2018年1月14日 (日)

1967年のマーラー・ツィクルス(補遺・サヴァリッシュ)

 書きかけのシリーズがいくつも溜まっているので(笑)、ちょっと短めに補足記事を。

 この一連の記事中、ツィクルスでマーラーの「第4番」を担当したウォルフガング・サヴァリッシュについて僕は、「日本でもドイツ物の大家として有名だったサヴァリッシュだが、(いや、だからというべきか)マーラーの交響曲の録音はない!」と書いていた(>(その2))。正規録音はないはずだが、本日、何気無しにNHKのクラシック音楽のサイトを見にいったところ、来週(2018年)1月21日(日) 午後9時からの「クラシック音楽館」の後半<コンサート・プラス>において、サヴァリッシュ指揮の『さすらう若者の歌』(第2曲、第4曲)が放送されるとあるではないか。クレジットは、以下のとおり。

バリトン:ディートリヒ・フィッシャー・ディースカウ
管弦楽:NHK交響楽団
指 揮:ウォルフガング・サヴァリッシュ
(1989年4月28日 サントリーホールで収録)

 おお、サヴァリッシュもマーラーを振っていたんだ。早速、ネットで調べてみると、フランツさんという方の『Taubenpost~歌曲雑感』というブログに、「フィッシャー=ディースカウ日本公演曲目1989年(第10回来日)」という記事を発見。4月28日(金) 19:00 サントリーホールで「N響マーラー・スペシャル」(注1)というコンサートがあり、その日のプログラムも記載があった。

マーラー(Mahler)
1. さすらう若人の歌
2. 交響曲第4番ト長調

 なんと!「第4番」を振っているではないか。ソリストは、フィッシャー=ディースカウの奥方であるユリア・ヴァラディ(無論、『さすらう若者の歌』の方は、フィッシャー=ディースカウが歌った)。1967年のマーラー・ツィクルスから20年以上経ってからの演奏記録とはいえ、関連記録として記載しておく(注2)。来週の放送が楽しみだ。

(注1)参考までに、この「N響マーラー・スペシャル」のチラシ画像が、岡本浩和さんという方のブログ『アレグロ・コン・ブリオ』の「ヴァラディ&フィッシャー=ディースカウ」という記事にあった。
(注2)某巨大掲示板によれば、1970年頃に「第2番・復活」をN響と演奏したこともあるらしいが、詳細は未確認。他には、「第1番・巨人」も75年に他オケと。

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2018年1月11日 (木)

リステンパルトのハイドン演奏まとめ(その1)

 僕がいつもおじゃましている日本最大の(いや、おそらく世界最大の?)ハイドン音盤サイト『ハイドン音盤倉庫 - Haydn Recordings Aechive』で、毎年恒例の「H. R. A. Award 2017」が発表されている(>こちら)。これは同ブログの主宰者である Daisy さんが、その年にお聴きになった多数の音盤の中から、最も優れたものを部門別に選ぶ企画。その2017年の【交響曲部門】に選ばれたのは、カール・リステンパルトのLP(Nonesuch, 第21、48番「マリア・テレジア」所収)だったので、喜ぶやら、驚くやら、何だかそわそわした年始を過ごしたものだった。というのも、僕もこれと同じ演奏を含むフランス盤LPを以前から所有していて、この「毎日クラシック」のサイトでも紹介させていただいたことがあったから(>こちら)。この盤は「Le club francais du disque」というレーベルで、当該記事でも触れたようにジャケットはいわゆるペラジャケ、いかにも廉価盤の仕様である。シリーズ番号も入っていて、「PRINCEPS 18, No 347」とある。調べてみると、どうやらフランスで会員(クラブ)制で頒布されていたシリーズのようである。あまたのハイドン音源をお聴きになっている Daisy さんが「素晴らしい演奏と素晴らしい録音が揃った超名盤」(>(リステンパルト/ザール室内管の交響曲21番、マリア・テレジア(ハイドン))」とおっしゃるだけあって、演奏の立派さは半端ではない。リステンパルトが主兵であるザール室内管弦楽団から豊かな響きを引き出していて、これは現代のハイドン演奏から失われて久しいものだ。ただ、リステンパルトのハイドン演奏は、複数レーベルで発売されており、かなり複雑な様相を呈している。まだ完全にわかっているわけではないのだが、今回の受賞を機に(笑)、自宅にある盤や最近買った盤等を整理してみた。

 まずは「Les Discophiles Francais」レーベルに録音した、交響曲のモノラル録音のシリーズから(以下、「HOS」文字をクリックすると、「ハイドン音盤倉庫」さんのレビュー・ページに飛ぶ)。

1)交響曲第7番「昼」、第21番、第48番「マリア・テレジア」 Les Discophiles Francais, DF 183
※深緑の布が張られた豪奢な見開きジャケット。最初この盤のジャケット写真を Silent Tone Record さんのサイトで見たとき、てっきり上記「クラブ・フランセ」盤(第31、21、48番)と、下記4)の「クラブ・フランセ」盤(第6、7、8番)からの組み替えバージョンかと思い、『ハイドン音楽倉庫』のコメント欄にそのような趣旨のことを書いてしまった(Daisy さん、適当なことを書きちらしてすみません)。しかし今回、当該「ディスコフィル・フランセ」盤を手に入れよく聴き直してみると、こちらは明らかにモノラル録音であることがわかった。しかも、演奏自体もかなり違う。明確に違いのわかるところを一例挙げれば、「マリア・テレジア」の第3楽章において、モノラル版はメヌエットやトリオの後半部分をくりかえしているのに対し、ステレオ版はくりかえしていない。録音年は、1956年ではないかと思われる。

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2)交響曲第81番、第85番「王妃」 Les Discophiles Francais, DF 116 HS
※こちらの「王妃」はモノラルで、録音年は1954年と言われている。Daisy さんも指摘されているが、僕は所有していないが、「Club Mondial du Disque」というレーベルで、同盤のクラブ仕様盤も出ていたようだ(CMD 386)。後出のステレオ版の「王妃」(1966年収録)とは別録音だろう。「王妃」だけの10インチ盤も出ていたが、第81番の10インチ盤があったかは不明。なお、10インチ盤には、下記写真の無印盤(EX 25.036)のほか、ジャケット表に「connaissance de la musique」と記されたシリーズ(325.036)も出ている(裏面の解説文等は同じ)。

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3)交響曲第90番、第91番 Les Discophiles Francais, DF 113
※こちらは同じ「ディスコフィル・フランセ」盤ながら、美しいブルーグレー色の布が張られた見開きジャケットで、ちょっと所有欲をそそられる盤だ。録音年は、やはり1954年と言われている。第90番の序奏から主部部にかけて、モノラルだけれど強い表出力で迫力満点だ。

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 以上がモノラル録音(注1)。リステンパルトには、レーベルを変えてステレオ録音のシリーズもある。

4) 交響曲第6番「朝」、第7番「昼」、第8番「夜」 Le club francais du disque, H 303
※こちらはおなじみの三部作が揃っている。ただし、私が所有している盤はなぜかモノラル仕様。もしかして上記1)と同じかと思ったが、やはり相違点がある。確かに、次の項の「CDF 347」にある「STERE O=スピンドルの穴」というラベル表記がないが、当時はステレオ装置が高かったので、モノラル盤にも需要があり、多くのLPが両仕様で出されていたのでその類いだろうか。これにも Nonesuch 盤が出ていて、海外のオークションでもよく見かけるが、こちらにはモノラル(H-1015)・ステレオ(H-71015)両仕様がある。この Nonesuch 盤のラベルには「Recorded in Europe by Club Francais Du Disque, Paris」とある。ちなみに Misidisc というレーベルからも同じ内容のLP(30 RC 699, Stereo)が出ているが、このレーベルは「クラブ・フランセ」から原盤を引き継いだと言われている(下記注を参照)。

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5)交響曲第31番「ホルン信号」、第21番、第48番「マリア・テレジア」 Le club francais du disque, CFD 347
※僕が最初に買ったリステンパルトのハイドンLP。ステレオ・バージョンで、確か Yahoo! で3千円以上した。モノラル・バージョンのジャケット写真も初期LP専門店のサイトで見たことがあるが、僕は所有していない。同じ演奏を含むと思われる Accord 盤CD の記載によれば、「ホルン信号」「マリア・テレジア」は、1965年1月の録音とされる。また上記4)と似た幾何学模様のジャケットもあるようだ(CFD 2347, Stereo)。「H. R. A. Award 2017」を受賞した Nonesuch 盤は、リステンパルトの第21、48番に、若き日のギュンター・ヴァントが指揮した第82番「熊」と組み合わされている(注2)。上記4)同様に、こちらのNonesuch 盤にもモノラル(H-1101)・ステレオ(H-71101)両仕様がある。「ホルン信号」「マリア・テレジア」の Accord 盤CDへのリンクは、HOS

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6)交響曲第85番「王妃」、第100番「軍隊」 Le club francais du disque, CFD 2387
※1966年9月録音のステレオ版の「王妃」と、同年同月録音の「軍隊」を含むLP。「王妃」Accord 盤CDへのリンクは、HOS。「軍隊」Accord 盤CDへのリンクは、HOS

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7)交響曲第94番「驚愕」、101番「時計」 Le club francais du disque, CFD 2393 HOS(ただし Accord 盤CD)
※いずれも1966年9月の録音。非常に落ち着いた大人の音楽で、少なくともこれらを聴いている時間は、「これがハイドン」という気分に満たされる。なお、今見てきたザロモンセットの3曲は、各国 Amazon や iTunes Store において MP3 音源で購入可能だ。 Accord 盤CDは今では廃盤のようなので、こちらをダウンロードするという手もある。ちなみに Prime Music 会員や Apple Music メンバーなら無料で聴くことができる。

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 これらステレオ・シリーズについては、後継の Musidisc レーベルで、4枚組のリイシュー盤も出ている(第6、7、8、31、21、48、94、101、85、100番 CRC 27)。

番外編:8)交響曲第49番「受難」
※こちらは、上記7)の最後に紹介したものと同じで、各国 Amazon や iTunes Store で MP3 で販売されている音源。今のところ出所不明だが、「モノラル・バージョン」とあるので、新しいものではないだろう。

 交響曲以外の曲は、次回に。

(注1)リステンパルトのモノラル盤には、「Forgotten Reccords」という復刻LP盤レーベルから板起こしCDが出ている。交響曲では、上記「ディスコフィル・フランセ」盤から、「第7、21、48番」、「第81、85、90、91番」の2セット3枚がCD-Rで販売されている。リステンパルトのハイドンを聴いてみたいが、LPはちょっとという方にはうってつけだ(>こちら)。値段はかなり高くなるが、日本の輸入CDショップでも取り扱っているところもある。
(注2)「Le club Francais du Disque」レーベルは、ギュンター・ヴァントがケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団と多くの録音を残したことでも知られている。近年、上記 Musidisc を通じ、TESTAMENT がモーツァルトを中心にいくつか復刻CDを出している。

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2018年1月 9日 (火)

1995年の Mahler Feest(その2)

 Mahler Feest の次なる指揮者はベルナルト・ハイティンク。第2、3番の2曲を演奏しているが、これは Feest 前半のハイライトだったろう。またその間に、トーマス・ハンプソンによる歌曲リサイタルも連日行われているという贅沢さである。

