2016年5月18日 (水)

「トルコ行進曲付き」の全音版・新版

 Twitter では予告しておいたのだが、全音楽譜出版社からK.331「トルコ行進曲付き」の新版が出た。つい先日、2016年5月15日の発行で、Amazon に注文を出しておいたものが本日、自宅の郵便受けに届いていた。『モーツァルト ピアノソナタ イ長調[トルコ行進曲付き]/2014年発見の自筆譜に基づく原典版』というタイトル。校訂を担当したクラヴィーア奏者の渡邊順生氏の解説が付いていて、これが非常に詳しい。自筆譜(新発見の4ページ、以前から知られていた1ページ)、初版(第1〜4刷)をソースとして、詳細な校訂報告が2ページ半にわたってある。それに加え、昨日の記事で僕が触れたような従来版との異同は、「問題点」というセクションで非常に詳しく解説している。僕もかつての記事を書く前にこの渡邊版が出ていたら、随分、調べる時間が短縮できただろうに、と思わないではいられない。それほど便利な原典版だ。

 ところでこの新版を作った理由として、渡邊氏はこのように書いている。

「 昨年(2015年)の夏、さるドイツの有名な出版社が、主に新発見の自筆譜に基づくこのソナタの新版を出版した。それが充分満足のいく内容のものであったら、本書が編集されることはなかったであろう。しかし、折角の新版は作曲者の残したいわゆる一次資料の忠実な再現とは言い難い部分を何箇所も含んでいた。そこで作曲者のオリジナル・テキストにより忠実な版、という狙いに基づいて編集されたのが本書である。」(本版について、p.2)

 ここで言われている新版とは、Wolf-Dieter Seiffert が編集したヘンレ版新版(HN 1300)のこと。例えば、ヘンレ版新版=Seiffert 版は、第1楽章のテーマ冒頭の音型(および類似箇所)において、最初の3つの音をスラーでつないだものをテキストとして印刷している。渡邊氏はこのことを、「信頼性の低い」版(初版の第3刷以降)を元にしていると批判する。実はここは自筆譜が残っていない箇所でもあり、初版・第1刷が重要な資料となるのだが、これを見ると確かに最初の2音にスラーをつけているように見える箇所が多い。実際、新モーツァルト全集版やウィーン原典版などでも2音スラー採用が多いので、Seiffert 版は少し踏み込み過ぎと言えるかもしれない(ヘンレ版旧版が3音スラーだった)。

 ただし、初版・第1刷においても、第2小節は明らかに第3音までスラーがついている。

 K331t1

 さらに第13小節(上記図の右下部分)もおそらくそう読めないことはないし、渡邊版が参照していないプラハの筆写譜も3音スラーだという。そうしたことは、Seiffert 版でも脚注の指示に従って巻末のコメントを読めばわかるようになっている。また、2点スラーを指示する理由として、渡邊氏は「音楽的な見地から見ても、3音スラーを採用すると、このテーマの性格が子守唄のようなぼんやりとしたものになってしまう」と書いているが、これはどうか。後代の楽譜編集者が「音楽的な見地」で楽譜の改変を行ってきた結果が、この「トルコ行進曲付き」のテキストをゆがめてきたのではなかったか。渡邊氏は「この自筆譜の発見で、このソナタの初版譜には、モーツァルトの他の作品に比べて誤りが多いことが明らかになった。」と書いているが、昨日の記事で紹介した異同を見ていただければわかるように、むしろ現代人が「これは音楽的に明らかな誤り」と初版を訂正したところが、自筆譜で覆された箇所もかなりある。そのことが今回の自筆譜発見が、我々に教えてくれた大きな教訓だと思う。

 あるいは、第1楽章第6変奏における前半最後の左手バス音(昨日の記事で、4)として触れた箇所)。こちらは初版等が上から「ホ—嬰ハ—イ」という和音で終止していて、これを後代の諸版もこれを継承してきたのだが、自筆譜は低い「イ」音のみになっていた。当然、Seiffert 版もこの単音を採用しているが、渡邊氏はこれにかみついている。氏は、初版=OE で和音になっているのは、「明らかにモーツァルトが「修正」した結果である」とし、その根拠として「この修正はモーツァルト時代のフォルテピアノで弾くと「なるほど」と思わせるし、何度か弾いてみて少し慣れると、Aの単音ではやや物足りなさを感じるようになる。」と書いている。それは渡邊氏個人の感覚であって、楽譜校訂とは関係がない話だと僕など思う。少なくとも、「Seiffert 版が単音(A)を正しく、和音(OE)を誤りと断じているのは、明らかにモーツァルト時代のフォルテピアノに対する無知ないし認識不足の結果であり、このようなコメントはエディション全体の信頼度を貶める結果となる。」とヘンレ版新版の編者を批判するのは、まったくのお門違いではないだろうか。クラヴィーア奏者の権威者としての自信が、そう言わせているのだとしたら、少々悲しい話だ。

 あと、モーツァルトのスタッカート表記については、それだけで論文がいくつも書けるほどの難問なのだが、どうも渡邊氏は自筆譜から「ポルタート、楔形、ドット」の3つが明確に判別できて、その意図もはっきりわかるらしい。この点についても Seiffert 版を批判している箇所があるが、少なくとも利用者は他版との比較はやはりした方が良い。例えば第1楽章第5変奏の冒頭小節で、渡邊版の右手5拍目後半のホ音(E)に付けられた楔形スタッカートは、自筆譜や初版・第1刷にはない。

 K311v5

 第2小節目からの類似によって付けられたと思うが、それならば Seiffert 版のように編者が補ったという印として( )に入れた方がいいのではないだろうか。僕個人は、自筆譜・初版どおりでもいいと思うが。

 そういった気になる点もないではないが、定価1000円でこのようなオーセンティックな楽譜が手に入るのは、本当に予想外のことだ。昨日の記事で指摘しておいた、「トルコ行進曲」における前打音についても、詳しい検討が加えられており、またいつかその中身についても紹介してみたいと思う。

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2016年5月17日 (火)

江黒真弓 (フォルテピアノ)の「トルコ行進曲付き」を聴く

 2014年秋に、ハンガリーで発見されたモーツァルトのピアノ・ソナタイ長調 K.311の自筆譜(部分)については、このサイトでも取り上げたことがある。
モーツァルト・アラカルト2(楽譜編)「トルコ行進曲付き」のヘンレ版・新版(その1)同(その2)同(その3)

 そこでは、この自筆譜を元に演奏されたゾルターン・コチシュの試演(動画)や、久元祐子氏のCDを聴き比べてみたが、今回、新たに江黒真弓さんのCDが加わった(そのことは、3月に「モーツァルト・アラカルト3」という記事で紹介したのだが、どうやらしばらく品切れ状態だったらしく、昨週ようやくその盤が届いた。KING INTERNATIONALからの発売)。江黒さんは、当盤のライナーノーツで「録音前日にミクシ氏(引用者注 自筆譜の発見者バラージュ・ミクシ氏=ハンガリーの国立セーチェーニ図書館音楽部門主任)より届いたウェブ・リンクにて、自筆譜を確認することができた。それに加え2015年、この自筆譜を校訂の資料として使用したヘンレ版(引用者注 Wolf-Dieter Seiffert校訂の新版)も参考にした」と書いている。あらためて、従来の版との主な相違点について整理してみたい。以下、初版/従来譜/自筆譜/コチシュ/久元氏/江黒さんの順で記す。

