2020年5月19日 (火)

モーツァルトはさいころ遊びをするか?(その3)

 この項の(その1)(その2)では、モーツァルトの「さいころ遊び」と言われている曲のうち、偽作 K.Anh.294d (K.Anh.C30.01) 、そして真作 K.516f をそれぞれ見てきた。これらは、偽作=さいころの目で作曲、真作=名前のアルファベットで作曲ということで、偶然性を取り入れている点では一見似ているように見えるが、作曲技法としては実はまったく違う内容を持っている。真作が名前のアルファベットと関係があることを世界で初めて発見した野口秀夫氏は、この曲の遊び方や評価について以下のように書いている。

「《音楽の遊び》K.516fは音楽としてどのように評価すべきなのだろうか。名前の長さは無制限であるから「組み合わせ」の計算が出来ず、可能な音楽は無限種類ある、と言っても良い程である。それならば、世界のモーツァルト・ファンが各々自分の名前を曲にして、モーツァルトと自分の合作の響きを評価してみること、それが、この曲の唯一の評価方法ではないだろうか。」(「音楽の遊び ハ長調 K.516fの演奏法と作曲の背景」。)

 偽作の方も再現不能なくらい多数の組み合わせが生じる点では同じ。にもかかわらず誰でも「モーツァルトらしい(?)」音楽を作曲できるというところに、「さいころ音楽」のおもしろさがある。だが・・・実はそこにはある<秘密><仕掛け>があったのである。そのあたりを、imslp で公開されているジムロック版(3拍子系)を例に見てみよう。

Table1
Table2

 プレーヤーはまず最初に、2つのさいころを振って、そのダイスの目の合計(2〜12)の数字を得る。それが「3+4=7」だったとしよう。次に上記画像の上の方にある<数字表>の「A」の縦列から「7」のコマを見て、そこから「152」というキー数字が得られる。それをさらに下の画像の<音楽表>にあてはめると、第1小節目にあてはまる譜面として「152」という数字のついた旋律断片に行き着く、という仕組みである。第2小節目も同じようにさいころを振って、今度は「B」の縦列を見る。第3小節目は「C」を見る・・・というように、同じことを16回繰り返すことで、16小節の曲ができあがるという仕組みになる。ここで注目してほしいのは、<音楽表>には11×16=176もの断片があるが、実際の作曲過程で選んでいるのは、その中の11個だけである。多様な旋律がアト・ランダムに並んでいるのでいかにも複雑に見えるが、むしろプレーヤーは「特定の旋律を選ばされている」というに等しいわけである。例えば、8番目と16小節目は、音楽に終止感が出るようにしなければならないため、番号も掲載位置もばらばらながら、ほとんど同じ旋律が置かれている。また、終始に至るまでのカデンツの進行も、事前に設計されている。さいころという偶然性の高いアイテムを使いながら、ある程度、それらしき音楽になるのは、あたり前だったのである。ちなみに愛媛大学のサイトには、このさいころ遊びのコントルダンス版を分析して、音楽教育(子どもたちの曲づくり)に活かしているという論文もある>>温故知新!新しい音楽づくり活動への試み 〜モーツァルトの「音楽のサイコロ遊び」を使って〜 ※。

 翻って、真作の方はどうだろう。上記、野口氏の提起する遊び方では、名前のアルファベットが使われることになる。それだけ!では、上の偽作の場合で見たような、プレーヤーに音楽の進行を半ば強制的に選ばせることは難しい。モーツァルト自身がそのような基本的なことに気づかないわけはなく、曲の始めと終わりを一定にしたのは一つの工夫だ。とはいえ、やはり名前の綴りの順番・長さのランダムさは如何ともし難い。また、そのことが自筆譜の表面と裏面の違いにも関係してくるように思える。K.516f に書かれた表面の「fanciS」の旋律を鍵盤で弾いてみたが、当然ながら人前で演奏に値するような曲にはほど遠い。これでは無理と判断したモーツァルトは、裏面の旋律断片に1と2の選択肢を用意してヴァリエーションを持たせた、とは考えられないだろうか。ただそこで作り直した「francisca」も、偽作で見たようなシステマチックな仕組み・構成には程遠い。そのため、結局、完成しているとは言えない状態で放り出された・・・。

 ただ、一つだけ言えるとしたら、この真作の方が、ある意味、曲の進行に意外性は出るだろう(偽作では、何度やっても似たような曲しかできない)。(その2)で見た論文で土田英三郎氏は「親しい者を前にして音楽の謎掛け遊びを作ったのかもしれない。」と指摘されていた。自分や家族、親しい友人たちに「Punkitititi」や「Natschibinitschibi」など奇妙キテレツなあだ名をつけて楽しんでいたモーツァルトである。自動作曲装置としての不完全さを逆手に取り、友人の名前のアルファベットを演奏してその支離滅裂さを笑う、というようなことは当然、考えついただろう。あるいは、先に奇妙な曲を演奏して、その作曲に使われた名前をあてさせる、とか。

 ちなみに個人的には、この K.516f の旋律断片をどう組み合わせると満足すべき曲になるかについて、その他の解釈法も考えられないのかとも思わないではない(どうも、モーツァルトが下段に書いた組み合わせ例に、我々は引っ張られ過ぎているのかもしれない)。例えば、各フレーズの1と2の区別をモーツァルトがどう考えていたかについても、再度検討が必要ではないだろうか。今回はここまでにするが、機会をみて引き続き考えてみたい。

※ この論文の分析によれば、この「サイコロ遊び」は、「楽曲は C-Dur で、第1~4小節は主和音と属和音、主和音のカデンツ、第5小節目はドッペルドミナント( 複属和音 )、 第7小節は主和音-複属和音、第8小節は属和音で半終止、あるいは G-Dur に転調する。第9小節目は G-Dur の属和音から始まり、第10小節は主和音、その後 下属和音、第 12小節で主和音を経て、第2拍で C-Dur の属和音に至り、C-Dur に回帰、第13、14小節は主和音、第 15小節の属和音を経て第16小節で終結する。」と説明できる。

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2020年5月18日 (月)

モーツァルトはさいころ遊びをするか?(その2)

 昨日の記事では、偽作とされるモーツァルトの「さいころ遊び」について、2種類の楽譜を紹介した。今回は、真作 K.516f の方。「モーツァルトの全自作品目録(その4)」という記事でも紹介したが、K.516 の弦楽五重奏曲のピアノ・リダクションの一部が書かれた自筆譜(表裏両面)に、さいころ遊びに使用できるような数十の旋律断片が書かれているという。こちらはあくまでスケッチのような状態で、遊び方も何も記されていないのだが、紛れもなくモーツァルト自身の筆跡で書かれている。こちらが、もうひとつのモーツァルトの「さいころ遊び(?)」ということになる。

3)ワルツ(メヌエット)系=3拍子系 新全集で近刊予定(BA 4621-01/Series X, 31/4 Supplement、ベーレンライターのサイトで in preparation とある)

 「レファレンス協同データーベース」のこちらのページにも記載されているが、土田英三郎の 「骰子音楽と結合術の伝統」という論文に、自筆譜のファクシミリおよび現代譜が掲載されている(『音楽と音楽学 服部幸三先生還暦記念論文集』音楽之友社・刊)※。

