2017年2月 4日 (土)

2016年まとめ

 つい先日、お正月を祝ったばかりと思っていたら、早くも2月。遅ればせながら2016年のまとめをしていなかったと思い立ち、備忘録代わりに書いておく。

 実際には一昨年末のことだが、世界最大のクラシック音楽レーベルであるユニヴァーサル・クラシックス(ドイツ・グラモフォン、デッカ)が、NML=ナクソス・ミュージック・ライブラリーに加盟したのは本当に驚いた。スタート当初は両レーベル合わせて36枚だったが、1年経って登録枚数は飛躍的に増えた。本日現在、「カラヤン」で検索してみたところ、1134枚のアルバムがヒットする。このうち283枚がドイツ・グラモフォン、42枚がデッカ。オムニバス盤も結構あり、曲目が被っているものも多い。またオペラの全曲盤などは少ないが、カラヤンの演奏を聴くにはすでに十分な数だろう。ちなみに旧EMIレーベルを擁するワーナー・クラシックの方も、520枚ヒットする。昨日夕食前に、久しぶりにカラヤン/ベルリンフィルのベートーヴェン交響曲第8番を聴きたくなって、NMLを検索してみたら、フィルハーモニアO.との最初の全集に加え、ベルリンフィルとの全集さえ3種とも全部聴くことができると知り、あらためて感心したところ。早速、70年代の録音から、世界最速と言われている終楽章を楽しんで聴いた。昨年11月には、配信ビットレートが「128kbps」から「320kbps」にアップグレードされた。いずれも我々ユーザーにはありがたいことだ。が、しかし「なんとなくの予感であるが、近い将来、世界のレコード会社はユナイテッド・アーカイヴス(United Archives)とナクソス(Naxos)の2社だけになるのではないか。」という故・中山康樹氏の予言(『新マイルスを聴け!』双葉文庫)が実現しそうで、怖い気もしてきた。

 またここ数年、恒例のことながら、各社からのボックスセット攻勢には、まいる。性懲りもなく、ヘンデルの『16のオラトリオ全曲』(Decca)や、ボスコフスキー&ウィーン・フィルの『シュトラウス・ファミリー ウィンナ・ワルツ、ポルカ、マーチ集』(Decca)、アーノンクールの追悼盤ボックスなどの大物を買ってしまった。これらは、いつ聴くのだろうか>>自分(笑)。こうも格安のセット物ばかりが出ると、1枚もので出る新譜はますます高く思えて、手が出ない。長くクラシックを聴いてきた立場としては、かつてお世話になった国内のレコード会社を応援したい気持ちもあるのだが、1枚3千円前後という価格付けには、さすがについていけないものがある。3千円あれば、外盤ならティーレマンのバイロイトの『指環』全曲だって買えるというのに(すいません。これも昨年夏に買いました)。

 新譜では、これは多くの方と被るだろうが、コパチンスカヤの『チャイコフスキー/ヴァイオリン協奏曲』を外すわけにはいかない。「新しい!」。僕にとってのヴァイオリン協奏曲は、バッハ、モーツァルトを除けば一番聴かない曲種のひとつかも知れないが、この演奏には脱帽せざるを得ない。今月(2月)の「レコード芸術」誌における特集「読者と本誌執筆陣で選ぶ ベスト・ディスク・ランキング 2016」でも、アーノンクールやラトルの諸盤を押さえて断トツの一位。恐るべき人が出てきたものである。こちらで紹介したクルレンツィス指揮ムジカエテルナも、秀逸な伴奏を付けている。そういえば、イザベル・ファウスト独奏のヴァイオリン協奏曲全集(harmonia mundi)も古楽器伴奏だった(>>こちら)。矢澤考樹氏は同誌の連載記事「View points --- 旬の音盤ためつすがめつ」の中で、「唐突に思われるかもしれませんが、私は、このコパチンスカヤの演奏の背景にはアーノンクールの存在を感じます。」と語っている。その当否は置くとしても、もはやオーセンティックであるとか、時代の流行であるとかいうことを超えて、アーノンクールが提示した新しい流れは、若い世代にもどんどんと広がりつつあるのだろう。

 中古盤における今年一番の掘り出し物は、クレンペラーのマーラー『復活』。ニュー・フィルハーモニアO.との録音だが、有名なスタジオ録音とは別。8種類ある彼の『復活』のうち、最も最晩年のライヴ(1971.5.16, ロンドン)である。演奏時間は、約99分とおそらく史上最長。以前、Arcadia レーベルで出ていたが再発の機会もなく、中古盤を探していたものを、昨年ようやくオークションで安く手に入れることができた(2 CDHP 590)。ちなみに最短もクレンペラーの演奏と言われていて、1950年のシドニー交響楽団との録音(約67分)だと言うから、あいかわらず食えない指揮者だ。再発物では、タワーレコードが、ハイティンクの『マーラー: 交響曲集~クリスマス・マチネ・ライヴ(第1番-第5番, 第7番, 第9番)』を出してくれた(9枚組で、6171円)。これは貴重だし、演奏もすばらしい。ただ僕は昨年初め、これが出る前に高い中古盤セットを買ってしまった口である(残念)。

 以上、新しい演奏者の活躍もあるにはあるが、上記「レコード芸術」の読者投票を見ても、ことのほか参加が少ないと感じる。今後、クラシック業界はどうなっていくのだろう。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2016年11月30日 (水)

『メサイア』でマリナーを偲ぶ

 今年も明日で師走。自分もそういう年齢になったせいか、近年、演奏家の訃報ばかり目につくようになった。ちょうど前世紀の後半に、彼らの演奏を通じ様々な曲を聴き知ってきたという事情もあるが、寂しいかぎりだ。そうした音楽家で、今年亡くなったひとりに、ネヴィル・マリナーがいる(1924/4/15 - 2016/10/2)。古楽器演奏が主流となる前は、彼と彼が結成した室内オケ=アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズのコンビによる演奏こそ、バロックから前期古典音楽の演奏では最もオーセンティックと思われていた。現在ではかつてのような輝きはなくなったかもしれないが、それでも世界各国で指揮を続けていたのは、彼が豊かな音楽性を持っていた証しだろう。確か昨年もN響に客演していた様子が、テレビで流れていた。

 マリナーの演奏で最も親しく聴いてきたのは、やはりモーツァルトだろう。交響曲全集や、セレナーデ集、ブレンデルとのピアノ協奏曲全集などは、小学館/フィリップスによる「モーツァルト全集」にも採用されていて、個性的とは言えないまでもいずれも安心して聴ける「全集」向きの演奏だ。映画『アマデウス』での、サウンドトラックも彼の指揮によるものだった。ほかにロッシーニの歌劇序曲全集などは、彼ならではの仕事だったろう。しかし本日、マリナーを偲んで僕がCDラックから取り出したのは、ヘンデルのオラトリオ『メサイア』(ロンドン)だ。彼はこの大曲を都合3回も録音していて、これは1976年に録音された初録音盤。2014年に亡くなったクリストファー・ホグウッドが作製した1943年のロンドン初演版を使っているとのクレジットがあるが、彼はこの録音でチェンバー・オルガンも担当している。

