2021年12月 2日 (木)

「バイロイトの第九」の新音源!登場(その4)

 ネットショップで注文を出しておいた BIS 盤の「バイロイトの第九」がようやく届いた。予想どおり、中継元のバイエルン放送に残っていたテープを元にしたセンター盤=Orfeo 盤と同じ内容であった。アセテート盤に記録されていたようで、かすかに針音が鳴っている。BIS 盤はごくわずかにテープスピードが速いようで、当然ピッチも微妙に違うが実用上は問題はないだろう(厳密にいえば第4楽章の途中までの差が大きいのではないかと思う※)。

 この項の(その2)で指摘しておいたセンター盤への疑問点のうち、第1楽章冒頭に被っていた「金管楽器の管に詰まった唾を「ふー、ふー、ふー」と吹き出しているような音」については、BIS盤にはない※※。BIS 側の説明では、ごく短い欠落部や聴衆の雑音はそのままにしたということなので、これはバイエルン側の記録の際に入ったということになる。また、第4楽章の歓喜の歌の旋律が出る箇所の「編集痕」もBIS 盤にはなく、この箇所の休符=無音部分が約1秒ほど長くなっている。このことは BIS 盤が生放送の記録であることを裏付ける重要な証拠になるだろう。ただし、今回の盤にはこの演奏会自体の説明や録音テープの由来等についての説明はない。先に触れた「無編集」であることの説明のほかには、「第九」の曲解説、フルトヴェングラーのバイオグラフィーが入っているだけである(おいおい。この盤の場合、それって必要?)。番組の放送記録や中継記録などの客観的資料は、放送局側にも残っていなかったのだろうか? 僕自身、この盤の信憑性に疑念を持つ立場にはないが、せめてそうした配慮は欲しかったところだ。

 ところで、(その3)でも述べたように、あとは EMI のプロデューサー、ウォルター・レッグが、「バイロイトの第九」の発売にあたり、なぜ全編で本番の録音テープを使わなかったのかという議論が残されている。1951年7月29日の「第九演奏会」のあと、楽屋に戻ったフルトヴェングラーをレッグが訪ね、このように言ったという。

「昔聴いた第9の方がずっと良かったですよ」(『エリザベート夫人の回想』2004, Grand Slam GS-2205)
「A good performance, but not as good as it might have been」(Richard Osborne, 2000, EMI 5 67496 2)

 若干ニュアンスの違いはあるが、彼が現場で聴いた演奏に対し、フルトヴェングラーならもっと良い演奏ができたと感じていたことは想像に難くない。1954年冬にフルトヴェングラーが急逝。やむなく手持ちのライヴ録音からレコードを出すために各種テープを漁ってはみたレッグが、結局、ゲネプロの演奏の方を中心に編集されたテイクを選んだということだろうか。いずれにせよ、これはもはや確かめようのないことには違いないが。

※ただし、どちらの盤のテープスピード=ピッチが正しいかは、もはや確かめようがない。
※※空耳程度の話だが(笑)、BIS 盤の第1楽章冒頭部分には「キーキー」という鳥の声のようなものが、ごく小さく入っている(15秒〜18秒あたりがわかりやすいか)。

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2021年10月29日 (金)

「バイロイトの第九」の新音源!登場(その3)

 2回にわたって、「バイロイトの第九」の既存音源である EMI 盤およびセンター盤について、これまで判明している音響的事実や相関関係等について見てきた。今後は、今年12月に公開される BIS 盤がどのような内容かによるのだが、個人的には可能性は以下の3つだと思っている。

<想定1>BIS 盤の内容は、センター盤と同じ

 (その1)で紹介した「ハム音」分析によれば、EMI 盤には3つの音源が使われている。そのことから考えると、客観的に見てこの<想定1>の可能性が最も高いことは間違いない。その場合は BIS 音源の外的証拠にもよるが、こちらが1951年7月29日に行われたフルトヴェングラーによる「バイロイトの第九」の本番演奏ということになるだろう。一方、EMI 盤は、ゲネプロ(本番前の通し演奏)の音源に、一部本番のライヴ演奏をつないだものということになる。(その1) にも書いたが、なぜ EMI やプロデューサーのウォルター・レッグが、そういう不可解なことをしたのかという疑問が残るだけだ。

<想定2>BIS 盤の内容は、EMI 盤と同じ

 こちらも絶対あり得ないないわけではない。その場合、EMI 盤が本番の演奏ということになるが、ただ第3・4楽章に含まれたセンター盤と同じ部分には、理論上、これまで未知であった新たな演奏が含まれていることになるだろう(厳密に言えば、第1楽章の一部も)。その新たな部分に、何かしらレコードに使えない事情があり、ゲネプロの音源=センター盤から音源を採ってきた、というのが真相だったということになる。もしもそうだっだとしたら、これはある意味、明快かつ当然の帰結なのだが、さてどうだろう。

