2019年9月 1日 (日)

ベーレンライター版『英雄』の Solo 指定(その2)

 昨日の続き。では、いつものように『英雄』の Solo 指定に関して、なぜそういう一見奇妙な解釈が生じるかを見ていきたい。まずは、資料の状況から。『英雄』の自筆譜は残されていない。ただし、作曲者が関与した筆者譜がいくつかあり、それが主要な源泉資料となっている。終楽章の第2変奏(第59小節目の最後の拍以下)の Solo 指定がある資料について、デル・マー編纂のベーレンライター版の校訂報告(Fourth Printing 2002)には以下のものが挙げられている。

B:ウィーンの筆写譜(総譜、1804初め)
 ※T59 ヴィオラ:Viola Solo(ベートーヴェンの自筆)/T63 チェロ:V:C Solo(コピストの筆跡)。細かいことだが、新ブライトコプフ版の校訂報告によれば、チェロ欄の表示は「V.C. Solo」。
PX:ウィーンの筆写譜(パート譜)と P:ウィーン初版(パート譜、1806)
 ※「each Solo in PX,P」と記載があるが、PX のチェロ(バッソ)については、巻頭の「SOURCES」欄に楽譜なしとも記載がある。

 この資料状況だけをみれば、決して無視していいような指定ではないだろう(※1)。ただし、この「Solo」が本当に一人の奏者で弾く指定か、パート全員で弾くいわゆるパートソロの指定かについては、議論があるところだ(参考>>「Soloとは一人で演奏すること?(その1)」)。この項の(その1)で紹介したように、当初デル・マーはこれを「パートソロ」と見て、あえて「soli」=「Solo」の複数形という指示を、ベーレンライター版の(初版)楽譜に記したようだ(※2)。その理由として、彼は以下のように書いている。

「このこと(引用者注:ベートーヴェンが「パートソロ」を考えていただろうこと)は、(第76小節のバッソには足りているようだが、少なくともヴィオラのために)いかなる Tutti という指示も存在しないこと、そして第2ヴァイオリンに Solo というマークがないという事実によって、サポートされている。」
<<(以下は引用者補足)上記デル・マーの注釈中、チェロパート T76 については、それ以前の部分でコントラバスが休んでいたため、チェロ&コントラバス=バッソ・パートに戻るという意味でも、Tutti という表記がいるということも関係している。つまり、T63 の Solo 指定を受けたものとは一概に言えないということ。

 これは、ブライトコプフ新版(PB 5233、1999)を編纂したペーター・ハウシルトも同じような意見のようだ(※3)。彼は自身の原典版では、校訂報告でこの Solo 指定について触れてはいるが、本文の方ではこれを落としている。しかし、現在出ているベーレンライター版では、上記「soli」を「Solo」に訂正し、ヴィオラ・パートの第76小節目に〔Tutti〕、さらにチェロ・パートの第76小節に、Tutti という指示を置いたことは、(その1)で紹介したとおりである(※4)。なぜそうした訂正が生じたかについてのデル・マーの説明は、現在のところ僕には見つけられないでいる。もしかすると、校訂報告書も改訂されていてそこに説明があるかもしれないが、7千円程度するだけにさすがに買い変えていない。僕の所有する 「Fourth Printing 2002」以降の新しい版を持っておられる方がいらっしゃれば、ぜひ情報をお寄せください。

※1 IMSLPに、最初にロンドンで出版された総譜(1809)のファクシミリがUPされていた。デル・マーによれば、作曲者に由来しない楽譜とのことだが、今回話題にしている「Solo」指定がこちらでも見られるので、参考までに該当箇所を以下に示す。

Eroica41
第4楽章第59小節目以下:ヴィオラへの Solo 指定

Eroica42
第4楽章第63小節目以下:チェロへの Solo 指定

Eroica43
第4楽章第76小節目以下:バッソへの Tutti 指定


※2 ハイドンなどの記譜の例では、「soli」という表記は2つのパートに分かれている場合に使われている。ここのヴィオラは、一部「分奏」箇所もあるものの1パートなので「Solo」で十分のはずだ。だが、「パートソロ」であることを強調するため、デル・マーはあえて複数形の「soli」を置いたのではないだろうか。
※3 ブライトコプフ新版の校訂報告は、ネットで閲覧できる。>>https://www.breitkopf.com/work/1031/symphonie-nr-3-es-dur-op-55
※4 ちなみに、近年出たもう一つの原典版に、ヘンレ社から出た新ベートーヴェン全集版(バティア・チャーギン校訂、2013)がある。こちらについてはスタディ・スコアを見てみたところ、ヴィオラ・パートの第59小節目に「Viola Solo」、チェロ・パートの第63小節目に「Vc Solo」という指示がある。ただし、後段の「Tutti」の指示はなく、スタディ・スコア版に付された校訂報告にはこの箇所に関する記事はなかった。なので決定的なことは言えないし、別にヘンレ版から出ている全集版(大型総譜、Beethoven Werke 1/2)には、もしかするとより詳しい校訂報告があるのかもしれない。

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2019年8月31日 (土)

ベーレンライター版『英雄』の Solo 指定(その1)

 前々回の記事「モーツァルト・アラカルト(交響曲編・補足2)」のコメント欄で、ハイドンコレギウムの音楽監督兼常任指揮者である右近(大次郎)氏から、Ludwig Camerata ルートヴィヒ・カメラータの公式動画演奏をご紹介いただいた>>こちら。このルートヴィヒ・カメラータは、「2018年、桐朋学園大学の学生有志で結成された、指揮者のいない室内オーケストラ。」とのことで、上記動画はその2回目の定期公演のライヴ記録である。プログラムは、モーツァルトの交響曲第39番 K.543 およびベートーヴェンの交響曲第3番『英雄』op.55 という、どちらも変ホ長調の交響曲というユニークなもの。さらに演奏はそれ以上に興味深い。詳しくは、動画を見ていただきたいが、チェロ以外、全員が「立奏」スタイル。上記のとおり指揮者はおらず、コンサートミストレルが中央やや右!の位置に置かれた指揮台に立つ。これは、通常と反対の位置だと思いきや、実際に音楽が始まると、なんと第1ヴァイオリン群は右側、第2ヴァイオリンは左側で弾いていることがわかり、再度びっくり! 演奏自体も非常に速いテンポで、アグレッシヴな音楽を奏でている。この団体は「奏者たちがアクティヴな意見交換を重ね、たったひとつの音楽をつくりあげる。」というが、その成果が現れているところだろう。さらに楽譜の扱いもなかなかユニークだ。例えば『英雄』では、第4楽章の第2変奏部分がそう。この変奏は前半・後半の2つのセクションに分かれていて、それぞれにリピート記号が付いている。これを演奏すると「A1・A2・B1・B2」という形になるのだが、このうちA1部分を第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロのソロで弾く。続くA2とB1部分は全メンバーで弾き、最後のB2部分はまたソロで弾かせる、という斬新な演奏を聴かせている。これについて、僕は先の記事のコメントで以下のように書いている。

「『英雄』の使用楽譜は、終楽章のT(59)60以下の弦の「Soli」の扱いなどをみるとベーレンライター版のように思えるのですが・・・ここは実際どう解釈したらいいのでしょうか? 僕個人はデル・マーの解釈を支持しますが、ソロと全奏で弾き分ける今回の演奏もなかなか魅力があるように聞きました。」

 ここはベーレンライター版の中でも、特徴的な箇所のひとつとして知られている。一般的な楽譜・演奏ではここを全弦セクションで弾かせるのだが、ベーレンライター版の編者のジョナサン・デル・マーは、ヴィオラ・パートの第59小節目の最後の拍(事実上の旋律は第60小節から始まる)、そしてチェロ・パートの第63小節という2箇所に、soli という表示を付けていた(※1)。実は、この点については僕もブログでも一度、触れたことがある>>「Soloとは一人で演奏すること?(その1)」2014。

「前世紀末にディビッド・ジンマンが「モダン楽器によるベーレンライター原典版世界初録音」という触れ込みで録音したベートーヴェン交響曲全集が、一世を風靡したことがあった。この中で交響曲第3番の終楽章の第59小節目以降の、弦のみで弾かれる美しい変奏を独奏アンサンブルで弾かせて、我々をあっと言わせたものだった。が、ここも実は「Soli」関係。「2ちゃんねる」でどなたかが「でも4楽章の弦楽器のソロはジンマンが根拠も無くやってるだけだろ?」と発言されたところ、すかさず!