「 表側ではまず五段にわたって二小節単位で三九種の動機が列挙され、冒頭を除く各動機の下に小文字と大文字のアルファベットが順番に付けられている。一番下の段には上の素材から選択された七組が並べられている。裏側もほぼ同様だが、各組は概して複縦線で仕切られ、アルファベットの代わりに数字の1と2が交替に付されている。ここでは四九組の動機(一小節のものを一つ含む)が挙げられているが、表側よりも素材がいくぶん多様で、一時的転調を行うもの、和声を伴うものもある。ただし冒頭の二組と第四組だけは表側にもあった旋律である。第七段では表側と同様、上から選択されたいくつかの動機が第一組を起点として並べられている。」(土田氏同上論文から)

 ちなみに、冒頭の動機というのは、皆さんもおなじみの『ドン・ジョヴァンニ』K.527 のツェルリーナのアリア「薬屋の歌」の冒頭2小節と若干似ている。

K5271

 より重要な点は、この K.516f には各旋律断片を選ぶ<表>や<キー>は書かれていないということだ。「何の手掛かりも与えられていないので、いかなる手順で旋律全体を構成してゆくのかも不明である。これはあるいはいわゆる骰子音楽を意図したものではなく、モーツァルトが戯れに旋律を組み合わせる練習をしたにすぎないのかもしれない。骰子音楽だとしてもスケッチだけの未完成作品なのかもしれない。親しい者を前にして音楽の謎掛け遊びを作ったのかもしれない。」と土田氏は分析されている。ただし、土田氏は自らの論文に掲載した「現代譜」において、表側の「一番下の段」に記載された「上の素材から選択された七組」の動機群と、上段の「動機」を照合し、そこに「fanciS」というアルファベットを見い出していた。

 この手掛かりを受けてさらなる解読に挑んだのが、(その1)でも紹介した日本の野口秀夫氏である。氏によれば、これはさいころを振って曲を作るのではなく、名前のアルファベットを使って曲を作る仕掛けになっていることがわかったという。>>「音楽の遊び ハ長調 K.516fの演奏法と作曲の背景」。詳しくは、この論文を見ていただきたいが、野口氏は「おもて面の音楽はそれ以上進めないため見捨てられた稿であり、うら面の音楽が書き改められた新しい稿である。」と推定する。なぜなら、裏面の楽譜に、

「最初の1・2にa、次の1・2にbという具合に付けていってみよう。おもて面と同様jとxは抜いてみる。すると、ちょうど24のアルファベットが必要なためzで終わることが分かる。」(野口氏同上論文から)

 この野口氏が振ったアルファベットを、7段目の「いくつかの動機が第一組を起点として並べられている」楽譜と照合すると、なんと「Francisca」という文字が現れたという ※※。実は、モーツァルトの親しい友人で曲を捧げられたこともあるゴットフリート・フォン・ジャカンに妹がいて、フランチスカ・フォン・ジャカンという名前である。モーツァルトはこの妹にも「ケーゲルシュタット・トリオ」を書いている。つまりは、ジャカン兄弟を始めとした仲間を巻き込んだ作である可能性が高い。以上が野口氏の結論で、この論文はコンラッドの『Mozart Catalogue of his Works』(Barenreiter、2005)にも参考文献として挙げられている。同じ日本人として、これは非常に誇らしいことだ。もしかすると、この K.516f は「音楽の名前遊び」あるいは「名前による音楽遊び」と、これから呼ばれるようになるのかもしれない。

 これだけでも十分なのだが、次回は(その1)で紹介した偽作と、今回紹介した真作との比較をして、この項を終えたいと思う。

※ ネットで見る場合は、やや解像度は落ちるが、上記野口氏の論文にも自筆譜のファクシミリおよび現代譜が掲載されている。
※※ 野口氏のネットにあげられた論文(本文)では、「モーツァルトの選んだファクシミリ7段目の解答例」が「f1 r2 n1 c2 i2 s2 c1 a2」となっている。これは当初読んだときかなり悩んだが、「f1 r2 a1 n1 c2 i2 s2 c1 a2」が正しいと思われる(英語版は正しい表記になっている)。また、この K.516f を含む一葉の自筆譜は、「下端が切り取られた(土田氏)」状況である。野口氏は、これは元々は12段の五線が引かれたものであり、下の4段は何者かに切り取られた(裏面の8段目は未記入)とした。ただし、それを他のモーツァルトの自筆譜との比較から、「二つのホルンのための12の二重奏曲」K.487=496a と同じ用紙ではないかと推定されていた。が、この二重奏曲の用紙は「Wasserzeichen 86」という用紙であり、K.516f は同じ12段の「Wasserzeichen 61」であったことが現在では判明している(アラン・タイソンの<透かしのカタログ>)。

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2020年5月17日 (日)

モーツァルトはさいころ遊びをするか?(その1)

 モーツァルトのことについて書かれた本は、専門的な音楽書ももちろん多く出されているが、より一般向けの「ゼロからわかるモーツァルト」「モーツァルト入門」といったちょっとした伝記情報や作品のエピソード等を紹介したような本もかなり発刊されている。僕自身はそれほど買ってはいないが、もし誰かに推薦本を聞かれた場合は、以下の本を挙げるようにしている。

 『モーツァルト99の謎』(二見文庫)。タイトルだけ見ると一見怪しそうだが、巻末には洋書・和書とりまぜて、かなり詳細な【出典・参考文献】表がついており、その点でまず信頼がおける。著者の近藤昭二氏は、他にも死刑や犯罪関係の著書があり、ジャーナリストしても優秀な方なのだろう。記事の中身も「6歳のとき、6歳のマリー・アントワネットに求婚」「門外不出の秘曲を暗譜した調音能力と記憶力」といった有名な逸話ももちろん出てくるが、「絵のなかでモーツァルト姉妹が連弾している曲は?」「モーツァルトのアリアで、いちばん高い声は?」「モーツァルトの使った、いちばん低い声は?」といったすぐには答えられないような項目もあって、モーツァルト通の方でも楽しめる内容になっている。僕は確か、東京出張の折に、LaQua(ラクーア)の隣にある商業ビル内の書店で、夜、ホテルで読むために買ったのだが、その後も時折、本棚から取り出しては読むことがある。

 ただ一点、「一生かけても演奏しきれない不思議な曲とは?」という項目で挙げられている通称「音楽のさいころ遊び」について少し書いておきたい。この曲は、さいころを振って出た目の数で演奏の内容を決めていくという変わったもので、『99の謎』の記事の末尾でも挙げられているように、楽譜として『モーツァルトのサイコロ遊び』(全音音楽出版・刊)も出ている。

 この楽譜は「サイコロ二つをふればピアノのためのコントルダンスが無限に出来る楽しい作曲ゲーム」と説明されていて、その遊び方は Beads さんという方のブログ記事「おもしろい楽譜♪」が詳しいので、おまかせしよう。一方、問題は、この曲が『99の謎』で、「K.516f」というケッヘル番号が付いたものとして紹介されていること。それはおそらく、左記全音版の楽譜自体に、この番号が書かれているからと思われる(表紙には「ANHANG[516f]」とある)。が、これは、実は K.516f そのものではないようである。