<想定3>BIS 盤の内容は、EMI 盤ともセンター盤とも一致しない

 (その1)で紹介した指揮者の徳岡直樹氏は、もしかしたらそれもあり得ると指摘するが、可能性としては上記<想定1・2>に比べるとかなり低いと言わねばならない。万が一そうだったら、当日約3回も声楽・ソリスト入りの通し演奏(おそらく舞台演奏)をしたことになってしまう。BIS 盤が第1~3楽章だけ新しい演奏で、第4楽章のみ既存の盤と同じ、というハイブリッド盤であることもあり得るから、簡単には言えないが。

 以上、「バイロイトの第九」の新音源について、想像も含め整理してみた。ちなみに、以前は記載されていなかったが、本日(10月29日)現在、Amazon の BIS 盤の解説を見たところ、以下のような記述が増えていた。

「冒頭アナウンスは「1951年バイロイト音楽祭。バイエルン放送がリヒャルト・ワーグナー音楽祭 (バイロイト音楽祭) のオープニング・コンサートをバイロイト祝祭劇場からドイツ・オーストリア放送、英国放送、フランス放送、ストックホルム放送を通じてお届けします。曲はヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮によるベートーヴェンの交響曲第9番です。」というもので、これがまさに生中継だったことがうかがえます。」

 これは、重要な情報だ(英国でも放送されていたというのは、未知の事実だ!)。いずれにせよ、12月になればいろいろはっきりするだろう。一クラシック・ファンとして、その日を待ちたい。

※(2021/11/6の付記)どうも発売日が繰り上がったようで、Amazon や HMV では、直輸入盤は「11月20日」発売、キングインターナショナルによる日本語帯・解説付きは「12月10日」発売になっている(その後、直輸入盤は「11月25日」発売、日本語帯・解説付きは「12月1日」発売になったようだ)。

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2021年10月26日 (火)

「バイロイトの第九」の新音源!登場(その2)

B センター盤の編集箇所
 前回は EMI 盤の編集箇所について述べたが、今回はセンター盤(Orfeo 盤)の編集箇所について。センター盤は、一般に演奏の内容的には、「「通し演奏」だと思います。(徳岡直樹氏) 」と言われている。が、そのテープに編集箇所がないわけではない。というより、EMI 盤・センター盤を通じ最も分かりやすい「編集痕」は、センター盤の第4楽章にある。ちょうどオーケストラによるレチタティーヴォが終わり、低弦で有名な歓喜の歌の旋律が出る直前で、急に音量が上がり頭の部分がわずかに欠けた形で始まってしまう。ここでは、明らかに2本のテープを編集している。(その1)で紹介したほかにも、EMI 盤のちょっとした音の欠落やひっかかりを元に、ウォルター・レッグらの編集行為をあげつらう言説は多くなされてきた。が、このセンター盤の明らかな「編集痕」については、金子建志氏以外にはまったく問題視しないのはどうしてだろう(「フルトヴェングラー 指揮、バイロイトの《第九》新発見が投げかけた新たな疑問」※)。センター関係者等は、元々複数のテープに分けて録音されていて、それをつないだ時にできたと言っている(その根拠は?)。その当否はともかく、この「編集痕」が重大な意味を持つのは、このことがバイエルン放送協会に残るテープが、放送された生演奏の一発撮りのテープそのものではないということを明らかにしている点だ。少なくとも元テープをハサミで切ってつないでいることは明らかである。これは、この後の BIS 盤の検証にも大きな意味を持ってくる。また第1楽章の冒頭に、金管楽器の管に詰まった唾を「ふー、ふー、ふー」と吹き出しているような音がかなりの大きさで入っている。これが本番の録音だとしたら、放送用の音源としてもかなり大きな問題になるレベルだ(こちらについて関係者は、バイロイト劇場に巣くったコウモリの鳴き声ではないかと言っている。え?※※)。

C BIS 盤の注目箇所
 今回 BIS 盤が発売されるにあたっては、これが本番の演奏の放送記録であることの傍証というか状況証拠がしっかりと取れることを期待したい。僕自身、様々な状況証拠から言って、センター盤が本番の演奏である可能性、つまり BIS 盤と同じ演奏である可能性は、EMI 盤がそうであるより高いとは思っている。が、センター盤の発表時に、本番の放送であることの外的証拠がないのにも関わらず、もっぱら演奏の特徴などから「こちらが本物。EMI 盤は偽物」と言わんばかりの紹介がされたことについては、大いに疑問を持っている。なので、この BIS 盤においては、そのあたりを慎重に取り扱ってほしいと思う立場だ。実際に、この BIS 盤が本番の生中継の録音であると断定するには、いくつかの要点がクリアされねばならない。

