでは「ピアノ専門のシフの方がやはりうまいのか」などと考えていたが、念のためもう一度、CDのクレジットを確かめてみると、第1ピアノがバレンボイム、第2ピアノがショルティとなっていたので、驚くやら、納得するやら(?)、ということがあったのが、まず一つめの話。

 二つめの話は楽器配置に関することなのだが、このCDを聴いたことがある方は、右側から第1ピアノが、左側から第2ピアノが聴こえてくるという点に疑問を持たなかったでしょうか? 楽譜をお持ちでない方のために念のため書いておくと、2分弱のオーケストラだけの前奏が終わり、2台のピアノが3度の音程差で同じパッセージを同時に弾いたあと、まずテーマを弾くのが第1ピアノ。同CDではこのパートが右側から聴こえ、続いて左側から第2ピアノが同じ旋律を弾いて加わってくる(このあとも、第1ピアノが高いパートを弾くことが多いため、両パートの聴き分けは、割と容易だ)。一般にピアノを使ったコンサートでは、ピアノは楽器の長辺がステージに並行になるように置かれる。2台のピアノが使われる場合は、第1ピアノは左側となり、奏者は向かって右向きに座る。一方、第2ピアノはその右前に向かい合うように置かれ、奏者は左向きに座ることになる。 そして、左側に座った奏者が、第1パートを弾くのが普通だろう。念のため自宅にある同曲のCDを聴いてみたが、「第1ピアノが左」という盤ばかりで「第2ピアノが右」というものは見つけられなかった。なぜこういうことが起こるのだろう?

 実はこのCDの実演版、つまり上記の「ジャクリーヌ・デュ・プレ アピール・コンサート」には、映像記録が残されている。かつてLDで出ていたし、数年前に出たバレンボイムがベルリン・フィルを弾き振りした「モーツァルト:ピアノ協奏曲全集」(Teldec)にボーナス・ディスクとして付いていたDVDにも収められている。ということで、この映像を見てみよう。まず左側に置かれたピアノは鍵盤が客席側を向き、弦の入った胴はステージ奥に延びている。そのすぐ右側に、楽器の曲線を合わせるようにもう一台のピアノが置かれ、こちらはステージ奥に鍵盤が、客席側に胴が延びている。映像では、その左側のピアノの前に立つのは、客席に完全に背を向けたショルティ。つまり、指揮をしながら第2ピアノ・パートを弾くために、上記のような配置がとられていた、というわけである※※。バレンボイムが座るのは右側のピアノであり、そこで第1ピアノ・パートを弾いている。セッション録音ではコンサートより楽器配置は自由にできたと思われるが、全体の位置関係についてはほぼ同様の形がとられたのだろう。これで、上記CDにおける第1ピアノが右という楽器配置の疑問が、ようやく氷塊した。

 ちなみに、3台ピアノ用の協奏曲のコンサート映像も残っており、この場合、ピアノはすべて客席に背を向けて配置されている。左からショルティ、バレンボイム、シフの順であるが、「さてCDではどうだろう?」というような観点で聴いてみるのもおもしろいのではないだろうか。

※このCDは、上記 K.242 と K.365 のほかに、シフの弾くコンサート・ロンド2曲が組み合わさっている。が、オリジナル盤には、コンサート時と同じで、ショルティが弾く K.466 が収められていた。
※※ YouTube に1966年にアシュケナージとバレンボイムが K.365 を弾いたコンサート映像(モノクロ)がアップされている。実はここでもバレンボイム/ショルティ盤のようなピアノ配置が見られる。ただしバレンボイムが弾き振り役で客席に背を向けて座っていて、アシュケナージが右側で第1ピアノを弾いている。

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2018年3月10日 (土)

リリー・クラウスの板起こしCD

 先日はリステンパルト&マカノヴィツキーのモーツァルトを紹介したが、そこで Silent Tone Record 製の板起こしCDについて触れておいた。今回は同じシリーズから、有名なモーツァルト弾き、リリー・クラウスのモーツァルト、ピアノ・ソナタ全集の板起こしCDを聴こう。こちらは、フランスの「Les Discophiles Francais」のモノラルLPが原盤。かつて僕が東芝 EMI の廉価盤LPで聴いていた頃には、1956年のモーツァルト生誕200年記念の年に、フランスのシャルランの手でソナタ全曲の録音が行われたという話であった。が、その後、その2年前の1954年にハイドン・ソサエティのために録音されたマスター・テープを復刻したというCD盤が出た(Music&Arts)。これは、なんとLPと同じ演奏であった。さらに最近 Warner Erato から出た「リリー・クラウス/パーロフォン、デュクレテ・トムソン、ディスコフィル・フランセ録音全集」でも、これに合わせたのか「Paris, Salle Adyar, February/March 1954」というクレジットに直されるようになっている。