 この点、『モーツァルト名盤大全』(音楽之友社・刊)の安田和信氏による解説ではこうある。

「 さいころを振って1小節ごとに音楽を決めて短い小品を作るという遊びは、18世紀後半から19世紀初め頃まで流行した。K3.Anh294d(Anh.C30.01)※ はその流行に乗って18世紀末に版を重ねたものだが、モーツァルトの作ではない。いっぼう、K6.516f はモーツァルトが1787年に書き残したスケッチで、厳密に言えば具体的な遊び方は明確ではない。偽作である前者はモダン・エディションも複数出ているが、事の性質上、録音を聴くというよりも(フィリップスの全集は両者をダシにした録音を収録)、実際にさいころを振って遊ぶほうが良いであろう。その意味では、CD-ROM『モーツァルトアーカイヴ』(小学館)は、偽作のほうをコンピュータで遊ぶことができるような機能を備えており、手軽に音楽のさいころ遊びを楽しむことができる(さいころを振るのではなく、クリックをするというのは雰囲気が出ないかも知れないが)。」

 一方、日本の研究者・野口秀夫氏は、「音楽の遊び ハ長調 K.516fの演奏法と作曲の背景」という貴重な論文の中で、

「現在でも入手出来る版としてW.A.Mozart 'Melody Dicer' Carousel Publishing Corp., 1983がある。この版のケッヒェル番号はK.516F(ママ)とあるが、K.Anh.C30.01と訂正されるべきである。そのほかにも出典不明のものがフィリップスのモーツァルト全集で入手可能であり、ウェブサイトでのアクセスも可能である。」

と指摘されている。ただし、この「Melody Dicer」なる楽譜は、コントルダンスではなく8分の3拍子で、4分の2拍子の全音版とは別物であった ※※。また『99の謎』にも記載があったが、野口氏が後段で触れている『モーツァルト全集』は、小学館から出たもの(元々はフィリップスから出たCD全集)。

 その別巻に、指揮者のネヴィル・マリナーと高名な音楽プロデューサーのエリック・スミスとが、それぞれダ・ポンテとシカネーダーとに扮し、ウィーンのカフェならぬスタジオでさいころを使って作曲している、という趣向の楽しい録音があった。こちらはさすがに解説で「K3.Anh.294d (Anh.C30.01)(偽作)」を録音したことをうたっている。ただし、CDにはメヌエット(3拍子系)とコントルダンス(2拍子系)の2曲がその場で作られ収録されている。これについて安田氏は「両者をダシにした録音を収録」としているだけ ※※※。先述の野口氏の論文でも「出典不明のもの」とあった。このあたり全体として混乱があるようで、一度、整理が必要だろう。

 まずは、偽作の方から。ケッヘル6版以降の Anh.C30.01 では、2拍子のコントルダンスの楽譜が掲載されている。ただし、解説文を読むと初版であるフンメル版(1793年刊)には、「2つのさいころを使い、ワルツとシュライファー ※※※※ も、コントルダンスも」作曲できるというような説明が4ヶ国語で書かれているという。またその重版(海賊版?)であるジムロック版には、出版番号48番のワルツ版、同49番のコントルダンス版がある(1798年刊)とも。つまり、元々モーツァルトに帰された偽作には、ワルツ=3拍子系とコントルダンス=2拍子系があったということになる(そこが、上記混乱の一因だったのだろう)。これらを簡単にまとめれば、以下のとおりとなる。

1)ワルツ版=3拍子系 ジムロック版のうち、imslp で閲覧可能な方の版>>こちら、「Melody Dicer」、Web Site「W.A. Mozarts Musical Dice」

2)コントルダンス版=2拍子系 全音版、CD-ROM『モーツァルトアーカイヴ』

 つまり『モーツァルト全集』では、その両者を収めているということになる。その録音を聴いてみた。さいころを振って楽譜片を選ぶ過程自体は、途中の一部と後半部が省略されているが、選ばれた番号と楽譜片自体は、メヌエットは上記ジムロックの3拍子系版から、またコントルダンスの方も4拍子系版から採られており、いずれもれっきとした「伝モーツァルト」のようだ(選んでいる<数字表>が違うようにも聞こえるが)。

 いずれにせよこれらの曲は偽作ということなので、結局、モーツァルトに「さいころ遊び」なる曲はないということになってしまうのだが、実はそうとも言い切れない。上記安田氏の解説にある(本物の)K.516f の方はどうだろう。こちらは、ケッヘル6版以降に、上記2)のコントルダンス系とは別の3拍子系の楽譜として掲載がある。

3)ワルツ(メヌエット)系=3拍子系 新全集で近刊予定(BA 4621-01/Series X, 31/4 Supplement、ベーレンライターのサイトで in preparation とある)

 以下、詳しくは次回に。

※ ケッヘル6版で、Anh.C がついたものは、偽作か存偽作。ちなみに、ギュンター・バウアー著の『ギャンブラー・モーツァルト』というおもしろい本があるが、こちらでも「パリ国立高等音楽・舞踏学校図書館に収蔵されている自筆譜(K五一六f)」についての言及があるが、以下の説明ではなぜか「K.Anh.C30.01」の特徴を挙げている。
※※ 「レファレンス協同データーベース」のこちらのページを参照。
※※※ 安田氏がここで「両者」と言っているものは何なのか、ちょっと意味が取りにくい。「偽作= K3.Anh294d(Anh.C30.01)」と「真作=K6.516f」のことだと、フィリップスの全集には K.516f は収録されていないので「ダシにした」という意味が不明。もしかすると、マリナーとスミスが「録音を聴く」ということと「実際にさいころを振って遊ぶ」ことをともに行なっていることを、両者と呼んでいるのだろうか。
※※※※ こちらも3拍子のカントリーダンス。

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2020年5月12日 (火)

ジングシュピール『慈悲深い托鉢僧』(その11)

 ジングシュピール『慈悲深い托鉢僧、または鈴飾りの頭巾』を紹介する記事の最終回。第3幕の大詰め。

 再びところ変わって、バゾーラの宮殿の庭。ツェノミーデとマンドリーノは、魅惑のフルーツを食べたせいで、鼻は伸び、お腹はふくらむなど、自らの美しさが失われてしまったことを嘆き悲しんでいる。そこへ一人の奴隷がやってきて、鼻とお腹を元に戻すことができるという「魔法の水」を持った二人の農夫の話を告げる。実は、農夫に化けているのは、ゾフラーノとマンドリーノの二人。さっそく中に導き入れられた農夫たちは、素朴な二重唱を歌う。曲は、入ってくるなり舞曲のリズムではねまわっている雰囲気。

「おいらたちは、田舎からやって来た陽気な二人組、
言葉使いや握手でもって、人の好さはお墨付き。
約束したことはなんでも、なるがまま、
確実にやりますぜ、忠実にやりますぜ。
そんなおいらたちは、田舎からやって来た陽気な二人組
言葉使いや握手でもって、人の好さはお墨付き。

おいらたちは、田舎からやって来た陽気な二人組、
言葉使いや握手でもって、人の好さはお墨付き。
見ろ見ろ、こちらは象のような鼻、
ずっとあっちからでも見えるじゃないか/その姿。
こちとら農夫でも、中身は紳士。
そんなおいらたちは、田舎からやって来た陽気な二人組
言葉使いや握手でもって、人の好さはお墨付き。」

 CDではデュエットとしてきっちり歌っているが、舞台上では田舎者に扮した役者たちが、田舎言葉まるだしで踊りつつ演じ、大いに会場を沸かせていただろう。二人の農夫に対し、ツェノミーデは自分が持つ「魔法のポーチ」と「魔法の太鼓」を渡すかわりに、彼らの持つ「魔法の水」を一口飲ませてもらおうと交渉を持ちかける。しかし、そこに突然、雷鳴が鳴り渡り、その中から堂々と托鉢僧が現れ、自分がキング・アルマンドール、実はゾフラーノの父親であることを明らかにする。ゾフラーノとマンドリーノも、自らの扮装を脱ぎ去る。以下、大団円の合唱へと移る・・・。