●5/5『第2番』 ハイティンク指揮コンセルトヘボウ管
※指揮者にとっては、かつての主兵との演奏となるが、Feest 以前におけるコンセルトヘボウ管の「復活」は、ハイティンクを除けば1951年のクレンペラーの Live くらいしか思いあたらない(フェリアー独唱による唯一の盤として有名)。一方、ハイティンクの「復活」は正規盤だけで8種もあるそうだが、コンセルトヘボウ管とは首席指揮者時代の全集録音と Live の2種があった。1995年の Feest における Live は、このオケとは3回目、全体では7番目の録音にあたる。数年前に、1995年2月にシュターツカペレ・ドレスデンを指揮して、ドレスデンのゼンパーオーパーで収録されたコンサートの Live 録音が発売されたが、この Feest はそれに続く演奏ということになる。実際、ソリストの、シャルロット・マルジオーノ(S)、ヤルド・ファン・ネス(CA)は、両 Live とも共通であった(注1)。ドレスデン盤はハイティンクの穏健なイメージに似合わない意欲的な指揮が大いに注目された。Feest の演奏もより引き締まった造形ながら、かつての主兵を前に第1楽章の第二主題では弦に大きめのルバートをかけるなど、彼にしては動きのある指揮ぶりだ。展開部後半でもかなり加速していく箇所がある。一方、再現部の第二主題部以降はじっくりと腰を落として歌い抜く。以下の楽章も非常に音楽的な演奏で、弦のピチカートなどではコンセルトヘボウのホール・トーンの美しさが際立つ。終楽章の後半、合唱が入ってくる箇所からは、バーンスタイン並みにゆったりとした進行の中、決して派手ではないが、まさにひたひたと波が寄せるように、会場全体に感動が広がっていく様子が捉えられている。合唱は、オランダ放送合唱団。

●5/6『子どもの不思議な角笛』『若き日の歌』 ハンプソン(Br)、ヴォルフラム・リーガー(Pf)
※トーマス・ハンプソンによるピアノ伴奏による「角笛」は、他に2種ある(注2)。また『若き日の歌』にもピアノ伴奏盤がある(注3)。Feest で歌われたのは、「夏の歌い手交替<若>」「高い知性への賛歌」「魚に説教するパドゥアの聖アントニウス」「ラインの伝説」「不幸なときのなぐさめ」/「外へ!外へ!<若>」「たくましい想像力<若>」「もう会えない!<若>」「歩哨の夜の歌」「シュトラスブルクの砦に<若>」「レヴェルゲ」/「塔の中の囚人の歌」「少年鼓手」「トランペットが美しく鳴り響くところ」「浮き世の生活」「天井の生活」「原光」(/をつけた箇所で区切って歌われた。『若き日の歌』所収の曲には<若>と追記した。)の全17曲。ハンプソンの歌は、現代を代表するマーラー歌手の名に恥じない正統的なものだろう。皮肉や諧謔性はほどほどにして深い声で朗々と歌っていた以前の録音と同じコンセプトとはいえ、自己顕示的なところはなく、曲の良さがよく伝わってくる。セットごとに調子を上げ、次第に緩急の対比が際立ってきて、「外へ!外へ!」の最後では身振りも加えたのか、会場の笑いを誘っている。一方、「歩哨の夜の歌 」では、途中の幻想場面が非常に遅くなるので、全体で7分弱もかかっている。有名な「レヴェルゲ」以下、曲への没入度が高まり、当日の観客とともに我々はマーラー歌曲の奥深い森にいざなわれていく。最後に、交響曲第4番に使われた「天井の生活」、同じく交響曲第2番に使われた「原光」という一見女声向きの曲を歌っているが、これは非常に珍しい。

●5/7『第3番』 ハイティンク指揮ウィーン・フィル
※ハイティンクは、「復活」の演奏から1日置いて、今度はウィーン・フィルと「第3番」に挑む。ともに声楽(独唱・合唱)を含む大曲だけに、なかなかのハード・スケジュールであったろう。とはいえ、これは大変な名演で、僕個人としてはウィーン・フィルによるマーラー交響曲全集(その1)という記事でもこの演奏を挙げたかったくらいだ。ウィーン・フィルによる「第3番」は非常に少なく、1995年当時はバーンスタイン(映像全集)、マゼール(全集)、アバドくらいしかなかった。曲はウィンナ・ホルンの斉唱に始まり、意外にも弾むようなリズムで迫力満点に進んでいく。その中でもウィーン・フィルの持つ美感がいかなる場面でも最大限活かされており、この点はまさに壮観というほかない。なので、長大なスケールを持つこの曲が短く感じられるほどだ。実際、ハイティンクの演奏でこれほど推進力を感じさせる演奏も稀で、これはウィーン・フィルと組んだ効果だろう。それだけに、終楽章においては、やや遅めのテンポで息長く歌う弦がいかにも清らかに、安らかに響く。ソリストはこちらも「第2番」と同じネス(CA)。合唱は、オランダ放送合唱団の女声部と聖バーヴォ大聖堂少年合唱団が担当している(注4)。

●5/7『亡き子をしのぶ歌』『さすらう若者の歌』『リュッケルトによる歌曲集』 ハンプソン(Br)、ヴォルフラム・リーガー(Pf)
※1995年の5月7日はちょうど日曜日にあたっている。なので交響曲のコンサートと、ピアノ伴奏による歌曲リサイタルが行われている。つまり、どちらかがマチネー・コンサートで行われたのだろう。ハンプソンによるマーラー歌曲集は、バーンスタイン指揮によるオーケストラ伴奏版(DG)が有名だが、ピアノ伴奏版も録音している(注5)。Feest のリサイタルでは、深く沈潜するような遅い伴奏に始まり、ハンプソンも言葉を置くようにそっと歌い出す「亡き子」がまず出色だ。全体に翌年録音のCDよりもテンポも遅い。途中、歌が高揚していくが、間奏ではまた静まっていく。全体としてピアノ伴奏の繊細さは、ちょっと言葉では言い表せない。「若者」や「リュッケルト」 では少し動きも出るし、絶望的な叫びがホールをつんざく場面もあるとはいえ、全体の傾向は同じである。実際、前者の第2曲「朝の野を歩けば」は颯爽と始まるのだが、途中から停まるようなテンポになりちょっと驚く。リサイタルの最後には、「リュッケルト」から「私はこの世に忘れられ」を静かに、静かに歌い終え、満場の喝采をもらう。その後、短いスピーチがあり、同じ曲集からマーラーアルマのために書いたという「美しさのゆえに愛するなら」を、アンコール的に、こちらはさらりと歌って、自身が「アドヴェンチャー」と呼んだ2日間連続のリサイタルを終えている。

(注1)ネスは、1984年のクリスマスマチネー Live 以降、Feest 時まで、上記8回の録音のうち5回までもハイティンクの「復活」で歌っている 。アメリンク、マクネアー、そしてこのネス。ハイティンクは、深みよりは透明さを選ぶ傾向にあるようだ。
(注2)1991、1993年にパーソンズの伴奏で全12曲(Teldec)を録音していた。2001年にも Feest と同じリーガーの伴奏で7曲をパリ、シャトレ座で Live 映像収録(TDK Music)している。 なお、オーケストラ伴奏版も、ティルソン=トーマス盤など数種ある。
(注3)1989年にパーソンズの伴奏で5曲(Teldec)、1992年にルッツの伴奏で4曲、それぞれ録音していた。また2001年に上記シャトレ座 Live で5曲(TDK Music)録音している。オーケストラ伴奏版では、ベリオ指揮のものが上記ルッツのピアノ伴奏盤と同じディスクに11曲入っている。
(注4)あくまで「ちなみに」だが、Feest のハイティンクの演奏等にはCD-R盤やネット動画でも聴くことができるものがある。
(注5)「亡き子」は、1996年にリーガー(EMI)と録音している。「若者」は、1992年に上記と同じルッツ(Teldec)と録音していたほか、1996年にリーガーと録音している。「リュッケルト」は、1996年にリーガー(EMI)と、さらに2005年にリーガー(Orfeo)と Live 録音している。

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2018年1月 3日 (水)

1995年の Mahler Feest(その1)

 ウィーンと並ぶマーラーゆかりの都市・アムステルダムでは、1920年と1995年に大規模なマーラー・フェスティヴァル(Mahler Feest)が行われている。1920年の最初の Feest は、メンゲルベルクがコンセルトヘボウ管弦楽団を指揮して、5月6日から21日まで行われていた。これは誰でも聴いてみたかったイベントだと思うが、1995年の Feest も負けていない。なんとアバド、シャイー、ラトル、ムーティ、そしてハイティンクという5人の指揮者が、ウィーン・フィル、ベルリン・フィル、コンセルトヘボウ管という3大オケ(およびグスタフ・マーラー・ユーゲント管弦楽団)を振るという非常に贅沢な布陣だったのだから。後者の会期は、5月1日から17日までの17日間。実はこの Feest の模様をオランダ放送協会が収録していて、これが一部関係者向けの自主制作盤として配布されたのだという。一般に市販されていないものを紹介するのは気がひけるが、関係者向けと言っても結構な数が作られたと見えて、手に入れるのが至難というわけではないらしい。日本でも複数の方がこのセットについてブログ等で触れているし、僕自身も探し始めて1年経つか経たないうちに海外オークションで手に入れることができた(実際、本日現在、eBay.com に1セット出品されている)。以下、今回は開催日順に聴いていくこととしたい。

●5/2『子どもの不思議な角笛』から シャイー指揮コンセルトヘボウ管
※ソリストは、スウェーデン出身のバリトン歌手ホーカン・ハーゲゴール(ハーゲゴードという表記もある)。「歩哨の夜の歌」「塔の中の囚人の歌」「無駄な骨折り」「魚に説教するパドゥアの聖アントニウス」「レヴェルゲ」「不幸なときのなぐさめ」「少年鼓手」の7曲が歌われている。ハーゲゴールは、この曲集を1993年にベルティーニと4曲のみ録音していた(注1)。前者などは元気いっぱいな歌い方で、うまく曲集の雰囲気を出している。シャイーもまた、のちにボニーやゲルネほかと同曲集を録音していて、これも僕は愛聴している。Feest の演奏だが、こちらは非常に気心の知れたメンバーによって爽快な開幕を迎えたと言える。ハーゲゴールのたくましいが決して下品にはならない持ち味は、ここでもうまく活かされているし、シャイーの刻むリズムも軽々としている。特に「レヴェルゲ」「不幸なときのなぐさめ」あたりは、まさに痛快と言うほかないだろう。また、こういう曲を演奏するとき、このオケはおそろしくうまい。コンセルトヘボウ管の「角笛」は、Feest 以前にはハイティンク(録音と映像の2種)やバーンスタインの録音があった。