 で、肝心の板起こしCDだが、こちらにも Youtube にソナタ第3番変ロ長調 K.281 の視聴ファイルがあり、それがかなりいい音に仕上がっているのである(>こちら)。無論、針音も聴こえるし、最強音等では雑音が混じる箇所もある。音場的にも少し荒っぽく響くかもしれないが、当のピアノの、鈴を鳴らしたとでも表現するほかない可憐な音色には、正直まいる。演奏としても、クラウスのモノラル録音の中でも白眉の出来で、この自在な演奏に慣れると他の演奏家が生ぬるく思えるほどだ。僕も、上記LPのあと、アートユニオン版、東芝版(ソナタのみ)、新星堂再発版、そしてハイドン・ソサエティ版などを買って聴いてきたが、クラウスの特徴でもある強弱緩急をつけたタッチの差がこれほど良く伝わってくる盤は、これら市販版にはないと思う。全体として市販CDは、ノイズが乗るのをこわがるせいか、高音を抑えこもった音に整音されされがちだからだろう※。

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 別の盤では、幻想曲ハ短調 K.475 とソナタハ短調 K.457 の演奏も、極めて迫力があり、いかにもリリー・クラウスらしい演奏になっている。そして、これも板起こしCDで聴いた方がずっと臨場感が出る。何万円もするオリジナルLPを買っても、なかなか頻繁に聴くという気がしないだろうし、これら板起こしCDならば、寝室でも車の中でもどこでも気軽に聴ける。このシリーズでクラウスの全集録音を、久しぶりに全曲ぜひ聴き直してみたいと思っている。

※ただし、新星堂が2005年に出した再発盤全集は、(僕の視聴環境では)例えばソナタイ短調 K.310 の冒頭などピアノの音が少し金属的になっていて、他盤とは音の傾向が違う。また上に触れた「リリー・クラウス/パーロフォン、デュクレテ・トムソン、ディスコフィル・フランセ録音全集」は、マスタリングをやり直したのか、比較的、澄んだ音になっていると思う。

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2018年3月 7日 (水)

リステンパルト&マカノヴィツキーのモーツァルト

 先月末、『ハイドン音盤倉庫』の Daisy さんが、「今日は秘蔵お宝盤。」との触れ込みのもと、「リステンパルト/ザール室内管の朝、昼、晩(ハイドン)」という記事をアップされた。こちらでも紹介した「Le Club Français du Disque」のLPだが、今回はそれに対抗し(笑)、同じ「クラヴ・フランセ」盤から、リステンパルトのモーツァルト盤を紹介したい。曲は、ヴァイオリン協奏曲第3番K.216、第4番K.218 の2曲。ここでヴァイオリンを弾いているのは、ポール・マカノヴィツキー(Paul Makanowitzky, 1920 - 1998年)というロシア系のヴァイオリニストである。スウェーデンのストックホルム出身とのこと。後年にはジュリアード音楽院で教鞭を執っていたようで、例えば原田幸一郎氏@東京カルテットのプロフィールなどにも、マカノヴィツキーに師事したことが出てくる。というような経歴は別にしても、これはなんと美しい、しかも均整のとれたソロだろう。美音のモーツァルトと言えばグリューミオが有名だが、それに勝るとも劣らないどころか、テクニックはマカノヴィツキーの方が上だろう。1960年前後の録音だと思うが、その時代の奏者にしては音程も実にしっかりしている。録音もすばらしく、「これぞモーツァルト」というような神々しいまでの残響を伴っている。また伴奏のザール室内管弦楽団(Saar Chamber Orchestra)との調和が抜群であり、ソロと伴奏のヴァイオリンの音色がこれほど合っている例を、僕は正直知らない。

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 実は、僕の持っているLPはモノラル仕様で、それはそれで十分美しいのだが、この盤にはステレオ仕様もあって、「異常に珍しい」(Silent Tone Record さんのサイト)のだそうである。というわけだから、それは当然ながら「異常に高い」(笑)。そして、その録音状態はモノラル以上の出来なのである。無論、僕自身もステレオ盤は持っていない。だが、上記 Silent Tone Record さんから、ステレオ盤の板起こしCDが出ていて、実はこれで聴いているというわけである。視聴ファイルが Youtube にアップされていて、最初の3分間を聴くことができるので、今回紹介しておきたい(>こちら)。