1)第1楽章・第4変奏第12小節 右手冒頭から3つの8分音符
 (初版)スタッカートなし。3拍目は右手「イ—嬰ニ」・左手「嬰ハ—イ」/(従前譜)スタッカートなし。学習者が使う慣用版等では3拍目を右手「イ—(嬰ニ)」・左手「嬰ハ—イ」/(自筆譜)線状に近いスタッカート付き。3拍目は右手「イ—嬰ニ」・左手「嬰ハ—イ」/(コチシュ)スタッカートなし。3拍目:1回目は「嬰ニ」音を弾かず、4拍目にかけて高い「イ」音を遅らせて鳴らす。しかし2回目は初版どおり/(久元氏)初版どおり/(江黒さん)自筆譜どおり(スタッカートを付けているとまでは断定できないが、各音を切って弾いている)

2)第1楽章・第5変奏第5、6小節 右手上行音型の6拍目
 2つの32音符と1つの16分音符、そして1つの16分休符(16分休符(音符)分、小節からはみでてしまう)/32分音符3つと、32分休符ひとつ/64分音符2つと32分音符ひとつ、そして16分休符ひとつ/(以下、3者とも自筆譜どおり)

3)第1楽章・第5変奏第16小節 後半
 右手上声部「ニ―嬰ロ―嬰ハ」音。最初の2音は「付点8分音符と16分音符」/右手上声部「ロ―嬰ロ―嬰ハ」音。最初の2音は「付点8分音符と16分音符」/右手上声部「ニ―嬰ロ―嬰ハ」音。最初の2音は「複付点8分音符と32分音符」/自筆譜どおり/右手上声部は自筆譜どおり。最初の2音は従前譜どおり「付点8分音符と16分音符」気味/自筆譜どおり。ただし冒頭の和音はアルペジオ扱い

4)第1楽章・第6変奏第8小節 左手4拍目
 上から「ホ—嬰ハ—イ」という和音で終止/上から「ホ—嬰ハ—イ」という和音で終止/低い「イ」音のみ/1回目はやや和音ぽく響くが、くりかえし後の2回目ははっきり単音/和音をアルペジオ気味に弾く/自筆譜どおり

5)第2楽章・第3、33小節 右手3拍目
 第3小節目「2点イ」音、第33小節目「3点嬰ハ」音/「3点嬰ハ」音/「2点イ」音/(以下、3者とも自筆譜どおり)

6)第2楽章・第24〜26小節
 当該小節中のハ音にナチュラル記号なし(イ長調に響く)/当該小節中のハ音にナチュラル記号ありが主流(イ短調に響く)/当該小節中のハ音にナチュラル記号なし(イ長調に響く)/(以下、3者とも自筆譜どおり)

 これらの点で、江黒さんの演奏は最も自筆譜に忠実なものになっていることがわかる。なお、江黒さんがこのCDで弾いているのは、アントン・ツィーラー作の1800年頃に制作された5オクターブの音域を持つフォルテピアノだ。モーツァルトのピアノ・ソナタの演奏で良く使われるアントン・ヴァルター製のフォルテピアノあたりでは、粒立ちのいい軽い音に仕上がるが、こちらはより楽器全体が鳴っているような印象だ。

 以下は余談。彼女はこの録音で、第3楽章「トルコ行進曲」の有名な冒頭旋律などに付けられた前打音を、短前打音扱いで短く弾いている。この部分については、最近、短前打音を採用する演奏者が増えてきているようだ。ただ、僕もテュルクの『クラヴィーア教本』などを読んでみたが、なかなか結論めいたことは言えない課題のひとつだろう。上記の久元氏も、自身の著書『「原典版」で弾きたい!モーツァルトのピアノ・ソナタ』(アルテスパブリッシング刊)でこの点について触れている。

「 この曲はトルコの軍楽隊の音楽をモデルにしており、短前打音で弾いて尖った空気を最初から醸し出すというアポローチも理解できないわけではない。とはいえ、優雅な雰囲気にあふれるイ長調のソナタの終楽章であり、幾度となく現れるこの音型をいつも短前打音で弾くと、ピアノ・ソナタの終楽章ではなく本当に軍楽隊の音楽になってしまい、違和感を禁じえないので、私は伝統的な奏法(引用者注 長前打音で)弾いている。」(p.120)

 実際に、久元氏はCDでそのように演奏している。僕はこの曲のフォルテピアノ演奏では小倉貴久子さんのCD(ALM RECORDS、ただし従来譜による)を評価しているが、彼女の場合、冒頭のテーマが再現する1回目(くりかえし前)まで短前打音で、2回目は長前打音に変えるなど、変化をつけている。やはりすべてを同じ扱いにするのはかえって単調になる気もする。今後も、折衷案も含めいろいろなアプローチを期待したい。

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2016年4月29日 (金)

ビルスマの訂正した楽譜

 昨日、隣町の BOOKOFF に、古楽情報誌『アントレ』のバックナンバーが3、4年分まとめて出ていた。僕の住んでいる地方都市の書店で見かけるような雑誌ではないし、個人的にはこれまで購入したことがなかった。一冊100円ということなので数冊選んで買って帰った中に、来日したバロックチェロの名手アンナ―・ビルスマに、渡邊順正氏がインタビューをした記事が掲載されている巻(1998年5月号)があった。その中のJ.S.バッハ「無伴奏チェロ組曲」について語ったくだりで、今回の来日公演では、ビルスマは作曲者の妻である「アンナ・マクダレーナ・バッハ写本のボウイングを全面的に採用して演奏した」という記述が目に留まった。この6曲からなる組曲には、バッハ自身の自筆譜は残っておらず、妻の筆写譜が重要なソースのひとつになっている。夫と非常に良く似た筆跡なのだが、音符の写しまちがいや、スラー等のつけ方に曖昧なところもあって、最も身近な身内が筆写したとはいえ全面的に正しいとは考えられていなかった。あえてビルスマは、そのボウイングに挑戦したというわけである。そのあたりの事情は、渡邊氏のサイトにあるビルスマの別のインタビュー記事に詳しいので、興味のある方は参照してほしい。

 ところで、ビルスマの「無伴奏チェロ組曲」の全曲演奏会を、今から30年ほど前、京都の鴨川沿いにあった「京都ドイツ文化センター」で僕は聴いた経験がある※。全6曲は2日間にわけて演奏された。ビルスマはこの組曲を二度、録音しているが、最初の古楽器での録音(SEON)が1979年だったので、時期的にはその少しあとにあたる。自在なテンポ・ルバートによる語るような演奏法は、レコードで聴けるものよりもずっと徹底していて、それを70〜80名も入ればいっぱいにあるような平土間の会場で、奏者から非常に近い位置で聴けたのは、今思えばなんと貴重な体験だったろうか。