「ベーレンライター版のヴィオラとチェロに「soli」
て書いてあるのをジンマンが勘違いしたため」

とコメントされた強者の方がいらっしゃった(2001年頃の話)。本当にジンマンが勘違いしたのか、あるいは確信犯なのかはここでは問わないが、ブライトコプフ版等では付いていなかった「soli」という指定を、ベーレンライター版の編者ジョナサン・デル・マーが採用したことに端を発していることは間違いない。

 このときも、そして先日のコメントを書いたときも、僕は自宅にあるベーレンライター版『英雄』の大型版総譜(BA 9003、初版 1997)を見て、そこに「soli」と書いてあるのを確認後、当該記事を書いている。また、同版の校訂報告書(Fourth Printing 2002)も再度見直し、そこに「それゆえ作品55では、両者の Solo マークは、(ブラームスやヨハン・シュトラウスといったより後の作品にさえも見つかるのだが、)全セクションを対象にした、結果として独自の突出したパッセージを意味する19世紀の一般的な慣習に属することを、むしろ表していると思われる。」というような注釈が書かれていることも再確認しておいた(※3)。

 いつものように前置きが長くなったが、ここでようやく本日の記事の本題。上のコメントで久しぶりにベーレンライター版を書架から取り出してきた僕は、少しいやな予感がしたので、この点につき再度調べてみる気になった。というのも、僕がよく参照する新モーツァルト全集でも、ベーレンライター社は注記もしないで誤植の訂正以上の変更をすることがよくあり、その話題はこのサイトでも何度も触れている(>>例えば、こちらの「リンツ」/あるいは、こちらの「プラハ」)。これはたまたまだが、今週末に所用で大阪に行く予定があったので、いつものように列車の待ち時間中にJR駅前のササヤ書房にダッシュ。最新のベーレンライター版『英雄』を確認してきた。すると、「やはり!」と言うべきだろうか。なんと上記箇所の楽譜が次のように書き換えられていたのだ(僕が店頭で見たのは大型総譜だが、紺色のスタディースコアの方を買ってきた。こちらには「Eleventh Printing 2017」という奥付がある)。

ヴィオラ・パートの第59小節目の最後の拍、そしてチェロ・パートの第63小節という2箇所に、Solo という表示。ヴィオラ・パートの第76小節目に〔Tutti〕、さらにチェロ・パートの第76小節に、Tutti という表示。 
脚注に、「当該エディションのより初期の印刷は、まぎらわしい表現をとっていたが、多分、ベートーヴェンは一人のソロ奏者を意図していた。」と注記。

 これは極めて重大な変更ではないだろうか。いうなれば、デル・マーは考えを正反対に改めたということになるのだから。前世紀末にベーレンライター版が出版されたとき大きな話題となったので、僕のように最初に出た大型楽譜を全冊揃えた方は多いのではと想像される。それがあてにならない場合もあるということである(泣)。

 以上、今回はベーレンライター版の新しい版に、修正・変更があるということだけで紙幅が尽きた。次回以降、資料的な確認も含め補足をしていきたいが、遺憾ながらこれまで僕の過去記事を読まれた方には、またも!訂正&お詫びをしなければならない。「ベーレンライター版『英雄』の終楽章第2変奏は、パートソロではなく、ソロ演奏を強く支持していました。申し訳ありません」。

※1 ここでデル・マーは、楽譜中には「soli」=「Solo」の複数形という指定を置くが、脚注で(複数の)資料では「Solo」とあることを注記。校訂報告への参照支持を置いている。
※2 このことはネット上でも複数の方が触れており、上記記事でも「Jurassic Page」という音楽関係サイトの記事を紹介させていただいた。>>こちら

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2019年8月27日 (火)

吉田秀和『カラヤン』

 すでに先月末のことになるが、河出文庫から吉田秀和氏の新刊『カラヤン』が出た。1963年から、かのマエストロが亡くなった年である1989年まで、よく目配りして文章を集めている。昨日、夕食後から就寝前にかけて断続的に読み出してはみたものの、吉田氏の文章を通じ、ブルックナーやマーラーの交響曲、プッチーニのオペラ、そして「パルジファル」等々、次々と聴き続けてきた名演が思い出され、頭の中が音楽でいっぱいになるような心持ちがした。こういう経験は、なかなかあるものではない。最終的に、バッハの曲を聴いて心を落ち着けなくては眠れなかったほどである。吉田氏の河出文庫のシリーズは、初め『マーラー』『フルトヴェングラー』が出て、今年『バッハ』『グレン・グールド』も相次いで刊行された。いずれも購入して読んでいるが、このようなことは初めてだ。「バッハ」の巻などはかなり期待して読み始めたのだが、リヒターやグールドなど古楽復興以前のものへの記述が多いこともあって、やや不満であった。それに比べ、カラヤンについては、全盛期の仕事を同時代的に追い、それに対応する吉田氏の文章も読んできたのであり、こちらの思い入れも随分と違うわけだが・・・。

 「カラヤンのモーツァルトで……」(「ステレオ」1972.7、『レコードのモーツァルト』等)「カラヤン --- ドビュッシー、ヴェルディ、マーラー」(レコード芸術別冊『カラヤン&ベルリン・フィル』1981)など、これまで何十回も読み返した懐かしい文章が並んでいる。再会した文章の中でも一番うれしかったのが、「カラヤンのベートーヴェン」と題された一文。これはこの本の中で最も初期=1963年に『芸術新潮』に発表されたもので、僕もリアルタイムには読んでいない。内容的には、カラヤンがベルリン・フィルと組んで1961~62年に録音したベートーヴェン交響曲全集を扱ったもので、当時のカラヤンの音楽的な立ち位置を、トスカニーニやフルトヴェングラーと比べ詳細に論じている。晩年の吉田氏の融通無碍な文章と比べると、幾分理屈が勝っている印象もないではないが、その当時、楽壇に飛躍しつつあったカラヤンのまっさらな「全集」を、紋切り型ではない表現で捉えようとした意欲的な評論であることは間違いない。

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 その中では、「今度のレコードでいう限り、『三番』が最もすぐれ、『六番』が最も異彩を放つ。ともに全く非凡なものである。」として評価している。特に、

「『第三』にみられるように、エモーションの領域に深入りするのを避けながら、感覚と自然と知性の次元から形而上的な次元に突入しているのは、全く新しいタイプといってよかろう。(p.106)」

という表現などは、誰のどの表現よりも(当時の)カラヤンの演奏の特徴を正確に言い表していると思う。ちなみに上記交響曲全集に含まれる第5番『運命』は、シューベルトの『未完成』交響曲と組み合わせて出ていて、小学生の頃、母が買ってきてくれて、自宅のステレオセットでそれこそ何百回も聴いた盤である。その後、学生時代にLPで第3番も買い、その演奏に魅了されていた。ちょうどその頃、『吉田秀和全集』(白水社・刊)の第4巻に再録されたこの文章を、僕は図書館で見つけ初めて読んだのだが、そのときの「この人の文章はすごい」と思った印象は今でもよく憶えている。今回、文庫版に収録されたのを機に、多くの方の目に触れるようになるのは、なによりだ。