「(All)さらば、あなたがた恩知らずな面々よ、
恩知らずな行為は、罰せられるにふさわしい。
あなたがたはわめく、あなたがたは荒れ狂う、
でも、大きな鼻のままで、
いつまでもそのままだろう。
あなたがたは笑い者になるだろう、遠く広く。」

「(Zenomide,Mandolina)悲惨なのは私!変わり果てた姿を見て!
私の美しい見た目は、消えてしまった!・・・」

 打楽器も入りハ長調の明るい行進曲だが、中間部ではツェノミーデとマンドリーノの嘆きの歌をハ短調で!挟み込むという荒技を見せている。その後、冒頭の行進曲が原調で戻り、華やかに全曲を終える。

 以上が、このジングシュピールの概要である。全体的に、民謡風の曲あり、ハルモニーミュージックあり、フォルテピアノが活躍するアリアもあり、とバラエティーに富んだ音楽が並んでいる。決して重量級の音楽ではないが、かといって「二流の音楽」という印象はない。僕が(その7)で絶賛した「ロマンツェ」を、昨日夜、細君に聞かせたら、「これってモーツァルトでしょ?」と当然のごとく言っていた。試しに、この時代の他の作曲家が書いたジングシュピールを少し聴いてみたが、正直、歌も伴奏も極めて「凡庸」に響く。その点、モーツァルトという「お手本」が身近にあることの強みだろうか。『賢者の石』といい『慈悲深い托鉢僧』といい、「モーツァルト=シカネーダー・サークル」の実力は、極めてハイレベルだ。芸術がまだ作者の個性の表出ではなかったその時代、音楽は同時代に生きる人々の共有財産であり、ずっと深く一つの文化の中に根付いていた。そのことがこうした共通作業を成り立たせ、かつ全体として技術や感性を高めていくことにつながっていたのだろう。仲間同士「ああしたら?」「こうしたら?」と意見を言い合い、ときに他人のスコアにも音符を書き込みながらジングシュピールを創り上げているその現場に、ぜひ立ち合いたかった、というのが、この曲を聴いてのいつわらざる気持ちだ。

 最後に一点だけ補足を。この項の(その1) の概説で、僕はこの『慈悲深い托鉢僧』が「音楽学者デイビッド・ブッフ氏によれば、1791年春に初演された可能性もあるという。もしそうならば、これは『魔笛』の先行作ということになる。」と書いている。当時は、1793年初演というのが通説だったからだが、その後、ブッフ氏の説が認められてきたらしい(下記・注)。日本のモーツァルト研究の大御所・海老澤敏先生も、2000年3月に東京オペラシティコンサートホールで行われたオペラ『ルル』の演奏会形式プログラムに、以下のように書かれている。

「ここ二、三年、新聞雑誌を賑わせたシカネーダー・オペラ《賢者の石》(1790年)、そして《親切な托鉢僧》(1791年)に関する再発見、新発見のニュースが登場する。両者は昔からある程度知られていない訳ではなかったし、とりわけ《賢者の石》へのモーツァルトの関与(K625=592a)は知る人ぞ知るものであった。」

 これを読むと、我々のジングシュピールは「1791年」となっている。とすれば、本当にモーツァルトの生前に作曲された作品ということになり、新たな光もあたってくる。今後の研究の進展にも期待していこう。

(注)モーツァルトの同時代人であるツィンツェンドルフ伯爵の1791年3月14日付けの日記に、「托鉢僧、男と女の鼻が伸びる奇妙な道化」を見たと書いてあるらしい。また「Wiener Zeitung」という当時の新聞に、この『慈悲深い托鉢僧』からピアノ伴奏による歌の新刊楽譜広告(ラウシュ音楽商会)が出ていた(1971年4月9日付け)。きっとオンライン・アーカイヴがあるだろうと思い探してみたら、結構、普通に見つかった(オーストリア国立図書館のサイト>>1791年)。上の画像の下から3行目にはっきり作品名を読むことができる(p.932)。曲は3曲あり、下の画像の3、4行目が、上記「ロマンツェ」の曲。これらの記録は、まさに『魔笛』の作曲に本格的に取り組み始めた時期である。

Wienerzeitung1
Winerzeitung2

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2020年5月11日 (月)

ジングシュピール『慈悲深い托鉢僧』(その10)

 ところ変わって、バゾーラでは・・・ツェノミーゼとマンドリーノが二人で、彼女たち女性の魅力が男たちをとりこにできることを誇っている。二重唱(イ長調)。女性2声がずっと同じ歌詞を同じリズムで歌う単純な構成だが、ハーモニーが美しいので、後半部分を女召使いを混じえ、合唱で歌っても変化があって良いかもしれない。

「男は私たちの奴隷、
無邪気に、私たちがマスターであることを証しする。
私たちの一瞥で、やつらはもう子ども、
プライドもずたずた。」

もちろん、やつらは意味ありげで徳があるように見えるけど、
その勇者が恋に落ちると、
女の目は、勇気をも溶かす。
お日様が雪を溶かしてしまうように。」

 そこに托鉢僧が現れる。その正体は、ゾフラーノとマンドリーノ。彼らはアブカフ、ツェノミーデ、そしてマンドリーナに、エキゾチックなフルーツを薦める。それを食べた3人は全員、鼻が長くのび、お腹が膨れ上がる。ツェノミーデは二人の男たちを捕えようと軍勢を送り込む。しかし、登場した托鉢僧は、二長調の大アリアでもって、勝利を予言する。序奏でホルンの斉唱が活躍するなど、全体に管楽器が大活躍する。構成としても、ゆったりとした前半が途中で早いテンポに移っていく本格的なアリアになっていて、全曲中、最も格調の高い曲になっている。

「まもなくこの夢も過ぎ去り、
私は彼の幸せを見ることになるだろう。
私が優しく愛した息子よ、
深い、父としての愛でもって。
息子は子としての使命にあってゆるがない。
父は彼を見捨てることはない。
危険なとき、父は子を守った。
彼の助けが必要なときにはいつも・・・」

 立派過ぎるザラストロとはちょっと違って、この托鉢僧は人間らしい感情にも欠けていないようだ。そして、彼らを助け、敵を打ち破る。彼はそのとき男たちに、水をぶっかける。すると、マンドリーノのお腹や鼻は、見る見るうちに元の大きさに戻るのだった。

 次回は、いよいよ大詰め。

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2020年5月10日 (日)

ジングシュピール『慈悲深い托鉢僧』(その9)

(大変久しぶりですが、ジングシュピール『慈悲深い托鉢僧』の紹介が途中になっていたので、続けます。)

 我々のジングシュピールもいよいよ最終幕(第3幕)。バゾーラの地に主人公たちを追ってきた托鉢僧は、ゾフラーノに女性には注意するよう、また熱情に自分を失わないよう忠告する。以下、托鉢奏のアリア。変ホ長調。

「夫が優しすぎるときはいつでも
彼の妻に横柄さが湧き上がる。
彼の愛があまりにも大きければ
彼女はそれをあまりにも当たり前のようにとるでしょう。
それゆえ、あなたが彼女を愛する前に、彼女を試すのです!
彼女と、彼女の心の働きの両方を。
あなたが最初の段階で注意していなければ、
結末はアンハッピーなものになるでしょう。」