 演奏会のあとにはビルスマによるサイン会があって、僕はたまたま会場に持参してきていた「無伴奏チェロ組曲」の楽譜にサインをもらおうと列に並んで待っていた。その楽譜は当時、全音から出ていた「ベーレンライター原典版」という青い表紙のシリーズで、有名なガンバ奏者のアウグスト・ヴェンツィンガーが校訂している。巻末に詳細な校訂報告も付いているし、当時、僕のような一愛好家が普通に手にすることができるもの中では、最も由緒正しい楽譜である・・・と疑いもなく信じていた。しかし、僕の順番が来て、ビルスマの前にそれを差し出したとき、意外なことが起こった。彼はいたずらっ子のような笑顔で「おー、ヴェンツィンガー」と言ったとたん、いきなり僕から楽譜を取り上げ、第4番変ホ長調 BWV1010 の冒頭ページを開いた。そして「これは間違っているよ」というような言葉を発しながら、手にしていたサイン用の黒マジックで直接、僕の楽譜を訂正し始めたのだ。まず第1曲プレリュードの拍子記号「C(4分の4拍子)」を、「縦線C(2分の2拍子)に」。次いで、同曲の第59小節目第1拍目の重和音のうち、上から3番目の音「ナチュラル記号付きのA」をマジックでひとつ上の段まで塗りつぶし、その下に「C」、つまり実音のドであると訂正文字を入れた。さらにページをめくり第2曲アルマンドの「C(4分の4拍子)」も、前曲同様に「縦線C(2分の2拍子)」に修正したのだった。最終的にビルスマは中表紙に戻り、サイン、そして注記まで書き入れてくれた。

 そのあいだ、およそ十数秒。あっという間の出来事であった。ビルスマは終始ごきげんの様子で、その「落書き」のあいだもずっといたずらっぽく笑っていたので、まあ僕も笑い返すしかなく、握手をしてもらってその場を去った。

 そのビルスマの訂正入りの楽譜は、今でも大事に持っている。その中表紙の写真は以下のとおり。

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 書き込まれた文字は、上から「take manuscript」。つまり「マニュスクリプト=筆写譜を採用しなさい」。次いで「アンナー・ビルスマ」というサイン。下段に「ASK ZEN-ON MUSIC COMPANY FOR M.S.」。これはちょっと正確な意図はとりにくいが、「全音に、筆写譜、あるいはマクダレーナ写本を参照するよう尋ねなさい」というような意味だろうと思う。

 現在では、アンナ・マクダレーナ・バッハが写した楽譜のファクシミリは、割と簡単に手に入るし、ネットでも閲覧可能だ。それを見ると、BWV1010 の第1曲、第2曲の拍子記号は、確かに「縦線C=2分の2拍子」になっている。アンナ・マクダレーナ・バッハの筆写譜のほかに、ヨハン・ペーター・ケルナーが写した手稿譜が残されていて、こちらも有力な源泉資料となっているが、こちらも「縦線C」。ただし18世紀の他の筆写譜(2種)や、旧バッハ全集の楽譜は「C」になっている(プレリュードについては、パリ初版も)。先に書いたようにこの楽譜の巻末の校訂報告は、原典版と銘打っているだけにかなり詳しいのだが、ヴェンツィンガーが自身の校訂譜でなぜ「C」のままとしたのか、そこにも説明はない(というか、この異同自体触れられていない)※※。

Bwv10101

Bwv10102

 もしこのヴェンツィンガー版をお持ちの方がいたら、せめて上記の拍子記号だけでも、僕の楽譜のように手書きで直しておくとよいかもしれない(笑)。いずれにせよ、ビルスマの並々ならぬ楽譜に対する思いや、ユーモアあふれるおおらかな人柄を彷彿させるに十分なエピソードではないだろうか。

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※「京都ドイツ文化センター」は、改修工事を経て2011年にリニューアル・オープンし、「ゲーテ・インスティトゥート・ヴィラ鴨川」という名前で現在もこの地にあるようだ。
※※プレリュードの第59小節目の相違も、ビルスマが直した重音は、アンナ・マクダレーナ・バッハ写本のとおり。ただし、こちらは校訂報告にも記載あり。ちなみに当時の僕は気づいていなかったのだが、「ベーレンライター原典版」シリーズの他のバッハ作品と違って、この「無伴奏チェロ組曲」の巻(22巻)は、新バッハ全集とは違う楽譜だったようだ(新バッハ全集の編者は、Hans Eppstein)。

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2016年3月15日 (火)

モーツァルト・アラカルト3

 先週(3月9日)、アカデミア・ミュージックからのメール・ニュースで、モーツァルトの交響曲第38番 K.504の自筆譜ファクシミリが出版されたということを知った。

https://www.academia-music.com/academia/m.php/20160309-7

 3万円ちょっとという価格は、この種のものとしては良心的な方。さっそく注文を出しておいたところ、初回入荷分に間に合ったのか、週末にはもう実物が宅急便で届いた。新モーツァルト全集の編纂時には自筆譜が行方不明であり、結果、

「確実に自筆譜までさかのぼっている第2次資料としては,《旧モーツァルト全集》とならんで,テオドール・クロイヤーによって,1931年に出されたオイレンブルク版の校訂版(出版番号446)がただひとつ存在する(資料A)。(ラースロ・ショムハイ、新モーツァルト全集の前文から)

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という状態であった。その後、1980年にポーランドのクラクフ・ヤギェウォ図書館で自筆譜が再発見され、2001年にはブライトコプフ新版としてこの自筆譜に基づいた新しい校訂版の楽譜が出た(クリフ・アイゼン校訂)。一方、2003年には遅ればせながら新モーツァルト全集の校訂報告書(シリーズ4:オーケストラ作品、ワークグループ11「SINFONIEN・BAND8」 K.425、K.504の巻)が出版され、その巻に自筆譜の異同および既発の楽譜版の訂正リストが掲載された。今、出版されている紺色の表紙のスコアは、この訂正リストを反映した新版と言えるものになっている(我が国で国内版として出されているベーレンライター版=音楽の友社・刊や、新モーツァルト全集オンラインで公開されている版は、訂正前の版なので注意が必要)。

 で、自筆譜の再発見により具体的にどの部分が変わってきたかだが、スラーやスタッカート、強弱記号の異同が主であり、音符自体が変わっているという部分は、そう多くはない。詳しくは別項に譲りたいが、例えば私が気づいた主な音符の異同部分は以下のとおり。【楽章】小節数の後は(オイレンブルク版1931年版/新モーツァルト全集1971年版/自筆譜ファクシミリ)の順に異同が記してある。

【第1楽章】
1)第14小節 第2ヴァイオリン(音符なし/第1ヴァイオリンと同じ/音符なし)
2)第69小節 第1フルート・第1音(cis'''/a''/cis''')
3)第142小節 第1フルート・第1音(a''/cis'''/a'')
4)第220小節 第1,2ホルン・第1音(4分音符+4分休符/2分音符/4分音符+4分休符)
【第2楽章】
5)第85小節 第2ヴァイオリン・第2音(d''/d''/d')※ここはd"ともとれる書き方がされている
6)第93小節 第1,2ホルン・第4音につけられた前打音(あり/あり/なし)
7)第120小節 第1オーボエ・第1音(a''/fis''/a'')※前小節から続くタイをとってスラーに
【第3楽章】
8)第291小節 第2ホルン・第1音(c'/a/c')※前小節から続くタイをとる