 ちょうど今年4月には、1966年にカラヤンがベルリン・フィルと来日して、東京で行ったベートーヴェン・チクルスのライヴ録音が発売され、話題になった。少し上記セッション録音とはやや印象が違うものの、ライヴならではの迫力とヴィルトゥオーゾ的な感興にあふれた演奏はいかにも魅力的だ。ちょうど今夏、一夜の演奏会ごとにこのライヴ盤を聴いている。まだ第9番は聴いていないが、第1番交響曲の序奏から主部にかけての雄渾な表現や、第4番、第7番の終楽章の熱狂などを聴くにつけ、これはやはり一時代を築いた音楽家(たち)の貴重な記録であると思わざるを得ない。

 最後に、これまであまりカラヤンの録音を聴いたことがなかった人が、今、吉田氏の文章を読んで聴くとしたら、という想定で3枚の盤と本文庫の収録作を選んでみた。
1)ベートーヴェン「ミサ・ソレムニス」(EMI)/ベームとカラヤンのベートーヴェン《ミサ・ソレムニス》
2)ワーグナー「ラインの黄金」「ワルキューレ」(DG)/「オペラ指揮者としてのカラヤン」その他
3)ロストロボーヴィチとのドヴォルザーク/チェロ協奏曲(DG)/「新しくて古いロシア人」

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2019年7月30日 (火)

モーツァルト交響曲第39番のアイゼン校訂版

先日届いたアカデミア・ミュージックからのメール・マガジンに、Breitkopf Urtext シリーズの新刊案内があった。

「□□□アイゼン校訂版が小型スコアで登場!
モーツァルト:交響曲第39番変ホ長調 KV 543
https://www.academia-music.com/products/detail/165089?utm_source=newsletter&utm_medium=email&utm_campaign=1907110
クリフ・アイゼン校訂版。38番、41番に続いて第39番が登場しました。この作品の自筆譜は長らく所在不明の時期があり、新全集では自筆譜の複写版が資料として使用されました。このアイゼン版は第2次大戦後では初めて、自筆スコア(クラクフ、ヤギェウォ図書館)の現物を検証した校訂版です。ラフな筆致で書かれ、誤りも多数含まれている自筆譜を現物に当たって丹念に調査した結果、アーティキュレーションをはじめとするさまざまな点で、従来の版の誤りを修正しています。校訂報告付き大型スコア [466243]、演奏譜 [466244]も発売されています。」

 この解説は、変ホ長調交響曲 K.543 の新モーツァルト全集(Barenreiter)版において、その編集時に自筆譜が参照されなかったということを踏まえて書かれている。例えば、同じ事情はニ長調交響曲 K.504 「プラハ」でもあって、これは「モーツァルト・アラカルト3」でも触れておいた。結果、「プラハ」交響曲における現在発行されているべーレンライター版(例えば濃紺のスタディー・スコア)は、当初発表された新全集版とは多くの箇所で相違している(いつも書くことだが、本来ならば改訂新版と表紙等に書くべきである)。ただ、新モーツァルト全集で三大交響曲の巻(NMA IV/11/9: 交響曲,第9巻,1957)を担当した R.ランドンの名誉のために付け加えておくならば、 K.543 の場合、「この版は,ウィーン楽友協会にある自筆譜の写真版に基づいている」とのこと。つまり、自筆譜自体は行方不明のため参照できなかったが、幸い写真版を参照できたわけで、その点、上記「プラハ」とは事情を異にしている。無論、アカデミアの担当者の方もその点は十分理解されていて、ブライトコプフ新版は「自筆譜を現物に当たって丹念に調査した」と記しているが。

 実際に、べーレンライター濃紺版(同、交響曲合本版II)と、上記ブライトコプフ新版(私が持っているのは上記「校訂報告付き大型スコア」の方)とをざっと眺めてみたが、同じ自筆譜を参考にしているだけに、音符自体が相違する箇所はほとんどないように思える。今回、僕が見つけたものは、以下の箇所(ベーレンライター/ブライトコプフの順に示す)。

【第2楽章】
a)第141小節 第1,2ヴァイオリン(1番目の音符は8分音符/1番目の音符は4分音符)
※ヴィオラ、バッソは両版ともに4分音符で、アイゼン版は弦4部で音価を合わせる。校訂報告では「自筆譜による」と記している。ちなみに旧全集は、第1,2ヴァイオリンが4分音符で、ヴィオラ、バッソの方が8分音符だった。

【第4楽章】
b)第132小節 第1,2ホルン(4分音符/2分音符)
※こちらは、ベーレンライターの旧版(NMAオンラインで読めるもの)では、2分音符であった。校訂報告(1963)の末尾に記載された訂正で4分音符に変えられていた。ちなみに、1964年1月発行の音楽之友社刊のミニチュア・スコアでは、第4楽章・第121,123小節の第2クラリネットにおけるナチュラル記号とともに、すでに訂正が入っていた(=つまり4分音符)。アイゼン版では、当初の2分音符になっているのは興味深い(校訂報告にも特に記載なし)。

 一方、アーティキュレーションには、いくつか相違がある。参考までに演奏に影響が出そうなところをいくつか挙げておく。

【第1楽章】
1)第100,101小節 チェロ(2小節全体に1つのスラー/2小節全体に1つのスラーだがスラーの途中が点線)
※アイゼンの校訂報告では、見たところ1小節毎のスラーリング、とある。ただし類似箇所に第104,105小節のチェロがあり、こちらは(2小節全体に1つのスラー/2小節全体に1つのスラー)となっている(注1)。なので、アイゼンは点線にしている。

2)第123,124小節 フルート、第1,2クラリネット(全音符に小さなドット=編者の付加/ドットもストロークもなし)
※並行箇所に第280,281小節のフルート、第1,2クラリネットがある。こちらは(280小節の全音符、281小節の第1クラリネットの全音符にドット/280小節の全音符にストローク、281小節の第1クラリネットの全音符にストローク、第2クラリネットの後半にカッコつきストローク)。一方、自筆譜では第123,124小節にはドットおよびストロークがないわけで、これをランドンは小さなドットで補い、アイゼンは補うことをしなかった、ということになる。

3)第254小節 第1,2ホルン(小節冒頭に sfp/小節冒頭に sf、2泊目に p)
※アイゼンの校訂報告によれば、p は小節の真ん中にあるという。結果、1拍目冒頭の8分音符に sf、2泊目の2分音符+トレモロに p がつくバッソ・パートと同じダイナミクスとなる(ただし、類似箇所の第97小節は、両版とも「小節冒頭に sfp」)。

【第2楽章】
4)第38,108小節 第1,2ホルン(小節冒頭に fp/小節冒頭に fp)<<両版とも同じ
※アイゼンの校訂報告によれば、モーツァルトはここに「fpia」と書いている。その上で、上記第1楽章の3)のように、「pia」部分は小節の真ん中にあるという。ただし、同じ小節 のヴァイオリン1,2では、小節冒頭の4つの16部音符の2番目の音符から「pia」が書かれているという。なので、第1楽章の3)の時のように、f と p とをあえて分けては表示しなかったのだろう(校訂報告では、ホルンのパートでは、急速なダイナミクスの変化というより「デュミニエンド」として意図されただろうと注記している)。

5)第52小節 第1ヴァイオリン(スラーは2番目の音符から始まる/スラーは最初の音符から始まる)
※ここはアイゼン版が踏み込んだ箇所。アイゼンも「スラ―は 2nd note から始まっているように見える」としながらも、第51,121,124小節等を参照、「おそらくは連続したレガートが意図されている」と注記している。

6)第121小節 第1ヴァイオリン(スラーは2番目の音符から始まる/スラーは最初の音符から始まる)
※ここもアイゼンが「スラ―は 1st と 2nd note との間から始まっている」としながらも、上記5)同様に「おそらくは連続したレガートが意図されている」と判断した箇所にある(第51,124小節等を参照)。

7)第124小節 第1ヴァイオリン(スラーは2番目の音符から始まる/スラーは最初の音符から始まる)
※この箇所でもアイゼンは、校訂報告でスラーが1番目と2番目の音符で切れていることを指摘しながら、小節全体をひとつのスラーでつないでいる(次小節の1番目の8分音符まで)。