 このバスのアリアは、歌詞のアンチ・フェミニズム的な中身は別にして(?)、低いFまで下がる声域や音楽自体の雰囲気は、『魔笛』でザラストロが歌う高貴な歌によく似ている。いやいや、実はザラストロの一党も、一見、聖人ぶってはいるが女性蔑視は甚だしかったっけ(苦笑)。

「(ザラストロ)高慢な女だ。/お前たち女の心を導くのは男たるものの務め。/男なくしては、いかなる女も/道を踏み外してしまうものだ。」『魔笛』第一幕・第18場から
「(弁者&第二の神官)女の悪だくみから身を守れ、/これが盟約の第一の義務だ。/賢い男でもだまされ、道を誤った。/なすべき務めと備えを怠ったのだ。/賢い男も結局は見捨てられ、誠を尽くしたその報いはあざけりのみ。絶望になすすべもなく、死と絶望がその報い。」同第二幕・第3場から

 さて、そのありがたい忠告にもかかわらず、ゾフラーノは再びゾノミーデとその父にだまされて、彼女らを許してしまう。二人は再度、お互いの愛を誓い合う。こちらは、一転、軽快なテンポのデュエットで。途中で3拍子系のリズムに変わり、お互いが親しげに呼びかわす。

「お互いが創り上げた私たちの魂は、ひとつになる。
そして、愛情もひとつに。
不信が、私たちをこれ以上苦しめることはありません。
悲しみは決して私たちを悩ませません。」

 にもかかわらず、再び彼女は、「魔法のポーチ」を普通のポーチとすり替えてしまう。マンドリーナからは「魔法の太鼓」の秘密も聞き出し、それをも盗み出す。そしてそれを使い軍隊を召喚し、ゾフラーノとマンドリーノを王国から追い出してしまう。主人公たちの絶対絶命のピンチ!

 托鉢僧は、キング・アルマンドールの幽霊の姿を借り、追放されたゾフラーノの前に現れる。そして敵に対しより男らしく、より力強くあるよう戒める。「息子よ・・・、お前の臆病な行ないが試されている。全面的な手助けはまだなされていない・・・男らしくあれ、そしてお前の持つすべての力を尽くして敵をたたくのだ・・・」。この「訓戒」部分は、管弦楽付きのレチタティーヴォ(ロ短調)で書かれていて、音楽的にもよく書けている。ここでマンドリーノはようやく「魔法の鈴飾りの頭巾」の使い方を学んだらしく、歌を歌う托鉢僧たちを呼び出し、フルーツやパン、ワインの入ったかごを持ってこさせる。

「(托鉢僧たち)ヴィノ・パニ・トルカ・カニ・イロ・ケジ・パ・パ・パ。
ミシ・ヴァニ・ミツ・パニ・プリマ・ヴェシ・パ・パ・パ。
パ・パ・パ・ぺ・ファルチャ・トゥ、パ・パ・パ・ぺ・グ・グ・グ・・・」。

 おや?これもどこかで聞いたことがあるような擬音だ・・・。で、魅惑のフルーツを食べてはいけないという忠告に抗えず、それを食べたマンドリーノの鼻は長くのび、お腹は大きく膨らむ(きっと、会場は大爆笑!)。一方、ゾフラーノの方は、このフルーツは、うまく使えば彼らの役に立つことに気がつく。二人は、托鉢僧に扮して、再度バゾーラに向かって出発する。

(その1)へ、(その2)へ、(その3)へ、(その4)へ、(その5)へ、(その6)へ、(その7)へ、(その8)へ、(その9)へ、(その10)ヘ、(その11)

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2020年5月 8日 (金)

モーツァルトの二重ト音記号

 おはようございます。

 一昨日から、こちらの「モーツァルトの全自作品目録(その8、1791年)」という記事のコメント欄で、ブログ「Zauberfloete通信」の Zauberfloete さんと、モーツァルトの「12(3つ)の二重奏曲K487/496a」という曲についてやりとりがあった。そこでテーマとなったのは、モーツァルトが自ら書いた楽譜で、ホルン・パートの冒頭には、2つのト音記号を横に並べる「二重ト音記号」を書いているということ。この二重奏曲は初版ではホルン・デュオになっているのだが、自筆譜には楽器の記載がない。

「ただ、この曲は、何かと素性がはっきりしません。使用楽器は(音域以外からも)ホルンではないと断言できます。なぜならモーツァルトは、ホルンの場合、必ずト音記号を2つ並べて書く「くせ」があるからです。二重奏曲の自筆譜は、ト音記号ひとつですので。(cherubino)」

 このコメントで僕が言及した「くせ」については、実物を見ていただく方が、話が早いだろう。

K504 K361

※上が、「プラハ交響曲」K.504(ホルンは下から4つ目の段)、下は「グラン・パルティータ」K.361(ホルンは下から4番目と5番目)

 おそらく、モーツァルトの管弦楽曲のホルン・パート(トランペット等にもある)では、この表記を見る場合がほとんどだと思う。そのことが僕の上記発言になるのだが、この二重ト音記号は、現代の実用譜はもとより新モーツァルト全集などの原典版の楽譜でも再現されていない。上のようにファクシミリを見るか、校訂報告で調べるか、どちらかでしか確かめる方法はない。新全集の校訂報告では、「mit Doppeltem Violinschlussel( u の上に横に点2つ付き)」、つまり「ダブルのト音記号を伴う」というような表現で言及されている。このことについては、以前このブログで集中して取り組んでいたホルンの音高問題、いわゆる「アルト/バッソ」問題を調べていたときから、実は気づいていた。その折には、ネット上で、「二重ト音記号は1オクターブ低く弾く」というような説明もあったので(例えば、こちら)、音の高さと関係があるのかと考えたりして、ある高名な管楽器奏者&著述家の方にツイッターでお尋ねしたりもしたのだが、結局「当方でもわかりません。何かお分かりでしたらご教授ください」との丁寧なお返事をいただいたこともある。

 今回、Zauberfloete さんから、この件につきあらためて「なお、ト音記号の書き方についてですが、スコアではなくパート譜にも適用されるのでしょうか?」との指摘をいただき、昨日夜書いたコメントのお返事にもあるように、ホルンの登場するモーツァルトの楽曲をあらためて調べてみた。すると意外なことがわかった。

「実は私がこれまで見てきた楽譜(主に管弦楽曲)では、ホルンには二重ト音記号がついていました。ところが、本日気になって「ホルン協奏曲」の楽譜を調べてみたら、伴奏のホルンは二重でしたが、プリンシパル=ソロの段は何と一重でした! この点、モーツァルトは意識して書き分けているようです。/室内楽では、K.375 や K.388(384a) 、貴兄も十分ご存知の K.361 は二重ですが、ソロ的な扱いが目立つ K.452 は一重で、これも意識的な書き分けかもしれません。その意味では、K487(496a) は、一重でも不思議はないかもしれません。(cherubino)」

 ここまでが、昨日の調査結果。一夜明けて・・・今朝、6時半頃にベッドの中で「パート譜の問題?」などとあれこれ考えていて、まさに「はた」と気づいたのだが(笑)、そういえばモーツァルトの「ホルン協奏曲第3番」K.447 の楽譜が珍しくヴァイオリン・パートにも!二重ト音記号がついていたことに思いあたった。