 例えば生中継番組の放送時間。当時の放送記録や新聞などから、ぜひ特定してほしい。それを語るには、まず1951年のバイロイトで、何時から「交響曲第9番」の演奏が始まったのかを知らねばならない。が、残念ながら、日本ではこのような基本的なことも、これまでほとんど語られてこなかった。今回、調べてみると、Orfeo 盤のライナーノーツに当時の演奏会のプログラムらしき文書の表紙画像が載っていて、そこに「SONNTAG, 29. JULI 1951, 20 UHR」とあるのが見える。つまり、20時からスタートしたと考えられるのだが、その時間と番組の放送時間とが一致していなければ、「生中継」という前提が崩れる。また生放送だった場合、当時、そういう国際中継放送が技術的に可能だったかの検証も必要だろう。日本の例だが、本邦初の国際ラジオ中継は、昭和5(1930)年1月のロンドン海軍軍縮会議の折だったと、国立国会図書館の憲政資料室のサイトにある>>こちら。なので、国際生中継が可能だったことは間違いないが、音質はひどかったそうだ。ドイツからスウェーデンまでおよそ1千キロメートル以上ある。中波では満足に届かないだろうから、短波で音楽を飛ばしたとしよう。その電波をスウェーデンの放送局がアンテナで受けて、(おそらく中波に変換して)放送するという手順をとったことが考えられそうだ。今回の BIS 盤はそれを放送局の時点で録音したということになるのだろうが、それでCD化できるほどの音質が保てたとしたらなかなかの技術だ(電話回線を使ったという説もあるが)。

 あとBで述べたことだが、もしBIS盤がセンター盤と同じ音源だった場合、その第4楽章にセンター盤に見られる明らかな「編集痕」がないこと。これも大事な要件だ。もし BIS 盤にも「編集痕」があったとしたら、生中継ではなくバイエルン放送協会のテープのコピーを取り寄せ放送したことになるだろう(コピーテープが1本増えただけ)。ちなみにこの辺りの事情は、NHK FM のライヴ演奏の放送番組である「ベスト・オブ・クラシック」の解説をよく務めていた金子建志氏による下記注の記事に詳しい。それによれば、1970〜80年代の日本のFMでも「音楽の生演奏を電波だけでリレーして中継するというのは簡単なことではなかった」という。多くの場合、「マスターテープをもとに、複数のコピーが作られ、放送時になると、全国のキー局から同時にダビング後のテープが回されて放送されるという仕組み」であった。テープの内容が「編集痕」も含め同じなら、かつてのNHK FM と同じことが、ミュンヘンとストックホルムで行われた疑いが生じる。

『レコード芸術』2007年9月号 p.213(音楽之友社)
※※僕自身、1950〜60年代のいわゆる「新バイロイト」時代の音源はほとんど集めているが、このような「泣き声」が入っていたという記憶はない。

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2021年10月24日 (日)

「バイロイトの第九」の新音源!登場(その1)

 「バイロイトの第九」と言えば、このブログをお読みになっておられる方には、説明不要の名盤だろう。僕の子どもの頃から、ベートーヴェンの交響曲第9番と言えば、1951年夏のバイロイト音楽祭でフルトヴェングラーが指揮したこのライヴ録音が決定盤として長く君臨してきた(EMI、現 Warner)。ところが、その名盤に実は別のバージョンがあることが知れわたったのが2007年のこと。発端は、日本のフルトヴェングラー・センターという愛好家団体が、バイロイト音楽祭の放送を担当しているバイエルン放送協会の録音庫から発掘した1本のテープであった。これは、一部既存の録音と同じ個所を持つものの、全体としてはまったく別音源だったこともあり、以後、様々な評者によってその真贋が争われてきた(現在では、Orfeo が一般販売している)。

 両者の演奏は極めてよく似ている。また第4楽章のソリストはどちらも共通。初日の演奏があったのは7月29日の夜で、その日のお昼にはゲネプロと称する「通し演奏」があったことも、関係者の証言が残っている。なので、どちらかがゲネプロの演奏で、どちらかが本番の演奏であったというのが現在の大方の見方である。だが、それを裏付ける客観的な資料は何もなく、真相は闇の中という状態であった(上記センター関係者は、下記にもあるように、EMI 盤は、リハーサルと本番の混合、センター盤は本番と主張する)。