【第3楽章:トリオ】
8)第4、8小節 フルート(スラーは次の小節の頭までつながる/スラーは小節の終わりまで)
※アイゼンは4、8小節目(ランドンは8小節目)について、校訂報告でスラーが小節内に留まっていることを報告している。ただし、アイゼンも触れているように、第3、7(19、23)小節目の第1クラリネットを見ると、モーツァルトの意図としては次の小節につなげていると見ても不思議ではない(20小節目のフルートも参照)。その場合は、この8小節目と次の9小節目が、ちょうどリピート記号で区切られていることから、スラーを延ばし難かったのかもしれない。

【第4楽章】
9)第95,96小節 弦4部(95小節目から続くスラーは97小節目の1番目の8分音符まで続く/95小節目から続くスラーは第96小節目の終わりの音符まで)
※ランドンもアイゼンも、この箇所のスラーは96小節目の終わりまでで終わっていると校訂報告で書いている。ただしこの2つの小節は、自筆譜ではちょうど31枚目・表裏で分割されている部分であり、速筆のモーツァルトが両小節間をスラーをつなげるのを省略したのかもしれない(第90小節を参照)。なので、アイゼンも「次のダウンビート(強拍)までをスラーでつなぐという意図だろう」という注釈を書いている。

10)第241,242小節 フルート、第2クラリネット2、第1,2ファゴット、第1ヴァイオリン=同2:unison(241小節目から続くスラーは243小節目の付点4分音符まで続く/241小節目から続くスラーは243小節目の付点4分音符まで続く)<<両版とも同じ
※アイゼン版の校訂報告では、ヴァイオリン・パートについてのみ「スラーは第242小節の終わりまでのみ延びているように見える」と書きながら、第247-249小節を根拠に「しかし、おそらく243小節目の 1st note まで延びるよう意図されているだろう」とし、ここでは実際の楽譜もそのようにしている。一方、ランドンの校訂報告では、上記4楽器7パートではスラーが次の小節まで延びていないが、第1クラリネット、ヴィオラ、バッソと調和させている、との記入がある(ただし、当該記述の中で、「nicht bis T.244 gefuhrt」とあるのは「T.243」の誤りではないだろうか )。 

 以上、見ていただいたように主に複数の類似箇所で、スラーのかかり方を揃えるか揃えないか、という違いが中心となっている。これはなかなか難しい議論で、今回、アイゼンは自筆譜の現物にあったというが、5)6)7)のようにあえて自筆譜どおりにしなかった箇所もある。一方、ランドン編のべーレンライター版も、第1楽章:アレグロの主題や第4楽章の主題などこの曲の自筆譜によくある「並行箇所におけるアーティキュレーションの相違」をよく尊重していて、きちんと自筆譜の表記を譜面に反映している(注2)。なので、批判的全集版としては比較的初期の校訂になるにもかかわらず、結果「リンツ」や「プラハ」の場合のような大幅な修正・改訂がなされていないのだろう。僕個人としては、アイゼン版が出た現在でも校訂報告書も含め十分、研究・実用に値する楽譜であり、存在価値はなくなってはいないと考えている。

(注1)アイゼン版の第104,105小節は、ちょうどこの2つの小節間で楽譜の段が変わっていて小節自体が離れているが、スラーの後ろおよび前が小節線近くまで延びている。これは、1つのスラーを示す表記。
(注2)ハイドンの交響曲におけるランドン版(ユニバーサル版=フィルハーモニア版)については、「校訂者独自の変更が多く見いだされる」、「記譜法の大幅な現代化」などの批判を述べている人もいる(例えば、新全集の《パリ交響曲集》の校訂を担当した中野博詞氏。『ハイドン交響曲(春秋社・刊))』。

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2019年6月24日 (月)

過去記事あれこれ

 長くブログなど書いていて、たまに過去記事を読み直してみたりすると、気になる記述が出てくることがある。その都度、付記という形で直してもいるが、今回、特に気になっていた箇所について書いておきたい。

1)2012/2/1 「『フィガロ』序曲はアラ・ブレーヴェか?(その1)」
 この記事のテーマは、モーツァルトのオペラ『フィガロの結婚』序曲の拍子記号が、一般に「縦線付きC=2分の2拍子」(テンポはプレスト)になっているものが多いが、新旧モーツァルト全集では「C=4分の4拍子」になっているというもの。モーツァルトの自筆譜も「4分の4拍子」なので、楽譜校訂上は後者が正しいと思われるが、なんと「わが国で一般的に買える3種のスタディー・スコア、全音(オイレンブルク)、音楽之友社、日本楽譜出版社を手に入れてみたら、なんとすべてアラ・ブレーヴェになっている」。「つまり4分の4拍子になっているバージョンのスコアは、我が国では皆無」という状況であった。これでは、各種の解説書や一般の方の文章において、「2分の2拍子」説が有力になっているのも不思議ではない。
 実は音楽之友社が2015年3月に新しく「ダ・ポンテ・オペラ」の序曲集のミニュチュア・スコアを出していて、こちらでは「4分の4拍子」に直されている。数年前から新版が出ていることには気づいてはいたのだが、最近、やっと本スコアを手に入れてあらためてこの事実を確認した。校訂者(楽曲解説)は松田聡氏。表書きの最後には「本スコアは,定評ある実用版をもとに,自筆譜を含む諸版を参照して作成した,音楽之友社オリジナル版である。」との出版社側の記述がある。ちなみにこの新版の解説では、珍しいことに同序曲の自筆譜において、提示部のあとアンダンテ・コン・モート、ニ短調、8分の6拍子の中間部のスケッチが書かれていたことに触れている。松田氏が自筆譜を参照したのはこれで明らかである。
 検索サイトで「フィガロ 序曲 拍子」等と検索すると、ありがたいことに当方の元記事が1番上に掲載されることもあり、コンスタントにアクセスがある記事でもある。そのときの問題提起が新版での直しにつながったわけでは無論ないだろうが、新版も出たことで『フィガロの結婚』序曲の「4分の4拍子」説がより広まることを期待したい。

2)2014/8/8 「高いホルン、低いホルン(その22・ハイドン編 no.48)」
 こちらの記事は、ハイドンの交響曲第48番「マリア・テレジア」のホルン・パートについて考察したものだが、それに関し楽器編成についても触れている。トランペットとティンパニのパートを含まない録音も、含む録音もあるわけだが、これらのパートについて、古い録音ではあまりハイドンらしからぬ派手な楽器法が聴けるものがある。有名なところでは、リステンパルトやシェルヘンが、それ。記事中では、追記として「さらに調べてみたが、Imslpにオイレンブルクのプレトリウス校訂版(Ernst Eulenburg, Ed.517, n.d.(ca.1925). Plate E.E. 3687.)が掲載されており、これと同じパートのようである」と僕は書いている。さらに、「ただし、現在Imslpにアップされている楽譜には、肝心のティンパニのパートに手書きで書き込み・修正があるので注意」という但し書きをつけていた。あらためてこの楽譜の画像を見直してみたが、ティンパニ・パートには休符も付加されていて、これは2台目のティンパニ・パートとして手書きで音符の書き込みがなされているように見える。

481

 ちなみに、野口秀夫氏が神戸モーツァルト研究会第244回例会(2015年10月4日)において「クラヴィーア・ソナタ《トルコ行進曲付き》K.331 の自筆譜発見」という報告をされていて、その中にも同じような<手書き修正箇所>を持つ印刷譜が紹介されている。具体的にはK.331/300i の「アルタリア初版 第1楽章95,96小節」(ハーヴァード大学蔵)がそうであり、そこには以下のようなコメントがついている。

「鳥代:おや、これも購入者による修正ですが、6 拍目もきれいに修正されていますね。ファクシミリで資料を研究する場合には気をつけないと書き込みだと気付かないで騙されてしまいそうです。でも誰が 32 分音符に修正するように助言したのでしょうか。」