 「Le Club Français du Disque」盤などのフランスのマイナー・レーベル物には、まだまだ名盤・名録音が眠っていると思われる。いずれまた機会を見て紹介していきたい。

※このマカノヴィツキーのモーツァルト協奏曲盤には、他のショップからも複数の板起こしCDが出ている(エテルナトレーディング社さん、Forgotten Record)。また例によって、米ノンサッチから同じ録音のステレオ盤LP(H-71056)も出ている。ちなみにこちらは、比較的安価に手に入れることができる。

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2018年2月22日 (木)

『帝国』の終楽章と序曲ニ長調について(その2)

 前回、ハイドンの交響曲第53番ニ長調『帝国』、その終楽章の初期稿 Version B と、その原曲である序曲ニ長調 Hob. Ia:7 について、その相違点等を調べてみた。今回は、その補遺として、既存の音源等で演奏者たちがどのような選択をしているかを整理しておきたい。ちなみにこの曲の冒頭には「Largo maestoso」の序奏がついており、これは後の追加と見られている。ただし、僕が聴いたものでは、全録音においてこの序奏つきで演奏されている。

 まずは『帝国』の終楽章の選択から見ていこう。第4楽章として Version B を採用している演奏に以下の盤がある(いずれもフルート、ティンパニ使用)。
1)マリナー指揮アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ管
2)ドラホシュ指揮ニコラウス・エステルハージ・シンフォニア
3)フィッシャー指揮オーストリア・ハンガリー・ハイドン管

 次に終楽章として Version A を使う盤(いずれもフルート、ティンパニ使用) 。
4)クイケン指揮ラ・プティット・バンド
5)ヘンヒェン指揮C.P.E. バッハ室内管
6)アーノンクール指揮ウィーン・コンツェントス・ムジクム
7)オルフェウス室内管
8)カルマー指揮オレゴン響
9)ディヴィス指揮シュトゥットガルト室内管

 Version B および A を両方収録した盤も少なからずある。
10)メルツェンドルファー指揮ウィーン室内管(A、Bの順。A、Bはフルート、ティンパニ使用)
11)ホグウッド指揮アカデミー・オブ・エンシェント・ミュージック(A、Bの順。A、Bはフルート、ティンパニ使用)
12)鈴木秀美 指揮オーケストラ・リベラ・クラシカ(A、Bの順。Aはフルート、ティンパニ使用。Bは別日にアンコールで演奏された都合で、ティンパニなし)
13)ファイ指揮ハイデルベルク響(A、Bの順。A、Bはフルート、ティンパニ使用)
14)ミラー指揮ロイヤル・ノーザン・シンフォニア(A、Bの順。A、Bはフルート、ティンパニ使用)

 さらに前発言の注でも触れたが、4つの終楽章のヴァージョンをすべて収めた版も2種ある。
15)ドラティー指揮フィルハーモニア・フンガリカ(B、A、C、Dの順。A、Bはフルート、ティンパニ使用)
16)ボストック指揮ボヘミア室内フィル(A、B、C、Dの順。チェンバロ使用。A、Bはフルート、ティンパニ使用)

 少し古い録音だが、珍しく終楽章に Version C を使った盤があるので、参考盤として挙げておく。このヴァージョンを聴かれた先達の方は皆「ハイドンらしくない」とおっしゃる。確かにそうには違いないが、どこかハイドンの作風を現代によみがえらせたプロコフィエフの『古典交響曲』のような響きがして、正直、僕はおもしろく聴いた(Cはもともとフルート、ティンパニなし )。
17)ザッハー指揮ウィーン交響楽団(全楽章にティンパニなし)

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18)フリッチャイ指揮ベルリン放送交響楽団(1〜3楽章にティンパニーあり)

 また Version D と呼ばれることのある序曲ニ長調 Hob. Ia:4 には、以下の音源がある。この曲はハイドン作であることは間違いない。ランドンが「最終的なフィナーレと見るのが妥当なように思われる」とまで書くだけあって、機知に富んだ楽しい曲である。なによりも第1楽章の主部・ヴィヴァーチェと雰囲気がよくあっている。
19)ブッシュ指揮ウィーン響
20)スワロフスキー指揮Vienna Philharmusica Symphony Orchestra?(他、複数の表記あり)
21)フス指揮ハイドン・シンフォニエッタ・ウィーン