●5/2『嘆きの歌』 シャイー指揮コンセルトヘボウ管
※シャイーは『嘆きの歌』の改訂稿を、第1部初稿版付きで1989年にベルリン放送響と録音していた。この世代の指揮者としてはラトルに次いで早い時期にあたる。Feest 時の独唱陣は、ユリア・フォークナー(S)、ブリギット・レンメルト(CA)、ゲイリー・レイクス(T)。加えて合唱には「Städtischer Musikverein zu Düsseldorf」(=日本語では様々な訳があるようだが「デュッセルドルフ市立楽友協会合唱団」としておく) をわざわざドイツから呼んでいる。が、これは以前の録音時にも組んでいるからだと、今回わかった。なかなか演奏機会の少ない作品だけに、共演経験のある仲間がいるのはシャイーとしてもありがたかっただろう。肝心の演奏だが、ベルリンでの録音は劇的に引き締まった若きシャイーならではの好演だった(確か吉田秀和氏も高く評価していた)。一方、Feest の演奏ではテンポもやや遅くなり、まさに堂々とした指揮ぶりである。特にオケの響きの豊かさやスケール感を出すことに指揮者の注力があるようで、それはある意味、成功している。ただベルリン盤では、第2部・3部の途中、「Ach, Spielmann, lieber Spielmann mein!」と笛(弟が?)歌う場面からスコアの注記に従い、少年の声=ボーイ・アルトを起用していた(注2)。これがなかなか初々しくいい雰囲気を醸し出していたので、それが好きだったという人も当然いるだろう。コンセルトヘボウ管の『嘆きの歌』としては1973年にハイティンクが改訂稿で録音していた(同じプロジェクトの Live とセッション録音)。

●5/3『さすらう若者の歌』(男声) シャイー指揮コンセルトヘボウ管
※ソリストは前日と同じくハーゲゴールが務めた。彼は、1993年にマズアとこの曲を録音していて、おそらく自信があるレパートリーなのだろう。Feest でも葛藤や苦悩をあまり前面に出さない現代風の表現だが、若者らしいさわやかな歌いぶりは好感が持てる。シャイーによってよく訓練されたオケが、力まずに軽やかな伴奏をつけている。コンセルトヘボウ管の同曲集の録音としては、メンゲルベルクやクレンペラーとこの曲を録音した伝説的なバリトン、ヘルマン・シェイの録音が残っているほか、ベイヌムやハイティンク(録音と映像の2種)があった。

●5/3『第1番』 シャイー指揮コンセルトヘボウ管
※シャイーは1988年から2004年にかけて、コンセルトヘボウ管とマーラーの交響曲全集を完成させている(「第10番」のみは、ベルリン放送響)。この Mahler Feest までに第10、6、7番が収録済みで、この『巨人』は面白いことに会期終了直後の5月19、20日にコンセルトヘボウで行われている。シャイーの指揮は、美しいホールトーンを活かしたのびのびとしたもの。概ね快活なテンポで進むが、新時代のマーラーにふさわしく強弱の幅は極めて広い上に、細部まで神経がよくいき届いている。終楽章も大迫力だが、適切なアクセント付けによってコントロールされているので、決してうるさくはない。ゆったりとした曲想の部分では、たっぷりとした歌にも欠けていない。コンセルトヘボウ管の『巨人』は意外に少なく、ワルターのほか、ハイティンク(録音2種と映像)、バーンスタインが Feest 以前にはあっただけだ。

(注1)ハーゲゴールは、1990年にグンナー・イーデンスタムのオルガン伴奏!で、「角笛」から2曲を歌っていた(Proprius)。
(注2)シャイーのセッション録音だが、我が家にある1991年発売の国内盤には、マルクス・バウアーというボーイ・アルト歌手に「バス」=「Bass」との表記がされている。レコード芸術編の『コンプリート・ディスコグラフィ・オブ・グスタフ・マーラー』というムック本も、このディスクを「名盤115」の一つとして紹介しているが、バウアーには「Bs」(バスの略であり、ボーイ・ソプラノの略でもない)と書いてある。そのせいだろうか、紹介文にもボーイ・ソプラノを使っていることはまったく触れられない(上記吉田氏の文章にも記述なし)。ちなみに、このボーイ・アルト起用は、ほかには「1890年初稿版」使用をうたっているケント・ナガノ盤くらいしかないと思うのだが(ケント・ナガノ盤は、ボーイ・ソプラノも起用している)。

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2018年1月 1日 (月)

1967年のマーラー・ツィクルス(その4)

 1967年のマーラー・ツィクルスから。最後は、オーケストラ伴奏の歌曲集等を取り上げる。

●『嘆きの歌』 トイリンク指揮オーストリア放送(ORF)響
※放送用のセッション録音だが、1960年にクルト・リヒター指揮でこの『嘆きの歌』を演奏していた「Grosses Wiener Rundfunkorchester ウィーン放送大管弦楽団」というオーケストラがある(注1)。問題は、このオケと現在のウィーン放送響との関係だが、ウィーン放送響の前身・ORF響は、上記「Grosses Wiener Rundfunkorchester」とよく似た名前の「Grosses Orchester des Österreichischen Rundfunks オーストリア放送協会大管弦楽団」のメンバーなどで1969年9月19日に結成されたと、公式サイトに書いてある(>こちら)。また、Discogs のサイトには、このオケの「a rough timeline:」として「From 1945 to 19??: Das Wiener Funkorchester / From 19?? to 1958: Das Große Wiener Rundfunkorchester / From 1958 to 1969: Großes Orchester des Österreichischen Rundfunks」とある(>こちら。「??」はママ)。なので、この説明が正しければ、今見てみた3つのオケは、親・子・孫という関係にあると言える(ウィーン放送響は、ひ孫)。ツィクルス時のソリストは、ミミ・ケルツェ、ルクレティア・フィニレ、アントン・デルモータ(2018/1/2の追記 ミミ・ケルツェのバイオグラフィーにこの演奏会が5月29日だったという記述があった。>こちら)。マーラーの作品中、合唱がメインの作品の一つであり、トイリンクが受け持ったのはうなずける。合唱担当は、自身が創設したウィーン青年合唱団(Wiener Jeunesse Choir)だったのではないか。この曲の初稿から第1部が録音されたのは1970年のブーレーズ盤(Columbia)だったので、時期的にみてこのツィクルスで演奏されたのは第2部・第3部のみで構成された最終稿だったろう。その場合、おそらく(その2)で触れた「第10番」と同じ演奏会にかけられたと想像される。(その1)で調べたとおり、トイリンクの名前は合唱指揮者として知られ、この前後もシェルヘンとモーツァルト『レクイエム』、バーンスタインと自作の『交響曲第3番《カディッシュ》』、アバドのCD『ウィーン・モデルン』、インバルとショスタコーヴィチ『交響曲第9番』という具合に、そうそうたるマーラー指揮者と共演している。信頼にたる(合唱)指揮者として、ウィーンで名を上げてきたのだろう。ツィクルスでこの知られざる大曲をウィーンの聴衆に紹介するにふさわしいと抜擢されただけに、全曲を手堅くまとめていたと思われる。

●『子どもの不思議な角笛』 プレートル指揮ウィーン響
(その2)で触れた「第1番」と同じ日に演奏されたと思われる。ソリストは、グンドゥラ・ヤノヴィツ、ヴィクター・ブラウン。ヤノヴィツのマーラーは極めて珍しい。偶然だが、上記、1960年の『嘆きの歌』が唯一の録音。また1989年5月の最後の来日公演で、マーラーの「第4番」のソロを歌ったという記録もあった(アイザック・カラプチェフスキー指揮ウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団)。この演奏も、残念ながら録音は残っていないようだ(注2) 。同じリリック・ソプラノが歌った『角笛』としては、シュヴァルツコップ(セル指揮)やポップ(バーンスタイン、テンシュテット指揮)が歌ったものもあるにはあるが、当時のヤノヴィツは3人の中でも一段と清楚な、ボーイソプラノ風の声だったので、どのような感じだったのかちょっと聴いてみたかった気もする。ヴィクター・ブラウンはカナダ生まれのバリトンで、メジャー・レーベルではショルティの『タンホイザー』でヴォルフラムを歌った盤が有名だ。「The Canadian Encyclopedia」というサイトによれば、1968年にトロント交響楽団と『さすらう若者の歌』を演奏しているという(>こちら)。派手さこそないが柔らかい声が魅力の歌手だ。指揮のプレートルはもともと劇場畑の人だけに、各曲の特徴を際立たせながら色彩的な演奏で聴衆を魅了したことだろう。なおこの曲集も含め、当該ツィクルスまでにウィーン響が伴奏したマーラーのオーケストラ歌曲の録音はなかったようだ。

●『さすらう若者の歌』 ベーム指揮ウィーン・フィル
※ベームのマーラーも珍しい。若い頃には『大地の歌』なども振ったらしいが、セッション録音では1963年に『リュッケルト歌曲集』と『亡き子をしのぶ歌』をベルリン・フィルと録音しているだけだ。この時の歌手はフィッシャー=ディースカウだったが、ツィクルスではクリスタ・ルートヴィヒが歌っている。有名な「ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団完全ディスコグラフィ」によれば、これは5月21日の演奏。ブラームスの交響曲第2番 ニ長調とともに演奏されたという。この日のブラームスだけは、DISQUES REFRAIN から出ていたので、おそらくマーラーも音源は残っているはずだが・・・。今回は、2年後、同じ指揮者・同じ歌手・同じオケで演奏されたザルツブルク音楽祭でのライヴ(1969年8月)のCD(Orfeo)で聴こう。第2曲「朝の野を歩けば」の歌い出し「Ging heut' morgen uber Feld」という歌詞がついた6つの4分音符と続く2分音符を、まるで練習曲のように几帳面に一音ずつ切って歌わせているのは、いかにもベームらしくて微笑ましい。ルートヴィヒは極めてシリアスな歌唱であり、曲が曲だけにもう少し余裕があってもいいかもしれない。ベームもシンフォニックにオケを鳴らし、単なる伴奏にとどまらない立派な演奏をしている。スタイルとしてマーラーらしいかどうかは別として、これはこれで瞠目すべき演奏だ。ウィーン・フィルによるこの曲集の録音としては、フルトヴェングラー2種(このうちの一つがフィッシャー=ディースカウとの有名な1951年のザルツブルク Live)、フラグスタートがボールト指揮で歌ったもの(Decca、1957年)があった。

●『リュッケルトの詩による5つの歌曲』 マデルナ指揮ウィーン響
※「第6番」と同じ5月27日のプログラムだろう。この曲のソリストは不明。(2018/1/18の追記 @netradio_wiki さんからご教授いただいたウィーン交響楽団サイト中のデータベースにより、この曲を歌った歌手は、ヒルデ・ツァデクと判明した。)ツィクルスに参加した歌手で探せば、この曲を何度も録音しているルートヴィヒが順当だろう。ただしもしそうなら、ツィクルスは12日間だったと想像されるが、そのうち合計5日間もステージに上がったことになるけれど。あるいはシェルヘン等と『若者』『亡き子』を録音しているルクレツィア・ウェストも可能性がある。またスェーデンの名歌手ビルギット・フィニレには、ピアノ伴奏版ながらこの曲集のLPがあったし、男声ではトゥゴミール・フランクにもピアノ伴奏版の『若者』のCDがあった。無論、上記のとおりブラウンも十分歌えただろう。結論は出ないが、今回は録音資料の残るルートヴィヒで聴いてみた。直近では1964年にクレンペラーとこの曲集から3曲を選んでセッション録音した盤がある。ゆったりとした情景(「私はこの世に忘れられ」)から、強く声を張り上げる場面(「真夜中に」)まで、自在に声をコントロールできるのがこの歌手の強みだろう。「私は仄かな香りを吸い込んだ」の歌い出しにおける可憐な表情も忘れがたい。余談だが、後年のカラヤン盤(1974年)では、ルートヴィヒの歌に音程から表情までぴったりとつける指揮者・オケの至芸が見事。例えば、「私はこの世に忘れられ」で歌手が歌い出した直後におけるコールアングレと弦!