 その演奏は、まったく瑞々しい。ピリオド・アプローチ全盛の時代にあって、もはや古くさく響いても仕方がないところだが、そうした印象はいささかも感じられない。冒頭のシンフォニーから、マリナーの採るテンポやデュナーミクはいささかの迷いもなく、極めて明解だ。そしてシンフォニーに続くテノールのレチタティーヴォとアリアを歌うフィリップ・ラングリッジはまさに理想的な歌唱で、いつ聴いても気持ちがいい。その他のソリストも、エリー・アメリング(ソプラノ)やアンナ・レイノルズ(アルト)など宗教音楽には欠かせないソリストたちが務めている。さらにこの盤では、同アカデミーの合唱団がまたすばらしい。イギリスらしい軽めの発声で、透明感あふれるいきいきとしたコーラスを聴かせる。その最初の頂点は、第12番のイエスの誕生を伝える合唱で、これは見事というのを通りこして、痛快でさえある。以下、特に何かしら特別な主張があるわけでもないのだが、そのさりげない演奏は、我々にヘンデルを聴く楽しみを惜しみなく味あわせてくれる。僕は就寝時によく『メサイア』の第一部を聴きながら眠ることがあるが、その際に結局、このマリナー盤を選んでいることが多い。現在はハイライト盤でしが出ていないようだが、中古ショップ等でもよく見かけるので、手に入りにくいということはないだろう。マリナーの代表盤として、これからもずっと聴き継いでいきたい盤だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年6月 5日 (日)

ウラニア盤のないウラニア盤紹介(その4)

 この記事の(その1)(その2)では、「ウラニア」盤の復刻LPのうち、最初期に出たユニコーン盤、ターンナバウト盤を紹介した。ところで先日、オリジナルの「ウラニア」盤を板起こししたCDのひとつ、「Opus蔵」盤の解説を読んでいたらこのように書かれてあった。

「1970年前後のほぼ同時期に、フランスのPathe(2C051-63332M)、アメリカのVOX(TV-4343)、イギリスのUnicorn(UNI-104)から、この「ウラニアのエロイカ」と細部まで全く同じ演奏がフルトヴェングラー夫人の正式なライセンスを得て発売されたのである。」(末廣輝男氏「ウラニア「エロイカ」とメロディア「コリオラン」」)

 ここで言われているのは、仏 Patheの「References」シリーズで出たLPのこと(2C 051-63.332)。この盤のレーベル面に、確かに「(マルP)1969」という表示がある。

Image

 おそらくこの表記を元に1969年発売としているサイトもある(例えば、こちら)。ただ、この末廣氏の解説では、(その3)で紹介した日本コロンビアの「DXM-101-UN」を(おそらく誤って)ピッチ修正盤であるとしていて、この点も前記のサイトに記されていることを考えると、直接的な情報ではなくこのサイトの情報を元に、「1970年前後」の発売と書いているという可能性もあるのではないか。また平林氏の『フルトヴェングラーを追って』(青弓社・刊)によれば、ユニコーン・レーベルが EMI の傘下に入ったのは1975年。なので、1969年という早い時期に1944年の演奏を出せたのだろうか。そもそも1969年前後に EMI が「ユニコーン音源」を手にしていてLP化していたのなら、英ハンター社(ユニコーン)や米 VOX 社(ターンナバウト)が同じ音源から採った盤を発売できただろうか。つまり仏 Pathe 盤の発売はもう少し後であり、上記「(マルP)1969」は、原盤、つまりユニコーン盤がこの年に作られたことを示しているのだけなのではないだろうか(2016/7/1の追記 絶対確実な情報とは言えないが、6月に手に入れたフルトヴェングラーのディスコグラフィー『The Furtwangler Sound; Third eition 1990』には各盤の発売年が記されており、この仏 Pathe 盤については「1980」との記述があった)。実際にこの仏 Pathe 盤の音は軽めの音作りで、ピッチ未修整、第2楽章の分割なしという点でも、ユニコーン盤に近いものがある(ホルンの高音などは、こちらの方がずっと良く響くが)。無論、僕のこの推論も直接的な情報は何もないので、末廣氏の情報を否定できるものではないが。

 さらに同じフランス盤だが、仏フルトヴェングラー協会から5枚組の限定LPセット(SWF7001-5)が出ていて、これにも1944年の演奏は含まれている。

Image

 当盤の解説書には、「février 1970」のクレジットがある。つまり、この盤もかなり早い時期の復刻と言える。協会盤ということで、ユニコーン盤と同じくフルトヴェングラーのエリザベート夫人あたりから原テープが出ているのかと想像していた。ただこちらはピッチ未修整ながら、第2楽章の分割ありのタイプ。その分割箇所は、(その2)(その3)で紹介した米ターンナバウト盤、日コロンビア盤等(第157小節終わり)と違う箇所、冒頭から約「7:25」あたり=第104小節前半まで、で分けられている。やはりユニコーン盤とは由来が違うのだろう。某巨大掲示板では、オリジナルのウラニア盤「URLP-7095の盤起こし」とも言われているが、少なくとも僕の所有盤を聴く限り、低音はかなりぼんやりしていて、板起こしCDで聴く URLP-7095 ほどハイ上がりな感じはしない。またこれまで聴いてきた復刻LPより少し音の鮮度は落ちていて、高音、特にホルンがしゃりついた感じの音になっているのが気になる。

 ところで、「ウラニア」盤の復刻LPとしては、新しいメロディア盤も忘れてはならないだろう。ソ連のメロディア社が自国内でLP化していた「英雄」の戦時中録音は、クレジットに反して1952年盤のスタジオ録音だったという話は(その1)にも書いた。大戦後、ソ連が持ち帰った録音テープの中に、1944年の「英雄」はなかったと思われていた。しかし1990年になって、我が国の新世界レコード社がメロディア社の再プレスLPを全23巻分輸入販売した。その折に、なぜか「ウラニアのエロイカ」がそこに含まれていた(第1巻、M10-06443)。

Image_2

 この音源をどこで調達したかは不明で、西側の音源からのコピーとも言われるが、こちらはピッチ修正済み。第2楽章の分割は、上記仏フルトヴェングラー協会と同じ箇所、ただしピッチ修正の関係で冒頭から約「7:35」あたり=第104小節前半まで、で分けられている。冒頭の和音は、第2回目のものを2度くりかえしていると言われていて、確かに第1回目がこれまで聴いてきたLPと比べてやや短く聴こえる。ただしその割には、非常に聴きやすい音質である。第1楽章では「ブーン」というハム音が目立つが、それを除けば少なくとも私の家のステレオでは、最も歪みの少ない音で鳴る。第2楽章のSN比の良さも驚異的だ。メロディアはなぜ1990年の時点で、このような良質な音源を手に入れることができたのだろうか。いずれにせよ、EMI のスタジオ録音を収録した旧メロディア盤が数万円するのに比べて、その10分の1くらいの値段で買えることを考えると、この新メロディア盤は非常にお買い得ではないだろうか※1。