 最後に、序曲ニ長調 Hob. Ia:7 の録音を挙げる。
22)朝比奈隆 指揮 新日本フィル(フルート、ティンパニ使用)
23)フス指揮ハイドン・シンフォニエッタ・ウィーン(フルート、ティンパニ使用)
24)ヤンソンス指揮バイエルン放送響(フルート、ティンパニ使用)
25)ファイ指揮ハイデルベルク響(フルート、ティンパニなし)

『ハイドン音盤倉庫』さんのサイトによれば、『帝国』には他に幽霊指揮者として有名な?リッツォ(Version A)、グシュルバウアー、ヴィーラントの各盤がある。「Hob. Ia:4」には、フロシャウアー盤もあった。

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2018年2月20日 (火)

『帝国』の終楽章と序曲ニ長調について(その1)

 先日、ファイ&ハイデルベルク響のハイドン交響曲シリーズについてまとめ記事を書いた際に気になっていたことがある。というのも、シリーズ中、第15巻には交響曲第53番ニ長調『帝国』が収録されているのだが、そのCDの最後にこの交響曲の終楽章の別ヴァージョンがボーナストラック的に収められていた(2010年収録)。これには以下のクレジットがある。

Symphony No. 53 L'Imperiale
(4. Satz/movement, Version B = Hob. Ia:7)

 つまり、この終楽章 Version B が、ホーボーケン番号1a(序曲の項)の「第7番ニ長調」にあたる曲と同じということを示している。『帝国』には複数のフィナーレが残っており、この Version B =「プレスト」が初期稿、Version A =「フィナーレ、カプリッチョ モデラート」という表記のある方が後期稿と想定されている(後者は、この第15巻のCDにおいては、第53番の第4楽章としてトラック4に収録されている)。ところで、先のまとめ記事で僕は、第10巻の収録曲を以下のように記していた。

10)第60番/第61番/序曲ニ長調 Hob. Ia:7 2008年

 ここにも「Hob. Ia:7」が収録されており、これでは同じ曲がシリーズ中2度含まれることになってしまう(収録時間は、2008年版が「3:56」、2010年版が「4:00」と微妙に違う)。シリーズが長くなると、初期と後期の録音でコンセプトや演奏傾向が変わるなどして、最初期のものをあらためて再録音する、ということもないわけではない。ただ、今回は2年弱しか経っておらず、そういう事情でもないようだ。ということで気になっていたので、詳しく調べてみた。

 結論から言えば、2つの演奏は同じ音楽ながら、別ヴァーションの別演奏であった。ファイ交響曲集の<第10巻の序曲>と<第15巻の終楽章 B>の聴いてわかる主な相違点は、以下のとおり※1。

1)<第10巻の序曲>は楽器編成にフルートを含まない。<第15巻の終楽章 B>はフルートを含む(ファイの演奏やランドン版全集楽譜では、第1〜4楽章にフルートを含む。ただし、Version B にはフルートがない稿もあり、新ハイドン全集はこれを採用している。ランドン版でも Version B のフルート・パートは小さな音符で記されている)。
2)<第10巻の序曲>は楽器編成にティンパニーを含まない 。<第15巻の終楽章 B>はティンパニを含む(ただし、この交響曲は奇妙なことに第1楽章にしかティンパニを使わない稿が複数存在していて、新ハイドン全集はこれを採用している。ランドン版でも Version B のティンパニ・パートは小さな音符で記されている ※2)。
付記)<第10巻の序曲>では演奏されていないが、序曲ニ長調としてはハ長調の属和音へ転調している結尾部(13小節)を持っている。

 ところで、ハイドンはこの序曲ニ長調「Hob. Ia:7」の音楽を、もう一度活用している。しかも今度は、交響曲第62番ニ長調の冒頭楽章に!である。これも微妙に編曲されており、交響曲第53番の<終楽章 B>と第62番の<第1楽章>の聴いてわかる主な相違点は、以下のとおり。

1)<第1楽章>は冒頭の第1主題を編曲。第2主題前後以降は終結部を除きほぼ<終楽章 B>と同じ音楽。提示部全体では<第1楽章>の方が4小節短い。また<第1楽章>の提示部はリピートあり。
2)展開部の同じ音型をくりかえすゼクエンツァ部分について、<第1楽章>と<終楽章 B>はほぼ同じ音楽(計41小節)。
3)<第1楽章>はハイドン自筆のフルート・パートを含む。<終楽章 B>はフルート・パートを含まない稿がある。
4)<終楽章 B>はファゴットを2本使う。<第1楽章>は1本。