<例>第69-71小節 第1,2フルート

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 これらの部分だけで言えば、オイレンブルク版に準拠したという新モーツァルト全集1971年版より、自筆譜の方が前者に近いという興味深い結果となっている※。また、ほかに自筆譜の記述が、最新のベーレンライター版(紺表紙)にも反映されていないものもあり、このあたりの事情はかなり複雑だ(例えば、第4楽章の第252小節目のファゴット、あるいは上記8)の第1ホルン)。それらの異同を対照する意味からも、今回の出版は大いに歓迎したい。

 以下、こちらも自筆譜からみの新譜から。前回、ピアノ・ソナタイ長調 K.331「トルコ行進曲付き」の自筆譜(部分)が発見されたという話題を紹介したが、その発見された自筆譜に基づく新たな演奏が発売される。なんと今回の演奏も日本人。アムステルダム音楽院でスタンリー・ホッホランドにフォルテピアノを師事した江黒真弓さんのデビュー・アルバムで、1800年アントン・ツィーラー製作のオリジナル楽器で演奏しているという。キング・インターナショナルから3月末の発売予定なので、また入手次第、報告したい。

※自筆譜が発見されて新モーツァルト全集の校訂報告がそれによりアップデートしたのは良かったのだが、結果、校訂報告書は自筆譜の異同のみ言及されて、当初(やむを得ずながら)参照されていた当時のパート譜(Bグラーツ、Cモデナ、Dドナウエッシンゲン)の異同が記載されなくなってしまった。これは校訂報告としてどうだろう。新モーツァルト全集1971年版がオイレンブルク版から楽譜を変えた根拠がこれらの筆写譜にあったのかも知れないのだが、当然、それも明記されないままになってしまっている。無論、自筆譜は大事だが、当時の筆写譜の情報は時に自筆譜に勝ることも忘れないでほしい。例えばモーツァルトがプラハでこのシンフォニーを演奏した時などに、パート譜に変更を施した、かもしれないのだから。確かにブライトコプフ新版の校訂者クリフ・アイゼンも、これら筆写譜にはモーツァルトに由来する物は何もないと切り捨てるが、それはあくまで批判版楽譜の編纂者としての意見である。作曲家全集の校訂報告としては、別の立場に立つべきだろう。

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2016年2月21日 (日)

ハイドン・アラカルト2

 「ハイドン・アラカルト」と題した前回の記事(2014年2月)で書いた話の続き。2年前の2月、クリストファー・ホグウッド/アカデミー・オブ・エンシェント・ミュージックの「ハイドン交響曲全集」(L'OISEAU-LYRE)が、第75番まで収録した第10巻で中断してしまったけれど、このあとにもう2曲、第76、77番が録音されていて、これらは英国の雑誌「BBC music magazin」の付録で出されていたということを紹介した。さて、今年(2016)になって、チェンバリストのオッターヴィオ・ダントーネがアカデミア・ビザンティーナというピリオド・アンサンブルを指揮してハイドンの交響曲全集(DECCAレーベル)を録音するというニュース・リリースが出た。しかも、「全集(36枚組)の発売は2016年内を予定しており、ピリオド楽器による初のハイドン交響曲全集となります。今回そのプロモーション盤として、後期の作品としてはあまり演奏されない第78~81番を収録したものを特別価格で発売」ということである(>>詳細はこちら)。第78~81番はまさにホグウッドの上記BBC盤の続きにあたるので、偶然にしては出来過ぎた話だと僕など思っていた(実際、他の方のブログでもそういう話題が出ていた)。で、先週末新たにリリース・ニュースが出たのが次の盤。「交響曲全集 ホグウッド&エンシェント室内管、ブリュッヘン&18世紀オーケストラ、ダントーネ&アカデミア・ビザンティーナ、他(35CD)」。  <ピリオド楽器による初のハイドン交響曲全集>という触れ込みには、うそいつわりはないのだが、基本DECCAが吸収したオワゾリール、フィリップスという両レーベルの既存録音に、新作のダントーネ盤をくっつけただけでできてしまった全集である。4曲2枚のCDを新たに録音すればレーベル内の音源で全集ができることに気づいたプロデューサーは、なかなか抜け目のない方だと思うが、おそらくこれでダントーネで全集という企画は進まないだろう。一番、全集完成に近かったファイ&ハイデルベルク交響楽団も22枚で中断しそうでなので、合わせてこれは残念なニュースと言わねばならない。

 今週始め、東京出張の折に、いつもの定例コースでディスク・ユニオンお茶の水クラシック店に立ち寄った。こちらのお店には、中古LP・CDのほかに音楽書のコーナーもあり品揃えも結構充実しているのが常だが、先月伺ったときには「新モーツァルト全集」の楽譜および校訂報告書「KRITICHE BERICHTE」が山積みされていて、ちょっとびっくりしたことがあった。楽譜自体は縮刷版ながらすでに持っているし、オンラインでも閲覧できる。校訂報告書の方はさすがに需要も少ないと思われたのか、計40冊ほどがバナナのように2束各2000円強で投げ売りされていて、さすがに見捨てられず(笑)引き取ってきた。同じくオンラインでも読めるのだが、手元にあるというのは心強い。で、今回はどうだろうと思い訪問を楽しみにしていたのだが、新たにオペラや声楽曲のヴォーカル・スコアなどが数多く入荷している。CDの方は早々に見切りをつけ、楽譜の棚を一冊一冊眺めていたら、深緑色の表紙に「Haydn」の文字が印字された大判の書籍が目に入った。これが実は、ハイドンの交響曲第48番 ハ長調「マリア・テレジア」のパート譜ファクシミリであった。この交響曲の自筆譜は残されていない。ハイドンの写筆家であるヨーゼフ・エルスラーが書いたパート譜が、1960年代中頃にスロヴァキアで発見され、それが現在のところ最も信頼できる資料となっている。「高いホルン・低いホルン」のシリーズで「マリア・テレジア」について書いた稿はこちら。その記事に「ホルンのパート譜にははっきりと「in C Alto.」と書かれている(ランドンの「Haydn: Chronicle and Works, at Eszterhaza 1766-1790」にこのアルト指定を含む第一ホルンのパート譜の写真版が掲載されている)」と僕は書いているが、この本はまさにそのパート譜全体をカラーでファクシミリ化したものらしい(1982年刊)。おそるおそる値段を見てみるとなんと3千円ちょっと。普通、大作曲家の作品のファクシミリは数万円で売られている。まっすぐレジに向かったのは言うまでもないが、精算の途中で「あ、これ一桁違ってました」と言われないかひやひやしたくらいだ(笑)。この数年ずっとハイドンの交響曲のおけるホルンの用法を追ってきているので、神様がごほうびを下さったとしか思えない。このような一点物の購入話を書いて、読んでくださっている方には申し訳ないので、せめて、以下にその一部を紹介しておく(内容について興味のある方はお問い合わせくださればお答えします)。ホルンのパート譜には、表紙「in C. alto.」、楽譜内「in C Alto.」とはっきりと記載がある。実際の楽譜では、このようにアルト指定が指示されるということがよくわかる。

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Image_2

※ファクシミリは、実際のパート譜を模して、パート毎の綴り(大判の紙を2つに折って、数枚を重ねたもの)と、それら全体を包むカバーから成っている。トランペットとティンパニのパートはない。
 この筆写譜に上線つきで「769」という年代が鉛筆で大きく書かれており、これによってこのハ長調交響曲がニックネームの由来となっているマリア・テレジアのエステルハージ訪問時=1973年に演奏された曲ではないことも判明したという(上の写真真ん中のパート譜表紙・右上を参照)。ただし記入者は不明。