 K4472_20200508203001

※画像の解像度がやや低くて申し訳ないが、この協奏曲の自筆譜はロンドンの大英図書館にあり、デジタル画像が公開されている>>こちら。上から1段目がソロのホルン、2段目がヴァイオリン(2丁)。(ちなみに5段目がもともとホルン・パート(2本)で譜表には2重ト音記号が書かれていたが、最終的には2本のファゴットとヘ音記号に変更されている)。

 これだけでも珍しいのだが、実はこの総譜のこのパートは、Zauberfloete さんがこちらの記事へのコメントで「第1・2ヴァイオリンが同じ五線に書かれているのも驚きました。」と書かれていたように、かなり特殊な書き方がされている(10段の五線紙に、5段づつのスコアを上下2つ書くための節約だろう)。このことから総合的に考えるに、この二重ト音記号は、「(同じ楽器の)2つのパートが、一つの五線譜に書かれています」ということを表しているのではないだろうか。だから、上記コメントで僕が見た各曲では、ソロ等で楽器1本のホルン・パートは一重ト音記号が、2本ペアのホルン・パートは二重音記号が付いていたと考えられるのだ。一方、同じ2本の楽器が使われていても、オーボエやクラリネットは2段の譜表に別々に別れているので、一つのト音記号で済む!(パート譜の場合は、一人で弾くので、当然、一重だろう)。

 では、2本のホルン・パートが別々の譜表で書かれている場合はどうか? その場合が一重ト音記号であったら、この問題はほぼ解決するはずだ。今朝の出勤前の時間内では、ちょうどいい事例が見つからなかったのだが、下記の「フリーメーソンの葬送音楽」K.447 の場合がヒントになるのではと思う。

K477

 下から3番目がC管のホルン、4番目がEフラット管のホルンパートになる。実はこの曲の場合、楽器名は「コルノ・ダ・カッチャ」、いわゆる「狩のホルン」となっているのだが、少なくともト音記号は一重であった(その上の、バセットホルンも、クラリネットも一重)。気づいてみれば、非常に単純なことであり、世界のモーツァルト学者の人は皆さんすでによくご存知の事実なのかもしれない。が、それにしてはこれまでどの解説書を読んでも、上のような説明が書かれていないのは不思議といえば不思議である。

 ただ、ヘ音記号の場合はどうかと考えてみたのだが、上の「プラハ交響曲」の場合、下から5番目、ホルンの上に「2 fagotti」とあるが、これは一重ヘ音記号のようである。ホルン協奏曲のファゴットも、一重。なので、まだまだ、課題はありそうだ。しかし、さすがに今朝はこれで時間切れ。またいくつか、自筆譜を調べた上で、考えてみたいと思う。

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2020年5月 6日 (水)

モーツァルトの全自作品目録(その8、1791年)

<第24葉・裏>(続き)

1月5日

1791年

+(123,) クラヴィーア=協奏曲 伴奏 – 2 vn, 1 fl, 2 ob, 2 bn, – 2 hr, va と bassi
 (第27番変ロ長調 K.595)

14日

(124,)      春へのあこがれ  春のはじめに
  3つのドイツ語歌曲 –– おいで、愛しい5月 以下続く: 新しい命に目覚めて 以下続く:
    子どもの遊び
  ぼくたち子どもは味わうんだ、ほんとにたくさんの喜びを 以下続く:
 (ヘ長調 K.596、変ホ長調 K.597、イ長調 K.598)

23日

(125,) 6つのメヌエット レドゥーテ(舞踏会)のための    すべての声部を伴う
 (K.599)

<第25葉・裏>

29日 –––

(126,) 6つのトイチェ    すべての声部を伴う
 (「6つのドイツ舞曲」K.600)

5日 ––– 2月

(127,) 4つのメヌエット と 4つのトイチェ
 (K.601、「4つのドイツ舞曲」K.602)

(128,) 2つのコントルダンス –––
 (K.603)

12日 –––

(129,) 2つのメヌエット と 2つのトイチェ
 (K.604、「2(3)つのドイツ舞曲」K.605)

28日 –––

+(130,) コントルダンス 婦人たちの勝利 と 6つの田舎風(※舞曲)
 (K.607、K.606)

<第26葉・裏>

3月3日

(131,) 時計のためのオルガン楽曲 ––
 (K.608)

6日 –––

(132,) コントルダンス ライエルひき –– トイチェ ライエル トリオを伴う
 (K.610「意地悪娘たち」、「ドイツ舞曲」K.611)

8日 –

(133,) バスのアリア コントラバスのオブリガートを伴う –– ゲルル氏とピシュルベルガーのために
  この美しい手に 以下続く: 以下続く:
 (K.612)

   

(134,) クラヴィーアのための変奏曲 リート 女ほど素晴らしいものはない 以下続く 以下続く
 (K.613)

4月12日

+(135,) 五重奏曲 2つのヴァイオリン、2つのヴィオラとチェロのための
 (変ホ長調 K.614)

(検討)
 モーツァルト最後の年のフラグメントは8曲。このうち一番有名な曲は、ホルン協奏曲第1番の未完成のロンドだろう。135小節分が書かれているが、現行の第2楽章は弟子のジュスマイヤーが完成させたものになっている。第一楽章の仕上げもおそらく1791年で、一番初めに書かれたと思われていた短くかつ簡素な協奏曲が、アラン・タイソンの自筆譜の研究で、最晩年の作だったことがわかったことの衝撃は非常に大きい。一方・・・
 (123,) の変ロ長調のピアノ協奏曲は、静かで澄み切った詩情あふれる最晩年の曲と思われていたのだが、タイソンは、第1、第2楽章と第3楽章の7葉目までの自筆譜は、1787年12月から1789年2月に使われていた用紙であるとしている。これは、先日、僕が「タイソンのすかし研究(補遺1)」という記事で「ここまでケッヘル番号と<すかし番号>が一致するのは極めて珍しいのだが、ここで僕が言いたいのは、K.538 のアリアも「すかし95」を持つ五線紙のみに書かれている以上、ほぼ1788年(中略)に間違いないということである。」と書いた、まさにその用紙である。もう一つの用紙タイプは、「Wasserzeichen 99(すかし99)」で、これは K.593 のクインテットや「魔笛」で使われたものと同じ。つまりこの曲は、全体の完成が最後の年だったということになる。
 (124,)の3つの歌曲のうち、「子どもの遊び」K.598 の伴奏は、旧全集やその他の実用譜が16分音符の音型を右手に移し、左手がオクターブ重ねでバスを弾くようになっていたが、新全集ではこの全自作品目録のように右手で歌唱旋律を、左手で16分音符とバス(単音)を弾くように改められた。
 (129,)のドイツ舞曲は、本目録では2曲とあり、自筆譜に含まれる第3曲ハ長調は目録未記載。また、(132,)の「(1つの)コントルダンス」とされた曲は、K.609 の第5曲、もしくは K.610 である(両曲は楽器編成に相違があるが、目録には楽器編成の記載がない)。いずれにせよ、K.609 の残りの4曲は目録未記載である(Zauberfloete さんのブログに興味深い説がある>>こちら)。この舞曲の自筆譜は「Wasserzeichen 55」で、こちらで触れたようにホルン協奏曲 K.447 のフィナーレでも使われた12段タイプのものである(おそらく1787年頃の使用)。一方、K.610 は、自筆譜を見てみよう。