 一方、以下は先日、輸入元のキングインターナショナルから発信されたニュース。

>>まさに1951年7月29日、スウェーデン放送によって中継放送された番組、冒頭の3か国語 (ドイツ語、英語、スウェーデン語) によるアナウンスから巨匠の入場、渾身の指揮、やや長めのインターバルをはさみ、最後の2分半以上に及ぶ大歓声と嵐のような拍手 (と番組終了のアナウンス) まで、85分間、一切のカットなしに当夜のすべての音をSACDハイブリッド盤に収録しました。

 これは2021年12月20日に発売予定の Bis 盤の発売予告である。おそらくこの盤が発売されれば、上記 EMI 盤とセンター盤との比較から、新たな事情が判明すると期待されているが、それまでに既出の両盤について情報を整理しておきたいと思う。というのも、センター盤の発表以来、「EMI 盤はライヴの一発録りではなく編集されている」「いや、EMI 盤には編集痕跡はない」「センター盤は通し演奏」といったような議論が盛んに交わされ、今でもそれらの憶測がネットや音楽本上でそのまま未決のまま放置されているからである。

A EMI 盤の編集箇所
 上に書いたように、両盤は全体としては別音源なのだが、一部同じ内容になっている箇所がある。これについてはSNSサイトの mixi で詳細な研究成果を発表されている方(お名前は「mixiユーザー(id:3963564)」となっている)がいらっしゃる>>「フルトヴェングラーのバイロイトの「第九」。ハムの痕跡で分かる事」2015年03月31日。これは、耳での聞き取りではなく、ハム音等、音源の周波数分析から割り出した結果によるというユニークかつ非常に精緻なもの。「どちらが本番かというのは主観なので考えない。」という主張からして、本当に潔い。根拠等はそちらを参照していただくとして、結果だけを紹介すると、EMI 盤には以下の箇所で他のテープからの音源が入り込んでいることがわかったという。ちなみに、分析者の方が聴いている音源は、「TOGE11005 のCD層」とのこと。

1)第1楽章の0:38から0:52辺り
2)第3楽章の9:18から10:44辺り
3)第3楽章の15:27から16:04辺り
4)第4楽章の9:49から10:02辺り

 このうち、1)を除く3か所は、音源的にセンター盤と同じ※。これについては、台湾在住の指揮者である徳岡直樹氏が、日本フルトヴェングラー・センターの講演会でもこれを追認している(以下は講演会後の Facebook 「Historical & Modern」における2018年7月14日の発言>>こちら)。

>>解析「EMIバイロイトの第九」の真実
7/7にセンター講演で発表した件。要点のみ簡潔に紹介。
EMI盤には一部センター/Orfeo盤と共通する部分がある。これは客席からのノイズ、そして演奏上の特徴やミスで判定が可能な上、ネットではEMI盤の「ハム音」の差で編集箇所を特定しようという試みがあるが、このふたつの手法による「仕分け」の結果が一致していた。
そして詳細に聞くと編集ヶ所の前後では収録音質も微妙に異なり、LPではまだしもCDでははっきりと聞き取りが可能。ただし非常に巧妙なものなので、これまでほとんど誰も気がつかなかったのも仕方ないかもしれない。
以下に第三楽章の四つの編集ヶ所を列記します。検証をお願いします。この時間表記は海外リファレンス盤のタイム表示を使用しています。
冒頭からリハーサル演奏 1〜82小節終わり 9’16”まで 
(1) 83〜98小節めの四拍めまでコンサート演奏(センター) 9’16”〜 10’50”
(2) 98小節四拍めから132小節第3拍の裏拍までリハーサル演奏 10’50”〜 15’26”
(3) 132小節第3拍の裏拍から136小節までコンサート演奏 15’26”〜 16’06” (未確認、再検証が必要)
(4) 137小節〜第三楽章終わりまで リハーサル演奏 16’06”〜
編集痕の聞き取りはなるべく初期CDを使用したほうがよい。最新のSACDのように「足音」自体が従来のものと違っていたり、「足音」から演奏への編集が綺麗に修正されている場合があるので、初期の日本盤CD等が検証に適している。第三楽章約20分の間、85%がリハーサルと思われる演奏、15%がセンター盤と共通するライブ演奏となっており、この編集意図についても幾つかの理由が推察されます。