●『亡き子をしのぶ歌』 マゼール指揮ベルリン放送響
※歌は、引き続きルートヴィヒの担当。こちらの演奏は、Gala から出た「Christa Ludwig Rarities」という2枚組CDに収められて出ている。第1曲の「いま晴れやかに陽が昇る」は、テンポ・ルバートを強調せず意外にあっけなく歌い始められる。マゼールには翌年、この作品をフィッシャー=ディスカウとスタジオで録音した映像があって、そこではより普通の始まりだった。いずれにせよ、マゼールの指揮は緩急自在。同曲の最初の方の間奏部分ではじっくりとオケに歌わせたかと思えば、歌手が「太陽はあまねく照らし出す。/夜を自分の中に包み込んではならない、/永遠の光の中に沈めておかなければならない、と。」と歌った後の間奏に入ると、テンポを上げ切々と弦を歌わせていて、これには正直、驚く。この時期のマゼールは、そうした処置が技巧的・作為的に聴こえず、ストレートに聞き手に迫っていた。歌手もそれに十分応える形で、第2曲以降は強い声と表現意欲が際立つ。ルートヴィヒは後年、カラヤンと同曲集をセッション録音していて、吉田秀和氏に「これはカラヤンの陶酔的豪華な音色美偏重の犠牲になって(中略)、あまりにも非構造的であり、細部のこまやかな味わいが汲みとりにくい。(「マーラーの歌」〜『マーラー』河出文庫)」と書かれていた。あまり誰も指摘しないことだが、終曲の前半をカラヤンは、普通に買える盤では最も速く演奏していた(注3)。カラヤン盤ほどではないが、マゼールもかなり速く、激しくここを駆け抜ける。それに合わせるルートヴィヒの高い対応能力があってこその、彼らのテンポ設計だったろう。吉田氏はこの曲の演奏としてフェリアーとベイカーの歌唱を絶賛したあと、「この二人に対し、例のクリスタ・ルートヴィヒの歌った《亡き子を偲ぶ歌》の本当にいい盤がないのは残念なことである。」とも書いていたが、この演奏のFM放送は聴いていただろうか? ベルリン放送響のツィクルス当時のマーラー歌曲集の録音としては、フィリッチャイの『リュッケルト』があったほか、ウラニア・レーベルからオーケストラ歌曲集(『若者』『亡き子』)が出ていた。

 こうして3回にわたってツィクルス全体を見てきたが、再度、演奏日順に全体を整理してみる(ウィーン芸術週間全体は、5月20日から6月18日までだったらしい(>こちら))。
1)5月21日 「さすらう若者の歌」「ブラームス;交響曲第2番」ベーム
2)5月24日 「モーツァルト;ピアノ協奏曲第17番(ブレンデル)」「第6番」アバド
3)5月27日 「リュッケルト歌曲集」「第7番」マデルナ
4)5月29日 「第10番~アダージョ」「嘆きの歌」トイリンク
5)5月31日 「子どもの不思議な角笛」「第1番」プレートル
6)6月3日  「(レオポルト)交響曲ト長調『新ランバッハ』」「モーツァルト モテット『エクスルターテ・ユビラーテ』」「第4番」サヴァリッシュ
7)6月7日 「モーツァルト;交響曲第33番」「大地の歌」
8)6月10日 「第3番」スワロフスキー
9)6月12日 「第2番」バーンスタイン
10)6月14日 「第8番」クーベリック
11)6月15日 「モーツァルト;ピアノ協奏曲第25番(マガロフ)」「第5番」ショモギー
12)6月18日 「亡き子をしのぶ歌」「第9番(も同じ日?)」マゼール
※いずれも曲順は推定。2018/1/16、18に一部修正。 
 つまりビッグネームのベーム&VPOで華々しく開始し、新鋭マゼールの「第9番」で締める、というようなラインナップだったことがわかってきた。ここではベテランと新鋭とが適度に組み合わされており、マーラー演奏の多様性が広く認識されたことの意義はいくら強調しても強調しきれない。まさに「箱のふたは開いた」と言える。この後程なく、このツィクルスにも参加したバーンスタイン、クーベリックによる「マーラー交響曲全集」が完成した。さらに1970年代はアバド、マゼールに代表される若手が怖れもなくマーラーの大曲を取り上げ始め、レコード会社もそうした大物セットを競うように発売していった。もし今回、紹介させていただいた各盤を見かけたら、そういう思いで手に取っていただければ幸いだ。

(注1)2011年に Archipel から出た後、最近、Profil から出た「ヘンスラー/マーラー・エディション(21CD)」に収録された。
(注2)「DISCOGRAPHY OF GUNDULA JANOWITZ」というページがあり、そこには1967年にウィーンで!、この「角笛」を歌ったという記録が残る。ただし、クリップスの指揮とある(>こちら)。
(注3)以前、ルートヴィヒはヴァンデルノートと『亡き子をしのぶ歌』を録音していて、このときは第4曲を、逆に史上最長の4分10秒かけて歌っていた。

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2017年12月27日 (水)

1967年のマーラー・ツィクルス(その3)

 1976年にウィーンで開催された大規模なマーラー・ツィクルス。その模様を仮想的に考えるシリーズの続き。

●第7番 マデルナ指揮ウィーン響
※この演奏にも、以前イタリアで出ていた CD があり、5月27日とクレジットがある(Hunt)。 ブルーノ・マデルナは、イタリア生まれの前衛作曲家。指揮者としてとしての活動にも熱心で、マーラーでは第3、5、7(2種)、9番(2種)の Live が残っている。この点では交友のあったピエール・ブーレーズと似ている。かつて吉田秀和氏がそのブーレーズの「第7番」の録音(DG)がCD1枚に収まっていることに驚いていたが、このマデルナの録音も同じく1枚もの。ブーレーズの演奏は第4楽章が異常に速いことで有名だが、全体のタイムではこのマデルナ盤の方がブーレーズ盤より短いくらいである。特に第1楽章は20分を切っていて、これは非常に珍しい(19:02)。ただ全体が速いというわけでなく、 曲頭はむしろほの明るく、穏やかに進む。その後は緩急・強弱をはっきりつける場面が多くなり、その場合も非常に急に加速・減速するので油断ならない。展開部後半で第2主題が回想される部分の濃厚な歌、さらに再現部に入る前後からはルフトパウゼなども使いながら劇的に盛り上がる展開が目を引く。このあたり以降の奔放な指揮ぶりには正直オケがついていっていないが、無類の面白さであることは間違いない。続く第2楽章が遅めで、夢の中の出来事のように始まるのに対し、第3楽章は今度は速め、という感じで、良くも悪くも予測不能。このツィクルスでは最も異色の演奏であろう。ちなみに、ウィーン響の「第7番」は、他に1950年にシェルヘンとのウィーン Live が残っているだけ。

●第8番 クーベリック指揮バイエルン放送響
※クーベリックは、1963年にコンセルトヘボウとこの「第8番」を Live 演奏していたほか、この年の2、3月から、バイエルン放送交響楽団とマーラーの交響曲全集の録音を「第9番」からスタートさせている(DG。4年後に完成)。この時期、世界を見渡しても大作「第8番」を安心して任せられたのは、クーベリック以外にはほとんどいなかったと思われる。それは、この曲1曲のために彼の手兵込みでわざわざミュンヘンから呼び寄せられたことでもわかる。バイエルンのオケは、1967年以前はまだクレンペラーの指揮で「第2、4番」を演奏した記録があったくらいだが、前記のようにクーベリックとはすでに「第9番」のセッション録音を終えていた。また同年4、5月には、それぞれ「第3番」(Live、Audite)、「第4番」(セッション、DG)を演奏・録音している。このツィクルスでは、最も安定してマーラーを演奏することができたオケであったことは間違いない。一方、ソリストは主にウィーンを中心に活躍していた歌手たちが選ばれた。(マルティナ・)アローヨ、(ゲルダ・)シャイラー、(リーゼ・)ソレル=ソレール、(ルクレティア・)ウェスト、(ビルギット・)フィニレ、(ヴィレーム・)プシビル=プルジビル、(ウラジーミル・)ルジャック=ラジャック、(トゥゴミール・)フランク<<ただしネット上に記載のある姓の日本語読み(2つある場合は小文字の方)からの筆者の推定を、( )内に追記した(2017/12/30の追記>Wiener Singakademie のサイトに詳しい演奏記録があることが判明した。ソリスト名は、筆者の推定通り。また演奏日も、6月14日であることが判明した!(>こちら))。残念ながら本ツィクルスの録音はないものの、1970年の同コンビによる正規 Live 録音が残っているので、こちらを聴いてみよう(Audite)。有名な DG によるセッション録音の前日に同じメンバー・同じ会場で行われたライヴであり、当然、表現はよく似ている。驚くほど勢いのある演奏で、速めのテンポを採り小気味好く進んでいくので、全体がCD一枚に収まっている。それでも弾き飛ばしているようなところがないのは、クーベリックならでは。第二部も厳粛な独唱に始まり、後半部は晴朗な気分に満ちた稀有な名演になっている。ただ、この1970年のソリストたちは、マティスやハマリ、フィッシャー=ディースカウなど、おそらく史上最強のメンバーが揃っていたので、その点は割り引いて考える必要があろうが。

●『大地の歌』 カルロス・クライバー指揮ウィーン響
※小クライバー唯一のマーラー(6月7日の演奏)で、彼のお気に入りであるモーツァルトの交響曲第33番 変ロ長調も同時に演奏された。かなり以前から Memories などの盤で出まわっていたので、このツィクルス中、最も有名な演奏になっていた。クライバーの演奏を集めている僕のところには Memories、Exclusive、LIVE CLASSIC ほか複数の CD があったが、2014年になってついにウィーン交響楽団の自主レーベルから正規音源として発売された。少し長くなるが、以下は発売元からの情報。「当時のクライバーは、オペラを中心に活躍していたとはいえ、まだ知名度が低く商業録音もゼロという状態でしたが、オペラの現場ではすでに評判となっており、その実力を知っていた演出家のオットー・シェンクの薦めで、ウィーン・コンツェルトハウス協会の事務局長ペーター・ヴァイザーが、シュトゥットガルトを訪れて直接クライバーに出演を依頼したという経緯で実現したのがこのコンサートでした。オットー・シェンクさまさまです。/ 指揮を引き受けたクライバーは、勉強のため、『大地の歌』のエキスパートで父の友人でもあった指揮者オットー・クレンペラーを訪ねるためチューリヒに向かいます。そこで演奏や歌手の人選についてアドバイスを受け、クレンペラーのお気に入りでもあったテノールのクメントとアルトのルートヴィヒを起用しておこなわれたのがここでの演奏ということになります。」クレンペラーを訪ねたという話が興味深いが、クレンペラーはもっぱら自分自身についての逸話を1時間話し続けただけとも伝えられている(注2)。また有名なサイト「エーリッヒ & カルロス・クライバー ページ」によれば「このコンサートは不評だった」とのことである(>こちら)。無論、好意的な批評もあったにはあったが、クライバー自身「ウィーンの演奏会の録音テープは捨ててしまったよ。」と言ったという。後年、この録音を聴く我々としては、要所要所でクライバーらしいしなやかなフレージングを聴き取ることができるし、オケの音色や響き具合に十分気を使っているところも彼らしいと感じる。が、まさにこれらの点が、ツィクルス当時のマーラー演奏としては理解し難かった(新しかった)のではないか。第4楽章で1か所、テンポが速すぎ息継ぎが遅れているところがあるが、クメント、ルートヴィヒは十分気合いの入った歌唱、どちらかと言えばオペラチックな力演で応えている。ウィーン響にはクレンペラーとのセッション録音(1950年)があったほか、Live では1954年のクレツキ、そして1964年のウィーン芸術週間でのクリップスの演奏があった。後者は、ヴンダーリヒとフィッシャー=ディースカウという最強コンビがそろった録音として、2011年に正規発売された折、大いに話題になった。