K610

 比較的珍しい10段タイプの用紙に書かれているが、筆跡は丁寧で非常にしっかりとしている。ヴォルフガング・プラートの筆跡鑑定は、「"Wien, ca, 1782-84」という判定。またタイソンの<透かしのカタログ>によれば、すかし番号は「Wasserzeichen 62」で、大ミサ曲 K.427 の作曲時や、ミヒャエル・ハイドン作曲のリタニアから「Pignus futurae gloriae」という曲の模写時など、主に1782年から翌年にかけて使われたものであることがわかっている。どちらの曲の場合も、少なくともこのコントルダンス1曲は、旧作の再利用ということになる。

<第27葉・裏>

4月20日

(136,) 終幕の合唱 サルティのオペラ 野暮な焼きもち への
  愛好家のための – みんな幸福に生きよう 以下続く:
 (K.615/散逸)

5月4日

(137,) アンダンテ 小さなオルガンの中のローラーのための
 (K.616)

5月23日

+(138,) アダージョとロンド ハルモニカ、フルート、オーボエ、
  ヴィオラ、チェロのための
 (K.617)

6月18日 バーデンにて

+(139,) めでたし、まことの御体 –– カント、アルト、テノール、バスで –– 2vn, va,
  org と bassi(※二重下線)–––
 (「アヴェ・ヴェルム・コルプス」K.618)

7月に

+(140,) 小さな ドイツ語カンタータ クラヴィーアと歌唱声部のための
  無限の宇宙の創造者を崇敬するあなた方よ 以下続く 以下続く
 (K.619)

<第28葉・裏>

7月に

(141,) 魔笛 –– 9月30日に 上演された
  – – – – – – – – 2幕のドイツ語オペラ エマニューエル・シカネーダーによる
  22の楽曲から成る –– 女(房) ゴットリープ嬢、ホーファー夫人、ゲルル夫人、
  クレップフラー嬢、ホーフマン嬢 男たち シャック氏、ゲルル氏、兄のシカネーダー氏、
  キストラー氏、弟のシカネーダー氏、ヌーズール氏 – 合唱
 (K.620)

9月5日 –– プラハにて 9月6日に 上演された

(142,) ティトの慈悲 2幕のオペラ・セリア 戴冠=
  式のための レーオポルト2世陛下の – 縮約された
  真のオペラに、詩人 マツォラ氏により 選帝侯: 殿下の
  ザクセンにおける – 女優 – マルケッティ・ファントツィ夫人 – アントニーニ夫人
   – 男優 べディーニ氏カロリーナ・ペリーニ夫人/男役 /
  バリオーニ氏カンピ氏 と 合唱 – 24作品
 (K.621)
 (説明文の全体の意味は、「レーオポルト2世陛下の戴冠=式のための – ザクセンにおける選帝侯: 殿下の詩人マツォラ氏により、真のオペラに縮約された」というような意味になる。上記は、原語の行分けに合わせた)

9月28日

(143,) オペラ 魔笛 への 祭司たちの行進曲 と 序曲

––––––––––––––––––––––––

    

(144,) 協奏曲 クラリネットのための 兄のシュタドラー氏のための
  伴奏 2 vn, va, 2 fl, 2 bn, 2 hr と bassi 
 (イ長調 K.622)

11月15日

(145,) 小さな 自由な石工職人(※フリーメーソン)=カンタータ 1つの合唱曲、1つのアリア、
  2つのレチタティーヴォと1つの二重唱曲から成る テノールとバス
  2 vn, va, basso, 1 fl, 2 ob と 2 hr –
 (「我らの喜びを高らかに告げよ」K.623)

<以下、第29葉・裏〜第43葉・裏まで無記載 ※各表ページには、5段の大譜表あり>

(検討)
 ケッヘル6版では、(137,)の前に、同じへ長調で自動オルガンらしき楽器のために書かれた4小節の断片があった(615a)。また、(138,)の前に、K.617 と同じ楽器編成による幻想曲の短い断片があった(ハ長調、K.616a)。また(138,)のあとには、グラスハーモニカ独奏のためのアダージョ(ハ長調、617a)があり、こちらは完成されているにもかかわらず目録に記載がない。
 「魔笛」が、(141,)と(143,)の2回に分けて記載された件については、以前、別記事で詳しく書いたことがある>>こちら。また、「魔笛」序曲の草稿とも思える「序曲 変ホ長調」(620a)や、2幕のフィナーレで使われたコラール旋律と同じものを使った「対位法による習作 ロ短調」(620b)もあった(「魔笛」のスケッチ類は、他にもいくつかある)。
 (142,)のあとに、バス用のアリア「私はあなたに別れを告げます、おお、いとしい人よ」(K.621a)があった。1799年に、ヴァイオリン・パートのみがモーツァルトで、残りはジャカンの作とコンスタンツェが手紙に書いているが、モーツァルト自身の自筆譜(部分)が残っている。またそのすかしは、何と!上記 K.595 で触れた「すかし95」であり、1788年の作である可能性が高い。ソプラノ・ヴァージョンの筆写譜もある。
 (144,)のクラリネット協奏曲には、このシリーズの(その6、1789年)で触れたバセットホルン版という原曲があった。自筆譜も残っていない上、バセット音からみの編曲問題もあって、どこまでがモーツァルトの手になるものかは不明。
 (145,)のあとに、カンタータの初版に付録として掲載された歌曲「われら手に手をとって」K.623a があったが、現在では疑義作扱い。
 最後の最後に・・・レクイエム(K.626)については、もはや多くを語る必要はないだろう。未完成&目録未掲載の大作。

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2020年5月 5日 (火)

モーツァルトの全自作品目録(その7、1790年)

<第23葉・裏>(続き)

1月に 1790年(※年は二重下線)

(118,) 女はみんなこうしたもの または 恋人たちの学校 2幕のオペラ・ブッファ
  音楽作品    俳優 女性たち フェラレージ・デル・ベーネ、ヴィルヌーヴ
  とブッサーニ 男性たち カルヴェスティ、ベヌッチとブッサーニ
 (K.588)

5月に

+(119,) 四重奏曲 2つのヴァイオリン、ヴィオラとチェロのための
 (第22番「プロシャ王四重奏曲 第2番」変ロ長調 K.589)

6月に

+(120,) 四重奏曲 2つのヴァイオリン、ヴィオラとチェロのための
 (第23番「プロシャ王四重奏曲 第2番」ヘ長調 K.590)

注記:(※二重下線)7月 ヘンデルの セシリア と アレクサンダーの–
  祭典 スヴィーテン男爵のために編曲
 (K.592、K.591 ※次ページに冒頭楽譜なし)

<第24葉・裏>

12月

+(121,) 五重奏曲 2つのヴァイオリン、2つのヴィオラとチェロのための
 (ニ長調 K.593)

––––––––––––––––––––––––––––––

(122,) 楽曲 時計におけるオルガン仕掛けのための    
 (K.594)