 以上の情報に従って、僕も実際に EMI 盤を聴いてみた。正直、徳岡氏が「編集痕だらけ」と言うほどはっきりとした切り貼りの痕跡は聴き取れない。強いて言うならば、(4)の直前にごく瞬間的な音の引っかかりがあるか、という程度※※。そのような音の揺れのような箇所は、古いテープ音源ではどこにでも聴くことができる。なので、「未確認、再検証が必要」という注記にもあるように、「編集痕」から編集箇所がわかる、あるいは「「仕分け」の結果が一致していた」という感じでもないような気がする。むしろ、上記 mixi でのハム音の分析結果を元に、微に入り細を穿ちCDを聴いているというのが実態ではないか。

 ちなみに、上記の「ハム音」分析が出る前には、EMI の編集箇所と言えば、もっぱら第4楽章・333小節目の「vor Gott」末尾の短いクレッシェンド箇所ばかりがクローズアップされていた。曰く、センター盤には認められない「最後のクレッシェンドについては、疑念通りテープ編集時に付け加えられたと考えざるを得ない。(桧山浩介氏※※※)」。センター盤CD/SACDのライナーノーツでは、プロデューサーであるウォルター・レッグの「お化粧」「ごまかし」だとさえ書いてある。が、この箇所は mixiユーザー氏も、徳岡氏も、編集ではないという見解であり、最近ではほとんど問題にされなくなってきている。一方、「EMI 盤編集説」の根拠として挙げられることの多い演奏冒頭の「足音」については、今もオリジナルではないとする識者が多い。ただし、mixiユーザー氏は「蛇足ながら、始まりの足音に関しては、当日に録音したものと思われる。何時の時点での足音かは定かでないにしろ、オリジナルのテープにこの足音はあった。バイロイトの会場での足音であるのは確実。」と分析されている。こちらは、演奏後の拍手(2、3種類ある)とともに、まだ解明は進んでいないと言わねばならない。

 ただ「ハム音」分析について僕がより重視したいのは、挿入されたという箇所の音源が、コピーではなくオリジナルテープだったということ。現行の EMI 盤に残る挿入箇所は、センター盤と同じ音源から採られているとはいえ、音場や楽器バランスなど録音状況に違いがある。さらに、オシロスコープで帯域を見ると、センター盤= Orfeo 盤は「8kHzまでしか帯域がない。(上記 mixi 記事)」とのこと。なので、EMI 側がバイエルン放送協会が持つセンター盤のテープ(コピー)を使っているとは思えない。上記の EMI 盤の挿入箇所中、「1)第1楽章の0:38から0:52辺り」はセンター盤とは一致しなかったことと考えあわせると、EMI はリハーサル、ゲネプロ、本番と、一連の演奏を録音していただろう。つまり EMI 側もセンター盤と同じ演奏を独自に録音し、それにハサミを入れてマスターテープを作っていたと想定される。仮に、今冬に発売されるBIS 盤がセンター盤と同じ音源だったとしたら、それが本番の演奏である可能性が高まる。が、そうなると EMI 側が貴重な本番のテープに対し、なぜそのような処置を採ったのか(あるいは、そうせざるを得ないような事情があったのか)が、大きな疑問として残るだろう。

 以下は(その2)で。

※分析者の方が聴いているのは、センター盤ではなく Orfeo 盤の方。
※※僕の視聴環境ではむしろ、4)第4楽章の挿入箇所の方が、音質・音量的にやや違和感がある。
※※※『レコード芸術』2007年9月号 p.72(音楽之友社)

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2016年3月15日 (火)

モーツァルト・アラカルト3

 先週(3月9日)、アカデミア・ミュージックからのメール・ニュースで、モーツァルトの交響曲第38番 K.504の自筆譜ファクシミリが出版されたということを知った。

https://www.academia-music.com/academia/m.php/20160309-7

 3万円ちょっとという価格は、この種のものとしては良心的な方。さっそく注文を出しておいたところ、初回入荷分に間に合ったのか、週末にはもう実物が宅急便で届いた。新モーツァルト全集の編纂時には自筆譜が行方不明であり、結果、

「確実に自筆譜までさかのぼっている第2次資料としては,《旧モーツァルト全集》とならんで,テオドール・クロイヤーによって,1931年に出されたオイレンブルク版の校訂版(出版番号446)がただひとつ存在する(資料A)。(ラースロ・ショムハイ、新モーツァルト全集の前文から)