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2016年1月10日 (日)

「トルコ行進曲付き」のヘンレ版・新版(その3)

 K.331(300i)の新たに発見された自筆譜とこれまでの現行譜との関係について。今回はこれまで触れてこなかった相違点3)と相違点1)を見てみたい。

 まず相違点3)第2楽章 第3小節=メヌエットの冒頭のテーマだが、元々、初版のアルタリア版ではこのテーマの3小節目に「2点イ」音が置かれていた。

Menuetto1

 一方、メヌエットの後半でテーマが再現する箇所=第33小節では、同じ旋律の最高音が「3点嬰ハ」音となっている。

Menuetto2

 後世の編集者はこれを一種の矛盾と捉え、両方とも第33小節の「3点嬰ハ」音の方に統一していた。我々が聴き親しんでいるのは、「2点嬰ハ」音から「3点嬰ハ」音に1オクターヴ上昇するこちらのメロディーの方である。これは新モーツァルト全集も同じ(脚注で修正したことを記している)。今回発見された自筆譜では、モーツァルトは第3小節の3拍目にはっきり「2点イ」音を書いている(ファクシミリを見るときは、右手の楽譜がト音記号でなく、ソプラノ記号で書かれていることに注意)。さらに第33小節では、冒頭の7小節に「ダ・カーポ」する、という文字を書き入れて具体的な記譜は省略されていた。つまり後世の楽譜が依拠した初版の第33小節の「3点嬰ハ」音の方が、モーツァルトに由来しない可能性が高まったことになる。ネットで見ることのできるゾルターン・コチシュの自筆譜版の試奏では、この旋律の変更をはっきり聴き手にわからせるように、この箇所をテンポ・ルバートで弾いている。

 これは大きな発見であり、今後、編集される楽譜はこのヘンレ版・新版のように、第1、33小節とも「2点イ」音の方を採用すると思われる。ただ、それが絶対に正しいかと言えば、そうでもない。例えば、自筆譜を発見したバラージュ・ミクシ氏による報告を同氏の許可を得て要約された畑野小百合さんのレポートによれば、「発表に続く質疑応答では、この点についてフロアのロバート・レヴィン氏からの指摘があった。レヴィン氏によれば、モーツァルトの自筆譜には、五線の上の加線の本数が不足していることが多く(また、五線譜の下では加線の本数が過剰なことが多く)、この場合も作曲家自身の誤記の可能性があるとのこと。」。また、初版はモーツァルトの生前に発行されており、その際に自筆譜には加えられなかった修正が加えられたということもありうる。一例をあげれば強弱記号。「必ずしも自筆譜が初版のテクストより大きな重要性をもっているわけではないということを指摘しておきたい。自筆譜には詳細に書き込まれなかった強弱記号が、初版の出版準備の過程で作曲家自身によって付け加えられるということも確実にあったのだから。(同要約レポート)」。

 相違点1)第1楽章 第5変奏・第5、6小節における右手の上行パッセージの場合はどうだろう。こちらについては、初版(アルタリア版)の記譜には誤植が見られる。この両小節の6拍目には、それぞれ「32音符2つ、16分音符ひとつ、そして16分休符ひとつ」が書かれているが、それでは16分音符(休符)分、小節からはみでてしまう。なので、すでにこの初版の修正版から、それ以前の音符の流れに即した「32分音符3つと、32分休符ひとつ」に修正され、以後の印刷譜もこれをずっと踏襲してきた(新モーツァルト全集も同じ)。にもかかわらず今回、発見された自筆譜には、何と「64分音符2つと32分音符ひとつ、そして16分休符ひとつ」が書かれていた。これで弾くと、他の類似箇所とは違うため最後の部分で急速に語尾をはねあげるような感じになり、聴き手の耳を「おや?」とそばだてる。もしかして今回の自筆譜発見により修正された箇所の中では、楽譜なしで聴いても一番わかりやすい変更点かもしれない。

 以上のように、このK.331(300i)の場合、これまで最も重要な資料であった初版(アルタリア版)と、それに基づく後世の諸版、現代の学者が作ったいわゆる原典版、そして今回発見された自筆譜等との関係は非常に複雑である。それらの相違点が生まれたわけは、初版を作った「当時の楽譜出版社が自筆譜の不明瞭な点を独自に判断して印刷した部分がある」ためだけでは無論ない。「平行箇所と違う」、「以降の和声的継続と明らかに矛盾」、「(両声部が平行8度となるので)おそらく彫版の誤り」等の後世の判断も、結局は誤りであったわけで、むしろ自筆譜の発見により、誤りが多いとされていた初版が実は正しかった、という箇所も結構多かったことがわかった。とはいえ、作者といえども時に誤りはあって、この曲の自筆譜の場合も臨時記号などは省略されている(落としている)箇所が数か所ある。そのあたりが、楽譜校訂の難しいところだ。やはり我々は、先入観なく謙虚に資料に向かうほかないということか。

※この項の最後に、資料の紹介を。
1)K.331(300i)の新たに発見された自筆譜のファクシミリ
http://mozart.oszk.hu/index_en.html
2)ヘンレ版・新版の楽譜と校訂報告(ヘンレ社のサイトで公開されている)
こちら

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2016年1月 9日 (土)

「トルコ行進曲付き」のヘンレ版・新版(その2)

 2015年の年末に出た久元祐子氏のCD『優雅なるモーツァルト』に、K.331(300i)のヘンレ版・新版による演奏が含まれているというので注文を出しておいたのだが、それが新年になってようやく届いた。このCDでは、K.311(300i)を、従来の原典版(シュタイン製のフォルテピアノ)と、自筆譜に準じたヘンレ版・新版(ベーゼンドルファー)とで弾き分けていて、これは本当にありがたい。その演奏も参考にしながら、引き続き自筆譜と現行譜の相違点を見ていきたい。

 (その1)で挙げた主な相違点1)〜4)のうち、モーツァルトの生前にアルタリア社から出版された初版で、これまでは誤りとされていた部分が実は正しかったという箇所=相違点4)第2楽章 第24〜26小節を取り上げた。それに関連し、今度は相違点2)第1楽章 第5変奏第16小節を見てみたい。初版では、後半部分の旋律が「ニ―嬰ロ―嬰ハ」音になっている(下記譜例の冒頭小節の4拍目)。

Ver52

 この箇所を「ニ―嬰ロ―嬰ハ」で弾くとなると、左手の下声部において「二—( )—嬰ハ」が弾かれていることから、1オクターブ離れて同じ声部進行がおこる<平行8度>が生じている。そのことから、後世の楽譜では「印刷原本で伝えられる異解(右手ロ音に代わって二音)は旋律的にも声部進行上からも信頼できるとは思われない。」(新モーツァルト全集・前文)という理由で、他の平行箇所(第1、2、4変奏)に合わせ「ロ―嬰ロ―嬰ハ」音を採用してきた。