(検討)
 モーツァルトの生涯最も寡作の年で、フラグメント番号を持つ曲も7曲に留まる。また、この年以降、目録の記述も簡略化され、タイトル以外に「楽器編成」を記したのは、翌年のK.595 のみしかない(実生活の余裕のなさが反映されているか)。
 (118,)のあとに、序曲と3つの舞曲(588a)があり、この年1月の作曲と想定されているが、目録には記載がない(疑義作)。(588b)の番号を持つピアノのためのアンダンティーノがあったが、現在ではグルックの「アルチェスタ」のアリアの自由な編曲という扱いのようだ。
 ケッヘルに記載のある(589a)という断片は、かつては(119,)「第2プロシャ王」からみのスケッチとされていたが、今では同じ変ロ長調の弦楽四重奏曲 K.458「狩り」のフィナーレ関係と言われているようだ(早くは、1782年作の「ハフナー」交響曲 K.385 のメヌエットなどでも使われていたものと同じ五線紙が使われている(Wasserzeichen 62))。一方、(589b)という弦楽四重奏曲の短い断片があり、これは(120,)「第3プロシャ王」の方のフィナーレ関係のスケッチと考えられている。
 さらに、(120,)のあとに、ピアノ・ソナタの断片らしい曲がいくつかあったが(590a、590b、590c)、(590d)というアレグロの曲だけはこの年(から翌年)のものと考えられている(T146〜T178までが他人の加筆)。
 ヘンデル作のオラトリオ編曲のあとに位置するのが、いわゆる猫の二重唱曲「さあ、愛しい人よ、私といっしょに来て」(592a)。こちらは、ベネディクト・エマニュエル・シャックほかと共作ジングシュピール「賢者の石」のスコアリングをモーツァルトが一部担当したもので、8、9月頃の作と言われている(「賢者の石」については、ハンブルクで見つかった筆写譜において、他に2曲、モーツァルトの名前があるという)。
 この年最後の(122,)の自動オルガンのための作品の前には、同じ楽器(機械?)のための短い断片(593a)があった。この年末から翌年にかけての習作だろう。
 次回は、いよいよ運命の年、1791年。

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2020年5月 4日 (月)

モーツァルトの全自作品目録(その6、1789年)

<第20葉・裏>(続き)

1月に 1789年

(102,) ドイツ語のアリア 2 vn, va, 2 ob, 2 bn, 2 hr
  と bassi – 強いられることなく自らの心より 以下続く:
 (K.569/散逸)

2月

(103,) ソナタ クラヴィーア独奏のための
 (第16番変ロ長調 K.570)

同21日

(104,) 6つのトイチェ – 2 vn, 2 fl, 2 ob, 2 cl, 2 bn,
  2 tpt, timp, flauttino と bassi さらに トルコの音楽(楽器)
 (「6つのドイツ舞曲」K.571)

4月29日 ポツダムにて

(105,) 6つの変奏曲 クラヴィーア独奏のための  デュポールによるメヌエット上の
 (ニ長調 K.573)

注記: 3月に スヴィーテン男爵のために ヘンデルのメサイアを
   編曲
 (K.572 ※次ページに冒頭楽譜なし)

<第21葉・裏>

5月17日 ライプチヒにて

+(106,) 小さなジーグ クラヴィーア独奏のための エンゲル氏の記念帳に
  ライプチヒのザクセン選帝侯: 宮廷オルガニスト

 (ト長調 K.574)

6月に ウィーンにて

+(107,) 四重奏曲 2つのヴァイオリン、ヴィオラとチェロのための 陛下のための
  プロシャ王
 (第21番「プロシャ王四重奏曲 第1番」ニ長調 K.575)
 (説明文の全体の意味は、「2つのヴァイオリン、ヴィオラとチェロのための プロシャ王陛下のための」というような意味になる。上記は、原語の行分けに合わせた)

7月に

(108,) ソナタ クラヴィーア独奏のための
 (第17番ニ長調 K.576)

――――――――――――

   

(109,) ロンド 私のオペラ フィガロへの フェラレーゼ・デル・ベーネ夫人のために –
  2 vn, va, 2 bst-hr; 2 bn, 2 hr と bassi
 (「あなたを愛している人の望みどおり」K.577)

8月

(110,) アリア オペラ 二人の男爵 への ルイーズ・ヴィルヌーヴ嬢のために
  2 vn, va, 2 ob, 2 bn, 2 hr と bassi – 大いなる魂と高貴な心は 以下続く:
 (K.578)

(検討)
 ケッヘルでは、(104,)のあとに、未完成の四重唱「いとしのわたしの食いしんぼさん」(571a)と、弦と管楽器、タンバリンによるメヌエット(571A)の断片があった。
 他に、(107,)とそれに続く計3曲の「プロシャ王四重奏曲」からみで、年末から翌年初めにかけて、いくつかの断片が知られている(Anh.77、84、71)。
 他に、ケッヘル6版で(108,) からみと想定されたメヌエットが2曲(576a、576b)あったが、現在ではその想定は否定されている。
 (109,)は、「フィガロの結婚」K.492 の再演でスザンナを歌ったフェラレーゼのための代替曲だが、同じオペラ・ブッファへの挿入曲であるロンド「私の胸は喜びにおどるの」K.579 は、なぜか目録に記載がない(自筆のピアノ譜もある)。

<第22葉・裏>

9月17日

−(111,) アリア オペラ セヴィリアの理髪師 への ホーファー夫人のための
  2 vn, va, 2 cl, 2 bn, 2 hr と bassi –
  やさしき春はもうほほえむ
 (K.580 ※ −記号はお皿型に曲がっている)

同29日

(112,) 五重奏曲 1つのクラリネット、2つのヴァイオリン、ヴィオラとチェロで
 (イ長調 K.581)

10月に

+(113,) アリア オペラ 気むずかし屋 への ヴィルヌーヴ嬢のために
  2 vn, 2 cl, 2 bn, 2 hr va と bassi
  誰が知るでしょう、いとしい人の苦しみを 以下続く:
 (K.582)

+(114,) 同 –––  –––  –––  –––

   私は行きます!でもどこへ – さあ大変! 以下続く:
     (K.583)

12月

(115,) アリア オペラ 女はみんなこうしたもの への
  ベヌッチのための 私に目を向けなさい 以下続く: –
  2 vn, va, 2 ob, 2 bn, 2 tpt, timp と bassi 
 (K.584)

<第23葉・裏>

12月に

(116,) 12のメヌエット 2 vn, 2 fl, 2 ob, 2 cl, 2 bn, 2 hr,
  2 tpt, timp, flauttino と bassi で
 (K.585)

(117,) 12のトイチェ 同じ楽器編成で NB (※二重下線)コントルダンス
            英雄コーブルクの勝利
 (「12のドイツ舞曲」K.586、K.587)

(検討)
 多作の年・1788年に続く1789年には、11曲のフラグメントが残る。その中でも一番の大物は、(111,)パイジェッロのオペラ「セヴィリアの理髪師」に出演する予定だった義姉ヨーゼファ・ホーファーのために書いたアリア K.580 だろう。上のように全自作品目録には載っているが、歌唱声部が終わったあとのリトルネッロの部分が未完成になっていた。新たな番号は、Fr 1989h。ちなみに、作曲の中断は、このオペラの上演が実現しなかったためだろうか。
 (115,)のあとには、クラリネット協奏曲 K.621 の原曲、バセットホルン協奏曲(584b)が位置付けられていたが、現在では早い場合、1787年まで遡る可能性があるとアラン・タイソンは考えている。
 (116,)のクラリネット五重奏曲からみの曲としては、かつてはクラリネット、バセットホルン、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの五重奏曲の断片(580b)が想定されていたが、現在ではこちらも1787年の作とされている。ちなみにこの曲は、上のバセットホルン協奏曲と同じ五線譜(WasserZeichen 84)を使っている!(ともに2種類の用紙を使っているが、その内の一種)。
 また(117,)のあとに、ト短調の弦楽四重奏曲の断片(587a)があった。この曲の楽譜の裏面には、翌年作曲のオペラ・ブッファ「コシ・ファン・トゥッテ」(K.588)の第2幕フィナーレに登場するカノンのスケッチが書かれていることで知られている。

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