 これを読んでいたので、この「マリア・テレジア」の旧版も同じような「購入者による修正」だと思い続けていた。実はこののちこのオイレンブルク版が国立音楽大学の付属図書館に収蔵されていたことを知り、念のためと思い訪問時に閲覧させていただいた。すると、それにもまったく同じ修正が入っていたので、びっくり! 実際は、修正が手書きで行われていることは事実なのだが、それをそのまま印刷原版に使っていたわけである。つまり、imslp にアップされている楽譜も同じ印刷版だった可能性が高いのである※。
 となると、上で触れた K.331/300i の「アルタリア初版」はどうなんだろう。実は、imslp にアップされている楽譜にも手書き修正があるのだが・・・

※実際の演奏実践では、これら派手なトランペット、ティンパニ・パートを持つ録音が、主に古い時代のものに見られる(元記事の注参照)。ただし、ここで見るダブルのティンパニ・パートを持つものは見つけられなかった。

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2017年10月18日 (水)

「トルコ行進曲付き」の新版2つ

 2014年にハンガリーで発見されたモーツァルトの『ピアノ・ソナタイ長調 K.331(300i)』(トルコ行進曲付き)の自筆譜(部分)に基づく演奏、そして楽譜については、このサイトでも何回か取り上げてきた。

「トルコ行進曲付き」のヘンレ版・新版(その1)
「トルコ行進曲付き」のヘンレ版・新版(その2)
「トルコ行進曲付き」のヘンレ版・新版(その3)
江黒真弓 (フォルテピアノ)の「トルコ行進曲付き」を聴く
トルコ行進曲付き」の全音版・新版

 昨年末から今年にかけて、主要な出版社が現行版を新資料で更新した新版を出しているので、概要等をお伝えしたい。まずは、ウィーン原典版・新版。リンク先のアカデミア・ミュージックのサイトには、こうある。

「主旋律などの音高が変更されている点は先行するヘンレ版 [729987] と同様です。とはいえウィーン原典版ではアーティキュレーションがより源泉資料を尊重した、現在では主流となっている形態を採っています。」

 この後段の指摘は、(上記「トルコ行進曲付き」の全音版・新版の記事でも触れたことだが、)ヘンレ版新版=Seiffert 版では第1楽章のテーマ冒頭の音型(および類似箇所)において最初の3つの音をスラーでつないでいたものを、ウィーン原典版では最初の2音だけに留めているあたりにうかがえる。また旧ウィーン原典版では、「反復音上の場合を除いて、すべてのスタッカートを点ではなく小線」に統一していた。その理由として、ロバート・D・レヴィンは、「演奏への助言」の中で 「モーツァルトの自筆譜を調べれば、だれでも明らかに小線のスタッカート記号と、点と思われるスタッカート記号とを見分けることができるが、判別しにくい中間的な形をどちらか一方に分類する試みは、かならず失敗することになる。」と書いていた※1。だが、今回の新版では方針を変えたのか、自筆譜の見つかった部分では、ドット(点)とストローク(小線)を区別している(例えば、第1楽章の第5変奏)。この点では、先行の版と比較して眺めることができる。

 続いて、原典版出版の代名詞たるベーレンライター社も、満を持して新版を出した。同じくアカデミア・ミュージックのサイトでは、

「ベーレンライター新版ではこの作品が作曲者生前の1784年に刊行されたことを考慮し、初版譜に基づく校訂版と自筆譜に基づく校訂版の両方を掲載しています。」

という説明。実際に、初めに「アルタリアから1784年に出た初版に基づく版」を全曲分掲載。その後に、自筆譜のある部分のみ!「自筆譜に基づく版」を載せている。自筆譜と初版という2つのリソースを混交しないという点で、より批判版としての姿勢に一貫性があると言える。例えば、これまでほとんど出版譜は、第2楽章メヌエットのテーマ中、第3小節目の最後の音、さらに再現部の第33小節目の最後の音に、ともに「3点ハ」を置いてきた。が、「トルコ行進曲付き」のヘンレ版・新版(その3)にも書いたように、初版では第2楽章メヌエットのテーマの3小節を「2点イ」、再現部の33小節を「3点ハ」としていたのであり、今回これを「アルタリアから1784年に出た初版に基づく版」ではそのまま楽譜化している。とはいえ、第1楽章冒頭のテーマにおけるスラーや、元々初版に誤植のあった同第5変奏・第5、6小節における右手の上行パッセージなどは、初版の厳密な再現にはなっておらず、校訂の手は入っている。

 一方、自筆譜を再現した部分稿では、初版との統合を考えなくて良い分、さらに実用譜としての性格が薄い分、資料性は高まっている。例えば、「トルコ行進曲付き」の全音版・新版の注で指摘した第1楽章第3変奏の第18小節目におけるスタッカートや、 第4変奏の第3小節目、同第7小節目第1音、同第16小節〜第18小節第1音目までの左手についても、初版から離れ自筆譜どおりの記述を再現している※2。ただし、スタッカートの表記については、ポルタートの意味でスラーとともに用いられるドット以外は、すべてストローク(strokes)を採用しているという。その理由としては、自筆譜のドットとストロークの使い分けが模式図的に標準化できないこと、さらに最近の研究が「モーツァルトにおいては2つの記号に音楽的な差異はない」という納得できる主張をしていることを挙げている。上記ウィーン原典版とはまったく逆の方向性であり、この違いはなかなか興味深い。

 以上2つの版は、自筆譜の発見に伴う主要な旋律・リズム等の変更(上記、江黒真弓 (フォルテピアノ)の「トルコ行進曲付き」を聴くにまとめてある)については、これまでの版同様、すべて採用されている。その上で、後発だけのことはあって、その他の細かい箇所もよく練られている感がある。強いて言うなら、演奏譜として使うならウィーン原典版・新版を、少し突っ込んで自分で版を作るならベーレンライター新版を、というように使い分けるといいように思う。

※1 「演奏への助言」には、「初期の版がすべてのスタッカートをどちらか一方の記号にしていることは、注目に値する」という記述もある。確かにこの K.331(300i) の初版でも同じことは言えるのだが、実は初版は「TROIS SONATES」というタイトルであり、K.330(300h) および K.332(300k) を加えた3曲セットで出版されていた。このうち K.330(300h) を見ると、ドットとストロークとを区別している箇所がある(下記画像・第1楽章第35〜37小節)。版を掘る彫版士によって、対応が変わっていたということだろうか。上記ベーレンライター新版の新たな対応も含め、モーツァルトのスタッカート問題は、なかなか一筋縄ではいかないことがこの点でもわかる。
K330

※2 ウィーン原典版・新版の方では、第4変奏の第3小節目、同第7小節目第1音、同第16小節〜第18小節第1音目までの左手については、( )付きでオクターブ下の音を付け加えている。

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2016年5月18日 (水)

「トルコ行進曲付き」の全音版・新版

 Twitter では予告しておいたのだが、全音楽譜出版社からK.331「トルコ行進曲付き」の新版が出た。つい先日、2016年5月15日の発行で、Amazon に注文を出しておいたものが本日、自宅の郵便受けに届いていた。『モーツァルト ピアノソナタ イ長調[トルコ行進曲付き]/2014年発見の自筆譜に基づく原典版』というタイトル。校訂を担当したクラヴィーア奏者の渡邊順生氏の解説が付いていて、これが非常に詳しい。自筆譜(新発見の4ページ、以前から知られていた1ページ)、初版(第1〜4刷)をソースとして、詳細な校訂報告が2ページ半にわたってある。それに加え、昨日の記事で僕が触れたような従来版との異同は、「問題点」というセクションで非常に詳しく解説している。僕もかつての記事を書く前にこの渡邊版が出ていたら、随分、調べる時間が短縮できただろうに、と思わないではいられない。それほど有益な原典版だ。