 この交響曲に典型的に現れているように、当時売れっ子だったハイドンの場合、多種多様な楽譜・ヴァージョンが作成されヨーロッパ中に出回っていて、もはやこれが決定稿というものは選定不能である。これに演奏現場での個別対応が加わってくるので、使用楽譜の選択・楽器編成などはますます複雑化してくる。既存の解説等の楽器編成等を参照する場合は、十分な注意が必要となっている 。

※1 <終楽章 A, B>の楽譜は、新ハイドン全集第1系列9巻にあるほか、フィルハーモニア版(ランドン編)全集第5巻にも収められている。なおこのフィルハーモニア版全集には、上記<終楽章 A, B>のほかに、<終楽章 C>(プレスト、偽作?)の楽譜も記載されている。ほかに、序曲ニ長調「Hob. Ia:4」(プレスト)を終楽章に持つ筆写譜もあり、以上この4つのヴァージョンをすべて収めた盤には、ドラティ指揮の全集付録、ボストック盤(CLASSICO)があるようだ。
※2 ホグウッドの全集版に収められている『帝国』の演奏(第9巻所収)では、メヌエット楽章のティンパニについて解説で「これは極めて素人的な用法であるので、今回の収録ではこの楽章にティンパニは用いなかった。」(英語原文では、メヌエットとフィナーレの両楽章、になっている)とある。が、CDを聴くとティンパニの音がなぜか盛大に鳴っている。さすがに現場では、第1楽章だけティンパニを使うという案は採用できなかったのか(とはいえ、ランドン版のとおりには叩いていないが)。

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2018年2月17日 (土)

リステンパルトのハイドン演奏まとめ(その3・板起こしCD編)

 この項の(その1)交響曲編、および(その2)その他編では、リステンパルトのハイドン演奏のアナログLP(7インチ盤、10インチ盤、12インチ盤)を紹介した。ただ、せっかくリステンパルトの演奏を聴いてみたいと思っても、もはやLPプレーヤーがないという方もいらっしゃるだろう。交響曲の内3曲は Accord からCD化されているが、これは廃盤のようだ(>HOS)(注1)。mp3 で出ているものもあるが、せっかくのLP初期ならではの好演奏・好録音だけに、なるべく良い音で聴きたいと思うのは僕だけではないだろう。そういう場合、今一番旬なのは「板起こしCD(CD-R)」で聴くことではないだろうか。

 前項でも、フランスの Forgotten Record という復刻CD-Rのレーベルのことを紹介しておいた(>こちら)。再度、まとめて整理しておこう(曲順はLPでなくCDの収録順。CDのクレジットの謝りは訂正しておいた)。

1)fr 212
<収録盤>
・交響曲第7番「昼」、第21番、第48番「マリア・テレジア」 Les Discophiles Francais, DF 183
・ノットゥルノ第1番(Hob II : 25 > Hob II : 31) Les Discophiles Francais, EX 17.040
2)fr 202/3
<収録盤>
・交響曲第85番「王妃」 、第81番Les Discophiles Francais, DF 116(注2)
・交響曲第90番、第91番 Les Discophiles Francais, DF 113
3)fr 320
<収録盤>
・フルート協奏曲、2つのホルンのための協奏曲、オーボエ協奏曲 Les Discophiles Francais, DF 730.061
4)fr 840
<収録盤>
・オルガン協奏曲(ハ長調)、協奏交響曲、ノットゥルノ第2番(Hob II : 26 > Hob II : 32)、ノットゥルノ第6番(Hob II : 30) Le club francais du disque, CFD 278(10inch)

 復刻技術も非常に優れており、針音などはほとんど聴こえない。ステレオ収録である4)CFD 278 などは、元々の録音も優秀なせいか言われなければ「板起こし」とわからないほどだ。日本の輸入CDショップでも取り扱っているところもあるが、直販サイトで買えば非常に格安だ。

 ところで先日、日本の復刻CD-Rレーベルである「HECTOR(エクトール)」からも、リステンパルトの板起こしCD-Rが出ていることを知って、早速、取扱店であるアリアCDで注文してもらった(>こちら)。それは、以下の2枚。

5)HRR-22011
<収録盤>
・交響曲第90番、第91番 Les Discophiles Francais, DF 113
6)
<収録盤>
・交響曲第6番「朝」、第7番「昼」、第8番「夜」 Le club francais du disque, (H)303
・交響曲第85番「王妃」 Les Discophiles Francais, DF 116