 しかし今回発見された自筆譜では、「ニ―嬰ロ―嬰ハ」音がはっきり読み取れる。久元氏のCD演奏で該当箇所を聴いてみたが、ニ音に変更されてもそれほど違和感はない。作曲技法としてどうかは別にして、少なくとも初版に刷られた音は、自筆譜を写すときの間違いではなかったわけである。ただし、ここでは初版にも誤りは残っていた。つまり自筆譜で第16小節の上記「ニ―嬰ロ」の部分を見ると、二音に点が2つ付いている。つまり「複付点8分音符と32分音符」になっていた。一方、初版(および現行譜)は同じ箇所に「付点8分音符と16分音符」をあてている。自筆譜どおりだと少しリズムが引き締まって変化が出る。ここも重要なポイントだと思うが、久元氏の今回の演奏ではなぜかここは従来の「付点8分音符と16分音符」気味で弾いている(というか、CDの2回の演奏でほとんど音価を変えていない)。一方、ネットで見ることのできるゾルターン・コチシュの自筆譜版の試奏(フォルテピアノによる演奏)では、きちんと「複付点8分音符と32分音符」とわかるように弾いていた。

 ちなみに他の箇所で気になったのは、先に見た4つの主な相違点以外になるが、第1楽章 第6変奏の前半部の最後(第8小節の4拍目)。この部分の最後の終止音は、初版の左手は上から「ホ—嬰ハ—イ」という和音になっている。

Ver6

 ここは旧モーツァルト全集では低い「イ」音という単音で記されている。一方、新モーツァルト全集の編集者は「第8小節の後半の左手についての伝承された異稿は疑わしい。」として和音バージョンを採用していて、ヘンレ版・旧版やウィーン原典版もこれに従っている。実はここも、初版が正しかったところで、自筆譜は低い「イ」音のみ。ただしここも久元氏は、和音をアルペジオ気味に弾いている(コチシュの演奏は、1回目はフォルテピアノなので和音ぽく響くが、くりかえし後の2回目ははっきり単音である※)。

 あと、第4変奏 第12小節の3拍目も、時に問題になる箇所だ(下記譜例の冒頭小節の3拍目)。

Ver4

 初版には、このように上から右手「イ—嬰ニ」・左手「嬰ハ—イ」という和音が書かれているが、右手の「嬰ニ」音が左手の「嬰ハ」音とぶつかるので不協和音的に響く(例えば、リリー・クラウスのモノラル盤は、ここをあえて目立たせて弾いている)。ここは各原典版でも初版どおりになっているが、ピアノ学習者などがよく使う慣用版ではこの「嬰ニ」音をよく( )付きで載せていて、実際のCDでもこの音を弾いていない場合がある。特にこの第4変奏をゆっくりと弾く演奏の場合、小節冒頭からの3つの8分音符をレガート気味に弾くことになるので、どうしても和音のにごりが目立ってしまうからである。結局、この部分の自筆譜は、初版とまったく同じだったということなので、ここは久元氏は不協和音で弾いている。ただ細かいことをいえば、自筆譜では右手・左手の小節冒頭からの3つの8分音符に、(線状に近い)スタッカートが付けられていることが新たにわかった。軽く短めの音価で弾くことによって、先述の不協和音もさほど気にならなくなるというのがモーツァルトの意図だろう。久元氏の演奏ではそこは現行譜のように普通に弾いている。この新たな発見を音で示してほしかった箇所のひとつなのだが※※。

 ここまで正直、少し重箱の隅をつつき過ぎかもしれない。このヘンレ版・新版を実際の音にして聴かせてくれた久元氏の仕事は本当に貴重なものだ。『モーツァルトはどう弾いたか(丸善・刊)』の執筆以来、演奏実践と音楽学をつなぐ活動を一貫して続けておられる。そうしたことを我が国の音楽家が行っているという事実は、ぜひ多くの人に知ってもらいたいし、私自身も引き続き彼女の仕事に注目していきたい。

※ちなみに久元氏の今回のCDでは、リピート記号によるくりかえしをかなり省いている。第1楽章の変奏部分は、くりかえしが省かれる場合もあるが、第2楽章のメヌエットまでくりかえしなしだったので、ちょっとびっくり。同じ曲を連続して2回も収録しているので、何度もくりかえして聴かせるのはどうか、という判断からだろうか。
※※コチシュは、この第4変奏 第12小節の3拍目では少し変わった弾き方をしている。1回目は「嬰ニ」音を弾かず、4拍目にかけて高い「イ」音を遅らせて鳴らす。しかし2回目は楽譜どおり。私にもその意図は不明。

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2015年12月23日 (水)

「トルコ行進曲付き」のヘンレ版・新版(その1)

 前回の記事「モーツァルト・アラカルト2(楽譜編)」で紹介した『ピアノ・ソナタイ長調 K.331(300i)』のヘンレ版・新版について、少し詳しく補足をしておきたい。

 最初に K.331(300i) の資料状況を整理しておけば、これまでは第3楽章の第90小節以降の終結部分を記した1葉の自筆譜しかなく、他の箇所は新モーツァルト全集でも、1784年にウィーンのアルタリア社から出版された初版、B&H社の全集の早期の版(1798年)を基本資料として用いてきた。そこに、以下の新たな2葉が加わったことになる。

【第1葉/表】第1楽章 第3変奏・第1小節〜第4変奏・第14小節
【第1葉/裏】第4変奏・第15小節〜第5変奏・第16小節
【第2葉/表】第5変奏・第17小節〜第1楽章最終小節
【第2葉/裏】第2楽章メヌエット全体およびトリオの第10小節まで

 これにより、第1楽章の冒頭〜第2変奏の最後までが書かれた1葉と、第2楽章トリオの第11小節〜第3楽章の第89小節目までが書かれた1葉が、いまだ未発見という推定ができる(このことは元発言で紹介した日本経済新聞の記事には触れられていない)。また元発言で紹介した畑野小百合さんの要約レポートによれば、今回発見された自筆譜では、現行譜と大きく4つの相違点がある(他にも細かな相違点は多いが)。

1)第1楽章 第5変奏第5、6小節
2)第1楽章 第5変奏第16小節
3)第2楽章 第3小節
4)第2楽章 第24〜26小節

 こうした違いが生まれた原因として日本経済新聞サイトの「久元祐子氏の映像解説」記事では、以下のように説明する。

「自筆譜と従来の出版譜との違いが生じた背景には、当時の楽譜出版社が自筆譜の不明瞭な点を独自に判断して印刷した部分があるためのようだ。モーツァルトが印刷譜を自筆譜と照らし合わせて改訂することもないまま、後世に印刷譜が伝わったという。」

 確かに、相違点1)あたりでは、そうした側面がある。が、上の記事で久元氏は4)を中心に取り上げ、自身の演奏で説明していて、それはどうだったろうか。この箇所は、「当時の楽譜出版社が自筆譜の不明瞭な点を独自に判断して印刷した部分があるため」ではなく、畑野さんが言うように元々「テクストの正誤が問われてきた箇所として有名だ」ったものだからである※1。

「繰り返し記号の後、まずロ短調が現れ〔第19〜22小節〕、第23小節でイ短調が示唆される。初版は、続く3小節〔第24〜26小節〕をイ長調で記しているが〔譜例7〕、のちの多くのエディションがこれを誤りととらえ、この箇所をイ短調とする解釈を示してきた〔譜例8〕。」 (以上、畑野さんの要約レポートから)