●第9番 マゼール指揮ベルリン放送響
※マゼールは計3回の全集を残すなど、偉大な「マーラー指揮者」のひとりと言える。この「第9番」も、少し時代は下るが、1回目のウィーン・フィルとの全集(Sony)の中で、1984年に録音している。全集中でも評判のよい方の演奏だし、僕は嫌いではないが、それは彼が個性派巨匠になってからの演奏と言える。ツィクルス前後のマゼールはと言えば、1965年にベルリン・ドイツ・オペラとベルリン放送交響楽団の音楽監督に就任。DG や Philips にベートーヴェンの交響曲やバッハの『ミサ曲ロ短調』などを相次いで録音。まさに「俊英」と呼ぶに相応しい活躍ぶりであった。実際、この時期のマゼールの清冽な演奏に、彼の最良の時を見るファンは多い。そのベルリン放送響と入れた1968年の「第4番」がある(英 Concert Hall)。美しく高弦を歌わせるとともに、要所要所でアクセントをつけた演奏は、今聴いても魅力がある。時折、聴き慣れない金管の対旋律が浮かび上がってくるほかは、極めて瑞々しい演奏である。ウィーンでの「第9番」も、対位法的に入り組んだ旋律を器用に解きほぐしながら、観客にこの曲のすばらしさをストレートに伝えていただろう。ツィクルス当時のベルリン放送響が演奏したマーラーの交響曲としては、ロスバウトの「第7番(世界初LP)」があったほか、ウラニア・レーベルからエルネスト・ボルサムスキーという指揮者の『巨人』も出ていた(Live ではクレンペラーの「第4番」もあった)。

●第10番~アダージョ トイリンク指揮オーストリア放送(ORF)響
※「ORF響」というのは今の「ウィーン放送響」のことだが、いずれにしても当時のマーラーの演奏歴はほとんど知られていない。詳しくは(その4)の『嘆きの歌』の項であらためて調べてみたい。ただ「ORF響」が設立されたのは1969年9月なので、1967年のツィクルス時にはまだ前進の「Grosses Orchester des Österreichischen Rundfunks」だった可能性が高いのだが、これはいずれのサイトでもなぜか「ORF響」とされている。また主に合唱指揮者として活動したギュンター・トイリンクについても、ライプチヒで「第8番」を指揮したことがあったというほかは、残念ながらほとんど関連情報はない。どのような演奏だったのか僕にも想像がつかない、というのが本当のところ。そのトイリンクには、Westminster にパレストリーナの『教皇マルチェルスのミサ』を録音している。こじつけ気味だが、この「第10番」は1本の線で繋がった旋律に対位法的な声部が絡む場面が多いので、それが古い時代の合唱作品に見られる多声音楽風であることも事実なのだが。一方、最初期の演奏稿であるクルシェネク版の出版が1961年、国際マーラー協会の全集版(ラッツ校訂)の出版が1964年ということだ。なので、「第10番」のアダージョをコンサートで演奏すること自体、 1967年の時点で言えば、まだまだ試演的なイベントであったろう。トイリンクの合唱録音についても、『嘆きの歌』の項であらためて触れることにしたい。

 長くなったので、オーケストラ付き歌曲集等については、次回に。

(注1)アレクサンダー・ヴェルナーによるクライバーの伝記『カルロス・クライバー ある天才指揮者の伝記 上』(音楽之友社・刊)。ちなみにこの伝記には、このコンサートのことがかなり詳しく書かれている。
(注2)Peter Fulop の『Mahler Discography』によれば、1971年8月にウィーンで「第8番」を Live 演奏した記録がある。この演奏には私家盤の録音があるというが、さすがにこれは未聴。
(注3 2017/12/30の追記)

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2017年12月24日 (日)

1967年のマーラー・ツィクルス(その2)

 演奏者の目星がついたところで、1967年のマーラー・ツィクルスがどのようなものであったか考えていくことにしたい(ちなみにこのときの演奏は、一部の曲が市販CDとして一般に頒布されています。また、いわゆる非正規盤(CD-R)でも出ている曲がいくつかあり、ちょうど今年、実演から50年が過ぎ著作隣接権も切れたこともあり、その内いくつかは文章の中で触れています。ご了承ください)。

●第1番 プレートル指揮ウィーン響
※ウィーン交響楽団は、1953年にホーレンシュタインと、この「第1番」をセッション録音していた。前年にアドラー指揮による Live があったほか、1960年にクリップスとも演奏した記録がある。一方、ジョルジュ・プレートルとウィーン響とのコンビによるマーラーと言えば、近年、1991年収録の「第5番」「第6番」のライヴ録音が発掘された(Weitblick)。これらは、宇野功芳氏が絶賛したことでも大いに話題になった。ちなみにプレートルは、ウィーン交響楽団で1986~91年まで第一客員指揮者を務めたが、1989年にこの楽団を率いて来日した折には、この『巨人』も振っている(当時、テレビで放映されたという記憶があるのでご覧になった方もいるだろう)。晩年はウィーン・フィルの指揮台にもよく立っており、2007年収録の『巨人』を振った記録もあるようだ。これらはいずれも後年の演奏であり、個性的な表情づけが注目されていた。が、それよりも抒情的な部分に聴かれる上品かつ意義深い歌わせ方は、劇場で培った彼の若い時からの本領だろう。このツィクルス当時は、プレートルと聞いてドイツ物のイメージはなかったと思う。が、第1楽章あたりは明るく澄んだ音で、美しく響かせていただろうし、終楽章も色彩的な音色で飄々と駆け抜けていたのでは。(2018/1/18の追記 「補遺編・サヴァリッシュ2」で紹介させていただいた @netradio_wiki さんからウィーン交響楽団サイト中のデータベースをご教授いただいた。それによると、この演奏会の日付は、5月31日と判明した。)

●第2番 バーンスタイン指揮ウィーン・フィル
※この演奏が行われた1967年当時、ウィーン・フィルによるこの曲のセッション録音はなかったと思われる。以前にはワルターやクレンペラーとの Live 録音もあったし、直近では2年前の1965年のザルツブルク音楽祭で、アバドがこの曲を振ってデビューしていた。そういう状況の中で、このツィクルスでのバーンスタインの演奏(6月12日)が、当時のドイツの音楽雑誌によれば「聴衆に圧倒的な感銘を与えた(柴田氏)」という。バーンスタインは、当時はすでに第1回目のマーラー交響曲全集の録音に取りかかっていた。後年、DGに入れた全集録音の『復活』では、特に第1、2楽章において極めて遅いテンポにより極限まで拡大されたフォルムが目を引いたが、実は上記の第1回目の全集録音(1963年)でもすでにその傾向は顕著であった。ソリストとして名前が挙がるヒルデ・ギューデンとクリスタ・ルードヴィヒというコンビはさすがに時代を感じさせるが、当時としてはウィーン・シュターツオパーの黄金コンビというほかない(前年、ベームの指揮の『コシ・ファン・トゥッテ』で、ギューデンがフィオルディリージ、ルートヴィヒがドラベッラを歌った記録がある)。この演奏には、CD-Rながら録音記録が残っている。堂々としたテンポは上記セッション録音と同じだが、第1楽章の第2主題における猛烈に粘った歌や、第3楽章トリオ等での急な加速など、いくつもの場面でライヴならではの即興的な音楽の流れが目立つ 。指揮者の気合いは相当なもので、強奏の前には必ず「ドン」という足音が入る。合唱は、ウィーン国立歌劇場のコーラス。第5楽章で合唱が入る部分は、セッション録音でも極めて遅かったが、ここはさらに遅く感じる。そして、会場全体を包み込むような圧倒的なラスト・・・。

●第3番 スワロフスキー指揮ウィーン響
※ウィーン交響楽団の「第3番」は、当時、アドラーとのセッション録音(1953年)があっただけだ(Live としては、この録音に先立って行われたアドラーとのもの、1950年のシェルヘンとの Live がある)。ツィクルスでのソリストは「ウェスト」だったそうだが、これはマーラーのスペシャリストの一人であるアルト歌手の「ルクレティア・ウェスト」のことだろう(2017/12/30の追記 Wiener Singakademie のサイトにより、詳しい演奏者および演奏日=6月10日であることが判明した>>こちら)。指揮のスワロフスキーは、ウィーン国立音楽大学指揮科の教授として多くの指揮者を育てたことで有名だが、ウィーン交響楽団では1946~48年に首席指揮者を務めた。このオケを振ってマーラーの「第5番」の録音(Berlin Classics)があるほか、チェコ・フィルとも「第4番」の録音を残している(Supraphon)。さらに CD-R ながら、ロサンゼルス・フィルとのこの「第3番」の録音があった。ツィクルスの2年前、1965年2月19日のライヴであり、これは我々の参考になりそうだ(リリー・チューケジアン(Ms)、ロサンゼルス・マスター・コラール女声Cho、聖チャールズ少年Cho)。弟子のアバドは師のスワロフスキーに、指揮の際、「動作は控えめにと強く言われ」たと証言している。全体に駆け出すことのない落ち着いたテンポ設計だが、ことさらに重々しくなることは注意深く避けられている。とはいえ、この演奏の眼目は第6楽章にあり、ここではロス・フィルを本気で曲に向かわせていて、稀に見る名演になっている(終演後、会場全体が「ブラボー」と叫んでいる! ただしこのライヴでは、観客は楽章の終わりごとに拍手をしているのだが)。ツィクルスとは直接関係ないが、ここでのロス・フィルが驚くほど状態が良いので調べてみると、すでに1962年に音楽監督として若きメータが就任。まさに上り調子にあったようだ。メータはこのオケでいずれマーラーを取り上げていくにあたり、師のスワロフスキーを呼んで振ってもらったのではないだろうか。そして、それが大成功に終わったので、2年後のウィーンでもスワロフスキーは「第3番」を希望したのでは、というのが僕の(勝手な)想像。

●第4番 サヴァリッシュ指揮ウィーン響
※当時、ウィーン響によるこの曲の正規録音はなし(Live では、クレンペラーとの1955年の演奏が残る)。 日本でもドイツ物の大家として有名だったサヴァリッシュだが、(いや、だからというべきか)マーラーの交響曲の録音はない!(2018年1月14日の付記 サヴァリッシュが1989年4月28日に、N響と『さすらう若者の歌』と「第4番」を演奏している記録を発見(>こちら「補遺編」へ)。フィッシャー=ディースカウとのマーラー歌曲集で、ピアノ伴奏をしているのが、唯一の例外。ただ、彼は『大地の歌』のピアノ稿の世界初演を、1989年5月15日に日本で行っていて、これもテレビで放送されたはずだ(サヴァリッシュのピアノ、マリャーナ・リポフシェク、エスタ・ヴィンベルイの独唱)。なので、決してマーラー嫌いということでもないのだろう。ましてやこの時期、サヴァリッシュはウィーン交響楽団の首席指揮者だったので(1960~70年)、このツィクルスに呼ばれていてもそれほど不思議ではないのだが、もしかするとオケも指揮者もほぼ初見状態だったのかもしれない。ただ、当時のサヴァリッシュの芸風から言って、「第4番」は最も振りやすかっただろう。清潔なフレージングによる、極めてさわやかなマーラーだったと想像される。ソリストは「ツァデク」だそうで、これはおそらくウィーンで活躍したヒルデ・ツァデクのことだろう。「第3番」のウェストとともに、こちらで紹介したミトロプーロス&VPOの「第8番」にも出ている(ただし、ネット上ではソプラノはハリーナ・ルコムスカだったという説もあり)。(2018/1/16の追記 「補遺・サヴァリッシュ2」に詳しく紹介したが、当演奏会のソリストは、ツァデクではなくルコムスカだった。あわせてこの「第4番」の演奏会の日付は、6月3日だったことも判明。情報提供者の「@netradio_wiki」さんに感謝!)