 交響曲第90番、第91番と、交響曲第85番「王妃」は、Forgotten Record と被るが、交響曲第6番「朝」、第7番「昼」、第8番「夜」はここでしか聴けない。このレーベルは過度に針音を削らない方針らしいが、聴きにくいわけではない。また、エクトールのこちらのHP(おそらく更新切れ)には、以下の商品もクレジットされている。

番外編7)HCDR-2003
<収録盤>
・ハイドン:フルート協奏曲ニ長調(ホフマン作) Les Discophiles Francais, EX25053(10inch)
・交響曲第85番変ロ長調「王妃」 Les Discophiles Francais, 325036(10inch)

 ここでもモノラル録音の「王妃」が収録されているが、これはこちらの記事で紹介した 10inch 盤からの復刻らしい。ただし、当該ページに取扱店と記述のある「湧々堂」さんでは、もはやエクトール・レーベルの取り扱いをしていないとのこと。また上記アリアCDのサイトにも、この盤は登録がないようだ。ちなみに、リステンパルトと言えば、ハイドンよりもバッハやモーツァルト演奏の方が有名だ。しかもオリジナルLPで揃えようと思うと、それらの方が何倍も高い。なので、その場合こそ「板起こしCD」の出番だと思う。Forgotten Record やエクトールには、バッハやモーツァルトの板起こし盤があるので、興味のある方は検索してみてほしい。

(注1)他に、Erato から出た「チェロ協奏曲第2番」(ナヴァラ独奏)には国内盤CDもあった。
(注2)この「fr 202/3」のパックインレイでは、1枚目の盤の1曲目が第85番「La Reine」(王妃)でそれは間違いないのだが、 楽章表示が「 1. Vivace/2. Andante/3. Menuetto e trio : Allegretto/4. Finale : Allegro ma non troppo」となっている。第85番の第1楽章は、Adagio の序奏から始まり Vivace の主部に入るのだが、これは1枚目の盤の2曲目、第81番の方に記されている。つまり楽章表示が丸々入れ替わっている。

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2018年2月15日 (木)

ファイ&ハイデルベルク響のハイドン演奏まとめ

 ファイとハイデルベルク交響楽団のハイドン交響曲集シリーズから、「ロンドン・セット」が発売された。昨年末に発売のアナウンスがあったときに、「これまでにもロンドン・セットの曲はかなり出ていたはず」と思い調べてみたのだが、どうも第101番「時計」だけ見つからない。HMV の解説でも触れられていなかったし、特にメーカー・アナウンスもなかったが、録音日が「2015年10月」となっているのでこれ1曲は初出とにらみ、予約発注しておいた。 その商品がようやく届き、聴いているところなのだが、これを機会にシリーズをまとめておくことにした(第2巻のみ、シュリアバッハ室内管を振っている。曲目の次の日付は、録音年)。

1)第104番「ロンドン」/第94番「驚愕」/「アチデ」序曲 Hob. Ia:5 1999年
2)第64番「時の移ろい」/第45番「告別」(シュリアバッハ室内管/ファイ) 1999年
3)第82番「熊」/第88番/第95番 2001年
4)第34番/第39番/第40番/第50番 2001年・2003年(No.34)
5)第83番「めんどり」/第84番/第85番「王妃」 2002年
6)第49番「受難」/第52番/第58番 2005年
7)第69番「ラウドン」/第86番/第87番 2006年
8)第41番/第44番「悲しみ」/第47番 2006年
9)第70番/第73番/第75番 2007年
10)第60番/第61番/序曲ニ長調 Hob. Ia:7 2008年
11)第57番/第59番「火事」/第65番 2008年
12)第48番/第56番 2009年
13)第93番/第96番/第97番 2009年
14)第31番「ホルン信号」/ホルン協奏曲第1番/同第2番(ホルン=ヴィルヘルム・ブルンス)/2008年
15)第53番「帝国」/第54番/第53番(alternative Finale、Hob. Ia:7) 2010年
16)第90番/第92番「オックスフォード」 2011年・2010年(No.92)
17)第1番/第4番/第5番/第10番 2011年
18)第89番/第102番/協奏交響曲変ロ長調 Hob. I:105 2012年
19)第26番「ラメンタツィオーネ」/第27番/第42番 2012年
20)第25番/第36番/第43番「マーキュリー」 2013年
21)第99番/第100番「軍隊」/序曲「突然の出会い」ニ長調 Hob. XXVIII:6 2013年
22)第98番/第103番 2013年
23)第6番「朝」/第7番「昼」/第8番「晩」/第35番/第46番/第51番(後半の3曲は、ベンジャミン・スピルナー指揮) 2014年・2016年
24?)第101番(ベンジャミン・スピルナー指揮) 2015年