K3111

 上記は、その初版の該当部分(譜例をクリックで拡大)。確かに初版では第24〜26小節のハ音にナチュラル記号はない(つまり、ハ音は半音上げて弾く)。そのため「今回の発見では、自筆譜でも第24小節から第26小節がイ長調で記されていることが明らかになり、初版のテクストの信憑性が高まってきた。(畑野さん)」。つまり、むしろ「当時の楽譜出版社」が正しかったと思われる箇所なのである。

 上記、畑野さんのレポートに書かれたことを確認してみよう。僕が学生時代に買った青い表紙の「ベーレンライター原典版(全音楽譜出版社)」の楽譜では、そこに編集者のヴォルフガング・プラート、ヴォルフガング・レエムによって以下のような注釈が付けられていた(新モーツァルト全集の当該巻の序文と同じ)。

「メヌエットの24〜26小節の伝承は明らかに腐敗している(ママ)。つまりこの箇所がイ短調に考えられていることに疑いはないが,初版(また奇妙なことに全集版においてさえも) では臨時記号が欠けている。第26小節(右手)では両版ともよりはっきりと嬰ハ音であり,それは第27小節以降の和声的継続と明らかに矛盾している。これ故この箇所を編者なりに解釈することを決心した。」(市田儀一郎・訳)

 ただ新モーツァルト全集の名誉のために?書いておくが、ここでは「原典版」の原則ゆえ、あくまで上記臨時記号(シャープ記号を無効にするナチュラル記号)を編者が付け加えたことを示す [ ] 付きで記していた。一方、ピアノの演奏家や学習者を対象にした通常の楽譜では、演奏者が混乱することを嫌うためか [ ] ははずして書かれることが多い。結果、〔第24〜26小節〕をイ短調とする解釈が広まっていったと思われる※2。おそらく現在、この曲の演奏はかなりの確率でこの<イ短調バージョン>であり、その意味で、久元氏がこの箇所を特に取り上げて演奏したのも、それ自体、歓迎すべきことだろう。また、その映像に登場するモーツァルト・ファン代表氏が「短調だと思われていたところが長調だったということで、影が光に変わってしまったということで、それがあとになってまた今度は短調に転調するときに大きな効果を持つということだと思うので、その効果がよりはっきりした。変化、あるいは転調、それが次々にこう行われていくっていう、その巧みさって言うんでしょうかね、とても人間業とは思えないような、そういうところに我々は惹かれているんじゃないかなという風に考えます。」といった感想を述べたのも、特に不思議はないのかもしれない。

 さて、前説がいささか長くなったが、ここからが本題。今回話題になっている途中イ長調に転調する<イ長調バージョン>は、実はそれほど珍しいものではなく、モーツァルト・ファンを自認する方ならば、たいがい聴いたことがあるものでもあると書いたら、これまた驚かれないだろうか。というのも、ベーレンライター原典版の編者たちが「初版(また奇妙なことに全集版においてさえも) では臨時記号が欠けてい」たと書いていたことを思い出してほしい。つまり、旧モーツァルト全集は<イ長調バージョン>であり、その時代はある意味、それもありだったのである。例えば、その時代を代表するモーツァルト弾きと言えば、リリー・クラウスやワルター・ギーゼキングの名前が挙げられる。この二人の演奏記録はともに名盤とされ、僕の年代に近いモーツァルト・ファンならほぼ聴いたことがあると思われる。実は、クラウスは〔第24〜25小節〕の2小節だけ、そしてギーゼキングは〔第24〜26小節〕全部を、<イ長調バージョン>で弾いていた。

 上記のようにこの曲の初版=アルタリア版は、元々、自筆譜と同じ<イ長調バージョン>であった。19世紀に出た版で<イ短調バージョン>の楽譜も出たが※3、同時に旧モーツァルト全集のような<イ長調バージョン>も伝わっていて、実際にそう演奏されてきた※4。にもかかわらず、20世紀後半には新モーツァルト全集やヘンレ版・ソナタ集等の影響もあって、<イ短調バージョン>が圧倒的になる。この4)第2楽章 第24〜26小節については、そうしたいかにも正統的と思われていた楽譜、そして演奏が、むしろ誤りである可能性が高まった、というのが今回の自筆譜の発見の意味であると言えるのではないだろうか。

※1 ただし、この「当時の楽譜出版社が自筆譜の」云々の記述は、久元氏の発言ではなく記者が書いた地の文にある。たぶん、久元氏の解説・説明を要約した際に、包括的にそう書いたものだろう。あと同記事に「両楽章合わせて6カ所以上の違いがあるという。実は第3楽章「トルコ行進曲」にはもともと大半の自筆譜があるため差異はない。」とあるが、そもそも今回、発見された自筆譜に第3楽章は含まれていない。
※2 音楽大学関係者が必ず使う「ヘンレ版・ソナタ集2(現行は1977/2005年版)」の影響の方が実際には大きいのでは、と思われる。こちらは、第24、25小節は [ ] なしでナチュラル記号を付けている(第26小節だけ、初版がシャープ記号付きであることに脚注で触れる)。また、普通のピアノ学習者がよく使う、そして全国の書店で普通に買える慣用版楽譜は、全音、音楽之友社、春秋社のいずれも何も注釈なしでナチュラル記号付き。「ウィーン原典版・ソナタ集2」の方は、さすがに新モーツァルト全集版と同じく [ ] 付きで記している。
※3 今回出たヘンレ版・新版(K.331(300i))の校訂報告によれば、1984年に出版されたアンドレ版が、<イ短調バージョン>の伝統の始まりだという。
※4 ほかに旧モーツァルト全集派として、園田高弘やグレン・グールドの録音等があげられる。イディル・ビレッドは、クラウスと同じで〔第24〜25小節〕だけ<イ長調バージョン>で弾く。

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2015年12月22日 (火)

モーツァルト・アラカルト2(楽譜編)

 今年、出版されたモーツァルト関係の楽譜から(リンクは、本郷のアカデミア・ミュージックのサイトへ飛ぶ)。

 ファクシミリ関係では、『レクイエム K.626』の最新版がベーレンライターから出版された(>こちら)。価格は決して安くはないが、「この高品質なファクシミリ新版では、原本の鮮烈な印象を再現するため、各ページを個別にカットしています。」という本格的なもの。ただ僕は1979年に出たファクシミリ版を持っているので、今回は買っていない。もっと手軽なものでは、ヴァイオリン協奏曲(協奏曲5曲と K.261, K.269(261a))のファクシミリが再版された(>こちら)。「1980年代にアメリカで出版されたファクシミリ版の復刻」で、こちらはモノクロ版。だが、大抵の用はこれで十分足りる。値段も1万7千円ほどと格安。まだ十代だったモーツァルトが書いたさわやかな協奏曲群であり、ファンの方にはぜひお勧めしたい。