※1 露メロディアからは、1993年(MEL CD 10 00710)と、2006年(MEL CD 10 01106)という2種のCDが出ている。当然ながら音の傾向は似ているが、LPの方がやや解像度は高い。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2016年5月29日 (日)

ウラニア盤のないウラニア盤紹介(その3)

 この項の(その1)で、学生時代に友人のN君宅で、初めて「ウラニア」盤なるものを聴いたという思い出話を書いた。では、それはどの盤だったろう。

 日本国内で出た最初の「ウラニア」盤は、日本コロンビアが1970年7月に発売したDXM シリーズだった。「栄光のフルトヴェングラー」シリーズ発売第一弾がそれで、「DXM-101-UC」という番号で発売された。番号末尾の「UC」という記号でわかるように、ユニコーン原盤である(これについてもこちらのサイトに掲載されたちらしが参考になる)。

Image

 今考えると、世界的に見てもかなり早い時期だ。当然ながらピッチは未修整※1。第1、2楽章は、A面に詰め込まれたタイプながら、オリジナルのユニコーン盤とは少し音質のタイプが違うようで、最初の和音から非常に中身のつまった重々しい響きを聴くことができる※2。当時の『レコード芸術』誌(昭和45年8月号)でも推薦盤になっており、「音にも艶があり,録音条件が悪かったであろう大戦中の録音とは思えないほどである。」(『「レコード芸術」コメント付き推薦盤全記録(下巻)』、昭和57年7月号付録)とある。近年、乱発気味の気配さえあるウラニア盤の「板起こしCD」では荒れた音場のものが多く、それに比べるとずっと音楽的である。中古で1000円以下で買えるものが多く、いい買い物になると思う。

 このあと、日本フォノグラムという会社が、「フォンタナFontana」というレーベル名でフルトヴェングラーのライヴ録音を数枚出している(「フルトヴェングラー・ライヴ・レコーディング・シリーズ」)。「英雄」の巻は1973年に出た「FCM-50(M)」で、その番号の下に「(TV4343)」とあることから、こちらはTurnabout 原盤であることがわかる※2。

Image

 この盤はやや地味目な音質。というのも、こちらはピッチが修正されていて、第1楽章のタイミングは「15'31」と長めになっている(上記コロンビア盤は「14'53」)。第2楽章は、A面終わりとB面始めとに分割されているタイプとなっており、分割箇所は(その2)で触れたターンナバウト盤と同じである。当時、フルトヴェングラーの盤が廉価盤(1000円)で買えるというのは珍しかったろう。宇野功芳氏によるライナーノーツでは、1952年盤との詳細な比較がなされている。強奏部分で少し音が荒れる箇所もあるが、冒頭の和音もちゃんと<変ホ長調>で鳴る最初期のLP、という意味でもちょっと持っていたい盤である。翌1974年にも、ジャケットを一新し、「PC-1(M)」という規格でも出た。

Image_5

 こちらはなぜか「フィリップス」レーベル。その後、日本フォノグラムは、再びフォンタナ・レーベルの「GLORIA PILOT」というシリーズ名で「PL1012」(1976年、限定盤1000円)、「PL1115」(1979年、1300円)という再発盤を相次いで出している。ちなみにこれら4種の日本フォノグラム盤は、レコード番号は違うが、原盤番号はいずれもA面「TYC-3438」、B面「TYC-3439」となっており、同じマスターテープから作られている。

Image_3

 僕自身この「GLORIA PILOT」シリーズの「第九」の巻を買って、今でも所有している(「PL-1104」)。1942年の「ベルリンの第九」を初めて聴いたのはまさにこの盤であり、そのときの感動は今でも忘れ得ない。(その1)で触れた僕の友人N君が持っていた「バイロイトの第九」とよく聴き比べたものである。となると、やはり当時、学生だった我々が聴き得たのは、これらフォンタナ盤のいずれかであったような気がする。特に、「GLORIA PILOT」シリーズのいずれかであった可能性はかなり高い。というのも上記N君の家にも、同じ「フルトヴェングラー「二つの運命」」という盤(「PL-1020」)があったことは、はっきり憶えているからである。

Image_6

 そうでなければ、EMIがユニコーンを買収したのち、東芝EMIから出された「WF7000シリーズ」の中の一枚、「WF70002」だった可能性もあるが、こちらは定価2500円というレギュラー盤。学生がおこずかいで買える範囲では、やはり廉価盤のフォンタナ盤だったろう。ちなみに以下の写真は、その再発盤である「WF60043」で、1981年1月に出されている。こちらは定価2千円。

Image_7

 『レコード芸術』誌別冊『レコード・イヤーブック'82』によれば、この「WF60043」について、「旧WF70002(75年5月)の再発売」とあるので、1975年の5月というフォンタナの「GLORIA PILOT」シリーズより早い時期に、東芝EMIが「ウラニア」盤を出していたのも事実ではあるが。ちなみに東芝から出た以上のLPは、いずれもピッチが高いバージョンであり、ユニコーン盤と同じくA面に第2楽章全体を収めている。(その1)で僕が買ったという初出CD(CE28-5746)にこう注記がある。
「 このCDは、LPで発売された際、オリジナル・テープ通り、半音高い状態で発売されていました。
 今回、このCDは正常なピッチにあらためて発売致しましたので、LPとCDとは時間差がございます。ご了承下さい。」

※1 ただネット上では、「ピッチ修正済み」との情報も複数ある。念のため2枚買って確認したがともにピッチは高かった。レーベルに印刷されたフルトヴェングラーの顔写真が反対向きになっているバージョンがあるようで、万が一、「ピッチ修正済み」という盤がある可能性も否定できないが。
※2 こちらのサイトでの報告によれば、太田憲志氏の復刻レーベルOTAKEN RECORDS からかつて出されていた「OTAKEN TKW-201」は、「日本コロムビアのLP(DXM-101-UC)からの復刻」とされる。
※3 同時発売のベートーヴェン交響曲第8番の盤(1953年のベルリン・フィルの演奏、「FCM-53(M)」が、クリュイタンスの演奏ではないか、ということでも話題になったシリーズでもある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年5月26日 (木)

ウラニア盤のないウラニア盤紹介(その2)

 先日、「ウラニア」盤と同じくフルトヴェングラーの1944年12月ウィーンでの「英雄」の演奏を収めたユニコーン盤を紹介した。この盤と同時期に、米ヴォックス社が Turnabout というレーベル名で、やはり同じ1944年の演奏を出している。「TV 4343 (VM 3293)」という番号で、ユニコーン社からのライセンス発売※1。同じ番号で複数のバージョンがあることが知られていて、ジャケットやレーベル面のクレジットが本来の「ウィーン・フィル」でなく、「ベルリン・フィル」になっている盤もある(僕の所有盤もそちら)。