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という状態であった。その後、1980年にポーランドのクラクフ・ヤギェウォ図書館で自筆譜が再発見され、2001年にはブライトコプフ新版としてこの自筆譜に基づいた新しい校訂版の楽譜が出た(クリフ・アイゼン校訂)。一方、2003年には遅ればせながら新モーツァルト全集の校訂報告書(シリーズ4:オーケストラ作品、ワークグループ11「SINFONIEN・BAND8」 K.425、K.504の巻)が出版され、その巻に自筆譜の異同および既発の楽譜版の訂正リストが掲載された。今、出版されている紺色の表紙のスコアは、この訂正リストを反映した新版と言えるものになっている(我が国で国内版として出されているベーレンライター版=音楽の友社・刊や、新モーツァルト全集オンラインで公開されている版は、訂正前の版なので注意が必要)。

 で、自筆譜の再発見により具体的にどの部分が変わってきたかだが、スラーやスタッカート、強弱記号の異同が主であり、音符自体が変わっているという部分は、そう多くはない。詳しくは別項に譲りたいが、例えば私が気づいた主な音符の異同部分は以下のとおり。【楽章】小節数の後は(オイレンブルク版1931年版/新モーツァルト全集1971年版/自筆譜ファクシミリ)の順に異同が記してある。

【第1楽章】
1)第14小節 第2ヴァイオリン(音符なし/第1ヴァイオリンと同じ/音符なし)
2)第69小節 第1フルート・第1音(cis'''/a''/cis''')
3)第142小節 第1フルート・第1音(a''/cis'''/a'')
4)第220小節 第1,2ホルン・第1音(4分音符+4分休符/2分音符/4分音符+4分休符)
【第2楽章】
5)第85小節 第2ヴァイオリン・第2音(d''/d''/d')※ここはd"ともとれる書き方がされている
6)第93小節 第1,2ホルン・第4音につけられた前打音(あり/あり/なし)
7)第120小節 第1オーボエ・第1音(a''/fis''/a'')※前小節から続くタイをとってスラーに
【第3楽章】
8)第291小節 第2ホルン・第1音(c'/a/c')※前小節から続くタイをとる

<例>第69-71小節 第1,2フルート

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 これらの部分だけで言えば、オイレンブルク版と、それに準拠したという新モーツァルト全集1971年版では、前者の方がほぼ自筆譜に近いという興味深い結果となっている※。また、ほかに自筆譜の記述が、最新のベーレンライター版(紺表紙)にも反映されていないものもあり、このあたりの事情はかなり複雑だ(例えば、第4楽章の第252小節目のファゴット、あるいは上記8)の第1ホルン)。それらの異同を対照する意味からも、今回の出版は大いに歓迎したい。

 以下、こちらも自筆譜からみの新譜から。前回、ピアノ・ソナタイ長調 K.331「トルコ行進曲付き」の自筆譜(部分)が発見されたという話題を紹介したが、その発見された自筆譜に基づく新たな演奏が発売される。なんと今回の演奏も日本人。アムステルダム音楽院でスタンリー・ホッホランドにフォルテピアノを師事した江黒真弓さんのデビュー・アルバムで、1800年アントン・ツィーラー製作のオリジナル楽器で演奏しているという。キング・インターナショナルから3月末の発売予定なので、また入手次第、報告したい。

※自筆譜が発見されて新モーツァルト全集の校訂報告がそれによりアップデートしたのは良かったのだが、結果、校訂報告書は自筆譜の異同のみ言及されて、当初(やむを得ずながら)参照されていた当時のパート譜(Bグラーツ、Cモデナ、Dドナウエッシンゲン)の異同が記載されなくなってしまった。これは校訂報告としてどうだろう。新モーツァルト全集1971年版がオイレンブルク版から楽譜を変えた根拠がこれらの筆写譜にあったのかも知れないのだが、当然、それも明記されないままになってしまっている。無論、自筆譜は大事だが、当時の筆写譜の情報は時に自筆譜に勝ることも忘れないでほしい。例えばモーツァルトがプラハでこのシンフォニーを演奏した時などに、パート譜に変更を施した、かもしれないのだから。確かにブライトコプフ新版の校訂者クリフ・アイゼンも、これら筆写譜にはモーツァルトに由来する物は何もないと切り捨てるが、それはあくまで批判版楽譜の編纂者としての意見である。作曲家全集の校訂報告としては、別の立場に立つべきだろう。

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2014年12月24日 (水)

今年もあと1週間(2014年まとめ)

 今年もあと1週間。レコード・アカデミー賞も発表されたことだし(?)、個人的に印象に残ったディスクや演奏を記録しておこうと思う。

 今年はモーツァルトの三大交響曲が当たり年で、アーノンクールやブリュッヘンの再録音はさすがに聴き応え十分。ラトル/BPOのライヴ映像もおもしろかった。しかし、今年一番良く聴いたのは、昨年の12月25日に出たアダム・フィッシャー/デンマーク国立室内管弦楽団の『モーツァルト:交響曲全集』(45曲入り)かも知れない。ハイドンの交響曲全集の頃とは一皮も二皮もむけた印象で、ピリオド・アプローチの究極を行っている。特に、第24番や第28番などウィーン移住以前のザルツブルク時代の作品がすばらしい。初めて聴く全集というより、これらの作品をよく知っている人の方が、ずっとおもしろく聴けるとは思うが。