 同じ協奏曲でも、モーツァルトが最後に書いた協奏曲、『クラリネット協奏曲 K.622』の新しい校訂版がショット社から出た(>こちら)。こちらは「この作品のA管クラリネット・パートは作曲者没後に出版者がバセット・クラリネット・パートから編曲したものとされています。従来の批判版はバセット・クラリネット・パートを復元することを主眼としていましたが、このエディションはそれとともに、作曲者が関与していないA管クラリネット・パートの再検討を行っています。たとえば、モーツァルトの手稿譜を調査し、当時の楽器の技術上の問題から断念した、本来の旋律を復活させている個所もあります。」というのが特徴で、この曲を得意にしているザビーネ・マイヤーが編集に携わっている。これまでの版との違いも少なからずあって、非常に興味深い。ピアノによる伴奏譜つき。

 さてなんと言っても、最後に『ピアノ・ソナタイ長調 K.331(300i)』の新版について語らねばならない。これまでこの作品については、第3楽章、つまり《トルコ行進曲》の第90小節以降の終結部分を記した1葉の自筆譜しか見つかっていなかったのだが、昨年(2014年)にバラージュ・ミクシ氏(ハンガリーの国立セーチェーニ図書館音楽部門主任)が他の未整理だった楽譜の中から、第1、第2楽章にあたる2葉4ページ分の自筆譜を見つけ出したという※。詳細については、とてもここでは書ききれないため、「国際モーツァルト会議」での発見者ミクシ氏による報告を、ベルリン在住の音楽学者・畑野小百合さんが要約したネット記事「【緊急レポート】モーツァルトのピアノ・ソナタ《トルコ行進曲付き》の自筆譜発見をめぐって」を参照していただくほかないが、今年、ヘンレ社がその発見された自筆譜の情報を加味して、再編集した K.331(300i) の新版を出版したというわけである(>こちら。編者は Wolf-Dieter Seiffert)。最近、日本経済新聞のサイトで「モーツァルトの名曲、新発見の自筆譜で演奏」(2015/11/28)という映像付きの記事が出た。モーツァルトのピアノ曲関係でなかなかいい著書を出している久元祐子氏が登場し、上記、自筆譜と現行譜との違いを弾き分けるという内容。彼女は、今月、発見された自筆譜に基づく「本邦初録音」のCDを出したので、おそらくそのプロモーションも兼ねているのだろう。演奏自体も非常にすばらしいし、貴重な映像資料と思うが、肝心の楽譜についての事実関係で若干、補足したいことも出てきたので、この点は次回に。

※発見された自筆譜のファクシミリは、すでに国立セーチェーニ図書館のサイトで公開されていて、全容を閲覧できる。これは本当にありがたい。http://mozart.oszk.hu/index_en.html

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2015年7月18日 (土)

『魔笛』歌詞あれこれ(その4)

 前回、『魔笛』の作曲時期・過程について、モーツァルトの「自作全作品目録」について、1791年7月に第1曲(自筆譜では「No:2」)の「イントロダクション」の譜例を記載、その後、中断をはさみ9月28日に再び序曲(と第2幕冒頭のマーチ)の譜例を記載したことを紹介した。ただし、よく調べてみると、この「目録」にもいろいろと不明な点が残っていることがわかった。先日、引用したイントロダクションの冒頭譜例は「目録」の右ページに記載があり、その左ページには、モーツァルトによる以下のような説明文が付いている。

Page29_2

 上から4行目までが『魔笛』に関するもので、以下に僕なりの解読文を書いておく。(そのすぐ下の段落は9月5日の日付入れで記載された『皇帝ティートの慈悲』に関する記述、その下段は9月28日付けの『魔笛』序曲等の追加文になる)。

Im Jullius.
die Zauberflöte. ______ aufgeführt den 30t: September.
_ _ _ _ _ _ _ _ eine deutsche Oper in 2 Aufzügen. von Eman. Schickaneder.
bestehend in 22 Stücken. ___  (以下、初演時の配役が続く)

 『モーツァルト書簡全集VI』(p.670-971、白水社・刊)の解説で、海老沢敏氏はこの記述について、このように書いている。

「(前略)モーツァルトは、タイトルの右につづけて、「九月三十日に上演」とみずから書き込んでいる。しかも日付は「七月」となっている。『自作全作品目録』への記載を、彼は実際に「七月に」行ったのであろうか。(中略)「七月」と、正確な日付を記入している。モーツァルトは目録への記入を往々にして後日になってから行っているが、この場合もそのケースであろうか。」

との疑問を呈している。以下、海老沢氏の論点をあげる。

1)「七月には、九月三十日という初演の日はまだ確定していなかった。」
2)「自筆稿を見ると、この《九月三十日》という日付があとから加えられたものであることが理解される。」※画像を見ると、確かにこの初演日は、題名右に続く「二幕のドイツ語オペラ。エマーヌ(エル)・シカネーダーによる。」という語の上部に割り込むように右上がりの行で書かれている。
3)「しかも「九月三十日に上演」ばかりでなく「七月」の筆跡も、彼がのちに「九月二十八日」の日付で書き入れた「オペラ。《魔笛》――祭司たちの行進と序曲」と同じペンで書いたものであることが分かる。」
4)「七月には正確な配役も番号曲の曲数も、まだ決まっていなかったはずである。※」

 実際、海老沢氏の指摘どおり、モーツァルトが「7月」の時点で、これらの記述が書けなかったのはまぎれもないことだ。ただしそのことは、目録への記入を後日、ここでは9月末以降になってから行った、ということの証拠にはならないように僕には思われる。その理由として、以下の点があげられる。

1)もしモーツァルトが、これら3つの冒頭譜例の記載を9月にまとめて記入したのだとしたら、7月(序曲以外)と9月(序曲他1曲)に分けて書いた理由がわからない。
2)上記画像の2段落目、『皇帝ティートの慈悲』の記述を見ると、「9月5日。」という日付の右横に、やはり後日、「9月6日、プラハにて上演。」という文が行末に追い込まれるような形で追記されている。※つまり、曲の完成時に「目録」の記載が行われても、初演日が後から付記されることがある。
3)つまり、7月の時点で覚えとして「イントロダクション」の譜例を記載しておき、9月になって全曲の完成時に初演日、曲数、配役等を追記した、ということで、上記、海老沢氏の論点2)ともつじつまが合う。

 以上、モーツァルトの「自作全作品目録」における『魔笛』の日付に関する疑問点について考えてみた。7月に序曲以外をほぼ作曲し終わり、9月の初演曲前に序曲が完成した、という流れはまず間違いのないところだろうと思う。ちなみに細かい点だが、9月28日の「目録」には、序曲だけでなく「祭司たちの行進」の冒頭が記譜されている。

den 28t: September.
zur Oper. die Zauberflöte  _____ einen PriesterMarsch und die Ouverture.

 一般にプラハから帰った後で、「序曲と行進曲を完成させた。」と説明されている解説もあるが、これはどうだろうか。そうであるならば、序曲~マーチの順で記譜したはずだ。僕の推論では、7月に序曲でなく第1幕冒頭の譜例「No:2」を記載したことに呼応し、ここであらためて第2幕冒頭の譜例を出しておいたのではないだろうか。その上で全体の始まり=序曲の譜例を書いたのでは、と思う。この記譜法も、モーツァルトが9月以前にすでに「イントロダクション」の譜例を書いていた、ということの傍証になっていると思われるのだが。

※海老沢氏も、モーツァルトが「二十二曲から成る。」と書いていることに対し「ここでは慣例に反して、序曲をまず第一曲として合計二十二曲と勘定している。」と注記している。これについては(その3)を参照。

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