Image

 「RECORD SOUND」というクラシックレコード専門店のサイトに当盤の解説があり、それによれば「初回プレスはオーケストラ名をウィーン・フィルと正しく記していて、おそらく米国国内向けだと推測できる。輸出用のものはベルリン・フィルと書き換えられて大量に作られた。よって米国以外では全てベルリン・フィル表記のもののみ目に触れたので、最初からベルリン・フィル表記で作られたかと思われた。後年になって同番号でウィーン・フィルと正しく直したものも作られたがレーベルは小さくなっている。よってTV4343には3種類のものがある。」とある。確かに、レーベル面の上部に「UNIVERSAL USE / STEREO can also be played MONO」と記されているものもあり、輸出用とも考えられる。が、こちらのサイトの写真のように、ジャケットがウィーン・フィルで、レーベルが「UNIVERSAL USE」付きのベルリン・フィル、という盤もあるので、やはり詳細は不明というほかない。

 ちなみにこのターンナバウト盤も、ピッチ未修整。しかし、こちらの盤の第2楽章は、A面・B面に分かれてカッティングされている。なので、ユニコーン盤とはLP盤のカッティング・マスターは別、ということになる(第2楽章のA面の収録時間は「10:37」=第157小節終わりまで、B面は「6:27」)。音質は、オリジナルのユニコーン盤よりむしろ雄弁な感じで、冒頭の和音から低音が効いている。録音会場となったウィーン・ムジークフェラインザールの広がりをも感じさせる(もしかして残響成分を足した?)。わずかにハム音が聴こえる箇所があるが、臨場感は相当なものだ。僕個人は、ユニコーン盤の繊細さを評価しているが、フルトヴェングラーらしらという点から考えれば、ターンナバウト盤を好む人も多いと思われる。
(2016/6/13の付記 上記「ジャケットがウィーン・フィルで、レーベルが「UNIVERSAL USE」付きのベルリン・フィル」盤を手に入れた>>写真右。こちらは何とピッチ修正済み! 写真では見にくいかもしれないが、ジャケットの上端を盤の無音部分の端に合わせて置いてみた。左に置いた「ジャケットがベルリン・フィルで、レーベルもベルリン・フィル」という盤と比べると、演奏時間が延びているので無音部分が狭くなっていることがわかる。またこのウィーン・フィル・ジャケットは、裏面がモノクロになっている。)

Image

 Turnabout レーベルからは、1974年にも「THS-65020」という番号で、同じ演奏が再発されている。再発盤と侮ることなかれ。こちらはなんとピッチ修正済みタイプである。当然ながら演奏時間も長くなっている。また、第2楽章は「TV 4343」と同じ箇所で、A面・B面とに分割されている。僕の所有しているLP盤は下記のとおり「ベルリン」盤だが、こちらにもウィーン・フィル表記に直した盤があるようだ(>>例えば、こちら)。

Image_2

 また、仏ヴォックスからも、1944年の演奏は出ていた(「VOX 35070 」)。「VOX MUSICALIS」というシリーズの70番で、なんとこちらもベルリン・フィル表記(ジャケット、レーベルとも)。

Image

 発売は、レーベル面に記されたクレジットによれば1975年。第1、2楽章を一面に収めているのでピッチ未修整かとも思ったが、さすがにすでにピッチは修正されている(第1楽章のタイムは、約15:25)。しかし興味深いことに、この仏ヴォックス盤の第2楽章には、ちょうどターンナバウト盤にあったA面・B面の分割部分にあたる場所に短い切れ目がある。ということは、レコードの元になったマスターテープは、ターンナバウト盤と同じもの使ったということになるわけである※2。

 実は近年出たCDの中にも、同じヴォックス音源を使っていると言われているものがある。例えば、PREISER のCD(90251)や、BAYER DA CAPO のCD(BR 200 002 CD)で、これらはともに「迫力・臨場感がある」とネット上でも評判のいい盤だ。が、第2楽章にはやはりターンナバウト盤の面変わりと同じ箇所、ピッチ修正後のCDで言うと「10:55」あたりに無音部分(録音されていない部分)が認められる。なので、これらは「VOXのLP製作用テープが音源」と言われている。今回は3種のヴォックス系列盤を聴いてみたが、LPのカッティングの仕方ひとつからも、いろいろなことがわかるものであり、実に興味深い。

※1 Turnabout は、上記とは別に交響曲「第5番」「第9番」とともに3枚組とした盤も出している(TV 4352-54)。
※2 ちなみに、仏ヴォックス盤と同じく第2楽章を一面に詰め込んだユニコーン盤には、切れ目は見あたらない。
※3 (参考追記)独インターコード社からも、1977年にヴォックスからのライセンス盤が出ていた(INT 125.801)。1980年にも同社から再発盤が出ている(INT 120.921、SAPHIRというシリーズ)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年5月15日 (日)

ウラニア盤のないウラニア盤紹介(その1)

 昨年の話になるが、隣町のまた隣町のBOOKOFF で、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ウィーン・フィルが演奏したベートーヴェン作曲/交響曲第3番 変ホ長調の中古CD(CE28-5746)を見つけた。特に珍しい演目でもないし、彼の「英雄」ならばすでにいくつも持っている。が、その日、僕が気になったのはそれが懐かしい「ユニコーン・シリーズ」というパッケージだったから。その中身は、いわゆる「ウラニアのエロイカ」である。バジェットプライスだったので購入して、早速、帰りの車中で聴いてみた。マスタリングの関係か、多少、鮮烈さの感じられない録音とはいえ、神秘的な最弱音から荒れ狂う強奏まで、フルトヴェングラーの真骨頂のような演奏を久しぶりに堪能した。

Image_2

 「ウラニア」盤と言えば、現在ではそうでもないと思うが、我々の世代にとってはいまだ憧れのような気持ちを引き起こす響きを持っている。正確には、1953年に米ウラニア社が発売したLPレコードで、戦時中・1944年の演奏が収められている。番号は「URLP7095」。無論、正規盤ではなく、戦時中にラジオ放送用に聴衆なしで録音されたものを演奏者に無断で発売したもの。訴訟にもなったというが結局、4〜5年ほど発売された後、廃盤になっていたという。僕がその盤のことを知ったのは、1970年代の中頃から後半にかけてのことだったと思う。今は我が市の市長になっているN君が、フルトヴェングラーの、というか宇野功芳氏のファンであり、その彼から「ウラニアのエロイカ」というまぼろしの盤があると教えてもらって、いっしょに彼の自宅のステレオセットで聴いたように記憶している。

 ところで、ユニコーン・シリーズとは、1968年になって、ソ連のメロディア社が自国内でLP化していたフルトヴェングラーの一連の戦時中録音を、英レコード・ハンター社がユニコーン・レーベルとして西側で発売し始めたものだ。代表的なものに、1942年のベートーヴェンの「第九」や、1943年の同交響曲第5番のライヴなどがある。そのときに1944年のエロイカも、「UNI-104」という番号で出ている。ところが、実は当時出ていたメロディア盤は、1952年盤のスタジオ演奏と同じ録音だったという。つまり音源違い。必然的に、「UNI-104」はメロディア盤の板起こしではなかったというわけである。後年、それはフルトヴェングラー夫人から「出すのであれば、こちらも一緒にどうぞ」と手渡されたテープから作製されたものだったことを、当レーベルの創設者ジョン・ゴールドスミスが証言している。これは平林直哉氏が『フルトヴェングラーを追って』(p.14、青弓社・刊)の中で紹介している話。