 調べてみたら、自宅には全24巻中16巻があったのだが、他に上記3)5)7)から、いわゆる「パリ・セット」の6曲を2枚のCDにまとめた盤があった※1。今回の「ロンドン・セット」も、そうしたまとめ盤のひとつと言えるが、上記のように第101番「時計」が初出という点だけが特殊となっている。今、HMV のサイトをのぞくと、誰かが問い合わせでもしたのだろうか、いつのまにか商品タイトルが、

「ロンドン交響曲集(第93~104番) トーマス・ファイ指揮(第101番『時計』のみベンジャミン・シュピルナー)、ハイデルベルク交響楽団(4CD)」

と変わっている。これは、第23巻も同じで、2枚組のうち Disc2 は、ベンジャミン・シュピルナーの名前がクレジットされていた。実は、ファイは大きなけがをしたらしく、今は指揮台に立てない状態だという事情がそこにはあるという。

 ドイツ・マンハイム在住のヴィオラ、バロック・ヴィオラ奏者、矢崎裕一さんの2015年10月のツイートでは、「昨年末以降、シェフのトーマス・ファイが大怪我をして指揮台に立てなくなり復帰の見通しも立たない」とあるので、少なくともファイさんは2014年末にはすでにけがをされていたのかもしれない。第101番の録音日は2015年10月なので、ちょうど上記第23巻の「2014年3月(Disc1)、2016年6月(Disc2)」の中間にあたる。なので、この第101番も、指揮者なしで済ませたということだろう。もともと仕上げの精密さやオケの美観より、強弱・緩急のコントラストの妙や即興性で聴かせてきた団体である。その傾向は今回の「時計」でも十分うかがえるし、決して勢いは落ちていない。矢崎さんの2017年5月のツイートでも「トーマス・ファイは、2年半ほど前の階段での大怪我の後遺症で現在もまだ療養中でして、我々も彼が今後復帰できるの残念ながらわからない状態です。ハイドン交響曲全集の残りが約3分の1程ありますが、小編成の曲ばかりなので現在のところ指揮者無しでの録音が少しづつ進行中です。」とある。ぜひ、全集完成までこぎつけてほしい。

※1 ほかに、ファイ&シュリアバッハ室内管には、ピアノ協奏曲3曲(Hob.XVIII:3、XVIII:4、XVIII:11)を収めたアルバム(1999年)がある。

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2018年1月27日 (土)

1995年の Mahler Feest(その3)

●5/8『リュッケルトの詩による歌曲』 ムーティ指揮ウィーン・フィル
※1995年のアムステルダムで、ウィーン・フィルは引き続きムーティとの演奏会に臨む。ムーティにはマーラーを振るというイメージはあまりなく、「第1番」のセッション録音(EMI、1984年) とルートヴィヒとの「リュッケルト」のLD映像(1992年)があるくらいだ。今回のソリストは、米国出身のメゾ・ソプラノ、ジェニファー・ラーモア。歌劇場を中心に活躍していて、マーラーは録音していない。どちらかと言えばロッシーニやベルカント物のイメージが強く、どのように歌うのか興味深いところだ。確かに前半はテンポも速めで割となめらかに歌っているが、4曲めの「真夜中に」あたりからは、ソプラノでは出せないしっとりとした声が、沈み込むような雰囲気を醸し出し始める。ムーティもまさに入神のサポートぶりで、「私はこの世に忘れられ」の後半部では、終始「ピアニッシモ」で「エスプレッシーヴォ」という至難の指示に、ラーモアともども果敢に挑んでいて、これは聴衆も固唾をのんで聴き入っている。最後のところ、3回くりかえすうちの2回目の「in meinem Lieben」という歌詞の部分では、「pp」の指定にもかかわらず高い音域になるせいか思わず強く歌ってしまう歌手が多い。その点、あふれ出ようとする感情をあえて内に秘めたラーモアの歌唱からは、静かな感動が広がる。ウィーン・フィルの「リュッケルト」は、個別曲では有名なフェリアー/ワルター以下、結構残されているが、1995年以前の全曲(5曲入り)となると、メータ(Live)、バーンスタイン、ブーレーズ、そして上記ムーティ(映像)くらいか。