●第5番 ショモギー指揮ウィーン響
※ショモギーとウィーン響には Westminster に、ハイドンの交響曲を入れた LP があった(注)。彼にもマーラーの録音はないが、(その1)にも書いたように、かのシェルヘンに指揮を学んだという。シェルヘンのマーラー録音の中でも、この「第5番」はかなり特色のあることで有名だ。ライヴでは大幅にカットを入れる。さらにおそーい、おそーいアダージェット!(史上最長記録で、15分12秒かかっている)などなど。ただし、ショモギーの既存の録音を聴いてみたが、オケを軽快にドライブした真面目なものばかりなので、師匠のマーラーとは趣きが違っていただろう。ある意味、ワルター風の、古典的なフォルムの「第5番」だったのではないだろうか。あるいは、スウィトナーの同曲の演奏のような。ちなみにウィーン交響楽団には、当時、この曲のセッション録音もなかった。(2018/1/18の追記 @netradio_wiki さんからご教授いただいたウィーン交響楽団サイト中のデータベースにより、この演奏会の日付は、6月15日と判明した。)

●第6番 アバド指揮ウィーン響
※ウィーン響の「第6番」としては、1952年にアドラーによるセッション録音があった。世界初録音と言われているが、以降、頻繁な演奏があったとも思えない。こちらのツィクルスは、(1967年)5月24日の演奏。うれしいことに、この演奏にはCDがある(かつては Hunt から出ていたが、現在は Memories が復刻し、一般のCDサイトでも買える)。恩師スワロフスキーの推薦だったのだろうか。上記のようにアバドはこの2年前にやはりマーラーの『復活』でザルツブルク音楽祭にデビューしていて、それに続く本場での大舞台ということになる。後年の超一流オケを振った時のような洗練こそ見られないが、オケをコントロールする力はこのツィクルスの他の演奏以上に感じられる。晩年のアバドの演奏ではアンダンテを第2楽章に置くことになるが、ここではまだスケルツォのまま。この楽章は驚くほど速いテンポで始まるが、その勢いは他ではあまり聴くことができないほどだ。アンダンテでの厚い響きも、聴き応えがある。バーンスタインのように会場を興奮の坩堝に化すようなスケール感こそないが、若きアバドの底に秘めた気迫が感じられる好演。

 以下の曲は、次回に。

(注)本ブログのリンク集に登録のある Daisy さんのサイト「ハイドン音楽倉庫」に、この交響曲集(第89番・90番)の詳細なレビューがありますので、ぜひご覧ください。なんとショモギー(ソモジ)のプロフィールも! 余談だがショモギーの代表盤として Westminster にバレンボイムとベートーヴェンのハ短調協奏曲(第3番)を録音している盤があって、これは名盤だ(オケはウィーンのシュターツオパー管弦楽団)。若き日のバレンボイムが、こんなにいいピアニストだったなんて(笑)。

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2017年12月 7日 (木)

1967年のマーラー・ツィクルス(その1)

 グスタフ・マーラーの作品受容において重要なきっかけとなった機会として、作曲家・音楽学者の柴田南雄氏が著書『グスタフ・マーラー 現代音楽への道』(岩波現代文庫、同名の岩波新書版を増補)の中で次のように書かれている。

「 マーラーについては、まず一九六〇年の生誕百年にヴィーンでは記念展覧会が、ベルリンでは主要作品の連続演奏が行われ、さらに一九六七年の「ヴィーン芸術週間」でマーラーのほぼ全作品の演奏が行われた。」(p.8-9)

 このうち、1960年のベルリンにおけるマーラー上演は、「あまり網羅的ではなく、「第一」「第二」「第三」「第九」「第十」の各交響曲と「大地の歌」を、カラヤン、マゼール、シルヴェストリ、ケーニヒらの指揮者が分担した(柴田氏)」にとどまったようだ。が、1967年の「ヴィーン芸術週間」でウィーン、コンツェルトハウスで行われたマーラー・ツィクルスは、より大規模で、しかもすべての公演・曲目が我が国の FM 放送でオンエアされたという。某巨大掲示板の「ライヴ録音総合スレ」によれば、

「NHK-FMでは  日曜日の午後の「海外の音楽」で6回にわたって放送(解説:柴田南雄、吉田秀和、大町陽一郎)され、そのうちモノが4回でステレオは2回。」

とのことで、かの吉田秀和氏も絡んでいるらしい。この記事を読んだとき、僕は吉田氏が訪日中のローリン・マゼールから、深い関係がありながらもマーラーの音楽に馴染みの薄いウィーンで、大規模なマーラー・ツィクルスが行われるという話(予定)を聞き驚いた、という逸話を書いていたのを思い出した。

「 それだけに、私は、一九六六年の秋、ベルリン・ドイツ・オペラの一行が東京に二度目の来日をしにきたとき、ある夕べ、フィッシャー=ディースカウやローリン・マゼールと食事をしながら歓談した折、マゼールの口から、来年はヴィーンの芸術祭(ヴィーンでは五月から六月にかけて開かれる)で、マーラーの全交響曲作品が、つまり交響曲はもちろん、管弦楽伴奏の歌曲のすべてを含む連続演奏会が開かれるという話を聞いて、驚いたのだった。「へえ!ヴィーンでね」「そう、ヴィーンで。《第一交響曲》はプレートルが、《第二》はバーンスタインが、ベームがヴィーン・フィルを降って、クリスタ・ルートヴィヒの歌う《さすらう若人の歌》を、《第四》はザヴァリッシュ、《第六》はクラウディオ・アバードが、《第七》はブルーノ・マデルナ、《第八》はラファエル・クーベリック。私は《第九》と、ルートヴィヒの独唱で《亡き子を偲ぶ歌》の指揮をする……」」(「表現主義的ネオ・バロック 交響曲第九番」>今は『マーラー』(河出文庫)に入っている)

 この話をなぜ憶えていたかと言えば、上記文章で吉田氏は取材ではなく歓談時の<伝聞>で書いているわりには、かなり細かく演奏者と曲目を記載していて、「なぜここまで詳しく書けたのだろう」と思った記憶があったからである。さらにこの引用文を読んだとき、「なぜ《第五》等が抜けているのだろうか」と、少し疑問に思ったことも。単にマゼールが言わなかったということもあり得る。ただその疑問について考えるとき、柴田氏の記述と比べてみると、解決の糸口が見つかる。

「当時の記録から曲目と指揮者を紹介すると『嘆きの歌』(トイリンク)、『さすらう若人の歌』(ペーム)、歌曲集『子供の魔の角笛』(プレートル)、『子供の死の歌』(マゼール)、『リュッケルトの詩による5つの歌曲』(マデルナ)、交響曲では、『第1番』(プレートル)、『第2番』(バーンスタイン)、『第3番』(スワロフスキー)、『第4番』(サヴァリッシュ)、『第5番』(ソモジュ)、『第6番』(アッバード)、『第7番』(マデルナ)、『第8番』(クーベリック)、『大地の歌』(クライバー)、『第9番』(マゼール)、『第10番』のアダージョ(トイリンク)で、オーケストラはペームとバーンスタインがヴィーン・フィル、クーペリックはバイエルン放送交響楽団、他はヴィーン交響楽団とオーストリア放送交響楽団であった。」(柴田氏前掲書、p.9-10)

 吉田氏の上記文章は、元々1967年11月、つまりツィクルスの終了後に発表されている(『芸術新潮』)。おそらく氏は、放送解説のため柴田氏と同じ放送記録等を参照していただろう。そこには、ソモジュが振った『第5番』と、『大地の歌』を振った(カルロス・)クライバー、『嘆きの歌』および『第10番』アダージョを担当したトイリンクのことも記されていたはずだ。ただ、かの小クライバーもこの1967年の時点ではレコード・デビューもまだで、知名度は極めて低かったと思われる。が、「ソモジュ」「トイリンク」こちらの二人はもっと知られていなかっただろう。つまり吉田氏は、馴染みのないこれらの<名前>を省くため、上記文章ではあえて曲名を含めて書かなかったのではないだろうか。のちに有名になったクライバーは除くとして、実際、ネットで「ソモジュ」「トイリンク」という名前を指揮者として検索してみても、結局、このマーラー・ツィクルスのプログラムについて書かれた記事がヒットしてしまう。またその場合も、誰もこの二人については気にしてはいないようである。なので、この「ソモジュ」「トイリンク」問題を片付けないと先に進めないと思い、今回、この点について調べてみることにした。

 まずは『嘆きの歌』および『第10番』アダージョを担当したトイリンクから。ありそうな名前なのですぐに見つかると思ったが、意外に苦戦することに。おそらく語尾の「ク」は「ハンブルク」「ザルツブルク」などと同じで「g」と想像し、「Toyring」「Toiring」などをあたるがまったくヒットせず。あきらめかけて、試しに Amazon で「トイリンク」と日本語で打ってみたら、シェルヘン指揮のモーツァルトの「レクイエム」(Westminster 盤)がヒットした。指揮の欄に「シェルヘン(ヘルマン), トイリンク(ギュンター)」とある。合唱指揮者だろうと狙いをつけ、あたっていたら「Gunter Theuring」(「Gunter」の「u」の上に、ウムラウト=横2点あり)というスペルであることが判明。これを検索すると、「ギュンター・トイリンク」(1930 - 2016)は、果たしてウィーンを中心に活躍した指揮者・合唱指揮者だった。1959年に「Wiener Jeunesse Choir」、1973年に「Ensemble Contraste Wien」を設立。 指揮者としても、ウィーン交響楽団 、ORF放送交響楽団、ライプツィヒゲヴァントハウス管弦楽団など国内外のオーケストラと共演したようだ(ウィーン交響楽団 、ORF放送交響楽団は、上記ツィクルスの参加オケであり、その線でもつながってくる)。落ち着いて探してみると、パレストリーナのミサ曲の録音(Westminster)があるほか、バーンスタインやアバド等の盤で合唱指揮を務めていることもわかった。我が国の合唱コンクールの審査員も務めたことがあるので、もしかして合唱界では知られた名前かもしれない。また「Bach Cantatas Website」にトイリンクのバイオグラフィーがあり、ゲヴァントハウス管弦楽団とマーラーの「第8番」を演奏したことも書かれている(※1)。