 また、オリジナルの「ウラニア」盤は、若干スピードが速く録音されていて、そのせいでピッチが約半音高くなっていたことでも知られている。<ホ長調>の「エロイカ」!。これは当初、オリジナル盤特有のこととされていたが、実はソースの違う上記ユニコーン盤も半音高い。結局、放送局に残されたテープ自体が半音高く、ウラニア社はそれをそのままLP化したことが後に判っている※1。また第1、2楽章をA面に詰め込んでいることも特徴のひとつ(冒頭の2楽章で約33分強かかっていたものが、上記スピード違いの関係で約32分と短めになっている)。ユニコーン盤もこれは同じ扱いで、第2楽章は Side1 で収まっている。

 そのユニコーン盤「UNI-104」が以下のもの。

Image

 当盤のクレジットには、「(まるP)1959」とあるので、原盤製造は1969年だったろう。ただ当盤のライナーノーツは、Hans-Hubert Schonzeler 名義のもので、その執筆者の名前のあとに「(Copyright 1970)」というクレジットがあるので、これに従えば発売は1970年だったということになる※2。また、この「UNI-104」には、番号は同じでも別の白い文字だけのジャケットもあって、どちらが先だったのかも諸説あるようだ。清水宏氏による「フルトヴェングラー完全ディスコグラフィー」というサイトの「「ウラニアのエロイカ」の話題です」では、上記馬のジャケットを「初版ジャケット」とし、「ウラニア盤以外でウィーン・フィル.の美音が聴ける」盤と認定しておられるが※3。

 ちなみに当時、日本のヤマハが UNIC 記号のユニコーン盤を輸入販売(一部、国内プレス)したのは有名な話だ。他では言われていないことだが、この輸入販売には、「英雄」(UNI-104)は含まれていなかったのではないか。音楽評論家のW氏は「イギリスのユニコーンレーベルが1970年代に発売、契約を結んだヤマハ経由で日本にも入ってきた。」と書いていたそうだが、調べてみても販売されたという記録は出てこない。こちらのサイトに掲載されている発売当時のパンフレットを見ると、ヤマハで輸入販売が予告されたのは以下のとおり(演奏はいずれもフルトヴェングラー指揮ベルリン・フィル)。

UNIC-100/101 ベートーヴェン 交響曲第9番/ブラームス 「ハイドンの主題による変奏曲」
UNIC-102 ブラームス ピアノ協奏曲第2番(フィッシャー)
UNIC-103 ベートーヴェン 交響曲第4番
UNIC-104 シューベルト 交響曲第9番
UNIC-105 ブラームス 交響曲第4番/ベートーヴェン コリオラン序曲
UNIC-106 ベートーヴェン 交響曲第5番/同ピアノ協奏曲第4番(ハンゼン)

 「UNIC-104」はシューベルトの交響曲第9番になっていて、「英雄」は飛ばされている。しかもこの「グレート」はイギリスでも発売中止となっていて、最終的に出なかった。つまり「UNI-104」に対応する「UNIC-104」は存在しないということになる※4。

 実は僕自身オリジナルの「ウラニア」盤を聴いたことがないので比較はできないのだが、この盤の音質は非常にすっきりしているのが特徴。他の1944年の演奏を収めたLPと比べると、やや録音レベルが低い。そのせいか荒々しい迫力には欠けるものの、変にいじられていないという感じの音質である。低音がボンついていないので、ティンパニーの音がそれらしく響く。以前そう推測されていたようなメロディア盤の「板起こし」ではなく、テープ由来だったというのもうなずける。平林直哉氏も、この盤はフルトヴェングラー「夫人所有のテープによる初出盤なのだ。となると、もっと騒がれてもよさそうなものだ」。「もしかするとこのUNI-104は今後中古市場での価格が上がるかもしれない。」と指摘している。

※1 仏ターラから1998年に出た「FURT 1031」というCDに、ORF のマスターテープのタイミングが書かれており、それによると第1楽章から、14'53 / 17'05 / 6'16 / 12'13 となっている。
※2 有名なshin-p氏のサイト「フルトヴェングラー資料室」1942-5 では、(70/05)とある。また日本コロンビア・DXM-101-UC盤の解説では、1968年7月発売のように読めるが(岡俊雄氏)、これは「UNI-100/102」の発売年(1968年6月)に近過ぎるようだ。
※3 このジャケットの絵を、収録曲が「英雄」だけに「ナポレオンの図柄」としている資料もある。だがこの絵は、「UNI-104」のクレジットによれば「Polish Trumpeter」というタイトルで、絵の中の将校は実際、背中にトランペットを背負っている。作者は、フランスの画家テオドール・ジェリコー Jean Louis André Théodore Géricault(1791-1824)。ちなみに、同じような構図の有名な5枚の絵「ベルナール峠からアルプスを越えるボナパルト(アルプスを超えるナポレオン)」の作者は、ジャック=ルイ・ダヴィッド Jacques-Louis David(1748 - 1825)。その類似から、LPのジャケットに使われたのだろうか。
※4 イギリスで出た盤の UNI 記号では、「グレート」は「UNI-105」となる予定であった。一方、ヤマハのパンフレットで「UNIC-105」とされたブラームスの交響曲第4番他も、結局、ユニコーンでは出なかったようだ。
 ちなみにヤマハからは、上記パンフレットで予告されたもの以外に、以下の盤が出たようだ。
UNIC107 シベリウス ヴァイオリン協奏曲(クーレンカンプ)
UNIC109-110 ブルックナー 交響曲第8番(こちらはVPO)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年3月12日 (土)

アーノンクールの時代

 ニコラウス・アーノンクール(1929/12/6 - 2016/3/5)が亡くなった。年末に「体力の限界を理由に引退する」旨の発表があったばかり。そのことから考えてみると、ここ数年というもの随分、無理を押して出演を続けていたのかもしれないと思う。「さぞ、疲れたでしょう。ゆっくり休んでください。」

 僕がクラシック音楽を本格的に聴くようになった頃は、ちょうどアーノンクールもそれまでのバロック音楽中心の活動から、モーツァルトなどに活動の幅を広げてきた時期にあたる。実際、僕が生まれて初めて自分で購入した『レコード芸術』誌は1981年の11月号なのだが、その裏表紙には彼がコンセルトヘボウを振ったモーツァルトの「ハフナー交響曲(と交響曲第34番)」のLPの広告が掲載されていた。そのジャケット写真は、ザルツブルク旧市街のモーツァルト広場に立つモーツァルト像なのだが、通常なら青空をバックにとるのが一般的だろう。にもかかわらず雪が降りしきっている冬の情景が選ばれている。なかなか迫力のあるジャケットで、今見てもアーノンクールの厳しい音楽が鳴り響いてきそうな感じがする。そして、この盤が実はアーノンクールにとって、初めてのモーツァルト交響曲の録音でもあった。