 ところでこの新版を作った理由として、渡邊氏はこのように書いている。

「 昨年(2015年)の夏、さるドイツの有名な出版社が、主に新発見の自筆譜に基づくこのソナタの新版を出版した。それが充分満足のいく内容のものであったら、本書が編集されることはなかったであろう。しかし、折角の新版は作曲者の残したいわゆる一次資料の忠実な再現とは言い難い部分を何箇所も含んでいた。そこで作曲者のオリジナル・テキストにより忠実な版、という狙いに基づいて編集されたのが本書である。」(本版について、p.2)

 ここで言われている新版とは、Wolf-Dieter Seiffert が編集したヘンレ版新版(HN 1300)のこと。例えば、ヘンレ版新版=Seiffert 版は、第1楽章のテーマ冒頭の音型(および類似箇所)において、最初の3つの音をスラーでつないだものをテキストとして印刷している。渡邊氏はこのことを、「信頼性の低い」版(初版の第3刷以降)を元にしていると批判する。実はここは自筆譜が残っていない箇所でもあり、初版(特に第1刷)が重要な資料となるのだが、これを見ると確かに最初の2音にスラーをつけているように見える箇所が多い。

K331t1

 ただし、この画像でもわかるように、第2小節は明らかに第3音までスラーがついている。さらに第13小節(上記図の右下部分)もおそらくそう読めないことはないし、初版第4刷、また渡邊版が参照していないプラハの筆写譜等では3音スラーが優勢だという。そうしたことは、Seiffert 版でも脚注の指示に従って巻末のコメントを読めばわかるようになっている。とはいえ、実際、新モーツァルト全集版やウィーン原典版なども2音スラー採用であり、Seiffert 版の3音スラー採用は、やはり踏み込み過ぎだったかもしれない(音大等でよく使われている元のヘンレ版が3音スラーであり、それとの整合性もあったのかもしれない)。ただ、そのことよりも、渡邊氏が3音スラーを批判する理由の方に、少し違和感を感じざるを得ない。というのも、ここで氏は2点スラーを支持する理由として、「音楽的な見地から見ても、3音スラーを採用すると、このテーマの性格が子守唄のようなぼんやりとしたものになってしまう」と書いている。後代の楽譜編集者が「音楽的な見地」で楽譜の改変を行ってきた結果が、この「トルコ行進曲付き」のテキストをゆがめてきたのではなかったか。渡邊氏は「この自筆譜の発見で、このソナタの初版譜には、モーツァルトの他の作品に比べて誤りが多いことが明らかになった。」と書いているが、昨日の記事で紹介した異同を見ていただければわかるように、むしろ現代人が「これは音楽的に明らかな誤り」と初版を訂正したところが、結果、初版の読みに覆った箇所もかなりある。そのことは、今回の自筆譜発見が我々に教えてくれた大きな教訓だと思う。

 あるいは、第1楽章第6変奏・第8小節目における最後の左手バス音(昨日の記事で、4)として触れた箇所)。こちらは初版等が上から「ホ—嬰ハ—イ」という和音で終止していて、これを後代の諸版もこれを継承してきたのだが、自筆譜は低い「イ」音のみになっていた。当然、Seiffert 版もこの単音を採用しているが、渡邊氏はこれにかみついている。氏は、初版=OE で和音になっているのは、「明らかにモーツァルトが「修正」した結果である」とし、その根拠として「この修正はモーツァルト時代のフォルテピアノで弾くと「なるほど」と思わせるし、何度か弾いてみて少し慣れると、Aの単音ではやや物足りなさを感じるようになる。」と書いている。それは渡邊氏個人の感覚であって、楽譜校訂とは関係がない話だと僕など思う。少なくとも、「Seiffert 版が単音(A)を正しく、和音(OE)を誤りと断じているのは、明らかにモーツァルト時代のフォルテピアノに対する無知ないし認識不足の結果であり、このようなコメントはエディション全体の信頼度を貶める結果となる。」とヘンレ版新版の編者を批判するのは、お門違いではないだろうか。このあたりは「一次資料の忠実な再現」というより、楽譜校訂の視点が優先されているとも思える※ 。クラヴィーア奏者の権威者としての自信が、そう言わせているのだとしたら、少々悲しい話だ。

 あと、モーツァルトのスタッカート表記については、それだけで論文がいくつも書けるほどの難問なのだが、渡邊氏は自筆譜における「楔形、ドット、ポルタート」の3つをこれまでにないほど断定的に判別している。この点についても Seiffert 版を批判している箇所があるが、少なくとも利用者は、他版との比較はやはりした方が良い。例えば第1楽章第5変奏の冒頭小節で、渡邊版の右手5拍目後半のホ音(E)に付けられた楔形スタッカートは、自筆譜や初版・第1刷にはない。

K311v5

 続く第2小節目からの類似によって付けられたと思うが、それならば Seiffert 版のように編者が補ったという印として( )に入れた方がいいのではないだろうか。僕個人は、自筆譜・初版どおり=スタッカートなしでもいいと思うが。

 少し重箱の隅を突くような話になっていると自分でも思うが、定価1000円でこのように充実した校訂報告が手に入るのは、まさに予想外のことだ。しかも、それは日本の編者、日本の楽譜出版社の仕事なのだ。このことはいくら強調しても強調し過ぎることはない。昨日の記事で指摘しておいた、「トルコ行進曲」における前打音についても、詳しい検討が加えられており、またいつかその中身についても紹介してみたいと思う。

※例えば、第1楽章第4変奏の左手のパートで、第3小節目、同第7小節目第1音、同第16小節〜第18小節第1音目までの3か所については、自筆譜にはないオクターブ下の音が初版で付け加わっており、渡邊版もこれを採用している(ただしこの扱いは、Seiffert 版も同じ) 。また、同楽章第3変奏の最後の小節(第18小節目)の左手のパートでは、自筆譜は末尾の5音すべてにスタッカートが付いているが、渡邊版は一番最後の8分音符については「筆が滑った可能性が高い」としてスタッカートを外している(Seiffert 版も同じ)。

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2016年5月17日 (火)

江黒真弓 (フォルテピアノ)の「トルコ行進曲付き」を聴く

 2014年秋に、ハンガリーで発見されたモーツァルトのピアノ・ソナタイ長調 K.311の自筆譜(部分)については、このサイトでも取り上げたことがある。
モーツァルト・アラカルト2(楽譜編)「トルコ行進曲付き」のヘンレ版・新版(その1)同(その2)同(その3)

 そこでは、この自筆譜を元に演奏されたゾルターン・コチシュの試演(動画)や、久元祐子氏のCDを聴き比べてみたが、今回、新たに江黒真弓さんのCDが加わった(そのことは、3月に「モーツァルト・アラカルト3」という記事で紹介したのだが、どうやらしばらく品切れ状態だったらしく、昨週ようやくその盤が届いた。KING INTERNATIONALからの発売)。江黒さんは、当盤のライナーノーツで「録音前日にミクシ氏(引用者注 自筆譜の発見者バラージュ・ミクシ氏=ハンガリーの国立セーチェーニ図書館音楽部門主任)より届いたウェブ・リンクにて、自筆譜を確認することができた。それに加え2015年、この自筆譜を校訂の資料として使用したヘンレ版(引用者注 Wolf-Dieter Seiffert校訂の新版)も参考にした」と書いている。あらためて、従来の版との主な相違点について整理してみたい。以下、初版/従来譜/自筆譜/コチシュ/久元氏/江黒さんの順で記す。

1)第1楽章・第4変奏第12小節 右手冒頭から3つの8分音符
 (初版)スタッカートなし。3拍目は右手「イ—嬰ニ」・左手「嬰ハ—イ」/(従前譜)スタッカートなし。学習者が使う慣用版等では3拍目を右手「イ—(嬰ニ)」・左手「嬰ハ—イ」/(自筆譜)線状に近いスタッカート付き。3拍目は右手「イ—嬰ニ」・左手「嬰ハ—イ」/(コチシュ)スタッカートなし。3拍目:1回目は「嬰ニ」音を弾かず、4拍目にかけて高い「イ」音を遅らせて鳴らす。しかし2回目は初版どおり/(久元氏)初版どおり/(江黒さん)自筆譜どおり(スタッカートを付けているとまでは断定できないが、各音を切って弾いている)