 今年も大物のボックスセットがたくさん出たが、新譜の中からは、各社から申し合わせたように出たリヒテルのレーベル別録音全集や、ピリスの『DGソロ・レコーディング全集』など、ピアノものをよく買った。なかでもポリーニの『ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ全集』が、39年もの年月をかけ遂に完結した年として記憶されよう。私たちの世代にとっては、「夢のひとつがかなった」といってもいいくらいの事件。オペラのボックスものでは、『ロイヤル・オペラ グレート・パフォーマンス1955~97』12のオペラ全曲(32CD)がありがたかった。ショルティの『ドン・ジョヴァンニ』、ジュリーニの『ドン・カルロス』、グッドールの『パルシファル』など、以前から気になっていたライヴ録音を、6千円弱で揃えることができた。

 NHKのFM放送で聴いた中では、8月初めに放送されたアルテミス弦楽四重奏団のライヴが出色。県内出張からの帰りでちょうど運転中だったのだが、近年、聴いたことのないくらい衝撃的な演奏に、思わず車を量販店の駐車場に停めて、最後まで聴いてしまったくらい。メンデルスゾーンの第6番ヘ短調もすごかったが、シューベルトの遺作・第15番ト長調は、曲も、演奏も、またひときわ高みに達している。ただし実際の演奏は、2012年スイスでの録音。

 中古盤で最も掘り出し物だったのは、ラインスドルフ指揮の『トリスタンとイゾルデ』。3種あるもののうち、1940年のもの(MUSIC&ARTS CD647)だけが未収集であった。先年、オークションで見つけて、誰も買わないだろうと油断していたら、最後の最後でほかの方が落札してしまった。Guild Historicalから出ているのは、1940年と41年の合成盤だし、Walhallが2年前に出したのは1941年の方。というわけで、その後もずっと探していたのだが、今年の春、お茶ノ水のディスク・ユニオンで千円台と安価なものを見つけ、ようやくゲット。メルヒオールとフラグスタートというゴールデン・コンビによる記録。

 最後は、来年買いたいディスクについて。今月末に出るカルロス・クライバー&フィレンツェ五月祭『椿姫』全曲は、もう予約済み。秋に出た『ファルスタッフ』に続くクライバーが振るオペラの新盤。タワーレコードから復刻されたルドルフ・ゼルキン『モーツァルト:ピアノ協奏曲第12、14、17、19、20&27番&2台のピアノのための協奏曲』もたぶん買ってしまうだろう。1960年代のステレオ録音。本当は吉田秀和氏が「かけがえのないモーツァルトのレコード」としてあげた、A・シュナイダー指揮のモノラル盤のK.595が聴きたいのだが。

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2009年9月 2日 (水)

隔週刊クライバー?

 地元の中古CD店「フラミンゴ・レコーズ」で、東京「だるまや」の委託セールをやっていたので覗いてきた。クラシックはそう多くなかったが、今回はその中から武満徹の『クロッシング』の入ったCD(『スペース・シアター EXPO'70 鉄鋼館の記録』と題したRCA盤をタワーレコードが復刻した)と、カルロス・クライバーの公式デビュー盤『魔弾の射手』を買ってきた。実は後者の盤を買ったことで、小クライバーの録音はプライベート盤を除けば、すべて手に入れたことになる。最後の盤が、デビュー盤だったとはちょっと自分でも意外な展開だが、公式盤だからいつでも手に入るとたかをくくっていたせいもある。序曲から少し先まで聴いてみたが、はじけるようなリズム感が若きクライバーのありあまる天分を彷彿させるような演奏だ。オークションで手頃なLPが出たら、買おうかなあ。