Haffner1

 その頃、交響曲の月評担当には、大木正興さんがまだご健在だった。この月もフルトヴェングラーの復刻盤が3組4枚も重なっていたのにうんざりされたと見えて、(これらから音楽を聴くには)「鰯の頭も信心からの心境が必要」「話題に乗り遅れまいと心掛けるその道の通人用」「あやふやな手さぐりで虚構を築いて楽しむのは自由ではあるが、所詮ロマンティックな趣味の領域」と一刀両断にされていて、これはむしろ痛快なくらいだ。一方、アーノンクールのモーツァルト盤についても、「バロック器楽の遊戯性に衣替えさせられたモーツァルトである。主張としては面白く目新しい。しかし肝心の様式は直前期への逆行だから、どうしても意図的な姿勢が音楽を支配して作られたものの感を払えない。」と手厳しい。この文章の冒頭は、「バロック期を主要な仕事にしていた音楽家がつぎつぎと古典を録音する。」と始まり、ミュンヒンガーやマリナー、パイヤールといった名前のあとに「いまアーノンクールだ。」と書いている。正直、これらの演奏家とアーノンクールをひとくくりにできないことは、その後の彼の活躍が証明していると言えるが、当時の印象としてはやむを得ないことだろう。なにしろ2枚あるこの号の特選盤(交響曲)のひとつは、カール・ベームの追悼盤として出たモーツァルトの交響曲第29番と、やはり「ハフナー交響曲」の盤だったのだから(もう一枚は、アバドが最初に録音したマーラーの交響曲第5番)。

 いつも書くことだが、その頃はクラシックのレギューラー盤LPは、1枚3千円弱した。浪人生の身分だった僕など雑誌の写真を眺めるだけで、今聴いてもなかなか刺激的な「ハフナー」は、当時は聴いていない。それから数年して、FM放送でアーノンクールがヘルマン・バウマン(ナチュラル・ホルン)と組んで録音したモーツァルトのホルン協奏曲を聴いたときは、本当にびっくりした。これはカセット・テープに録って、これまで何回聴いたかわからない。古楽器演奏がなんたるかをこの盤で開眼させてもらった、と言っても過言ではないだろう。

 社会人になってからは、彼のモーツァルト録音はほとんど聴いていると思う。2団体を使って完成させた交響曲全集や、オペラ演奏については、このブログで何回も取り上げている。

『フィガロ』序曲はアラ・ブレーヴェか?(その1)
アーノンクールの新しい『フィガロ』
伯爵夫人とスザンナ(その1)「フィガロ」
『魔笛』のアンダンティーノ指定(その3)
この歌手のための、この一曲のための・・・「ドン・ジョヴァンニ」
カサロヴァ、セストへの軌跡(その2)「皇帝ティートの慈悲」
3人メッゾの『コシ』(その1)
新バッハ全集改訂版『ミサ曲ロ短調』(その2)
「隔週刊DVDオペラ・コレクション」(10) 第18巻『魔弾の射手』

 特にザルツブルク音楽祭での「フィガロ」や「ティート」のライヴ映像は、それぞれの曲のベストにあげることを僕はほとんど躊躇しない。ほかにもセレナード集や宗教曲全集など、考えてみれば他のどの演奏家より多くのことを彼のレコードから学んできたように思う。バッハについても、そう。カンタータ全集はLPで買ったものだ(当時は貴重だったスコアがついていた!)。その後、ガーディナーやコープマンなど新たな世代による古楽器全集が生まれていて、個々の奏者の技術的にはすでに乗り越えられているのだろう。が、僕にはこのアーノンクール/レオンハルトの演奏が、最もしっくりくる曲がやはり今でも多い。加えて、ハイドンやベートーヴェン、ブラームス、そしてブルックナー、シュトラウスのワルツまで、彼のレパートリーは拡大し、そのいずれもが何かしらの意義(異議?)をクラシック界に与え続けてきたのは間違いない。

 カラヤン亡き後のクラシック界で、恒常的にベルリン・フィル、ウィーン・フィル、コンセルヘボウなどの一流オーケストラに客演、他に手兵のウィーン・コンツェントゥス・ムジクスとともに膨大な録音を発表し、世界の一流音楽祭や歌劇場で活躍し続けた指揮者はそう多くない。後輩たちを見ても、ジンマンやノリントン、アダム・フィッシャーなど多くの指揮者がアーノンクールの影響を受けている。おそらく、「新帝王」と言われるサイモン・ラトルだって・・・。そうした意味で、今、彼の死がもたらした大きな喪失感に浸りながら、前世紀終わりから今世紀初頭の時代を振り返ってみるとき、僕はこう結論づけざるを得ない。そう、実は「アーノンクールの時代」を生きていたのだ、私たちは!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年12月28日 (月)

ハンガリーの若者たちのモーツァルト

 昔、といっても30年くらい前の話になるが、ハンガリーの若手ピアニストたちが注目を浴び、ファンのあいだでは「ハンガリー若手三羽がらす」と呼ばれていた(「三羽がらす」とはまた古い!)。デジュー・ラーンキ、ゾルターン・コチシュ、そしてアンドラーシュ・シフの3人だ。調べてみると、1951、52、53年と、ちょうど上記の順に1歳違い同士。当時は一般人とはいかないまでも、女子音大生あたりにはアイドル並みに騒がれていたように記憶する。ラーンキとコチシュは2人でモーツァルトの「ピアノ・ソナタ全集(フンガロトン)」を完成したのに対し、シフの方は単独で全集(デッカ)を録音。「レコード芸術」誌上で、今は亡き諸井誠先生が詳細な聴き比べを連載していたのも懐かしい思い出だ。ところで先日、モーツァルトのピアノ・ソナタ K.331(300i) の自筆譜が発見された話題を紹介したのだが、見つかったのがハンガリーの図書館だったということもあり、コチシュが新しいバージョンでの全曲演奏を行ったという。その映像をネットでも見ることができるが、そこでのコチシュが見事にふとっていて、20代の頃とは見違えるようだったので、非常に驚いた。昔は、まるで鉛筆のようにやせていたのだったが。