2)第1楽章・第5変奏第5、6小節 右手上行音型の6拍目
 2つの32音符と1つの16分音符、そして1つの16分休符(16分休符(音符)分、小節からはみでてしまう)/32分音符3つと、32分休符ひとつ/64分音符2つと32分音符ひとつ、そして16分休符ひとつ/(以下、3者とも自筆譜どおり)

3)第1楽章・第5変奏第16小節 後半
 右手上声部「ニ―嬰ロ―嬰ハ」音。最初の2音は「付点8分音符と16分音符」/右手上声部「ロ―嬰ロ―嬰ハ」音。最初の2音は「付点8分音符と16分音符」/右手上声部「ニ―嬰ロ―嬰ハ」音。最初の2音は「複付点8分音符と32分音符」/自筆譜どおり/右手上声部は自筆譜どおり。最初の2音は従前譜どおり「付点8分音符と16分音符」気味/自筆譜どおり。ただし冒頭の和音はアルペジオ扱い

4)第1楽章・第6変奏第8小節 左手4拍目
 上から「ホ—嬰ハ—イ」という和音で終止/上から「ホ—嬰ハ—イ」という和音で終止/低い「イ」音のみ/1回目はやや和音ぽく響くが、くりかえし後の2回目ははっきり単音/和音をアルペジオ気味に弾く/自筆譜どおり

5)第2楽章・第3、33小節 右手3拍目
 第3小節目「2点イ」音、第33小節目「3点嬰ハ」音/「3点嬰ハ」音/「2点イ」音/(以下、3者とも自筆譜どおり)

6)第2楽章・第24〜26小節
 当該小節中のハ音にナチュラル記号なし(イ長調に響く)/当該小節中のハ音にナチュラル記号ありが主流(イ短調に響く)/当該小節中のハ音にナチュラル記号なし(イ長調に響く)/(以下、3者とも自筆譜どおり)

 これらの点で、江黒さんの演奏は最も自筆譜に忠実なものになっていることがわかる。なお、江黒さんがこのCDで弾いているのは、アントン・ツィーラー作の1800年頃に制作された5オクターブの音域を持つフォルテピアノだ。モーツァルトのピアノ・ソナタの演奏で良く使われるアントン・ヴァルター製のフォルテピアノあたりでは、粒立ちのいい軽い音に仕上がるが、こちらはより楽器全体が鳴っているような印象だ。

 以下は余談。彼女はこの録音で、第3楽章「トルコ行進曲」の有名な冒頭旋律などに付けられた前打音を、短前打音扱いで短く弾いている。この部分については、最近、短前打音を採用する演奏者が増えてきているようだ。ただ、僕もテュルクの『クラヴィーア教本』などを読んでみたが、なかなか結論めいたことは言えない課題のひとつだろう。上記の久元氏も、自身の著書『「原典版」で弾きたい!モーツァルトのピアノ・ソナタ』(アルテスパブリッシング刊)でこの点について触れている。

「 この曲はトルコの軍楽隊の音楽をモデルにしており、短前打音で弾いて尖った空気を最初から醸し出すというアポローチも理解できないわけではない。とはいえ、優雅な雰囲気にあふれるイ長調のソナタの終楽章であり、幾度となく現れるこの音型をいつも短前打音で弾くと、ピアノ・ソナタの終楽章ではなく本当に軍楽隊の音楽になってしまい、違和感を禁じえないので、私は伝統的な奏法(引用者注 長前打音で)弾いている。」(p.120)

 実際に、久元氏はCDでそのように演奏している。僕はこの曲のフォルテピアノ演奏では小倉貴久子さんのCD(ALM RECORDS、ただし従来譜による)を評価しているが、彼女の場合、冒頭のテーマが再現する1回目(くりかえし前)まで短前打音で、2回目は長前打音に変えるなど、変化をつけている。やはりすべてを同じ扱いにするのはかえって単調になる気もする。今後も、折衷案も含めいろいろなアプローチを期待したい。

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2016年4月29日 (金)

ビルスマの訂正した楽譜

 昨日、隣町の BOOKOFF に、古楽情報誌『アントレ』のバックナンバーが3、4年分まとめて出ていた。僕の住んでいる地方都市の書店で見かけるような雑誌ではないし、個人的にはこれまで購入したことがなかった。一冊100円ということなので数冊選んで買って帰った中に、来日したバロックチェロの名手アンナ―・ビルスマに、渡邊順正氏がインタビューをした記事が掲載されている巻(1998年5月号)があった。その中のJ.S.バッハ「無伴奏チェロ組曲」について語ったくだりで、今回の来日公演では、ビルスマは作曲者の妻である「アンナ・マクダレーナ・バッハ写本のボウイングを全面的に採用して演奏した」という記述が目に留まった。この6曲からなる組曲には、バッハ自身の自筆譜は残っておらず、妻の筆写譜が重要なソースのひとつになっている。夫と非常に良く似た筆跡なのだが、音符の写しまちがいや、スラー等のつけ方に曖昧なところもあって、最も身近な身内が筆写したとはいえ全面的に正しいとは考えられていなかった。あえてビルスマは、そのボウイングに挑戦したというわけである。そのあたりの事情は、渡邊氏のサイトにあるビルスマの別のインタビュー記事に詳しいので、興味のある方は参照してほしい。

 ところで、ビルスマの「無伴奏チェロ組曲」の全曲演奏会を、今から30年ほど前、京都の鴨川沿いにあった「京都ドイツ文化センター」で僕は聴いた経験がある※。全6曲は2日間にわけて演奏された。ビルスマはこの組曲を二度、録音しているが、最初の古楽器での録音(SEON)が1979年だったので、時期的にはその少しあとにあたる。自在なテンポ・ルバートによる語るような演奏法は、レコードで聴けるものよりもずっと徹底していて、それを70〜80名も入ればいっぱいにあるような平土間の会場で、奏者から非常に近い位置で聴けたのは、今思えばなんと貴重な体験だったろうか。

 演奏会のあとにはビルスマによるサイン会があって、僕はたまたま会場に持参してきていた「無伴奏チェロ組曲」の楽譜にサインをもらおうと列に並んで待っていた。その楽譜は当時、全音から出ていた「ベーレンライター原典版」という青い表紙のシリーズで、有名なガンバ奏者のアウグスト・ヴェンツィンガーが校訂している。巻末に詳細な校訂報告も付いているし、当時、僕のような一愛好家が普通に手にすることができるもの中では、最も由緒正しい楽譜である・・・と疑いもなく信じていた。しかし、僕の順番が来て、ビルスマの前にそれを差し出したとき、意外なことが起こった。彼はいたずらっ子のような笑顔で「おー、ヴェンツィンガー」と言ったとたん、いきなり僕から楽譜を取り上げ、第4番変ホ長調 BWV1010 の冒頭ページを開いた。そして「これは間違っているよ」というような言葉を発しながら、手にしていたサイン用の黒マジックで直接、僕の楽譜を訂正し始めたのだ。まず第1曲プレリュードの拍子記号「C(4分の4拍子)」を、「縦線C(2分の2拍子)に」。次いで、同曲の第59小節目第1拍目の重和音のうち、上から3番目の音「ナチュラル記号付きのA」をマジックでひとつ上の段まで塗りつぶし、その下に「C」、つまり実音のドであると訂正文字を入れた。さらにページをめくり第2曲アルマンドの「C(4分の4拍子)」も、前曲同様に「縦線C(2分の2拍子)」に修正したのだった。最終的にビルスマは中表紙に戻り、サイン、そして注記まで書き入れてくれた。