 次に「第5番」を担当した「ソモジュ」だが、この名前はいかにも日本語の音写があやしい。「ソモジー」「ショモジー」といろいろ打ち変えているうちに、「ショモギー・ラースロー」(1907 - 1988)というハンガリー出身の指揮者がいることがわかった(ハンガリーの通例に従い、姓・名の順で記している)。Wikipedia によれば、ショモギーはブダペストの生まれ。1943年からブダペスト交響楽団の設立に関わり、1945年にはハンガリー国立フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者の座をフェレンツ・フリッチャイと共に務めた。その後、1950年にブダペスト交響楽団の首席指揮者に就任したが、ハンガリー動乱の際にアメリカに亡命したという。スペルは、「Somogyi Laszlo」(Laszlo」の「a」と「o」の上に、アクサンテギュ=右傾き点あり) 。モーツァルトやベートーヴェンの交響曲のほか、お国ものであるリストやコダーイ、バルトークなどの録音があるようだ。マーラーの録音は見当たらなかったが、ブリュッセルで、マーラーの作品を早くから取り上げていたヘルマン・シェルヘンの薫陶も受けたという。なので、おそらくウィーンで「第5番」交響曲を振ったのは、このショモギーで間違いないだろうと思う(※2)。

 今回はこのあたりで。

※1 「Gunter Theuring」という名前でヒットする作品のひとつに、アーノンクールの『オルフェオ』全曲盤(彼には映像版もあるが、今回は音のみの版の方。1968年録音)がある。「Theuring」は「牧人 Pastore」1にクレジットされていて、声域はカウンターテノールとある。トイリンクが歌手だったという記録は見つけられなかったものの、上記バイオグラフィーでも元々はウィーン少年合唱団出身だったとある。アーノンクールの本拠地もウィーンであり、同姓同名とも思えないので、ここに記しておく(これについては、また追加で調べてみたい)。
※2 (2017/12/30の追記)この項の(その3)で取り上げるクライバー指揮『大地の歌』のライナーノーツを読んでいたら、このツィクルスの一部の指揮者名が書かれていた。そこには「Ladislaus Somogy No. 5.」とある。もしや「Somogyi Laszlo」ではなかったのかと思い焦ったが、「Ladislaus Somogy」の名では検索にも引っかからない。さらに調べていくと、ドイツ語や英語で「Ladislaus, Ladislas」(ラディスラウス、ラディスラス)という名前は、ハンガリー語では「Laszlo」(ラースロー)になるのだという情報が見つかった(例えば、こちら)。なので、今のところ訂正はしないでおく。

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2017年12月 4日 (月)

バルビローリのマーラー演奏まとめ(その2)

7 交響曲第7番
16)ハレ管弦楽団 、 BBCノーザン交響楽団の合同演奏 1960年
※BBC レジェンド・シリーズで出されたマンチェスターでの Live 録音。Barbirolli Society からも出たほか、<選集1>にも収録された。マーラーの交響曲の中でもパロディ性が高いと言われているこの曲が、これほど温かみを持って響くのは、サー・ジョンの人柄の為せる技だろうか。第4楽章の「夜曲」は、極めて遅い(16:16)。この楽章だけ見ると史上最遅で有名なクレンペラー盤より長いのだが、終楽章はむしろストレートに盛り上がる。曲のせいか、バルビローリのライヴの中では他の盤ほど評判になっていないような気もするが、もっと評価されていいのではないだろうか。

8 『大地の歌』
17)ハレ管 1952年
※サー・ジョンの『大地の歌』は初出! しかも、ハレ管。独唱は、キャスリーン・フェリアー。となれば、音質が悪かろうが、第1楽章冒頭(約7小節分)と第5楽章冒頭(半小節分)が切れていようが、ファンとしては聴かなければならない。以前は、イギリスのヒストリカル系レーベル APR から出ていたが、今回<選集2>に入ったおかげで、手軽に聴けるようになった。最初期のマーラー録音だけに、全体の演奏時間は64分弱と目立って遅いわけではない。が、楽節が変わるごとに大きなテンポ・ルバートをつけるとともに、速いところは速く、遅いところは遅くというように彫りの深さで際立っている。特に終楽章の後半はマーラーの書いた楽譜としても最高のページの一つだが、サー・ジョンの指揮もさらに大きな呼吸で音楽の深部に没入していく様子が記録されている。低弦の抉りといい、ヴァイオリンや木管の魅惑的な響きいい、ハレ管が最高の演奏でサー・ジョンの期待に応え、フェリアーの歌も終曲に向けますます熱を帯びる。

9 交響曲第9番
18)トリノRAI管 1960年
※イタリア製の非正規盤は複数のレーベルで出ていたし、Archipel 盤もある。国内盤としてはデルタが2010年に出した盤がある。トリノの放送局のオケなので、決してマーラーに慣れ親しんではいなかっただろう。にもかかわらず、第1楽章からオケは全力投球している。なので奏者の自発性が生み出す楽興は、この演奏に一番多く感じられる。特に第4楽章のポルタメントを多用した濃密な表情づけは、まさに圧巻。この演奏の1番の聴きものだろう。
19)ニューヨーク・フィル 1962年
※前回、第1番交響曲の時に紹介したセット物「The Mahler Broadcasts」に含まれていた演奏だが、<選集1>に含まれたので俄然聴きやすくなった。バーンスタインは1958年にNYPの常任指揮者に就任していて、すでにマーラーを録音し始めていたが、この Live の時点ではまだ第9番は収録していなかった。他の2種よりオケの響きは重く、少しスロースタート気味ではあるものの、第1楽章後半の爆発はさすがだ。第2楽章の第1レントラーはかなり遅い。しかし、その中にそこはかとなくユーモアをにじませるのが、サー・ジョンの指揮の特徴でもある。アダージョで聴ける少しざらっとした質感を持った厚い弦の響きは、このオケならでは。その濃密さが魅力の一枚。
20)ベルリン・フィル 1964年
※ここで多くを語るまでもないだろう。今でこそアバドやラトルが普通にマーラーをレパートリーにしているが、ベルリン・フィルがまだマーラー演奏に通じていなかった時期に、これほどの名演を残したのは、バルビローリただ一人である。中間楽章の切れ味のよいリズムを聴く限り、オケも指揮者も絶好調であったと思われる。しかも、ここで彼らは私心なく音楽に奉仕している。今も「演奏家」ではなく単に「マーラー」を聴きたいとき、僕はこの盤に手が伸びる。

10 『さすらう若人の歌』
21)ジャネット・ベイカー/ハレ管 1967年
※以下、オーケストラ付き歌曲について簡単に触れる。24)以外は、EMI へのセッション録音である。こちらは、吉田秀和氏が「ことに後者は、目立っておそいテンポだが、この曲に関する最も美しい演奏の一つだった。」(『世界の指揮者』新潮文庫>>ちくま文庫)と評している演奏。確かに遅い! しかし第2曲の「朝の野を歩けば」 など、途中、音のないかけ声を入れたりして余裕の歌唱。サー・ジョンの自在なアゴーギクも曲に深い陰影を与えている。

11 『リュッケルトの詩による5つの歌曲』
22)ジャネット・ベイカー/ハレ管 1967年
※「私はこの世に捨てられて」のみ。『さすらう若人』『亡き子』と同じ日(5月4日)に録音されている。23)よりもテンポは遅くたっぷりと歌い抜いていて、余白に入れたにしては、あまりにも名唱すぎる。特に、曲の後半、「Tempo I」に戻ってからのベイカーのピアノシモでの歌、というか祈りのような声を聴くと、僕はいつも背筋がゾクゾクするような感動をおぼえる。吉田氏が、「マーラーの歌」という文章の中で(『マーラー』河出文庫・所収) 、ベイカーの『亡き子』について触れ、「おまけに外国盤には《リュッケルト歌曲集》の一つ、〈私はこの世から消え〉が入っている。」とわざわざ注記しているのは、おそらくこちらの演奏のことだろう。
23)ジャネット・ベイカー/ニュー・フィルハーモニア管 1969年
※こちらは全5曲の演奏。「これもヴァルターとカスリーン・フェリアの組合せによる歴史的名盤とともに、マーラーのレコードの白眉だろう」(吉田秀和、同上)というにふさわしい出来。明るく軽快に始まり、曲が進むにつれ深く沈潜していく。

12 『亡き子をしのぶ歌』
24)キャスリーン・フェリアー/ハレ管 1948年
※Barbirolli Society が発掘したマンチェスター、アルバート・ホールでの Live 録音。フェリアーの『亡き子』としては、1949年のワルター盤、1951年のクレンペラー盤があるが、バルビローリ盤はそのいずれよりもずっと遅いテンポを採る。途中、今にも停まりそうになっている箇所が散見されるが、決して音楽を壊していない。まさにバルビローリの至芸と言うほかない。これを聴くと、あのクレンペラーがまだまだ「ひよっこ」に思える(笑)。ただし、録音はかなり落ちる。
25)ジャネット・ベイカー/ハレ管 1969年
※バルビローリ一の融通無碍な伴奏、そしてベイカーのしっとりとした美声がいつまでも耳に残る名盤。第1曲と、そして最後の第5曲は、上記24)よりさらに遅い。またこういう時のハレ管は、抑制の効いた、しかしこの世のものと思えないほど美しい音色を奏でる。曲のすばらしさもあるけれど、好き嫌いで言えば、僕はサー・ジョンが残してくれた演奏のうち、これが一番好きかもしれない。「《亡き子を偲ぶ歌》の終曲、あの烈しい慟哭の手にとるように伝わってくる歌のあと、次第に速度をゆるめながら、ニ短調からニ長調に変わり、レントの「子守唄のように」に入ってゆくところなど、私は、フェリアー、ヴァルター盤のあまり張り切らず、ごく自然に、ごく穏やかに移ってゆき、結ばれていく扱いも悪くはないと思うけれだ、ベイカー、バルビローリ盤の、それとは逆の、苦しみの末、やっと到達した諦念のやさしい愛という趣に、いっそう惹かれるのである。」(吉田秀和「マーラーの歌」)、『マーラー』河出文庫・所収)

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2017年11月27日 (月)

バルビローリのマーラー演奏まとめ(その1)

 「マーラー指揮者」と言われる人は、バーンスタインやアバド、テンシュテット、ハイティンクを始め何人か挙げられると思う。が、僕にとって「この人こそ」と言える指揮者があるとすれば、サー・ジョン・バルビローリ(1899-1970)をおいて他にはない。僕が最初に買ったマーラーの交響曲第9番のLPは、彼がベルリン・フィルに請われて録音セッションを組んだという往年の名盤で、これは本当によく聴いた(無論、CDでも買い直した)。この演奏は、吉田秀和氏が『一枚のレコード』(中公文庫)の中で絶賛しているもの(「表現主義的ネオ・バロック 交響曲第九番」>今は『マーラー』(河出文庫)に入っている)。氏は、ベルリン滞在中(1967〜68年)に、バルビローリがベルリン・フィルとマーラーの第5番交響曲を演奏した実演も聴いたという。その上で、「私には、正直、バルビローリは、何といってもマーラーがよく、あとは、言ってみればもうおまけでしかないのである。(『世界の指揮者』新潮文庫>>ちくま文庫)」とまで書いている。 近年、Memories からサー・ジョンのマーラー選集が相次いで出された(<選集1> 第1(2種)、2、7、9番。<選集2>第4、5、6、『大地の歌』)。一般の方にも聴きやすくなったこともあり、今回、思いたって彼のマーラー演奏を曲毎にまとめてみた。