●5/8『交響曲第4番』 ムーティ指揮ウィーン・フィル
※ウィーン・フィルの「第4番」は、マゼール(全集)、バーンスタイン(映像全集および2回目の全集)、アバドくらいしかなかった。このムーティ指揮の演奏は、「ここがこう、あそこがどう」と言うより、全体として極めて完成度の高い演奏である。特にテンポの切り替えがスムーズで、その点ではこの曲の演奏の中でもトップクラスを行く。第2楽章スケルツォの主部は、グロテスクな要素やパロディー性は薄い純音楽的な演奏。代わりに副主題のテーマが、まるでウィンナ・ワルツのように優雅に響く。続く第3楽章では、ウィーン・フィルの弦が寂しげなメロウな音色でゆったりと歌う。一方、終結部近くの強奏部はさすがの迫力で、ホールいっぱいに音響が鳴り響いている。ソリストはバーバラ・ボニーに交替する。ボニーの出番はたった一楽章という贅沢さだが、確か5月2日に『子どもの不思議な角笛』を歌ったハーゲゴールとは当時、夫婦だったはずなので、一緒に Feest に参加していたのかもしれない。彼女の方はオペラ以外にも 宗教曲やリートなどもよく歌っていて、1999年にはシャイーの全集でこの曲のソロを録音している。相変わらずリリックな美しい声である。ややリート寄りの歌い方だが、子どもにおとぎ話を聞かせるようなインティメートな語り口が好ましい。

●5/9『子どもの不思議な角笛』 アバド指揮ベルリン・フィル
※1995年5月9日、ついに Feest にベルリン・フィルが登場。指揮をするのは、当時の芸術監督であったアバドである。ソリストもアンネ・ゾフィー・フォン・オッターと、連日、大物が続く。彼女はのちにアバドと同曲集を録音することになる(DG, 1998年)。歌ったのは、「ラインの伝説」「浮世の生活」「この歌を作ったのは誰?」「高い知性への賛歌」「トランペットが美しく鳴り響くところ」の5曲。知的な歌いぶりは変わらないが、ここではまだ初々しさの残る幾分素直な歌いぶり。 実際に、彼女の声も最高に美しかった時期だ。逆に「ラインの伝説」「浮世の生活」などでは、アバドの指揮がセッション録音より緩急の変化を大胆につけているところもあって、面白い。「高い知性への賛歌」を声色を自在に変えてユーモラスに歌ったあとの「トランペットが美しく鳴り響くところ」は、極めて静かで優しい歌いぶりが心に沁みる。伴奏ともにこの曲の名演の一つで、個人的には同曲のベスト歌唱と言いたい。1995年当時、ベルリン・フィルの「角笛」は、1962年にリヒャルト・クラウスが振ったもの以外には見あたらない。

●5/9『交響曲第5番』 アバド指揮ベルリン・フィル
※1995年当時、ベルリン・フィルの「第5番」は、カラヤン、ハイティンクがあったほか、アバドも1993年に録音していた。この直近の録音と解釈等は大きく変わっていないが、Feest の場合は第一楽章の葬送行進曲や第2楽章の第2主題などは、アバドの演奏にしては、やや茫洋とした音響で歌っていく。実際、前半部分は陰鬱な雰囲気が支配的であるが、そこに時折、ベルリン・フィルの華やかな音色が、冬の花火のようにきらめく、といった風情である。この Feest には、『CONDUCTING MAHLER』というリハーサル演奏を収めたDVD(Frank Scheffer監督、IDEALE AUDIENCE)が出ている。そこで、この曲の第1、2楽章をいつものように全力で弾き始めるベルリン・フィルに向かって、アバドがそれぞれ「ステファン、ソロが大きすぎる。やりすぎるな。かなり強い。昨日はホールで聴いたけど、ここでは、そこまでやる必要がない。(注1)」「フォルテだからってそこまで強くしないでいい。ちょうど良い人もいるけど、全体的にもっとやわらげないと。弦楽器が大きすぎる。攻撃的すぎる。」とやや不機嫌に告げている様子が写っている。ここからは、アバドがコンセルトヘボウのよく響く音響に気を使っている様子がわかる。アダージェットは、頂点部以外は極限に近く静かな演奏(この演奏風景(部分)は上記DVDのタイトルバックになっている)。続くロンド=フィナーレはベルリン・フィルの機能性を活かし颯爽と進んでいくが、切っ先が早い、というか「ため」がないため、この曲に壮大なドラマを期待する向きにはやや不満かもしれないとも思う。

(注1)ということは、アバドはムーティの演奏会(か、リハーサル)を聴いたのだろう。ところで、ここで名前が出ている「ステファン」とは誰だろう。1993年に首席ホルン奏者になった、シュテファン・ドールのことだろうか。

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