 そのあいだ、およそ十数秒。あっという間の出来事であった。ビルスマは終始ごきげんの様子で、その「落書き」のあいだもずっといたずらっぽく笑っていたので、まあ僕も笑い返すしかなく、握手をしてもらってその場を去った。

 そのビルスマの訂正入りの楽譜は、今でも大事に持っている。その中表紙の写真は以下のとおり。

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 書き込まれた文字は、上から「take manuscript」。つまり「マニュスクリプト=筆写譜を採用しなさい」。次いで「アンナー・ビルスマ」というサイン。下段に「ASK ZEN-ON MUSIC COMPANY FOR M.S.」。これはちょっと正確な意図はとりにくいが、「全音に、筆写譜、あるいはマクダレーナ写本を参照するよう尋ねなさい」というような意味だろうと思う。

 現在では、アンナ・マクダレーナ・バッハが写した楽譜のファクシミリは、割と簡単に手に入るし、ネットでも閲覧可能だ。それを見ると、BWV1010 の第1曲、第2曲の拍子記号は、確かに「縦線C=2分の2拍子」になっている。アンナ・マクダレーナ・バッハの筆写譜のほかに、ヨハン・ペーター・ケルナーが写した手稿譜が残されていて、こちらも有力な源泉資料となっているが、こちらも「縦線C」。ただし18世紀の他の筆写譜(2種)や、旧バッハ全集の楽譜は「C」になっている(プレリュードについては、パリ初版も)。先に書いたようにこの楽譜の巻末の校訂報告は、原典版と銘打っているだけにかなり詳しいのだが、ヴェンツィンガーが自身の校訂譜でなぜ「C」のままとしたのか、そこにも説明はない(というか、この異同自体触れられていない)※※。

Bwv10101

Bwv10102

 もしこのヴェンツィンガー版をお持ちの方がいたら、せめて上記の拍子記号だけでも、僕の楽譜のように手書きで直しておくとよいかもしれない(笑)。いずれにせよ、ビルスマの並々ならぬ楽譜に対する思いや、ユーモアあふれるおおらかな人柄を彷彿させるに十分なエピソードではないだろうか。

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※「京都ドイツ文化センター」は、改修工事を経て2011年にリニューアル・オープンし、「ゲーテ・インスティトゥート・ヴィラ鴨川」という名前で現在もこの地にあるようだ。
※※プレリュードの第59小節目の相違も、ビルスマが直した重音は、アンナ・マクダレーナ・バッハ写本のとおり。ただし、こちらは校訂報告にも記載あり。ちなみに当時の僕は気づいていなかったのだが、「ベーレンライター原典版」シリーズの他のバッハ作品と違って、この「無伴奏チェロ組曲」の巻(22巻)は、新バッハ全集とは違う楽譜だったようだ(新バッハ全集の編者は、Hans Eppstein)。

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2016年3月15日 (火)

モーツァルト・アラカルト3

 先週(3月9日)、アカデミア・ミュージックからのメール・ニュースで、モーツァルトの交響曲第38番 K.504の自筆譜ファクシミリが出版されたということを知った。

https://www.academia-music.com/academia/m.php/20160309-7

 3万円ちょっとという価格は、この種のものとしては良心的な方。さっそく注文を出しておいたところ、初回入荷分に間に合ったのか、週末にはもう実物が宅急便で届いた。新モーツァルト全集の編纂時には自筆譜が行方不明であり、結果、

「確実に自筆譜までさかのぼっている第2次資料としては,《旧モーツァルト全集》とならんで,テオドール・クロイヤーによって,1931年に出されたオイレンブルク版の校訂版(出版番号446)がただひとつ存在する(資料A)。(ラースロ・ショムハイ、新モーツァルト全集の前文から)

Image

という状態であった。その後、1980年にポーランドのクラクフ・ヤギェウォ図書館で自筆譜が再発見され、2001年にはブライトコプフ新版としてこの自筆譜に基づいた新しい校訂版の楽譜が出た(クリフ・アイゼン校訂)。一方、2003年には遅ればせながら新モーツァルト全集の校訂報告書(シリーズ4:オーケストラ作品、ワークグループ11「SINFONIEN・BAND8」 K.425、K.504の巻)が出版され、その巻に自筆譜の異同および既発の楽譜版の訂正リストが掲載された。今、出版されている紺色の表紙のスコアは、この訂正リストを反映した新版と言えるものになっている(我が国で国内版として出されているベーレンライター版=音楽の友社・刊や、新モーツァルト全集オンラインで公開されている版は、訂正前の版なので注意が必要)。

 で、自筆譜の再発見により具体的にどの部分が変わってきたかだが、スラーやスタッカート、強弱記号の異同が主であり、音符自体が変わっているという部分は、そう多くはない。詳しくは別項に譲りたいが、例えば私が気づいた主な音符の異同部分は以下のとおり。【楽章】小節数の後は(オイレンブルク版1931年版/新モーツァルト全集1971年版/自筆譜ファクシミリ)の順に異同が記してある。

【第1楽章】
1)第14小節 第2ヴァイオリン(音符なし/第1ヴァイオリンと同じ/音符なし)
2)第69小節 第1フルート・第1音(cis'''/a''/cis''')
3)第142小節 第1フルート・第1音(a''/cis'''/a'')
4)第220小節 第1,2ホルン・第1音(4分音符+4分休符/2分音符/4分音符+4分休符)
【第2楽章】
5)第85小節 第2ヴァイオリン・第2音(d''/d''/d')※ここはd"ともとれる書き方がされている
6)第93小節 第1,2ホルン・第4音につけられた前打音(あり/あり/なし)
7)第120小節 第1オーボエ・第1音(a''/fis''/a'')※前小節から続くタイをとってスラーに
【第3楽章】
8)第291小節 第2ホルン・第1音(c'/a/c')※前小節から続くタイをとる

<例>第69-71小節 第1,2フルート

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 これらの部分だけで言えば、オイレンブルク版に準拠したという新モーツァルト全集1971年版より、自筆譜の方が前者に近いという興味深い結果となっている※。また、ほかに自筆譜の記述が、最新のベーレンライター版(紺表紙)にも反映されていないものもあり、このあたりの事情はかなり複雑だ(例えば、第4楽章の第252小節目のファゴット、あるいは上記8)の第1ホルン)。それらの異同を対照する意味からも、今回の出版は大いに歓迎したい。

 以下、こちらも自筆譜からみの新譜から。前回、ピアノ・ソナタイ長調 K.331「トルコ行進曲付き」の自筆譜(部分)が発見されたという話題を紹介したが、その発見された自筆譜に基づく新たな演奏が発売される。なんと今回の演奏も日本人。アムステルダム音楽院でスタンリー・ホッホランドにフォルテピアノを師事した江黒真弓さんのデビュー・アルバムで、1800年アントン・ツィーラー製作のオリジナル楽器で演奏しているという。キング・インターナショナルから3月末の発売予定なので、また入手次第、報告したい。

※自筆譜が発見されて新モーツァルト全集の校訂報告がそれによりアップデートしたのは良かったのだが、結果、校訂報告書は自筆譜の異同のみ言及されて、当初(やむを得ずながら)参照されていた当時のパート譜(Bグラーツ、Cモデナ、Dドナウエッシンゲン)の異同が記載されなくなってしまった。これは校訂報告としてどうだろう。新モーツァルト全集1971年版がオイレンブルク版から楽譜を変えた根拠がこれらの筆写譜にあったのかも知れないのだが、当然、それも明記されないままになってしまっている。無論、自筆譜は大事だが、当時の筆写譜の情報は時に自筆譜に勝ることも忘れないでほしい。例えばモーツァルトがプラハでこのシンフォニーを演奏した時などに、パート譜に変更を施した、かもしれないのだから。確かにブライトコプフ新版の校訂者クリフ・アイゼンも、これら筆写譜にはモーツァルトに由来する物は何もないと切り捨てるが、それはあくまで批判版楽譜の編纂者としての意見である。作曲家全集の校訂報告としては、別の立場に立つべきだろう。

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