 ところで、ついさっきテレビのCMに、突然、エレーナ・オブラスツォワらしき女性の顔がアップで映り、そこに『カルメン』の音楽が! 何事か?と見ていると、やがて一瞬なんとクライバーの指揮姿まで出た。実はこれは「週刊○○」のシリーズで有名なデアゴスティーニが、この9月から売り出した「隔週刊DVDオペラ・コレクション(全65巻)」のコマーシャル。なんとその第1巻がクライバー指揮/ゼッフィレッリ演出の『カルメン』なのだそうだ。予想されることながら「創刊号特別価格:990円」! 同じ演奏をすでに2つのバージョンで持っている僕も、思わず書店で手に取ってしまいそうな価格だ。いや、見つけたら、多分買うだろう(笑)。その意味では、創刊号にクライバー、しかも『カルメン』を選んだデアゴスティーニの担当者は、かなりの知恵者だろう。付録の解説本には多分どこかから切り貼りしてきたようなありきたりの説明が載っているだろうから、そう多くは期待できないけれど、それは元々そういう商品なのだ。同種のDVDブックがフルカラーの解説書付きで3千円台後半の価格設定であることを考えると、中身のDVD優先で安価なこのスタイルの方がアドヴァンテージは高い(ちなみに第2号以降は、1990円)。それにこの創刊号のあともショルティー/ゲオルギューの『椿姫』、レヴァイン/グルベローヴァの『魔笛』など、定評のある演奏がクレジットされている上、全65巻ならかなりのマイナー作品までカバーしているだろう。もちろん外盤でよければ同価格帯のDVDもあるけれど、それらには大抵日本語字幕はない。つまりマイナー・オペラが字幕付きで買えることの方が、むしろありがたいかもしれない。それにしても・・・と僕は思う。クライバーの演奏がデアゴスティーニで買えるなんて・・・喜んでいいやら悲しんでいいやら、ちょっと複雑な気分の水曜日の夜だなあ。

追伸 いや、実は第10号の演目は『こうもり』で、解説本の「世界のオペラ・ハウス」の項目は、ミュンヘンのバイエルン国立歌劇場であることがわかっている。となると、はっきり書いてはないけれど、これはクライバーの演奏である可能性が高いのだ。えーい!こうなったらもう『薔薇の騎士』の号も、絶対クライバーにして(笑)

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2006年12月31日 (日)

来年(こそ)買いたいCD

 年末のおおそうじにあわせ、部屋の隅に床置きしていたCDをようやく棚にかたづけた(棚からは、VHSのビデオテープ!を出し、屋根裏部屋にあげた)。CDも、本も、たまると、おそろしいものである。ならば買わなければよいようなものだが、それができたら苦労はない。というわけで・・・整理もついたことでもあるし、さっそく新年に買いたいCDを考えてみた(笑)。

その1 シューベルト ピアノ・ソナタ全集

 これまでシューベルトのピアノ・ソナタは、後期の作や「さすらい人幻想曲」ばかり聴いてきた。先日、たまたま第14番イ短調、それから18番ト長調のソナタを聴いたけれど、これがなかなか気に入ってしばらくはこればかり聴いていた。例えば、ト長調ソナタの第3楽章メヌエットのトリオなど、こんなにナイーブで美しい音楽を書けた作曲家は、シューベルトのほかに誰がいただろうか。このほかにも、どこかなつかしい、心にまといつくような旋律があちこちにちりばめられており、それを聴いている間はどこか夢の中にいるような浮遊感さえ感じさせる音楽になっている。今年はぜひ、全集を手に入れて他の作品も聴いてみたいと思うのだが、シューベルトのピアノ・ソナタ全集といってもそんなに選択肢があるわけではなさそうだ。定評あるブレンデルや内田光子の選集でも十分と思うけれど、若書きのものも入れるとなると、ちょっと昔の定番であるケンプの全集か、VOXのワルター・クリーンのものあたりになるのだろうか。まあ、じっくり考えてみよう。

その2 ヴェーグ指揮『モーツァルト セレナーデ&ディヴェルティメント集』

 演奏は、ザルツブルク・カメラータ・アカデミカ。10枚組ながら、4000円弱で買える(Capriccioレーベル)。シャンドール・ヴェーグと言えば、かつてはヴェーグ弦楽四重奏団を主宰していた名ヴァイオリニスト。晩年は指揮に力を入れ、そのCDは、ペーター・マーク等と並んでモーツァルトの権威として高い評価を得ている。ちなみにHMVの解説には、「モダン楽器小編成オーケストラによる自発性豊かでキビキビしたアンサンブルが心地よいボックス・セット。なお、K.137は、ヴェーグの考えにより、実演と同じく、第1楽章と第2楽章を入れ替え、同時期の他のディヴェルティメントと同じ急緩急構成としています。」とある。同じページの読者掲示板では、「編集ミス説を支持」という方もいて、これは果たしてどっちなのだろう。いずれにせよ、これまでモーツァルトの作品群の中でもオペラや協奏曲等に較べ、それほど脚光を浴びにくかったこのジャンルにあって、このようなベストセラー盤が生まれたのは珍しいことと言えそうだ。ぜひ、手に入れたいセットのひとつだ。

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