 それで思い出したというわけでもないが、年も押し詰まった今日、僕が聴いているのは、コチシュを含む上記「三羽がらす」がピアノ独奏を担当しているモーツァルトの「3台のピアノのための協奏曲ヘ長調 K.242(第7番)」である(ヤノシュ・フェレンチーク指揮、ハンガリー国立管弦楽団)。僕が持っているのはブリリアント盤で録音年が記載されていないが、おそらく1970年代後半あたりの録音であり、彼らがまだ20代の頃の演奏だと思う。それはちょうど僕がクラシックを本格的に聴き始めた時期でもあるが、無論、当時その盤は聴いていない。しかしたぶんその録音の同じ頃か少しあとに、FM放送でラーンキとコチシュがモーツァルトのピアノ協奏曲を弾きわけたライヴ放送があった(2015/12/29の追記 これは記憶違い。実家に保存してあるこの放送をエアチェックしたカセットテープを探してきたら、コチシュとペーテル・ナジが出演しているコンサートだった。アルベルト・シモン指揮、キス青少年合奏団。1980.12.20の録音)。そのときの演奏曲にこの「K.242」があったと記憶する。ただ第3ピアノ担当は確かシフではなくハンガリーの後輩ペーテル・ナジだった(彼はさらに若く1959年生まれ)(こちらは2台のピアノのための協奏曲変ホ長調 K.365 の方であった。ナジが第2ピアノ)。コチシュは「ピアノ協奏曲イ長調 K.414(第12番)」も弾いていて、これらの放送を聴いたことは、僕にとって今でもモーツァルトの協奏曲体験の最も基礎的なものになっている。

 その後、1980年代になって京都市交響楽団の定期演奏会にコチシュが出演し、この「K.414」を弾くというので、まだ学生だった僕は友人のヨシダ君と連れ立って、今はなき京都会館の大ホールに聴きにいった。メインプログラムでは小林研一郎氏がマーラーの『巨人』を振るというので、京響の定期にしてはほぼ満員状態で、安い学生券の僕たちは確か中央通路前の臨時席に座らされたように思う。きっちりとしたタッチで弾かれたモーツァルトであり、特に緩徐楽章は美しかった。第1楽章のカデンツァはモーツァルトによるものが2種類残されているが、彼はあまり他のピアニストが弾かない短いバージョンの方を採用していて、これも聴きものだった(これは、例えばゼルキン/アバドの録音で聴けるもの)。

 さて、この「3台のピアノのための協奏曲ヘ長調 K.242」だが、曲が曲だけにあまり録音も多くない。また第3ピアノのパートは元々やさしく書かれており、そのためモーツァルトは後にこれを2台のピアノ用に編曲したりしている。純粋に3台ピアノ用として弾いているものの中では、どの演奏が良いだろうか。アシュケナージ/バレンボイム/フー・ツォンという豪華なメンバーのものもある。エッシェンバッハ/フランツにドイツの元首相シュミット氏が加わった盤も一時期、話題になった。でも、モーツァルトのザルツブルク時代の協奏曲であってみれば、大家たちが腕を競い合ったり、たっぷりと旋律を歌ったり、という演奏はちょっと採りにくい。その意味では、若い3人の音楽家たちがまだ見ぬ前途洋々とした未来を前に、屈託なく自分たちの音楽を奏でているこの盤は、まさにうってつけではないか。現在、彼らがそれぞれ大家として成熟していると言っても、もう二度とは再現できない貴重な青春の記録でもあるのだから。

※ハンガリー語圏では、名前を日本のように姓・名順で表記するという。本来ならば、ラーンキ・デジュー、コチシュ・ゾルターン等のように呼ぶのが正しいそうだ。バルトークもその例で言えば、バルトーク・ベーラが正しい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年12月 9日 (水)

モーツァルト・アラカルト(交響曲編・補足)

 一昨日、井上道義・指揮、オーケストラ・アンサンブル金沢のモーツァルト・三大交響曲集(2007)のうち「交響曲第39番変ホ長調K.453」について書いた。今回は、その第1楽章の序奏から主部にかけてのテンポ設計についての補足。

 井上盤では、序奏・4分音符=75前後、主部・付点2分音符=55前後という速さで演奏されていた。ところで、この交響曲の序奏は「和音の間を埋める執拗な下降音型の流れがアレグロ主部にも現れる」点等、「非常に重要な意味を持っている。(『モーツァルト事典』東京書籍・刊、竹内ふみ子氏担当)」と言われている。具体的に言えば、それは序奏2小節目以下のヴァイオリンに出る32分音符の下降音型、そしてアレグロ主部72小節目以下に出るやはりヴァイオリンの16分音符の下降音型を指している。そのことだけなら既存の解説書等でもよく触れられているのだが、そのことをテンポ問題と関連させたのは、一昨日も紹介させていただいたブログ「Zauberfloete通信」が初めてだと思 われる。Zauberfloeteさんは『コシ・ファン・トゥッテ』の序曲等を参照しながら、このように書いておられる。

「(前略)私はこれらが同じようなテンポで聴こえることをモーツァルトは意図したのではないかとふと思った。
そのためには、
・序奏(二分の二拍子)の二分音符の速さと、アレグロ(四分の三拍子)の付点二分音符の速さを同じにする。
・序奏の四分音符の速さと、アレグロの付点ニ分音符の速さを同じにする(先日私が聴いた演奏)。
のいずれか、というか厳密には両者の間くらいの比率による(?)テンポで演奏することにより、序奏とアレグロの下降音型が同じように聴こえることになる。(「モーツァルト:交響曲第39番変ホ長調K543~序奏のテンポ その2~」から)」

 実際、Zauberfloeteさんがここでおっしゃっている「両者の中間くらいの比率」=具体的に言えば、

・序奏の4分音符の速さと、アレグロの二分音符!の速さを同じにする。

ことで、上記の下降音型が同じテンポで聴こえることになる。この楽章の主部は4分の3拍子なので、アレグロの2分音符を基礎にすることはちょっと変則的に思えるかもしれないが。そして、井上氏の演奏は誤差はあるが、結果的にこの理論どおりに序奏の4分音符と主部の2分音符の音価を近づけた形になっている。厳密に言えば、序奏の4分音符と主部の2分音符の速さを揃えれば、32分音符の下降音型と16分音符の下降音型が同じ速さで演奏される、という理屈である。(2015/12/12の注 昨日までの記述は誤りでした。すみません。主部の4分音符のメトロノーム数と、序奏の付点2分音符のメトロノーム数の3分の2=「0.67」とすることで、序奏の4分音符と主部の2分音符の速さが揃う計算になる。ちなみに井上盤の比率は約「0.73」という数字。本日聴いたノリントン指揮ロンドン・クラシカル・プレイヤーズの演奏は、序奏・4分音符=75前後、主部・付点2分音符=50前後と、ジャスト「0.67」。それからノリントンの新盤(南西ドイツ放送交響楽団)は、序奏・4分音符=70前後、主部・付点2分音符=43前後で、比率は「0.61」。序奏こそ遅くなったが、速度設計は上記「序奏(二分の二拍子)の二分音符の速さと、アレグロ(四分の三拍子)の付点二分音符の速さを同じにする。」に近づいている。)。

 またこのことは、4分音符を基準にとれば、「主部(アレグロ)の4分音符は、序奏(アダージョ)の4分音符の2倍の速さ」ということも表している。別な言い方をすれば「アレグロはアダージョの約2倍の速さ」という目安が得られることにもなる。先ほども触れたが、このような話は世界広しといえども「Zauberfloete通信」にしか書かれていないので、井上氏はこのブログを参照された?と筆者は秘かに考えていたりもするのだが(笑)。