●第1番
1)ハレ管 1957年
※ Pye レーベルによるセッション録音で、この曲の最初のステレオ録音盤と言われている。テイチクから国内盤が出たこともあるが、このCDはモノラル仕様だった。その後、Dutton でも復刻されていたほか、Barbirolli Society からも出ている。基本は遅めのテンポで穏やかに進むが、ここぞという場面での爆発力には驚くしかない。アリアCDの店主が「最後の異常な盛り上がりから店主はこの演奏を同曲のベスト3に入れている。」というのは、この演奏のこと。硬めのバチを使っているのか、乾いた響きで鳴るティンパニーがやけに耳に残る。演奏の良し悪しではなく、「これがサー・ジョン」という録音。
2)ニューヨーク・フィル 1959年
※ニューヨーク・フィルの自主制作による Live 版マーラー交響曲全集「The Mahler Broadcasts」に含まれていた演奏。こちらは全12枚組セットで結構値もはる。4枚組の「Barbirolli in New York」(West Hill Radio Archives)としても出ていたが、上記<選集1>で手軽に手に入るようになったのはありがたい。オケの性格か響きは重く、テンポももっさりとしている。各楽章の中間部に現れる歌謡部分は、徹底的に歌い抜かれている。1)のテイチク盤の解説を書いている三浦淳史氏(懐かしい!)によれば、この一連の定期演奏会(1月8日〜11日)の折に、バルビローリは、マーラの未亡人アルマから「私の偉大な夫の第1交響曲のあなたの演奏に対して無限の感謝を アルマ・マーラー」という電報を受け取ったという。
3)チェコ・フィル 1960年
※数年前に Barbirolli Society から出た初出音源。チェコ放送局所蔵の「プラハの春音楽祭」における Live。こちらも、<選集1>のボーナス・トラックに入った。録音年が近いせいか、全体の特徴は3盤ともほぼ同じ。ただしこちらは、オケの反応が俊敏なのか木管などの音が鋭く耳につくし、第2楽章以外は2)より早めのテンポを採っている。終楽章後半で今にも停まりそうなテンポで歌い抜く弦のあと、急速にクライマックスに持っていくオケの力技は見事だ。

●第2番
4)ハレ管 1957年
※ 2014年に Barbirolli Society から出た初出音源(去年、CD-Rでも出た)。マンチェスターでの Live で、主兵との『復活』が録音されていたのはファンには朗報だろう。上記第1番の Pye 録音と同じ1957年の録音ということで、後年の重力級の演奏に比べて、よりストレートな表現を聴くことができる。
5)ベルリン・フィル 1965年
※イタリア製の非正規盤もあったが、Testament が復刻をしてくれて、一躍有名になった演奏(<選集1>にも収録)。やはり、と言うべきか。ゆったりとしたテンポを支えるベルリン・フィルの威力は絶大で、これほど聴き応えのある『復活』は他に誰の演奏があっただろうと考えてしまう(>以前の記事 )。荒削りのところもあるにはあるが、それがこの曲には十分プラスになっている。
6)シュトゥットガルト放送響 1970年
※非正規盤が複数あったが、2002年に「Great Conductors of the 20th Century」シリーズとして EMI から正規盤として出た。EMI が出すだけあって、録音状態も非常に良い。1970年4月5日の Live。まさに最晩年のものとはいえ、第3楽章以外は5)よりもテンポは早めで、演奏としてはいささかも衰えていない。合奏の乱れもあるし、金管の音色はまったくバルビローリらしくないけれど、終楽章でコーラスが入るあたりからの美しさは筆舌に尽くしがたいものがある。ヘレン・ドナートとビルギット・フィニレの両歌手も清冽な歌を歌っていて、暗闇から希望の光を照らす。ところが、これがサー・ジョン最後のマーラー演奏になろうとは・・・(7月29日に心臓発作でで帰らぬ人となる。)

●第3番
7)ベルリン・フィル 1969年
※バルビローリの第3番の録音は、1969年の Live が2種残った。最晩年の演奏だけに、いずれも他に例を見ないような名演となった。こちらは Testament から復刻された3月8日収録の Live。以前の記事にも書いたが下のハレ管との Live のいずれかが正規盤として出る可能性があったという。冒頭のホルンの斉唱は速めのテンポで始まるが、弦と打楽器の合いの手で踏みしめるようなリズムになり、以後は遅くなる。実際、第1楽章は、歴代の演奏でも3本の指に入るくらい、長い。この楽章の途中に出るヴァイオリンの美しいソロは、シュヴァルべだろうか。聖と俗、美と恐れ、憧れと諦念・・・起伏の大きなこの曲の全容を、実際に音にしている演奏の一つと言える。何よりも、ベルリン・フィルの重心の低い響きが、大きな感銘を呼び起こす。
8)ハレ管 1969年
※ BBC レジェンド・シリーズの1枚。3月23日、マンチェスターでの放送用の公開演奏である。演奏時間は、概して上記7)よりやや短め。オケも7)に比べてずっと軽量級だが、おもしろいもので、こちらの方が腰の座ったバルビローリ節を聴いたと言う感が残る。さすがに長年の相棒である。指揮者に全幅の信頼を寄せ、悠々とした音楽の運びに難なく合わせている様が、よく伝わってくる。とはいえ、単に遅いだけでなく、少年合唱の「ビム・バム」という跳ねるようなリズムなど、明るく爽やかな場面も多いのがこの盤の利点。終楽章でも、何も夾雑物のない、ひたすら純粋な音楽だけがそこに響いている。

●第4番
9)BBC交響楽団 1967年 
※同じくBBC レジェンド・シリーズからの1枚で、これも3)と同じプラハでの Live。以前 DISQUES REFRAIN から出ていたものと同じ演奏だろう。また<選集2>にも入っている。この曲のトレードマークとも言える曲頭のそりの鈴の音を、鉄琴で代用しているのは珍しい。 テンポルバートやルフトパウゼを多用し、ゆったりと歌い抜かれた演奏であり、まさにバルビローリらしさを堪能できる。終楽章の終わりから拍手が出るまでの長い長いインターバルが、聴衆の感銘の深さを物語っているようだ。名ホールとして知られるスメタナ・ホールの豊かな音響を活かした録音もすばらしい。

●第5番
10)ニューヨーク・フィル 1939年
※「アダージェット」のみの演奏。「Barbirolli – New York Philharmonic Live Recording 1937-1943」というバルビローリのニューヨーク時代の演奏を集めた2枚組CD(Guild)のボーナス・トラックとして出た。36〜87小節までの抜粋(5分弱)ということに加え、音質もかなり貧弱。Amazon の mp3 バージョンをこのトラックだけ200円で買って聴いてみたのだが、かなり粘る演奏であることはわかる。サー・ジョンのマーラーを全部聴きたいという人以外には、特に必要ないかも・・・
11)ヒューストン響 1966年
※CD-R盤も出ていたが、<選集2>での復刻はうれしい限りだ。1961〜67年まで常任指揮者を務めていたヒューストン響と行ったカーネギー・ホールでの Live。ヒューストン響との録音は他にないようなので、これは貴重な記録だ。このオケ自体、以前、エッシェンバッハとのコンビによるブラームスの交響曲全集が話題になったくらいで、あまり我が国では知られていないと思うが、こうやってサー・ジョンの演奏を立て続けに聴いてくると、このヒューストンのオケは意外にうまいと感じてしまう(苦笑)。12)よりややテンポが早めとはいえ、全体としてよく歌い、よく感情の込められたバルビローリのマーラーの美質があふれている演奏だ。第1楽章の葬送行進曲が、こんなに悲しげに響くとは。
12)ニュー・フィルハーモニア管 1969年
※ EMI へのセッション録音。バルビローリのマーラー録音の中では、最も落ち着いた印象の演奏。バーンスタインやテンシュテットあたりの凄演を聴き慣れた耳には、新鮮に響くのではないか。実際、第2、5楽章あたりはかなり遅い部類で、丁寧な演奏に聴こえる。第3楽章の中間部でも、冬の木漏れ日のような儚い夢の世界が広がっている。「この曲が苦手だ」という方こそ、ぜひこの演奏を聴いてみてほしい。一方、「アダージェット」は10分弱とそれほど長くない。その中でこれほど声高にならず、しかし心の底から歌い抜いた演奏はそうそうないだろう。

6 交響曲第6番
13)ベルリン・フィル 1966
※Testament が発売したベルリン・フィルとの一連の Live の中で、最も個性的な盤かもしれない。ずっしりとした重みで響く冒頭の行進曲風の低弦の刻みは、まさに「凶暴」と言うほかない。これだけの迫力は、かのバーンスタインでも出せなかったほどだ。テンポは以降速めに転ずるが、独特のアゴーギグにより音楽は濃厚に表情づけられ、時に荒々しい。しかし、この曲ではそのことがプラスに働いているだろう。第2楽章は「アンダンテ」が先になる。こちらもベルリン・フィルが深い響きを聴かせている。非正規盤もあったが、現在は<選集2>にも収録されている。
14)ニュー・フィルハーモニア管 1967
※こちらも Testament が発掘したものだが、元はBBC による放送音源で録音状態も比較的良い。13)より約1年半強後の8月16日に、ロンドン、ロイヤル・アルバート・ホールで収録された。全体の特徴も似ているが、オケがイギリスのものだけに迫力は一段落ちる。しかし響きの透明感は、逆にこちらの方が上。「アンダンテ」もよりノーブルに歌っていて、何度でも聴きたくなる。全曲の演奏自体より整理されていて、普遍的に響く。
15)ニュー・フィルハーモニア管 1967
※なんと14)の1日後、8月17〜18日に、場所を同じロンドンながらキングズウェイ・ホールに移してセッション録音されたもの。たった一日の違いだが、ホールの響きの関係だろうか、演奏時間にはかなり差があって、いずれの楽章でもこの盤の方が長い(CDも2枚組)。特に始まりのテンポは極めて遅く、もはや「アレグロ」とは言えないほど。重いリズムに乗って各動機が克明になぞられる様は、まさに白昼夢を見ているようで、ある意味、恐怖さえ感じる。一級オケとのセッション録音だけに、全体としてサー・ジョンの言いたいこと、やりたいことがよく伝わってくる。実際、コアなファンには、この盤が好きな人が多いのではあるまいか。ただしかつて出ていたLP等では当時の一般的な例と同じで、「アンダンテ」を第3楽章に置いた形で製品化されていた。実演では上記のとおりいずれも「アンダンテ」が先。セッションでは、EMI 側に妥協したのだろうか。最近のCDでは、art 盤が実演に合わせているのに対し、SACD盤はLPと同じ。果たしてサー・ジョンの思いはどちらだったのだろう。
14')ニュー・フィルハーモニア管 1969?
※イタリア製の非正規盤(HUNTCD 726)。クレジットには「22.1.1969, Lndra」とある。Peter Fulop の有名な『Mahler Discography』では「incorrrectly dated 1969」とされ、「rec. January 22, 1967」と訂正されている。しかし僕が聴いた限りでは、上記14)の演奏と同じもののようである。全体の収録時間は、こちらの方が1分半強長く、一緒にかけると HUNTCD 726 の方が徐々に先走るとはいえ、ピッチはほとんど一致している。

 以下は、次回に。

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