 ここで参考までに、先日引退を表明された指揮者のアーノンクールの演奏実践を見てこの項を終わろう。K.543について彼には3つの演奏記録が残されている。1)コンセルトヘボウO(1984)、2)ヨーロッパCO(1991、映像あり)、そして最新の3)ウィーン・コンツェントゥスムジクスとの三大交響曲集中のもの(2013)。おもしろいことに、3つの演奏では特に序奏の速度が速まっているのが特徴であり、時代を経れば経るほど序奏と主部のテンポの差が広がっている(最後の3)では、序奏・4分音符65前後、主部・付点2分音符50前後)。これも非常に興味深い現象だ。あと第1楽章の第70小節のカデンツで、歌舞伎役者が見栄でもきるように大きくブレーキをかけるやり方は、確かアーノンクールが始めたと思うが、最近、アバドや飯森範親あたりも少しおとなしめながら取り入れている。アーノンクールの先見性は今でも健在だっただけに、その引退が本当に残念だ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2015年12月 6日 (日)

モーツァルト・アラカルト(交響曲編)

 先月のことだが、車での移動中、NHK-FMをつけたら「N響 ザ・レジェンド」なる番組が始まったところだった。池辺晋一郎さんの解説だが、珍しくモーツァルトの交響曲第31番ニ長調K.297(300a)「パリ」の話をされている。編成に当時の新楽器・クラリネットが入っている点を強調するなどさすがに作曲家らしい解説。ただ2種類ある第2楽章のうち「本日演奏されるのは、通常演奏される《初版》の方」という意味のことをおっしゃっていた。が、これは逆で、パリで出版された《初版》には、短い方が入っている。よく間違えられることなのだが。演奏はウィーンの名指揮者・名指導者のハンス・スワロフスキー。1973年10月17日にN響を振った演奏会のライヴ録音らしいが、指揮者の世代的に言って使用楽譜は「旧モーツァルト全集」なのだろうと予想。実際に、第2楽章の<提示部終わり際/再現部終わり際>のパッセージはどちらも<長調~短調>であり、これは旧全集の特徴(こちらを参照)。また終楽章は、明らかに新全集指定の「アラ・ブレーヴェ(2分の2拍子)」でなく、旧全集どおり「4分の4拍子」で振っており、カール・ベーム並みの超スローテンポだった(こちらを参照)。池辺氏のコメントは、おおらかな音楽の作りで、現代の指揮者はこのような演奏はしない、といった内容だった。おっしゃるとおり、さすがに今後は聴けなくなる類の演奏だろう

 逆に新し目の演奏としておもしろかったのは、井上道義氏が手兵であるオーケストラ・アンサンブル金沢を振ったモーツァルト・三大交響曲集(Avex Classics、2007年録音)。特に第1曲目の変ホ長調交響曲(第39番K.543)の序奏が、おそらく通常の倍近く、おそらく史上最速※のテンポで勢いよく演奏されていて、おもしろく聴いた。この序奏部分を速目のテンポで演奏するのはピリオド奏法の影響だろうが、これについてはZauberfloete通信に詳しく書かれているので、興味のある方はぜひ参照してください(こちらを参照)。今度も「アラ・ブレーヴェ」からみの話になるが、「アダージョ&アラ・ブレーヴェ」という指定は、本当にどう解釈したらいいのだろう。「ゆっくり、荘重に」ということだろうか。それとも「遅めのテンポながら、2拍子を1単位で大股に進む」ということだろうか。井上盤では、序奏・4分音符=75前後、主部・付点2分音符=55前後という速さで、序奏のスピードではZauberfloeteさんが計測された他の盤と比べても非常に速いと思われる(こちらを参照)。しかもこれでは、通常の演奏に慣れた耳では、アダージョの序奏の方が、アレグロの主部よりも速く聴こえるくらいだ※※。実は『魔笛』の序曲も、序奏は「アダージョ&アラ・ブレーヴェ」だ。今後、こちらもこのような速めのテンポの序奏に変っていくのだろうか。ちょっと気になっている。

 はからずも楽譜や演奏の進化についてのお話になりつつあるが、交響曲第36番ト長調「リンツ」の楽譜については、このブログでも触れてきている。現在発行されている濃紺の表紙のベーレンライター版スタディー・スコアが、同交響曲の校訂報告での訂正を踏まえた最新バージョン(新全集・改訂版)であることを報告しておいた(こちらを参照)。特に序奏の最後の部分(16小節目)で、第1ヴァイオリンだけが第1拍目にアクセントを付けられ、他のパートとずれがある点が気になっていた。なにしろこれは、第1ヴァイオリンだけ旧全集の指示に戻るわけで、演奏の現場でもかなり違和感があるだろうから。最近はなぜかこの交響曲の新録音がなかったので、確かめる機会もなかったのだが、今年出たゴットフリート・フォン・デア・ゴルツ指揮フライブルク・バロック・オーケストラのCDに、この「リンツ」が含まれているというので、購入してみた。ただこのCDはちょっと変っていて、ゲルハーエルのモーツァルト・アリア集がメインで、そのあいだにちょっとした気分転換のように交響曲の各楽章をちりばめている。それならば、モーツァルトの時代にもそういう習慣があったとおっしゃる方もいるかもしれない。が、その収録順番が第4、2、3、1楽章となっているのは、さすがに聞いたことがないのではないだろうか。が、まあ気を取り直して、第1楽章から聴いてみた。アダージョ・4分の3拍子の序奏は、やはりかなり速目。基本、新モーツァルト全集どおりなのだが、先ほど触れた序奏の終わり際では、第1拍目にアクセントはつけていないものの、裏拍にも他の指揮者ほどはっきりとしたアクセントを付けていない。そのあとに続く17、18小節では、裏拍にアクセントを置いていて、新全集どおりだ。なので、もしかしてゴルツは、新全集・改訂版での訂正を知っていて、そのため裏拍を強調するのを無意識にもためらってしまった・・・というのは、僕の深読み過ぎだろう、たぶん。

(追記) とここまで書いてきたところで、アーノンクールが引退するというニュースが飛び込んできた。最近も長年連れ添ったコンツェントゥスムジクスとモーツァルトのオペラや後期交響曲を精力的に再録音していたというのに。残念。

※(2015/12/12の注)「Zauberfloete通信」に佐伯(茂樹)さんが寄せられたコメントによれば、「最初にこれを2拍子のマーチだとして速くやったのはノリントンでした。ロンドンクラシカルプレイヤーズとの録音で。」とのことだったので、聴いてみた。確かに序奏・4分音符=75前後と、井上盤と同じくらいの速さだった(主部に入るまでの時間で比べると、ノリントンの方がほんの少し短い)。ただし主部・付点2分音符=50前後とこちらはやや遅い。ちなみにノリントンの新盤(南西ドイツ放送交響楽団)は序奏・4分音符=70前後、主部・付点2分音符=43前後。
※※この井上氏の速度設計は、おそらく序奏の4分音符と主部の2分音符の音価を揃えていると思われる。これについては、長くなりそうなので(補足)で(この「補足」についても、2015/12/12に誤りを修正)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